第190話 ダンジョン
ゴールデンドラゴン号が砂の海を快調に飛ばす。
人間組は魔道具に登録してある水で今日一日くらいはもちそうだが、竜馬の水が間に合わない。そこで、出来れば使いたくなかったが、魔法の水も与えて一時的に凌いだ。
魔法で創った水は飲み続けると身体に悪いということだったが、それが魔力で創ったものが元に戻ってしまう「魔素還り」が原因だとすると、水のほとんどを魔法の水にすると、却って脱水症状を招いてしまいそうだ。
ただ、今日中に目的地に着けるかどうかという状況だし、竜馬の水を補給するアテはない。
まあ、いざとなれば竜馬は水なしでも2〜3日は大丈夫らしいが、ただでさえワーム相手に無理な動作をさせていたわけだし、スピードが落ちて着くのが遅くなったら本末転倒だ。
今回は竜馬に魔法の水を与えて、砂の都へ急いだ。
思う存分水を飲んで元気になった竜馬と比べて、後ろから俺に抱きつくキスティはバテ気味だ。
ただ脱水症状は出ていないようなので、少し多めに水を飲ませただけだ。
この状態でまた戦闘になったら、俺が踏ん張るしかあるまい。
「旦那。見えてきたよ」
日も暮れ、気温がみるみる下がっていくのを風に感じだしたころ、アーコンが馬を寄せてきて言った。
「少し遠いけどね、ピカピカが見えないかい?」
「光っている気がするな」
まだかなり小さいが、暗闇の中に浮かび上がる光は目立つ。
サーシャが遠目で確認すると、間違いなく都市の灯りだという。
壁があって、その上が光っているからそうらしいというだけだが。
「夜も明かりを灯してるんだな……」
「消灯時間になると暗くなるけど、壁の上の明かりはいくつかついたままだね」
いやはや。
本当にひと安心だ。
「最後まで油断せずに行こう」
「あいあい」
アーコンは片手を上げて、手綱を振る。
そして、後ろのジカチカに操縦を任せると、見え出した星を確かめている。
「少し肌寒いですね」
サーシャが俺にしか聞こえない声量で呟いた。
「そうだな。しかし、砂漠で野営はせずに済みそうだ。門が閉まってなけりゃあな」
「砂の都は時間にかかわらず入場できるそうですよ」
「そうだったか」
なら、今日は柔らかいベッドでぐっすり眠れそうだな。
「この後はどう致しましょう。 ご主人様の魔法は砂漠向きだと分かりましたから、魔物狩りをすれば稼げるかもしれません」
「それもいいな。個人的にはアカーネに預けてるガラクタ、魔導鍵だっけ? あれが気になる」
「王都にも地下組織はあるそうです。万が一の場合は……」
「いや、そこまで危険を犯すつもりはないぞ。あくまでどっかに埋まってるとかなら、探そうってだけだ」
「トレジャーハントですね。そういう生業の方もいらっしゃるとは聞いたことがあります」
「ほう? キュレス王国にもいたのかな?」
「どうでしょう。物語などではよく登場しますが。砂漠の遺跡というのは、いかにもありがちな舞台設定ですね」
「砂漠の遺跡か。砂漠っていっても、ここだけじゃないんだろうけど……この辺がモデルの可能性もあるかな?」
「たしか、砂漠の国の北の山脈にはいくつかダンジョンがあると聞きますね」
なんだと?
「詳しく」
「ダンジョンですか? 私には縁がありませんでしたから……」
「そもそもダンジョンってなんだ?」
「ああ。う〜ん、なんと説明したら良いのでしょう。山脈に空いたトンネルなどに、湧き点が出来て魔物の巣窟となった場所、でしょうか。といっても、魔物が冬眠のために掘った穴などは浅いですから、ダンジョンとは呼ばれませんね。だから、人工的に掘られた物……という設定が多いです」
「物語でか」
「そうです。砂漠の国にあるダンジョンは、人工的なもの、つまり遺跡なのかどうかは結論が出ていないと言われました」
人工的なものねぇ。
アリみたいな魔物がいたとしたら、それくらい深い穴を作っていても不思議じゃないし、中が魔物だらけでもおかしくないよな。そういうのは別なんだろうか。
「魔物狩りなんかは、ダンジョンに行くのか?」
「さあ? どうなんでしょう。出る魔物次第では、狩場になっているかもしれませんが」
「そりゃそうか」
人工物か分かっていないということは、人工的な何かを持ち帰ったりはできていないということだ。つまり、ダンジョンで得られる資源は魔物素材。
なら、よっぽど良い魔物が出ない限り、わざわざ潜ったりはしないか。
トンネルのようになっているってことは、周りを囲まれたら脱出が難しいし、崩落なんかの危険も考えなければならない。
……う〜ん、でもファンタジーというか、魔力的な何かが作用して崩落しないパターンもあるか。思い込みは禁物だな。
「他に良い狩場がなければ、行ってみても良いかもな、ダンジョン」
「そうですねえ」
サーシャが反対しない。
まあ、ここから更に西の果てを目指すぞ! とか言い出すよりは現実的だからか。
少なくとも狩りをして、しばらく腰を落ち着ける意思があるってことだし。
「はっ!? 夢か……」
「キスティ。お前寝てたのか?」
「い、いや。少しばかり気が緩んでな。いや、その〜」
「……」
かなりバテていたようだから索敵も免除していたが、気が緩みすぎだな。
あとでお仕置きしておこう。
光が見えてから、更に1時間弱は走っただろうか。
目の間に巨大な壁が迫ってきた。
壁の周りには空堀が掘られているが、出入り口のあるところには橋が掛けられており、かつ扉は開け放たれている。
俺たち前にも、数人が同じ門で入門手続きを待っていた。
「ここまで旅人とすれ違ったりはしなかったがなあ」
「あーしたちが、妙なコースを選んだからだよ。旦那。それより、あーしが受け答えするから、余計なことは言わないでおくれよ」
「……分かった」
前の手続きが終わり、「次の者」とお呼びがかかる。
アーコンは丁寧に対応するかと思ったが、いつも通りの「あーし」対応で質問に答えている。
門兵も、特に気に留める様子はない。あまり格式ばったやり取りはしないものらしい。
「ほう、北の国の商人か」
「そんなもんだね。あーしらの大事な取引相手になるかもしんないんだ、無体はやめておくれよ」
「ああ。さて、お前ら。北の国から来たと言うが?」
「ええ、まあ。そこのアーコンに案内されて、砂の都に来ました」
「荷駄は見えんが?」
「今回は視察なので。それにしても王都は聞きしに勝る賑わいですなあ」
「まあな。北の国といっても、これほどの都市はあるまい。最近は交流が増えているそうだからな、商機を逃さぬことだ」
「へへぇ」
思わず下っ端口調で対応していると、アーコンが胡乱な目でこちらを見ているのが分かった。
「……まあよかろう。後ろにいるのは全員、お前の連れか?」
「そんなところです」
後ろにはイスタが残っているので正確には違うが、説明するのも面倒なので受け流す。
「王都にいる間は、これを携帯しろ」
渡されたのは、星の形に削られた薄い木片。焼印でなにやら番号が印刷されている。
「これは?」
「入国証のようなものだ。次回からは、これを見せれば早い」
「なるほど」
緩い審査だが、一応管理はしているようだ。
もしかしたら居場所の特定とかもできるのかもしれない。あまり妙な動きはしないで、外に出たら異空間に仕舞っておくか。
「1人銅貨20枚だ」
「……はい」
「初回だけだ。この入国証の代金だと思えばいい」
「いえ。聞いていなかったので、少し意外だっただけです」
「そうか」
人数分の金を支払う。
流れでイスタの分まで払ったが、まあいい。
銅貨20枚くらいは餞別としてくれてやろう。
「行って良いぞ。次の者」
「へぇへぇ」
最後まで腰を低くして、中に入る。
中にも、更に奥に壁がある。その間に無数の石造の建物が並んで、各々明かりを灯しているので十分に明るい。
「なんだ、ありゃ? 何の遊びだい」
「なんのことだ?」
「なんか……やたら小物みたいな言い回しをいてたろう。たかが門番にさ」
「なんとなくだ。それで、どこまで案内してくれるんだ? 砂の都までという約束だったんだよな」
「そうだね。まあ、宿を取るくらいはしてやるよ。その前に、竜馬の返却だね」
「ゴールデンドラゴン号か……」
「やっぱりちょっと弱ってるしね。早いとこ返してやろう」
アーコンが、自分の乗っていた方の竜馬に手を伸ばし、鼻を撫でてやる。
グルルル、と喉を鳴らして反応するが、どこか力が入っていない。
「最後の魔法の水がまずかったかな」
「あるかもしれないけど、竜馬はそこまでヤワじゃないさ。ここ数日の無理が祟ったんだろう」
「そうか……」
できればゴールデンドラゴン号は買い取りたいが……。
店の看板馬だったみたいだし、厳しいか。買えたところで、維持費がすごいことになる。
それに住む場所がないと、維持費どころですらない。……ここでお別れかあ。
「グルルル」
「よしよし。よく頑張ってくれたな」
そうだ。
「返す前に、肉屋に寄れないかな」
「……返したら、店の者がエサを与えると思うけど?」
「そうじゃない。感謝の気持ちを表したいのさ」
「まあ、いいけどさ」
アーコンの案内で、途中で肉屋に寄る。
既に店じまいしていたようだが、アーコンが裏口に回って店主を起こしてきた。
「アーコン、なんだってんだよ」
「客だよ。上等のね」
「ん? なんだい、あんた。うちは騎獣用の肉屋だけど、分かってんのかい」
「ああ。この竜馬に、最上級の肉をやりたくってね」
「グルルル」
ゴールデンドラゴン号を振り返って言うと、やれやれと首を振って、店主が店の中から肉を出してくる。
「最上級ったって、うちにあるのはこれくらいだよ。砂猪の上級肉さ」
「砂猪?」
「動物だね。魔物と違って寄ってこないからね、熟練の狩人じゃないと取れないのさ」
「ほう……いいだろう。それを二人前くれ」
「竜馬だろ? まるまる1頭の肉で、一人前さ」
「いくらだ?」
「そうだねぇ。アーコンの紹介ってことを考えても、銀貨10は欲しいね」
「……良かろう」
「えっ? 良いのか?」
アーコンが呆れた様子で間に入ってくる。
「待ちな。今のはふっかけだよ。せいぜい銀貨6枚ってとこだ。しっかりしな」
「む……」
「全く。竜馬がそんなに気に入ったのかい」
「そうだな。実際、命も救われたろう」
「そうだね。それを言われると、あんたが正しいよ」
その場で、2体の竜馬に肉を与えた。
ゴールデンドラゴン号は、興奮したように肉にしゃぶりつく。
「しまった。水が先だったかもな。主人、水はないか?」
「あるけどよ。まあ、大口の客だ、サービスしてやるよ」
ゴールデンドラゴン号たちが、夢中になって水と肉を平らげる間、一同でそれを見守るという奇妙に時間が生まれた。
「長いようで、短かったな。アーコン、世話になった」
「こっちも大口の客だ。気にしないでくんな」
「ジカチカもな」
「……気にするな」
「なんか、貴重な毒を使ったそうじゃないか」
「……いつかは使うものだ。今回の報酬を考えれば、惜しくはない」
「そうかい。ところでアーコン、今後お前に依頼したいときは、どうすればいい?」
「なんだい? まさか、北の国にとんぼ返りとか言わないだろうね」
「しばらくはその予定はない。だが、信頼の置ける案内人ってのは確保しておいて損はない」
「そうかい。ありがとよ。後で連絡先を渡してやるよ。そこに遣いを寄越しな。ただし、いつもいるとは限らないからね」
「今回みたいに、案内をしているだろうしな。タイミングが合えばで構わない」
「はーっ、なんだかんだで、疲れたよ。一杯やりたいとこだ」
「さしつかえなければ、今夜は俺が奢るぞ?」
「……旦那、あんたはやる男だと思ってたよ!」
肉を平らげて、骨をかじりながら満足げなゴールデンドラゴン号を連れて、馬貸屋に向かう。
中から、ひょろりとしたヒトが出てきて、事務的に返却の手続きをする。
……暗いからよく見えなかったが、このヒト、顔がモヤモヤして見えるな?
「もしかして、霧族か?」
「ぬ? そうであるが、何か問題が?」
「いや、珍しいなと思っただけだ。気にするな。ときに興味本位なんだが」
「ふむ?」
「この竜馬を即金で買うとか言ったら、どれくらいで買い取れるもんなんだ?」
「ああ、なるほど。残念ながら、値段は付いておらん。交渉次第であるが、そうだな。貴方の乗っていたという竜馬はかなり気立てもよく、体力もある。希金貨をいただくことになろうな!」
「マジかよ」
たっけえ。
まじで高級外車というか、それ以上じゃないか、竜馬。
あの戦闘力を考えると、車というより戦車として考えるべきか。
軍用戦車が1000万円で買えると思えばお安いのかもしれない。
「今回はありがとうな、ゴールデンドラゴン号。また会える時があったら、頼むぞ」
「グルグルル……ギュオ!」
ゴールデンドラゴン号の鼻に頭を擦り付けて、別れの挨拶をする。
「懐かれておりますな。貴方は、純粋な魂をお持ちのようだ」
「……初めて言われたな」
「竜馬の知性は、話せるようになったヒトの子ども程度と言われております。それだけに、純粋な人間に共感するのです」
「ほお。褒められてんのか?」
「半々ですな。純粋というのは良いことのようにも思えますが、残酷さに繋がることもある。ご自身の子どもの頃を思えば、お分かりでしょう?」
「なるほど」
ん? 結局あんまり褒められてはいないのか。
まあ異世界に来てハーレムとか言ってる奴は、悪い意味で純粋だよな。
納得。
「ともあれ、騎獣を大事に扱う御仁は我らの客としては歓迎です。次の移動の際も、是非ご利用を」
「ああ。竜馬の他には、何がいるんだ?」
「ここは王都の牧場ですぞ。店の扱っているものなら、何でも乗られます。鳥馬、竜馬は人気ゆえに、ご予約頂かないと欠けている場合もありますが、それ以外ならだいたいは」
「ふぅん。鳥馬も気になってたんだよな」
「ほお。しかし鳥馬は、貸馬よりも買い切りを推奨しております」
「ああ、そういえば何か特徴があるんだっけ。まあ、また今度相談に来るかもしれない。そのときはよろしくたのむ」
「かしこまりました。アーコンさん、今回の代金のことは?」
「あとであーしに通してくれれば良いが、この旦那も保証金を出しててな。それだけ先に返すってことはできるかい?」
「構いませんとも。少々お待ちを」
アーコンと店の人が何やら確認をして、銀貨20枚が戻ってきた。
「さて。仕事の話は仕舞いだね! 今日は飲もう!」
アーコンが張り切っている。
アーコンのそばをそっと離れたジカチカが、何かを手渡してきた。
見たところ、黒い丸薬のようだが。
「こいつは毒か?」
「……飲み過ぎの予防薬だ」
なるほど。
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