第188話 ゴールデンドラゴン

「……まずいね」


出発から3日目の昼下がり。

砂山の影に身を寄せるようにして、しばしの昼休憩を取っていた時、アーコンがボソリと呟いた。


「どうした?」

「休憩も短くしたほうがいいかもね」

「何か危険が?」

「分からない。けど、どうもサンドワームの領域に入っている気がする」

「なんだと?」


出発前にもアーコンが収集した情報と経験をもとに、魔物の群生地は念入りに避けていたはずだ。特に、サンドワームは注意していると聞いていた。


「あいつらは、不規則に移動するからね。少し前までは……1ヶ月前までは少なくとも、この辺は安全だったはずさ」

「だが、サンドワームの気配があったか?」


俺は全力で地中探知をしているが、それらしい影を探知したことはない。


「いや。だが、サンドワームが地中から飛び出してきたときに残る跡らしきものがある。1つや2つなら、はぐれだと思うんだけどね……」

「3つ以上あった?」

「おそらく、ね。それに、ジカがね」

「ジカチカがなんだ?」

「あいつは探知スキルなんて便利なモンはないが、妙にカンが良い。あいつが言うんだ。何かヒリヒリする、ってな」


思わず、アカーネが抱えているドンさんを見る。

呑気に、隣に座るイスタから木の実を献上されてムシャっている。


「……近くにいるってわけじゃなさそうだな」

「旦那の探知かい?」

「そんなところだ」

「それなら、無理に動かないのも手だけどね。でも、こんな砂漠のど真ん中にいるってのも、ゾッとしないからねぇ」

「水も限りがあるんだ。とっとと先に進もう」


防水加工のされたふくろに入れて町から持ってきた水は、既に半分以上がなくなっている。

水源地で補給した僅かばかりの水も、既に竜馬たちの腹の中だ。

竜馬たちは他にも途中で真っ赤なサボテンのような植物を食べて水分補給していたが、俺たちが食べると腹を壊すらしいので、水をチビチビと口に含んで移動している。


「そうだね。竜馬が潰れないうちに、次の水源地に着いたほうが良い」

「ああ。ゴールデンドラゴン号が干上がらないうちにな」

「……なんだい?」

「ゴールデンドラゴン号か? こいつの名前だが」


ぶるるる、と鼻息荒く顔をこすりつけてくる竜馬をなでなでしてやる。

ういやつめ。


「随分と入れ込んでるが、そいつは借り物だよ。分かってるんだろうね?」

「分かってる、分かってる」

「それと、そいつにごーるでんとかなんちゃらなんて名前はなかったと思うけど」

「俺が付けたからな」

「……」


少し離れたところで、「いやいや、酷い名前だと思わない? スーパーキング」と言う声が聞こえた。


「なんだ? イスタ」

「ゴールデンドラゴンって。そのまんまじゃないか。いや、ゴールデンはおかしいけど」


俺のゴールデンドラゴンは褐色なので確かにゴールデンはおかしいかもしれない。しかし、陽の光を反射して砂漠を走るこいつは、金色に輝いて見えているはずだ。


「お前のスーパーキングの方がひどいぞ」

「そうかなあ?」

「スーパーとか付けたがるのはお子様だぞ。なあ、アカーネ?」

「……どっちも酷い」


アカーネはイスタに気を遣うが、こういうのははっきり言ってやった方がいいのに。

アカーネはやさしいな。


「ギュギュ」

「なんだ? アカーネ、俺に言いたいことがあるのか」


アカーネに抱えられているドンが、何やらアカーネの話を聞け的な鳴き方をしている。


「そうだけど、なんで分かるの?」

「なんとなくだ」

「うん。まあ、新しい話題じゃないけど、やっぱり方角的にはこっちで合ってるみたい」

「ガラクタの話か」

「うん、そう。反応が、なんていうのかなー、分かりやすくなってる」

「もしかして、砂の都にあるのかもな」

「う〜ん、ちゃんと計算してみないと分からないけど、ちょっと北みたいだから、違うと思う」

「そうなのか」


砂の都にあるって方が楽だったんだけど。

まあ、その場合誰かが所有している物に反応したってことになるから、都にはないと分かったのは朗報かもしれない。


「まあ、今の場所が正確に分からないから、難しいんだけど……」

「ああ、まあな。都に着いたら何か考えよう」

「うん。あと、これ」

「なんだ?」


アカーネが差し出して来たのは、4つの黒い球。


「闇虫のか」

「そう。ボクなりに、前の闇玉を参考に威力を出そうとしたんだけど。でも、あんまり期待しないで」

「ほう、攻撃に使えるのか」

「音が出るだけかも。ほとんど実験できてないから。出来るだけ仲間から離れた場所で使うようにして」

「オーケー」


ててーん!

改造魔石(闇)(闇虫)を4つ手に入れた。

というか、アカーネは竜馬に揺られながら、こんなものを作っていたのか。

助かるが、少し呆れると言うか、筋金入りの魔道具馬鹿だ。


「そろそろ出よう」


水を差すように、アーコンが急かしてくる。

いつもは背中に背負っているクロスボウを、砂漠に入ってからは手に構えていることが多い。

砂漠で逃げれば、逃げられても迷って死ぬおそれがあると言っていたから、彼女も否応なしで臨戦態勢なのだろう。

その脇には、槍を抱えた巨体がいつも通りにガードしている。

こいつはアーコンに買われた奴隷と言っていたが、何でそんなにアーコンが気に入ってるんだろうね?

ま、嫌なやつでもないので、彼が出会った中ではマトモだっただとか、案外そんな理由かもしれない。


「よし、出発だ」

「グルル」


ゴールデンドラゴン号の手綱を引き、両足でポンと背中を叩いてやる。

ゴールデンドラゴン号はそれだけの合図でこちらの意図を汲み取り、滑り出すように砂の海へと駆け出していく。



見慣れた光景が続き、たまに竜馬が文字通り道草を食う以外には、代わり映えのない旅が続いた。俺とアカーネあたりは、日差しへの慣れと、魔道具マントの扱いにも慣れてきて、案外快適になってきた。

反面、辛そうなのがキスティとイスタだ。

俺にくっついているキスティは、「う〜」「やってらんないー」みたいなうわ言を定期的に吐き出している。


快適な竜馬の旅でこれなのだ。

足の遅いという虫馬や、ましてや徒歩で渡っている人たちは本当に凄いな。



小休憩を挟みつつ、4時間ほど走ったころに、後ろから何かが投げられた。

それは砂を撒き散らしながら、小さな風の渦を巻き起こした。


アカーネの、風玉だ。


後ろを振り向き、竜馬の速度を少し落とす。


「なんだ!?」

「ドンちゃんが!」


前には重点的に地中探知を打っていた。

あるとしたら、後ろか?


一気に、3つほどの地中探知を少し角度をずらして後ろに放つ。

ない……いや、範囲ギリギリに反応がある。4つか5つか。


「アーコン、後ろから4、いや5体以上来るぞ!」

「ワームかい!?」

「分からん!」


小さくはない。だが、どこまで大きいかまでは探知できない。


「速度を上げろ!」

「この子らは今日1日走ってんだ、無理があるよ!」

「だー! このままじゃ追いつかれるっつの!」


明らかに、反応は近付いている。

緊急動作の予告操作をしてから、左右を叩けば竜馬は飛び退く動作もできると聞いている。

それで回避するしかないか。


「緊急動作を入れろ! 俺の合図に合わせろ!」

「分かった!」


緊急動作に備えるため、竜馬はさらにスピードが落ちる。

その分、また後ろからみるみる反応が近付いてくる。


まだだ……

まだ……


反応は真下に移り、そこから急速に上昇……


「跳べっ!!」


右手を振って、合図を出す。アーコンが、向こうの竜馬を叩く動作が目に入る。

2体の竜馬が、左と右に跳び、先ほどまでいた場所の砂が盛り上がる。


一瞬遅れて、かつて見たアースワームと似た、巨大な口を広げた筒のような魔物が地面から飛び出して跳ぶ。

ただ、アースワームよりも1回り小さいように思う。


「次も来るぞ、並走しろ!」


飛び出したワームを避けるように、前に進む竜馬が再び合流する。

少しして、再び地中から飛び出してくる気配。


「よし、跳べっ!」


先ほどと同じようなタイミングで、今度は揃って右に跳んだ。

そして砂が盛り上がり、飛び出してくるワーム。

今度は飛び出して来ると同時に、ファイアアローもお見舞いしてやる。


ーーギシャアアアッ!


叫び声が聞こえるが、ダメージが通っているかは分からない。

なんせ、5体はいるのだ。効果確認している余裕がなかった。


サーシャが、俺の邪魔にならないように、小さな動作で矢を番えた。

あっちにはクロスボウ使いのアーコンも乗っているから、攻撃しているのかもしれないが、それを確かめる隙もない。


周辺に、つづけざまに地中探知を放つ。

まとまって真下のあたりにいる2体と、少し遅れている2体。

そしてさらに遅れている3体で、合計は7体か?


数を減らさないことには、この鬼ごっこが永遠に続いてしまうか。


竜馬のスピードをさらに下げる。

探知で魔力が通った土を、無理矢理持ち上げるようにして操作を試みる。


飛び出そうとしていた1体は、動きが流れて少し離れた右手の場所に飛び出す。

今度は少し距離があるため、サーシャとアーコンの矢が飛んでいくのが見えた。


もう1体が、また地中から飛び出そうとしている。

これは速度の落ちた俺の竜馬だけを狙っていたので、緊急回避で前にかわすことにする。


「キスティ、これから後ろに出てくる! 叩け!」

「承知!」


予告通り、少し後ろに出てきたワームに、キスティが槍を突く。急制動がかかり、並の人ならばそれどころではないはずだが、流石の体幹だ。

ワームは緑の血を撒き散らしながらも、再び砂に潜っていく。


「タフだな」


幸いなのは、隊列を組むようなことはなく、各々のタイミングで飛び出してくることだ。

だから、2体、2体、3体とタイミングがずれていて、それぞれのブロックで対処する余裕がある。


今飛び出したワームは一時的に速度が落ちるため、しばらくは追いついてこない。

その間に、次の2体が近付いている。


「数を減らさないとな」


緊急動作を続けて、竜馬にも疲れが見える。

いつまでも鬼ごっこというわけにはいかない。

間ができたのを利用して魔力を練る。

速度を落としている俺のゴールデンドラゴン号の方に、地中の敵がロックオンした。


2匹がほぼ同時に飛び出してくるのを探知し、後ろへと飛び退く。

派手に吹き上がる砂煙。

同時に、練り上げた魔力を溶岩に変換し、飛び出てくるワームの真上に放り込む。


ーーギュッェェェェェェ!!


1体がそれをモロに浴び、飲み込んでしまったらしい。

身体をくねらせ、のたうち回る。

もう1体は皮膚に多少の溶岩を浴びただけで、元気な様子。

だが、砂に潜る前に、前を走る竜馬から複数の光るモノが飛来し、ワームの口に入っていくのが見えた。

1つはアーコンのクロスボウだと思うが……。


ゴールデンドラゴン号に速度戻せ、という合図を送り、前の竜馬を追う形で元のスピードに戻す。


次の3体はまだ少し距離が……1体上がってくる?


地中探知がそれを探知した直後、少し離れた位置から、上というよりは進行方向に勢いよく飛び出すワーム。

いくつもの牙が付いた大口が、後ろから迫る。


「うおっ!?」


咄嗟に、探知で魔力を通していた周囲の砂を、まとめてワームに叩きつける。

ワームの邪魔を少しでもできれば、という意識だったが、結果的に巨大な砂の塊が、殴りつけるようにしてワームを正面から叩いた。

きれいなカウンターでぶん殴られた形になったワームは、唸り声を上げながらのけぞり、勢いが殺される。


あれ?

俺って、もしかして。砂漠で強いんじゃない?


1体を引き離したが、同時に接近していた2体が、左右から飛び出す。

真下からの飛び出しはかわされると、学習したのかもしれない。

再び砂をまとめ、右から来た1体に叩きつける。

しかし、左からの1体には対応できない。

左からの1体はやや身体が小さいが、それでも体長2m程はある。


そちらにはキスティが槍を構えているが、勢いを消せるか。

祈るような気持ちで、次の瞬間を待つ。


「グロロロオオ〜!」


飛び込んできたワームが、ゴールデンドラゴン号の尻尾で吹き飛ばされる。


……どうやら度重なる襲撃に苛立ったゴールデンドラゴン号が、力任せに尻尾を振ったらしい。


「……よくやった! 速度戻せ!」


再び疾走状態になった竜馬2体は、次第に後ろのワームの反応から遠ざかっていく。

度重なる攻撃で警戒しているのか、あるいはダメージが多少なり蓄積していたのか。


完全に探知できなくなるまで走ると、竜馬を通常速度に戻した。


「ふう……まったく。生きた心地がしなかったな」

「騎乗戦闘は難しい」


キスティは、槍をブンブンと振って納得いかなそうだ。


「サーシャ、遠目で見てどうだ? 着いてきてる気配はあるか?」

「……ありませんね。アカーネ、様子はどうです!?」


サーシャが声を張り上げて、前を行く竜馬に声を届ける。


「だいじょうぶー、ドンちゃんも落ち着いたよ!」


アカーネの細い声を辛うじて聞いた。


「主、どうするんだ? 倒したワームの素材は」

「キスティ。流石に、またあんなのに襲われる危険を冒してまで、素材を拾いには行かんぞ」

「致し方なしか。しかし主、あの砂はすごかったな!」

「ああ。確かに、砂を創る魔法は得意だったが、俺は砂と相性良いみたいだな」

「この国で士官すれば、出世できそうだな」

「まあ、しないけどな」

「この国で士官しても、たかが知れているだろうしな」


いや、たとえキュレス王国で将軍に迎えるとか言われても、お断りだが。

キスティは戦士家の生まれだけに、そういう立場みたいなものに憧れがあるのだろうか。


「先を急ごう」

「ああ」


元のルートからは、少しだけ外れてしまったらしい。

アーコンが何度も現在位置を確認しながらの進行となった。

その影響もあって、この日は、何もない場所での野営となった。

残っていた水の大半は、竜馬に与える形となった。

人の余裕がなくなるが、万が一竜馬がダウンしていますと、色々マズイ事態に陥る。

人の飲料水は、コップに登録した水を舐めるようにして我慢するしかない。


なるべく夜風を防げる場所を少し掘り、そこにテントを立てる。

地面に固定することは難しいので、中に人が入って飛ばないようにするしかない。

焚き火も、適切な木片を拾えないので、街で買ってきた着火剤を利用するしかない。

それも貴重なので、最も冷え切る深夜の何時間だけ火を点ける。


他はいつも通り、交代でテントに入りながら休憩する。

ただし、今回は俺たちのパーティのテントを皆で共有することにした。

いくつも建てていたら、飛ばされやすいし、目立つ。


夜番じゃない人が順番に中に入り休むことにした。


いつも通りドンさんは夜通しのシフトとなるが、寝転ぶと砂が毛の中に入ってくるらしく、かなり嫌がっている。

テントの中に入っててもいいと言ったが、それもつまらないらしく、起きている番の膝上に乗って過ごすことにしたようだ。


最初がサーシャとイスタ、ジカチカだ。

これは問題なくサーシャの膝上。


次にアカーネとキスティ。アカーネの膝上だろう。


そして最後にアーコンと俺。当然俺、ではなく、アーコンの膝に陣取った。


「なんだい、甘えん坊だね」

「……おいドン、よそのパーティに甘えるんじゃない」

「ふわふわじゃないか」


アーコンは見せたことのないような優しい表情で、ドンのふわふわ毛皮を撫でている。


「ギューキュ?」

「ほら、木の実をお食べ」

「ギュッギュ!」


こいつ、女性陣は自分が甘えると断れないと学習してやがるんじゃないか?

まあ、いいけど。


「食い過ぎないようにな、魔物が出たら動くんだから」

「ギー」


分かってるわい、的に鳴いたドンを見やりつつ、気配察知と地中探知を併用する。

……うん、大きな反応はなし。

どうやら、あのワームどもは完全に撒いたらしい。


「しかしあのイスタって坊主、あれはほの字だろう?」

「……」

「どうすんだい」

「どうするも何もな。アカーネも惚れてどうのってなら、まだ考えるが。何にも思ってないだろ、あれ」

「まあねえ。第三者から見ても、ありゃ脈なしだ」


しかし、実際アカーネに、いや従者組にそれぞれ好きな人とかできたら、どうしよう。

人道的には応援してあげるべきなのだろうが、なかなか複雑な気持ちだ。


「まあ、旦那のせいもあるだろうね」

「……なんだ? 俺は別に、アカーネに好きになるななんて言ってないぞ」

「そうじゃないよ。なんというかね……。まあ、旦那とあの子がどんな関係なのか、あえて聞きゃしないよ。しないけどね……。ああいう時分で、ああいう内向きな子がね。なんていうかねぇ……」

「なんだ?」


いつもズバズバ物を言うアーコンが、口籠るなんて。

探知への集中を持って行かれないように注意しつつも、耳を傾ける。


「……まあ、いいさ。あーしが口を出すつもりはないよ」

「気になるだろうが、全部言えよ」

「やだよ。あーしの思ったことなんて、どうでもいいだろう? あの子の気持ちが少しでも知りたいなら、ちゃんと向き合うことだね」

「……ああ」


気持ち悪いが、アーコンはもう何もその件について言うつもりがないようだ。

アカーネの気持ちねぇ。


空を仰ぐと、満点の星空。

この世界の夜空はどこでも、地球世界のものよりずっと綺麗で、自然だ。だが、とりわけ厳しい砂漠の空には、混ざりっけのない澄んだ光が瞬いているように感じた。


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