第187話 水源地
明後日の朝。
貸馬屋から連れてきた龍馬2頭に乗る。
竜馬には馬具が取り付けられており、その巨体への降り乗りははしごを登るようにして行う。操縦は主に手綱と足で行い、少し言葉も理解しているというのは以前に聞いたこの世界の馬に関しての情報と一致している。
手綱は俺が握るが、俺の前にサーシャを抱え、後ろからキスティが抱きついてくる形だ。
サイズ的に俺の前はアカーネにするつもりだったが、索敵と非常時のことを考えて、アカーネはアーコンたちの馬に乗せることにした。
俺とキスティ、サーシャというバリバリの戦闘要員が前を走り、索敵の主な部分を担う。魔物にも怯えないという優秀な龍馬に騎乗して、戦闘時は敵に切り込む。アーコンたちの馬は、逃げ回りながら援護するという役割分担である。
アーコンたちの馬にはイスタも乗るが、一番後ろでアカーネとくっつかない配置にはしてもらった。
ここからは怪我人を抱えただけで生存率がグッと下がる砂の海だ。アーコンもさすがに援護に参加すると言っている。
騎乗しながらの射撃にはそこそこ自信があるらしく、ジカチカも保証してくれたが、どこまで頼りになるのやら。
サーシャをこちら側にしたのも、弓使いをそれぞれの馬に配置したいからというのもある。
俺が乗る、優秀な方の龍馬は牧場で顔を近づけてきたあいつだった。
挨拶がわりに肉の塊を与えてみたら、ますます懐かれてしまった。
「では、達者でな」
「お気をつけて」
ミヅカとリッカも、街の外れまで見送りに来てくれた。鍋パで別れは済ませたつもりだったが、律儀に時間を合わせて来てくれたようだ。
少し泣きそうに見えるサーシャ、元気なキスティ。まだ人見知りしてそうなアカーネも手を振りかえす。
「お元気で」
「また出合わせしよう、ミヅカ殿!」
「ば、バイバイ」
最後に馬に乗るイスタは、その直前になってリッカたちの方を振り返る。そして、勢い任せに頭を下げた。
「お世話になりました!!」
ミヅカは、ただ頷いただけだった。
リッカは、少し辛そうな表情に見えた。
「イスタ。ここから貴方は、当家とは関わりのない流民となります。いつか、いつか生きていたら、また会いましょう」
「……はいっ!」
イスタは兜を被り直して、表情を隠す。
そして、振り切るように馬に登った。
「世話になった。しばらく北の国に戻る予定はないが、何か依頼ごとがあれば傭兵組合にでも言付けしてくれ。この国の組合はよく知らんがな」
馬上からだと少し距離があるので、喉に力を込める。
リッカは胸に手を当て、きれいに腰を折った。
「感謝します。言付けがあれば、組合よりは商会の方がまだ届きそうですね。ビリック商会にたまに顔をお出しください」
「あんたらは結構、良い奴らだったからな。最初こそ強引だったが……」
領主の館で、拉致同然に部屋に引き込まれたあの日を思い返す。
……良い奴らだよな?
「おじさまの不作法はお赦しください。その、ああいう方ですので」
リッカが苦笑する。
「ふっ、気にすんな。俺も不作法さには定評があるのでな」
「はい。サーシャさん、キスティさん、それにアカーネさん。あなたたちも、困り事があれば我々の元にお越し下さい」
「……はい」
サーシャが控えめに返事をする。
この場合の困り事ってのは、俺がどっかで死んだときとかかな。
サーシャたちの頼れる場所が増えたのは、ありがたいことだ。
「よし、出発するぞ。ハイヨー!」
「……」
「……」
「ガウー?」
空気を読んだような龍馬の鳴き声を残して、砂漠地域へと踏み出した。
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しばらくは砂漠というより、荒野を進んだ。半日もすると地面は砂だらけになり、風に舞い上げられた砂の渦があちこち漂うようになった。
龍馬の乗り心地は悪くない。いや、予想よりも数段良い。
龍馬は四本脚を器用に前後させ、するすると滑るように進んでいく。地球の馬と同じ早馬と比べて縦揺れがなく、かなり快適だ。
ただ、快晴の空から照っている日光には辟易とする。周囲に積み上げられ、小さな丘のようになっている砂山の表面がキラキラと光を反射し、四方から照り返されているようだ。
これまでの荒野は、荒野と言えど木はそれなりにあったし、岩で影になっている場所もあった。
それに比べて砂漠に入ると、常に日光が降り注いでくる。
湿度が低く、マントの自動温度調節で少し涼しくできるのが救いだ。
後ろから、呟く声が聞こえた。
「キツイな」
「キスティ。金属鎧で入らなくて、正解だったろ」
「まあなあ。しかしこの温度調節マント、ほとんど効き目がないのではないか?」
「キスティは魔力使いが荒いからな。練習すればもうちょっとは涼しくなるんじゃないか」
「むう、これも鍛錬かあ」
見通しは良いので、地上はサーシャに索敵をある程度任せて良いだろう。
努めて地中探知を絶やさないようにする。
砂漠の中に進むにつれ、分かったことがある。
砂漠、地中探知がやりやすい。
なんというか、サラッとした地面だからか、魔力もサラッと透過していくようなのだ。
おかげで、これまでになく広範囲を探ることが出来ている。
小さな反応はあるが、こちらに向かってくるデカブツの反応は今のところない。
結局ここまでワームに出くわしていないが、今度狙われたら、今度は俺たちだけで倒さなきゃならん。
まあ、龍馬がいるから逃げの手を打てるのが前と違うところか。
虫馬だとそうはいかないから、やはり龍馬で正解だな。
「今日はオアシスまで行けそうか?」
「多分ね」
アーコンは別の馬に騎乗しているので、今までより意思疎通が大変だ。
アカーネ、近いうちに短距離通信用の魔道具とか開発してくれないだろうか。
「やっぱり龍馬はサイコーだね! いっつも使えたらいーんだけどね」
「いつもはどの馬に乗ってるんだ?」
「虫馬か、鳥馬か。歩きの時もあるよ」
「鳥馬って、あのチョコ…じゃない、二足歩行の大きい鳥だよな。たまに見る」
「そうさね。砂漠住みの鳥馬は砂鳥馬なんて言われる。扱いやすいし、いい騎獣さ」
「今回は候補になかったな?」
「まあね。長距離を一気に渡るのには向かないね。特に砂漠を1週間足らずで横断するとなると、途中で乗り捨てることになる」
「まじか。それは可哀想だな」
龍馬はカッコいいが、巨鳥に乗って進むってのもファンタジーみがあってイイのだけどな。
「砂の都で拠点を構えるなら、そのうち鳥馬を買うことになるかもね」
「値段は? 庶民にも手が届くのか」
「旦那、庶民ってガラじゃないだろーに……ま、そうさね。上を見ればキリはないけど、手頃なやつなら半金貨くらいで買えるよ。安い竜馬よりも10分の1くらいさ」
半金貨っていうと、多分50万円くらいか? 中古の国産車くらいは買えるんだろうか。
車の類は持っていなかったから分からんな。
「4人全員分買えば、金貨2枚か。そこそこするなあ」
「全員分揃えればね」
「仮に拠点ができて、パーティ増やしたとしても、魔物狩りに行くなら4人くらいは欲しいからなあ」
「魔物狩りさまは出費も嵩むね」
「まあな」
そもそも、馬が買えても、それを繋いでおく厩舎がなければ話にならない。
そうすると、拠点の確保が先ということになり、それにも金がかかるだろう。
……しばらくは先の話だな。
そもそも、砂の都に腰を落ち着けたいとも思っていないからなあ。
だからといって、戦争が始まりそうな東には戻りたくないし、絶賛内戦中らしい西の方の国にもお邪魔したくない。
むむ。なんか面白いところないのかねぇ。
まあ、まずは無事に砂の都に着いてからの話だけど。
夕方になり、陽が傾いたころには野営地に着く。
小さな水源地を、いくつものテントが囲っていて、空いていればその一部を借りることができるという。
王家が管理している場所ということで、部族に攻撃されるおそれはない。ただし、テントを借りるのはなかなかに割高だ。1人銅貨80枚が必要で、馬は別料金とのこと。ただし水源地の水を少し分けてくれるサービス込みということなので、砂漠ではありがたい内容となっている。
それでも設備の割には高いのだが、砂漠のテントというものにも興味があったので、今回は泊まってみることにする。
管理をしているらしいおじさんが2人いたが、他に滞在者はなし。
とりあえず、テントの1つを丸々借り受けることができた。人が多くなってきたら、強制的に相部屋らしいが。
龍馬をテントのすぐ外の杭に繋ぎ、中に入る。
テントと言っても、この野営地に常設されている建物だ。持ち運んでいる折り畳み式のテントと比べたら、布の厚さや柱がかなりしっかりしていて、建物としての安定感がある。
野営地とはいえ壁があるわけではないので、夜は見張りを立てる必要がありそう。
「ここまでは順調、順調すぎるねえ」
「ここまでもそこそこ距離はあった。徒歩のときは、どうしてるんだ?」
「砂漠で野宿なんてしょっちゅうだよ。それに、水源のない野営地もね」
「水源のない野営地って、管理人はどうしてるんだ」
「いないか、定期的に補給を受けてるかだね。全くいない場合は、何日に一回かで見廻ってる。運良く回避できりゃタダで使えるのさ」
「考えることがセコイなあ」
しかしネットのない世界だ。予約して勝手に振り込みというわけにもいかないから、最初から織り込み済みの話なのかもしれないが。
「今日くらいのペースで行ったら、何日くらいで着きそうだ?」
「そうだねぇ。何のトラブルもなけりゃ、あと4日か5日だね。砂嵐に巻き込まれなきゃ、4日でいけるかもしれないが……馬も疲れるし、無理するこたないねぇ」
「砂漠を延々と徒歩ってのは、気が滅入りそうだしな。馬を借りてよかった」
「金があるなら、間違いなく使うべきだね」
それから、アーコンとこの砂漠の国の話をした。
言われてみれば当たり前だが、王都周辺で個人行商としてやっていくのはかなり大変らしい。なんたって、王都とやり取りするだけでも砂漠越えをしなければならない。
したがって、行商の組合やら、大商会の傘下となるケースがほとんどらしい。
キュレス王国では、家族単位で商売している連中がチラホラといたが、この国では大商会が圧倒的な力を持ち、残りも組合を結成して群れて商売するしかないという話だった。
「アーコンは、かなり珍しいのか? 亡くなった夫と2人で行商してたんだろう」
「あーしだって、ちょっと前までは大商会の手下としてやってたよ。でも、その大商会のムチャ振りで夫が死んでね。ヤケクソで絶縁しちまったのさ」
「おいおい……大丈夫なのか?」
「あっちも、死にかけの案内人が1人離れたからといって、気にしやしないよ。代わりはいくらでもいるからね」
「なんて商会だ?」
「……気にしなくても、この辺にはいないよ、今はね。マーク商会ってね、南部じゃそこそこ有名な商会だ」
「マーク商会ね。ブラグ家とはどうやって知り合ったんだ?」
「昔、そこの関係者を案内してね。まさか今回みたいな話に繋がるとは思わなかったけど、正直ありがたいよ」
「ふぅん……昔から、案内稼業はしてたんだな」
「そりゃーそう。動きにくい土地だからね、旦那みたいに地元の案内人ってやつを求める奴はいるもんでね、手堅い稼ぎとしちゃー、もってこいさ」
夫がなくなって、自分たちの商会を事実上解散してからも、アーコンはこうして案内人をしながら食っていけているという。
「あの奴隷、ジカチカは昔からの付き合いか?」
「腐れ縁だよ。本当に小さな頃に、奴隷市場が立ってね。父親に何かをねだったのは、あれっきりだったっけ」
「気に入ったのか?」
「当時は、巨人族のことも見たことはなくってね。見せ物みたいな感覚さ。結局、他の奴隷たちが裏切ったときでも、ジカだけは愚直にあーしを守り続けてね」
「……」
「新婚のころにね。夫婦の時間の邪魔だってんで、金を渡してね。娼館にでも行ってきなって、言ったのさ。でも朝、部屋から出てびっくりさ。完全武装したジカが、入り口で睨みを利かせてた。どうりで、夫婦の時間を覗かれたりはしなかったけど、ジカを入れられない何かをしているってことは、周りにバレバレでね」
「そいつはきまずかっただろう」
「どうして、こいつはこうなんだろうって、当時はね。でも、あの生真面目さのおかげで、夫が死んだ時も、あーしは生き残った。一緒に死ぬべきだったかもしれないって、その時は思ったけどね」
「魔物か?」
「半分正解だよ。盗賊に襲われて、身ぐるみ剥がされたあとに、魔物と鉢合わせてね。サンドワームさ」
「そいつは……」
「サンドワーム避けの魔道具も、大枚叩いて買ってたんだけどね。それも持っていかれちまって、巡り合わせが悪かったのさ」
「悪いことを聞いた」
「別に。ま、こんな辛気臭い話はお終いだよ」
アーコンは、パンパンと手を叩いてお話を終わらせた。
「明日からが本番だよ、盗賊か魔物、どっちかには出くわすと思っておきな。あるいは、両方とね」
「そうだな」
明日からは、もっと索敵を頑張ろう。
そんなことを思った夜だった。
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