第191話 酒

いくつもの小さな屋台の前に、並ぶ長机。

周囲は酔客が奏でる喧騒が満ちていて、見ているだけで酔いそうだ。


「はい、これ腸詰め」

「……何のだ?」

「さあ?」


アーコンは細かいことは気にしない、ワカチコなヒトらしい。

運ばれてきた巨大なウインナーのようなものを齧ると、辛味があって香草の香りが鼻に抜ける。なかなかに食欲を煽る。


「この辺りの調味料ですか。興味深いですね」


サーシャがさっそく興味深々である。


「味付けが濃いな。この辺はみんなそうか?」

「ははは、旦那。北の国の出身者はだいたいそう言うらしいね」

「まあ。嫌いじゃないが」

「味濃いのが多いのは否定しない。おまけに、ここは酒呑みの料理だからね。特にそうさ」


赤くなった野菜炒めみたいな料理を一口放り込むと、美味そうに酒を呷る。

ちなみにここは魔道具で酒を冷やしているらしく、少し値が張るが毎晩、人で溢れかえっているという。

たしかに人気が出そうだ。


俺も付き合いとして酒を頼んだが、赤いサボテンを発酵させてヒトにも飲めるようにした代物だという。

味は、うん、アルコールだ。

ちなみに、ジカチカから貰った薬は服用していない。毒を疑ったわけではなく、単にそこまで飲むつもりがないからだ。


「濃いと言うより、辛くないか!? この肉、塩の代わりに唐辛子でも振ってるみたいだぞ」


隣では最近ますますおっさんみたいな言動が出てきたキスティが、肉料理にヒーヒー言っている。


「だから辛いって言ったじゃあないのさ。南部の方では麦より唐辛子を栽培してるとこのが多いって言われるくらいだ。塩より安いくらいだから、皆やたらと使うのさ」

「ひいひい」


キスティは自分で、辛いのも好きだとか言って選んでいたからな。

向こうで同じ肉に手を伸ばそうとしていたアカーネ、おずおずと引っ込めた。


「砂漠と唐辛子か。唐辛子って乾燥地帯でも育つんだっけな……?」

「さて、『農家』でもないから知らないけどね。南の方は水もあるし、この辺で栽培されてるのは品種改良されてるもんだけどねえ、旦那」

「じゃ、アーコンも辛いものには強いのか」

「普通だけどね。それでも旦那たちよりは耐性があるよ、きっと」


正面にはジカチカがいて、その右にアーコンがいる形だ。配置上、なんとなくジカチカを見ていたが、こいつすごいな。

普通に食べているようで、アーコンが食べようとしたものをさり気なく取ってくるし、常にアーコンを気にかけている感じ。

まさかこれが普通の奴隷と主人の関係なのか?


「辛いのばっか……」

「えーと、何か取ってくるよ」


ポツリと呟いたアカーネの言葉に反応して、イスタがいそいそと食べ物の買い足しに向かった。

あいつ、まだアプローチする気じゃないだろうな……。


「しかし、旦那はこれからどうするって〜?」

「だから、ダンジョンについて調べるんだよ」

「かはは、ホントーに自由人だねえ! でもダンジョンなんてマトモに儲からないよ、やめときなー」


早くも声が大きくなってきたアーコンが、饒舌に語る。

丁度良い情報収集と思って聞いていると、ダンジョンが儲からないといのは結構常識らしい。


この国の北の山脈沿いにいくつか、ダンジョンと呼ばれる場所があるのはサーシャの記憶どおりだったが、まともに開発されていないとか。

埋蔵金ならぬ隠し財宝の伝説は定期的にささやかれ、昔はダンジョン探索がブームになったこともあった。しかし、殆どが徒労に終わり、遺跡が見つかったと騒がれたときも、結局価値のあるものはほとんど出なかった。

それに反比例して、狭いダンジョン内で魔物に囲まれるリスクは大きく、名のある傭兵が帰って来なかったようなニュースが頻発する。


ブームが何巡かした後、憑き物が取れたように町の人々はダンジョンへの興味を失った。

まあ、ダンジョン自体は、ここに国ができる前から存在するものだ。価値があるものがあるなら、もっと前の時代の人が取り尽くしているに違いない。

そんな観測が主流になり、今となってはロマンを求めるバカか、調査に訪れる研究チームがたまに浅い階層をウロウロするだけらしい。


「旦那はあれかい? まだ見ぬお宝が眠ってると思ってんのかい」

「いや、別に……。珍しい場所だから、一度行ってみようかと思っただけだ」

「そんな気楽に行ける場所でもないさ……中は真っ暗闇で、しかも空気が薄いらしいよ? 準備が必要な割に、ヘビとかコウモリみたいな魔物ばっかりでさ。毒持ちもいるから、その対策にも金が掛かるし」

「詳しいな」

「ふん、王都の貧乏人なら一度くらい考えることもあるよ。結局、下水処理の仕事でもした方が安全で儲かるけどね」


この世界、普通に都市には下水が通ってるよなあ。

地球世界では割と新しかった記憶なのだが。


「臭いのか?」

「そりゃーもう。唐辛子の山に浸かっても取れないくらいさ」


唐辛子って浸かるものなのか?

冗談なのか、風習なのかがわからん。


「まあ、下水の話は良いか。ダンジョンに潜る準備をしたいが、良い店はあるか?」

「ダンジョンん〜? さすがに、専門店ってのはないねえ、北に行けばあるのかもしれないけど」

「そうか……。地道に情報収集さて、揃えるしかなさそうだな」

「折角町に舞い戻ったってのに、またぞろ次の冒険の話かい? ホントに旦那、バカな男だねえ〜。サーシャちゃん、たまにはキツく言ってやらにゃ、ダメだよ、この手の男は」

「ん、ふぁい」


突然に話を振られたサーシャが、頬張っていた堅焼きのパンを飲み込む。


「うちの従者に余計なことを吹き込むんじゃない」

「余計なことなもんか! あーしの旦那もね、やれ夢だなんだって言っては、自分の楽しいことばっかでねえ……」


アーコンがクダを巻き出したので、聴き流しながら食べ物をつまむ。

お、このパンもガーリックトーストみたいで美味いな。

そういえば、キュレス王国では良くメニューにあった米料理を全然見かけない。

と思ったが、そりゃそうか。水田なんかこの国にあるわけもないし、米は流行らんか。


しばらくアーコンと、何故か一緒にヒートアップしていったキスティの独壇場となりつつ、なんだかんだと楽しい宴が続いた。

周りの酔客もやや数が減り、屋台がいくつも閉店の準備に入る頃になると、すっかり出来上がったアーコンがぼそりと、呟いた。


「すまなかったねえ……」

「なんだ?」

「危険な目に、遭わしちまった。案内人失格だよお」

「なんだ、気にしてたのか? ワームにゃ驚いたが、結果は無事だ。それに、こういうのに絶対はないだろ」

「……そう……じゃ……」

「……ん? こいつ寝てるぞ」

「わははは!! アーコンは呑兵衛の割に、弱いな!」

「キスティ……。服装乱れてるぞ」

「なんだなんだ? 気になるか、主?」

「はあ、もういい。ジカチカ、背負えるか?」

「こっちは心配するな。いつものことだ」

「そう言うな。世話にもなったしな、こいつを渡しておいてくれ」


ジカチカに、大銀貨を1枚渡しておく。


「……良いのか?」

「チップみたいなもんだ。これで、次に依頼した時は断らんだろう」

「遠慮なく、貰っておく」

「寝床はどこだ? 帰るついでに、送ってこう」

「無用だ」

「ここは治安が良いらしいが、酔っ払いにでも絡まれたら面倒だろう。遠慮するな」

「わかった」


残った食物を平らげ、アーコンを背負ったジカチカと、ふらふらなイスタを連れて町を通る歩く。

イスタ?

こいつは度数の強い酒に挑戦して、あっさり撃沈していた。こういうやつはダメな男なんだとアカーネによくよく言い聞かせておいた。


「ヨーヨー、明日、僕は狩猟ギルドに、行くよ」


へろへろながら言語能力の復活したイスタは、そう語る。


「ほう、そうか。狩猟ギルドか……俺も行ってみようかな」

「この国では、狩猟ギルドが、魔物、狩りも管轄、らしいよ」


へえ。傭兵組合はあるらしいが、魔物狩りは狩りでひとまとめにされてるのか。

ダンジョン情報を調べに行くなら、そっちかな?


「ここで、僕は、強くなる、よ……」

「そうか。頑張れよ」

「うん……ありがと、う。いつか、ヨーヨーにも、恩返し、する、よ」

「お前も立派に戦ってただろ。借りに思う必要はないぞ」

「ううん。一人じゃ、きっと、来れなかったから」


最初の印象は「武器オタク」でしかなかったが、なかなか真っ直ぐな青年だ。

次に会うとき、どうなっているかは全くの未知数だが、できれば生きていてほしいと思う。


「生き汚く、生き残れよ」

「はい」


アカーネはやれないが、俺なんかより、ずっとまともな人間だ。ここで良い出会いに恵まれれば、きっと大成するだろう。


がんばれよ、と心の中でエールを送った。



***************************



朝。


キスティは二日酔いらしい。

薬は、あいつに飲ませれば良かったか。


なんにせよ、久しぶりにパーティメンバーのみで、宿の部屋でまったりだ。


「さて。これからどうしよう会議を開始するっ!!」

「わー」


ぱちぱちとアカーネが手を叩く。

身内だけになると、明るくなる立派なコミュ障だ。


「ご主人様」

「発言をどうぞ、サーシャ」


びしっと手を挙げたサーシャを指名する。


「ありがとうございます。ダンジョンに行くのは決まりなのですか?」

「決まりじゃないぞ。他に候補がなければ、行ってはみたいが」

「そうですか……」

「反対か?」

「正直に言いますと、あまりメリットがありません。今までの情報を咀嚼すると、要は危険で準備は大変な割に、実入りが少ないのでしょう?」

「たしかにそうだ。正直に言うと、俺もちょっと迷ってる。アカーネ、キスティにも意見を聞きたい」


えっボク? みたいなリアクションのアカーネと、うーんと唸るキスティ。いや唸ってるのは単に二日酔いか。


「ボクは、どっちでもいいかな? でも、その前にしばらく、魔道具いじる時間が欲しい!」

「どれくらいだ?」

「う〜ん。1週間くらい?」

「まあ、休養は必要だしな。それくらいはここにいるか。アカーネは、宿に籠っててもいいぞ」

「わーい!」

「むう。そうなると、暇ではないか?」

「キスティ。お前は、アカーネやサーシャの護衛もして貰うから、暇ではないぞ。俺は情報収集しなきゃだし、サーシャには色々準備してもらうからな」

「むっ、そうか」

「出来れば、キスティか俺かは宿にいて、残りの片方が動くようにしよう。サーシャも、必ずどっちかと一緒に行くんだぞ」

「かしこまりました」


この休暇のうちに、方針を決めないとならない。


「話を戻すぞ。ダンジョン以外に、気になるものはあるか?」

「狩猟ギルドは明日にも行きたいですね。依頼を受けられるようであれば、しばらくやってみても良いですし」

「たしかに」


サーシャ案を採用し、明日は狩猟ギルドに向かうことにする。


「えっとお、ボクからもいい?」

「いいぞ、アカーネ」

「魔導の鍵のやつなんだけど」

「なんだ?」

「あるのは、北だね。まだザッとしか分からないけど」

「どれくらい北だ?」

「もうちょっと時間ちょーだいよ。でも、多分だけどね?」


アカーネが、大きな目をキョロキョロさせながら、嬉しそうに言う。


「北の山脈のあたりだと思う」

「まさか」

「あ! やっぱり、ご主人さまもそう思う?」


サーシャが、不思議そうに頭を傾げる。


「なんですか?」


つまり、だ、


「ガラクタの本体は、ダンジョンの遺跡にあったりして?」

「そうそう!! ロマンだよね〜ウンウン」

「まさか……」


サーシャが顔を顰める。


次の行先は、やっぱり北かもな。

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