第193話 巨軀の亜人

午前中は宿でゴロゴロ。昼下がりに市場に出かけ、必要な道具や消耗品を探しては買い足す。

そんなのんびりルーティーンをこなしながら、王都での休暇があっという間に過ぎていった。ここまでのんびりしているのは、この世界に来てから初かもしれない……。


途中、奴隷商会で掘り出し戦闘要員がいないか探してみたり、ギルドでもパーティ募集をしている者の情報を集めてみたりもしたが、やはり盾役ができるベテランがそこらにゴロゴロしていることはなかった。

キュレス王国では、値は張るが候補くらいは出てきたのだが、サラーフィー王国では候補すら提示されなかった。

それに加え、そもそも5人組になると、2人ずつ乗っても鳥馬2体で足りなくなってしまう。それもあって、いったんパーティ増員は見送ることにした。


そして、ゴールデンドラゴン号を借りた馬貸屋で、鳥馬の値段も確認しておいた。

鳥馬もかなりピンキリのようだが、一般的な性能であれば2体で金貨1枚以内で収まりそうだ。鳥馬は、砂漠地帯以外でも広く使える便利な騎獣なのだとセールストークをされて、かなり買取りの方向に心が動いている。


ただ、ダンジョンに潜るときにどうする? という問題はあるのだが……。

鳥馬はどこでも需要はあるので、近くまで行って、不要になったら売るということができるそうなので、それでも良いか。買わずに借りると少し安くなったりするが、その分動きに制限ができる。



ダンジョンの魔物についても、だいぶ情報は集まってきた。

といっても、半分以上はダンジョンの案内ができると言っていた小鬼族のタリフの情報だが。

それによると、浅い階層には、どうくつ蜘蛛や闇蛇と呼ばれる小型の魔物がいる。どちらも毒持ちだ。

あとはドゥロンクと呼ばれる、巨大なダニみたいな魔物と、光寄虫という光る魔物がいる。


ある程度下に降りていくと、広い空間が点在していて、タリフが言うには地底湖がある場所もあるらしい。

そこには色々な種類の魔物がいて、スドレイメイタンとかいう、言いにくい名前の亜人が出ることがある。

そしてそれと対立している亜人もいて、ネメアシトという小型の亜人もいるのだが、スドレイメイタンの方が巨躯で、たいていネメアシトは一方的に狩られているのだそうだ。


そんな、数々の亜人も登場するところまで潜らなければ、どうくつ蜘蛛や闇蛇に気をつけていればそうそう死なないので、生存率が高いということだ。

生存率が高いといっても、この前の話では3割ほど死んでいるわけだが。

ただし、よくよく話を聞くと、魔物に負けて殺された者はそこまで多くなく、本隊から逸れてしまい毒でやられた者や、食べ物が尽きて衰弱した例、あるいは穴に落ちて戻ってこなかった例などが多いようだ。


単なる「狩場」として行った準備不足なやつは、こういう戦闘以外の部分が疎かになる。というか、その対策をするくらいなら別の「狩場」で良いと考え、ダンジョン探索者は自然消滅していったという。

逆に、昔の人はどの辺に期待して潜っていたかだが、地底湖にいる貴重な魔物資源や、その近くで発見されたという遺跡らしきものあたりを探っていたことが多いようだ。

結局、多くの犠牲の対価として十分な発見はなく、魔道具の1つも回収されなかったため、徒労に終わったという評価らしいが。

現在では、遺跡らしきものは昔、ダンジョンの魔物を狩るために使われていた野営施設の跡で、だから金目のものは残されてはいないだろうという見解が支配的になっている。

地下の大空間という得意な地形に巣食う珍しい魔物がいるので、何か金になる素材が発見されればまた盛り返す可能性はある、とのことだが……。


一度、狩猟ギルドでイスタと鉢合わせたこともあった。

なにやら素朴な雰囲気の男女とつるんでいて、魔物狩り見習いのようなことをして過ごしていると言っていた。

どこかの傭兵団に入ったのか、個人傭兵としてやっているのかは分からないが、やつれた雰囲気もなかったから、うまくやっているのだろう。


そんな休暇も、そろそろ切り上げようと思っている。

アカーネの広げた風呂敷は、畳むどころか日に日に拡大しているし、サーシャも一通り食材を確かめたようで、保存食として使えそうなメニューも仕入れている。

キスティはヒマそうだ。

狩猟ギルドでは練習試合といった文化はないらしく、訓練時のパーティ内での手合わせくらいしかやることがないとボヤいている。

鉢合わせたとき、イスタと一戦やったようだが、一蹴してしまったらしくかえって不完全燃焼を募らせた。

あいつもまだまだ発展途上ということらしい。


「そろそろ、切り上げてダンジョンに向かおうと思う」

「ほお、北に行くのか?」


夜、サーシャが出してきた砂糖の塊のようなお菓子を食べながら、休暇の終了を告げた。

まず少し嬉しそうに反応したのがキスティだ。


「その予定だ」

「やはり、そうなりますよね」


サーシャは微妙な表情。


「お金の面でメリットは薄いかと思いますが……ご主人様が決定されたなら、仕方ありません」

「悪いな」

「いえ」

「あのー、そろそろって、どのくらい? ボク、ちょっとやってることがあるんだけど……」


サーシャ以上に微妙な表情を見せるのはアカーネだ。


「何をしてるんだ?」

「えーと。魔石同士をくっつけて、効果を変えられないかって」

「却下。というかアカーネが満足するまで待ってたら、どこにも行けんわ」

「むう」

「ポーションは、ある程度形が見えたって言ったろ。できれば出発までに、いくつか準備を頼む」

「言わなきゃよかった」

「言わなくても、出発は変わらんぞ。ポーション準備の代わりに、雑用をさせてただけだ」

「……言っててよかった」


アカーネは、いそいそと自分の陣地へと移動する。


「アカーネ、あなたの魔道具でパーティが全滅から救われるかもしれないのです。しっかりとお願いしますよ」

「うん、分かってるよ、サーねぇ」


アカーネのサーシャに対する呼び方はどんどん変遷しているが、最近は「サーねぇ」に落ち着きつつある。単に呼びやすいのだろうが。


「そうと決まったのなら、準備を進めなければなりませんね」

「ああ。明日から、サーシャと俺で足りないものや準備をしていく。アカーネ、キスティはポーションの準備と、宿の警護を頼む」

「承知した」


キスティも、この長い休暇が終わって戦いの旅に出られることを感じて、また気合いが入ったように見える。


「さて、あとは案内人だが。やっぱ、あいつしかいなさそうだな」

「タリフさんですか」

「ああ。食い意地が張って、ノリが軽いが。実際にダンジョンの情報を流暢にしゃべれたのは、あいつくらいだしな」


ちなみに、一応アーコンにも連絡してみた。

だが、既にどこかに仕事に出たのか、連絡がつかなかったのだ。


「はい。あそこまで淀みなく、矛盾なく説明できていたのですから、ダンジョンで案内人をしてきた腕は確かなのでしょう。ギルドのお墨付きもありましたし」

「お墨付きって言っても、ダンジョンならあいつに聞いとけってたらい回しされただけだったがな」

「たらい回しできる程度には、実績と信頼を築いているということになりますよね」

「だな」


少なくとも、依頼者を盗賊のアジトに案内して、一網打尽にしようなんてことはしないだろう。……多分。


「それで、行くと決めたからには、目標を定めないとな」

「ダンジョンの、どこまで行くかですか?」

「そうだ。タリフの言っていた、地底湖あたりまで行けば、多少金になる魔物もいそうだ。あるいは、遺跡っぽいものがあったっていう場所もいいかもな」

「しかし、何も出なかったのですよね?」

「そうだが、これまでも探索されてきたってことは、ルートが開拓されてそうだろ」

「そうですね」


あとは、例のガラクタの件だ。

ここ数日、少し距離を移動して測定もしてみたが、やはり「ダンジョンのある山脈あたりにあるのが有力」という結論は変わらない。ただ、仮にダンジョン内にあったとしても、そのどこにあるのかは全く見当も付かないのだ。


「ガラクタと魔導鍵の話だが……遺跡に行くまでの間に、ありそうならアタックする。もっと深そうなら引き返すということでどうだ?」

「私は構いませんが……アカーネ、いいのですか?」

「ボク? まあ、できれば見てみたいけど。そんな命を賭けてまでって感じじゃあ、ないなあ。それに、今時点では、普通にダンジョンの近くの地表にある可能性の方が高いと思うけど」

「それもそうだ。まあ、ダンジョンにあったら、無理しないってことで」

「それはいいよ。でもご主人さま、忘れてない? 誰かがの物だったらどうするの」

「ああー、それはな。まあ、こっちは鍵らしきものを持ってるんだ。それを売りつけてもいいし、やばそうな相手なら、何もしないのも手だろう」

「買い取ったりしないの?」

「まあ、場合によっては考えるが……。中身に期待ができれば、だな」

「ふぅん。ボクはいいけど」

「私も問題ありませんよ。交渉が必要になったら、仰ってください」

「ああ。サーシャに頼ることになるだろうからな、頼むぞ」


思えば、あの女ハーレム主人がきまぐれにガラクタをくれてから、結構長いこと楽しめたものだ。

もしこれで、大したことのないものだったとしても、楽しかったからいいか。


まあ、大穴として、これが古代世界の王国の遺跡とかの鍵になっていて、中からすごい装備が……みたいな妄想はするけどね。

さすがにそこまで、RPGのお約束みたいな展開にはならないのではないだろうか。


いや、ダンジョンにあったとしたら、むしろリッチが残した強力な魔法のスクロールが……

魔法のスクロールってなんやねん。

この世界にきてから、そんなものなくても魔法使用できるっちゅうねん。


「ま、出来れば巨躯の亜人でも狩って、赤字にはならないようにしたいな」

「最近出回っていないので値段が確認できませんでしたが、巨軀の亜人なら使える箇所はありそうに思いますね」

「いや、主もサーシャ殿も、水を差すようだが」


俺とサーシャのお金談義に、珍しくキスティが口を挟んできた。


「ダンジョンだからな? たとえ大量の素材を得ても、運び出す方が大変だろう」

「……」

「……」


それはそうだった。

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