第189話 毒

アーコンの見立てによると、方角が間違っていなければ、あと1日でどうにか砂の都につけるはずだ。

ただ、予想外のワーム大襲撃もあって、どれだけロスしたかがちょっと分からないという。


それもあって、なるべく急がなければならない。

用意してきた水が残り少ないのだ。

ヒトの水がなくなって干上がってもやばいが、竜馬がダウンして動けなくなるのもマズイ。


したがって、選択肢としては「急ぐ」ほかにない。

砂漠で野営した早朝、まだ陽が上らないうちから出発することにした。

最悪、砂の都の近くまで行けば、緊急用の狼煙を上げることで救助がくる可能性があるらしい。

だが、救助費用として見ぐるみ剥がされたりするので、できるだけ使いたくない手とのこと。同感だ。

昨日のハッスルにもめげず、今日も俺のゴールデンドラゴン号は快調だ。


陽も上り、今日もいくつもの砂山を越える。

昼前になり、赤いサボテンを発見し、竜馬に喰わせていた時、アーコンを呼ぶ。


「後ろの方からからちらちらと、警戒範囲に入るやつらがいるな」

「ええ? そうかい?」

「ああ。この大きさは小型の魔物か、ヒトかだろう。この動きを見ると……ヒトかな」

「ワームを撒いたと思ったら、今度は賊かい? やれやれ……」

「まだ分からん。少し先に、砂山の陰になるような場所がないか確認してくれ」

「どういうことだい?」

「いつまでもあとを付けられるのは面倒だ。物陰に入って、出方を探ろう」

「……分かったよ」

「サーシャ、アーコンと一緒に少し偵察してこい。警戒を怠るなよ」

「承知しました」

「アカーネとドンも連れてけ」

「はい」


意識的に探知範囲を伸ばすと、後ろに数人いることが確認できる。気配察知では分からない距離だ。意図的にこの距離を取っているなら、やはり怪しい。


「キスティ、イスタ。対人戦になるかもしれん」

「盗賊か……」

「この辺りは治安が良かったんじゃないの」

「そう言うな、イスタ。魔物が跋扈しているような砂漠の全ての治安をカバーするようなことは、キュレス王家でも無理だろ」

「……そうだね」


とりあえず、敵対するものと考えて準備する。

もし紛らわしい行商とかだったら、驚かせることになるが。

それは、紛らわしい行動をしたあっちの責任が大きい。


「対人戦なら、サーシャの弓が頼りになる。こっちは水もロクに補給できていない状態で、前衛戦力もここにいる3人くらいだ。気を引き締めろ」

「あの、巨人族のジカチカって人は?」

「あいつか? 槍を持っているが、頼りになるか分からんな」

「いや、あの人は弱くないと思うよ。ワーム戦では一緒の馬に乗ってたから、分かるけど」

「ほう? そういえば、そっちの詳しい話は聞いてなかったな」

「ワームが何匹か動けなくなったのは、多分あの人の毒のおかげだよ。ワーム用の毒って言ってたから」

「……そんなものを使ってたのか」


確かに、あちらの馬から放たれた攻撃は確認していた。

おおかた、アーコンのクロスボウかイスタの投げ剣かと思っていたが。


「貴重だから、あまり使いたくないってさ。でも、あのときは流石にね」

「ほう。毒使いってのも便利だな」


拘束したいときは麻痺毒、殺したいときは致死毒と使い分けができるし、魔物にも効く毒ってのは便利そうだ。

扱いが難しそうだが、何でも屋としては結構良いのかもな。

ただ、よっぽど信頼できる味方じゃないと、怖くて近寄りたくないか。


「毒を使う時、あのドンって子が怯えてたからね。よっぽどの効き目なのかも」

「マジか」


ドンが怯えるって。

まあ、目の前であの巨体を殺す毒を扱われたら、敵意がなくてもビビるか。


「この状況だし、アーコンも協力してくれるか。よし、俺が後衛を守るから、お前らイザというときは突っ込め」

「主、珍しいな? 打って出ないのか」

「なに、俺はちょっとした作戦があってな。砂上の戦いは相手の方が慣れているだろう、キスティも油断するなよ」

「かしこまった」

「イスタ」

「な、何?」

「そろそろ砂の都だ。そこから後は、俺は面倒を見るつもりはない」

「うん……そういう約束だったしね」

「最後がこれとは思わなかったが……これが最後の機会になるかもしれない。キスティを見て学べ。こいつはこう見えて、死なない立ち回りの技術がある」

「そうだね……突っ込むスタイルだけど、常に反撃を想定しているってのは、見ていて分かるよ」

「出が出だからな。まずは死なない戦いを叩き込まれるのだ」

「俺のようになるのが正しいとは1ミリも思わんが。俺を見て、何か学ぶことがあるとしたら、そこだ。イスタ。生き汚く戦え」

「はい!」


アーコンたちが、少し先の地形を確認して戻って来た。


「左前に進んだ、2つ先の砂山。あの先は大きく窪んでいて、周囲から見えにくくなってる。これでいーかい?」

「上出来だ。今回ばかりは、ジカチカの手も借りるぞ」

「……仕方ないね」

「安心しろ、最前線で戦わせるつもりはない。正面はキスティとイスタ。ジカチカは背面の警戒だ」

「それでいいのかい?」

「相手の出方次第だが、広がって包囲しようとする可能性も高い。その場合、サーシャとアカーネを護れる力が必要だからな」

「あと、あーしもね」

「そうだな」


今回は俺も後ろめに残るから、いざというときの救護はできるだろう。

周囲に展開してスキルの撃ちあいとかになっても、サーシャがいれば打開はできると信じる。


「さて、思い過ごしだといいけどね」



***************************



窪んだ日陰に入り、料理道具なんかを広げて休憩してみせる。

その間も、周囲への警戒は怠らない。


もう少し行くと、砂の都に近付いて巡回も増える。

攻撃するなら、良いタイミングだと思う。


そして、当たってほしかったわけでもないが、予測通り後ろから10人弱の集団が静かに近付いてきたことを察知できた。


「……来るぞ」


剣を握る。イスタを見ると、案外と落ち着いた様子で槍を握った。

こいつも、戦士団で賊を殺したことくらいはあるのだろう。ただのお坊ちゃんではない。


「おいおい、こんな所で休憩かい? 余裕だねぇ」


こちらを見下ろせる砂山の頂点に、鳥馬に乗った、白いフードの人物が姿を現す。

種族は分からないが、声質からして男だ。


「あんたらは?」

「ふぅむ。ワームに襲われたにしては、小奇麗だな」

「何の用だ?」

「すまんが、ここは戦士団の作戦中でな。通行するなら、税を貰いたい」

「そんな話は聞いたことがないが」


フードの男がピクリと反応し、その周囲に何頭かの鳥馬が姿を現す。


「お兄ちゃん、警戒するのも良く分かる。だが、ここは穏当にいこう」

「なら、その後ろにいる奴らも姿を見せたらどうだ?」

「……。いいだろう、おい、おめぇらも上がって来い」


ぞろぞろと、鳥馬に乗った鎧姿の集団が砂山の上に現れる。

ふむ。

散会せず、固まって並んだか。


「お兄ちゃん、こっちはここにいるだけで8人だ。それに見たところ、そっちには良いトコのお嬢ちゃんもいるんじゃないか?」

「そう見えるか?」

「おいおい。その喧嘩腰をいったん止めようや。こっちは親切で言ってるんだぜ」


フードの男は、やれやれといった様子でやり取りをする。

優位を確信しているのか、ブラフか。


「脅しに聞こえたがな」

「そりゃすまなかった。それに、ここにいるのは全部じゃない。言っている意味、分かるか?」

「前に4人くらい潜ませてたか?」


今、警戒範囲に入ったが、方向が真逆だ。馬に乗っていないな……あっちは徒歩か。

こいつは迂回したというより、もともと別行動だったのかも。


「さてな。だが、それよりは多いと言っておこう」


これはブラフだ。

いや、探知できないスキル持ちの可能性はあるか。

そんなやつがいたら、どこに配置するだろうか。考えを巡らす。


「で? 何が望みだ」

「聞く気になったか? そうだな。通行料として、持ってる金貨は置いていってくれ」

「希金貨はいいのか」

「なんだって? わはははは!!」


フード男は、左右の手下と顔を見合わせて、手を叩いて笑う。


「冗談はうまいな、兄ちゃん。だがもし持ってたら、金貨と一緒に置いてってくれや」

「ふぅん。あとは?」

「あとは、そうだな。そっちのきれいな嬢ちゃんは置いてってくれるか」


誰のことだ? キスティは兜で顔が見えないだろうし、サーシャか?


「あっちで弓を構えている女か?」

「違う違う、後ろでペットと一緒にいる子だ」

「アカーネかよ。ロリコンか?」


すごい勢いで反射ダメージがあった気がしたが、まあいい。

最近アカーネ、すごい人気だな。ちょっと大人っぽくなってきたからだろうか。


「すまん」

「なんだ?」

「そろそろ持ちそうにない」


敵意は確認できたし。

そろそろいいか。

正直に言うと、もう限界なんだ。


8人もの体重と8体の馬の体重を掛けられて、この状況を維持するのが。


「何っ…………」


ズズズズズズズ……


砂山が崩れ、吸い込まれるように8人と鳥馬たちが姿を消し、砂煙が舞う。


「うわああああああ!」

「あちい、あちいよ!!」


前から聴こえてくる阿鼻叫喚。

後ろで武器を構えていたアカーネが、一瞬遅れて声を絞り出した。


「……な、なにしたの?」

「落とし穴をな。俺の得意技だ、忘れてたか?」

「8人も落とせるやつ?」

「そうだ。あと、意外とおしゃべりだったから、地下でラーヴァショットも準備してたけど。撃つより落とした方が早いなって思って」

「うわぁ……」


追加で、手元で創り出したラーヴァストライクを穴の中に放り込む。

そして、土魔法で落とし穴の入り口を塞いでみる。


これで死ぬかは分からないが、しばらくの時間稼ぎにはなるはずだ。


「後ろから4人来るぞ! 前は任せて、対応しろ!」

「う、うん!」


後ろから、状況を把握できていない4人が近付いている。


「後ろから来るのは、確実に敵ですか?」

「状況的にはそうだろうな」

「救援の可能性は?」

「う~ん、なくはないが……流石にタイミングが良すぎないか」

「そうですか。では、遠慮なく」


サーシャが弓を構えた。

敵が顔を覗かせた瞬間に、射貫くつもりだろう。


「わぁ、まてまて。一応警告しとくよ」


アーコンが慌てて、何かを取り出して後ろに放った。


パチパチと音がして、煙が出る。


「今のは?」

「警戒中だから近付くなっていう信号。少なくとも戦士団なら分かるはずさ」

「……変わらず近付いてくるな。よし、サーシャ。やれ」

「はい」


俺は落とし穴に意識をやるが、なんどが衝撃があり、入り口をぶち破られそうだ。更に魔力を追加して、入り口を強く閉める。


「行くぞ、イスタ」

「う、うん」


キスティとイスタは、後ろの敵に対応するため駆け出しだ。

後ろを警戒していたジカチカは、ジリジリと慎重に後ろに行っている。


「頭っ、状きょうはぐぼっ!?」


頭を出したやつが、サーシャの矢で兜を弾かれて後ろへ転ぶ。

そこでジカチカが飛び出し、槍を振るう。

俺からでははっきり見えないが、声が聴こえる。


「な、なんだ、身体が……」

「……」

「うおおお!」


キスティが雄叫びを上げ、加勢する。

イスタも負けじと飛び出し、自慢の槍で参戦したようだ。


「サーシャ、援護できるとこに行け。こっちは大丈夫そうだ」

「はい」

「アカーネ、アーコン。念のため落とし穴のあたりを狙っておけ」

「ああ」

「うん」


後ろの敵は最初にやられた奴を除いて3人いたが、1人、また1人と動きを失っていく。

最後の1人はイスタが相手にしているらしい。

そこで、キスティとジカチカの動きも鈍くなる。


どうやら、イスタの戦闘を見守るらしい。


落とし穴からの抵抗もなくなったが、そちらへの警戒を残したまま、後ろを見に行く。


「無事か?」

「はあ、はあ、はあ……」


イスタが、ぐちゃぐちゃになった小柄なやつを槍で貫いていた。

何とか勝ったらしい。


キスティはこちらに歩いて戻ってきていて、ジカチカはイスタの近くでじっと戦いを見守っていた。


「キスティ」

「主、こちらは問題ない。他に敵影はないか?」

「ちょっと待て。……よし、ないな」


もう一度、落とし穴の近くまで戻ってみるが、変化はない。

全員地下で力尽きたか、気絶したのだろうか。


「よし、今のうちに出るか」

「首を取らんのか?」

「生きてたら面倒だし、そもそも俺たちは急いでるんだぞ」

「そうであったな……」

「後ろで倒した4人の持ち金くらいは拝借しよう。手早く懐を探ってくれ」

「承知」


金でなくても、水があるといいんだけど。

展開していた料理道具なんかをまとめて、準備する。


「主。金はほとんど持っておらんな。水というか、酒は持っていたが……」

「酒かよ。水の補給はどうしてたんだ?」

「どこかに補給拠点があるのやもしれん」

「まったく、要求する割に自分たちの戦利品はショボいとは、面倒な連中だ」

「……否定できんが、戦利品がショボいのは主が大半を穴に埋めたからでは?」

「なるほど」


キスティが鋭いことを言う。

俺の戦い方って、基本的に金稼ぎに向いていないのな。

まあいい、とっとと砂の都に出発しよう。


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