第186話 上客

貸馬屋には、約定金として銀貨40枚を渡す。

もともと俺が負担することになっている金額だ。

残りは、ブラグ家と折衝してアーコンが支払うことになる。


足の確保は終わったので、一度宿に戻って荷物を拾うと、再度街に出た。

狙いは、魔物素材の換金である。金にまだ余裕はあるが、小まめに換金しないと荷物が増える一方だ。


ビリック商会と繋がりのある商店をアーコンから情報収集し、パーティ揃って素材を運んでいる。

紹介された店はテントを補強したような見た目で、お世辞にも綺麗ではなかったが、護衛はいっちょまえに配置していた。


ビリック商会からもらった取引札を提示して、商会主に繋いでもらう。

しばらく待たされて、出てきたのが小太りの中年女性。


「入りな」

「ああ」


物の散乱する床を、足場を探しながら奥まで行く。

奥にいくつかの椅子が置かれているところで女性が座ったので、こちらも近くの椅子を確保して座る。


「悪いね、椅子が足りないみたいでね」


言われて振り返ると、サーシャたちは立ち往生している。


「アカーネ、座るか?」

「ううん」


きょろきょろしているアカーネに断られたので、気にしないことにして女性に向き直る。


「散らかってるな」

「悪いね、ここは倉庫兼でね。それで? ビリック商会の取引札なんて出されちゃ、話を聞かざるを得ないよ」

「魔物素材の買取をしてほしいが、可能か?」

「この辺の魔物の素材は手広くやってるよ。それで?」

「この辺の魔物なのかは分からん。ライト・ウォーカーってやつなんだが」


俺が持っていたライト・ウォーカーの表皮と、キスティが背負ってきた尾の部分を前に置いてやると、女性は店内にいた男性を呼びつけ、検分させはじめた。


「買い取れそうか?」

「ライト・ウォーカーね。一応、取り扱ったことはあるし、大丈夫だよ。珍しいけどね。他の魔物はないのかい?」

「闇虫の素材もある」

「ふん、闇虫かい。保存状態はいいんだろうね? 粉の落ちた羽根なんぞ貰っても、処分に金を払って欲しいくらいだ」

「一応、鮮度は高いからな。多分大丈夫だと思うが」


サーシャが運んできた闇虫の羽根と魔石を出す。


「うん、悪くないね。これなら1つ銅貨15は出せる」

「1つ15? 安いな……」

「お言葉ですが、検分をお願いいたします。胴体を射抜き、傷のないものが多数ございます。1つ25は出せるのでは?」


サーシャが後ろから口を挟む。


「落ち着きなよ、ったく。15は出せるって言っただけだろうに。取引札なんて持ってる方なんだから、買い叩きやしないよ」

「失礼しました」


サーシャがやや恥ずかしそうに下がった。


「じゃ、その検分を後で頼むぜ。それで、こっちの魔石は?」

「闇虫の魔石は……うん、これくらいの品質なら銅貨40ってとこかねぇ」

「1つ?」

「1つ銅貨40だよ」

「雑魚にしてはそれなりの値段か」

「雑魚? 闇虫っていや、強くもないが雑魚ではないだろ。狩りの腕は良いようだね」

「まあな」

「羨ましいもんだよ。腕利きの魔物狩りを囲ってりゃ、格安で素材を仕入れられるからね」

「あんたのとこは、魔物狩りと契約したりしないのか?」

「してるよ。ただ腕利きは少ないってだけさ」

「ああ、なるほど」


褒められたようなので、素直に受け取る。

闇虫は相性が良すぎたが、防御魔法を使えないとあの飽和攻撃だけでも厄介そうだからな。


「それで、どうする? 一括なら1つ40で引き取るが、もうちょいと詳しく調べてからにすれば、高くなるかもしれない。安くなるのかもしれないけど」

「いや、一括でいい」

「博打より安定だね。たぶん正解だよ」


頷くおばちゃんに愛想笑いを返して、魔石を10個ほど売却することが決まる。

魔石がなかったものと、アカーネに与えるものもあるのでこの数だ。


「さて、羽根の方を見るかね」

「なあ、聞いてもいいか?」

「作業しながらでも良ければ、構わないよ」

「ああ。あんたはビリック商会とどういう関わりなんだ? その……」

「大商会の支部には見えないもんね」

「まあ、そうだな」

「事実さ。まあ、ビリック様とお付き合いのある小商会ってとこだよ。これで運送の方は実績があってね。あとはニッチなとこを狙って、魔物素材の売買もしてるよ」

「ニッチなとこ?」

「わざわざこんな街で素材を注文する人は少ないからね。逆に大商会と競争しなくって済む。この辺でしか採れないものも、多少はあるしね……」

「それでビリック商会と良い取引をしていたら、身内みたいに扱われているってことか?」

「身内、まではいかんかねぇ……。まあ、取引札を見せられたらこっちが気を遣わなきゃならないくらいには、お世話になってるよ」

「なるほど」


おばちゃんは手早く羽根の状態を確かめたようで、素材を床に置くと紙にさらさらと数字を書き付けた。


「はい、これが査定書だと思っておくれよ。1つ20で、合計4の80だね」

「えーと、銅貨20枚を24個で、480枚か?」

「そうだよ。銀貨4枚と……小銀貨で良いかい?」

「ああ、いいぞ。銅貨20か……」

「確かにお嬢さんの言う通り、状態の良いのも多いけどね。やたら焦げてたり、状態が微妙なのもある。間をとって銅貨20。自分で言うのもなんだけど、公平だと思うけどね」

「どうだ、サーシャ?」

「……許容範囲かと」

「よし、それでいい。で、ライト・ウォーカーは?」


状態が悪いってのは、多分俺が魔法で倒したやつだな……。

サーシャが胴体を正確に射抜いていたのは、買取まで考えての事だったのだろうか。

なんか、ただハッスルしていた自分が恥ずかしく思えるぞ。


「ウォルシ、どうだい?」

「へい、店長。皮膜は銀貨で2、尾は40でいかがでしょう」

「だとさ。どうだい?」

「ふむ。かなり手強かったが……高いのか安いのか分からんな」

「少し安めだけど、それなりに理由があるんだろう、ウォルシ?」

「へい。皮膜は破れて傷が多いですし、尾も無理に折り曲げられたような跡がありやす。お客さん、どうやって運んだんで?」

「いや、運び方は……ああ。運び方じゃなく、倒したときに力を加えたからかな」

「……とんでもない馬鹿力ですね。ですが、残念ですが商品価値として落ちちまうのは一緒でさあ。バラ売りすれば、末端で60はいくかもしれませんが……うちが出せるとしたら、40が限度でさあ」

「ウォルシ、こいつらはお世話になってるビリックの上客だ。赤字にならなきゃ良いよ」

「へい。そのつもりで計算したのがこれでさあ」

「なら仕方ないね。これがウチで黒字にできる限界ってもんだ。どうする、売るかい?」

「……売ろう。銀貨42枚だな?」

「ああ。それくらいなら即金でいけるね。金庫から下ろしてくるから、少し待ってな」


おばちゃんは、ウォルシと呼ばれている男を残して奥に行く。


「合わせて、銀貨50枚いかないくらいか? まあまあだな」


半金貨と思えば、それなりの儲けだ。


「そういえば、魔石は売らないが、どれくらいで売れるんだ? ウォルシ」

「ライト・ウォーカーの魔石ですかい? ん〜どうでしょ。高けりゃ金貨に届きますぜ」

「マジか」


強さの割りにしょぼいとか思ったが、そうでもなかった。

普通に金貨仕事だわ、あいつ。


「なんでそんな高いんだ」

「……光属性の大魔石となりゃ、普通では?」

「そんなもんか」


ウォルシは微妙な表情になってしまった。

もしかすると、「腕利きの魔物狩りにしては、そっちの知識が足りてないな」とか思っているのかもしれない。正しい。


「待たせたね」


おばちゃんが帰還し、裸の銀貨と小さな布袋をポンと渡された。

布袋の中には、銅貨と小銀貨が入っている。


「……何か入れるものはないか?」

「すまないねぇ、今切らしていて」


まあ、最終的には異空間に入れるから良いのだが。

とりあえず、サーシャとアカーネのリュックにじゃらじゃらと入れておく。


「世話になったな」

「また何か狩ったら、ここにおいで。あんたらは腕が良さそうだからね、特別に対応してやるよ」

「ああ、またな」


この街はすぐに出るから、お世話になることはないだろうが。

やり手おばちゃんの商会を出ると、今度こそ自由時間だ。



***************************



正面には、バッドのような木の棒を担いだミノタウロス顔の姿。

俺はそれに相対して、大剣サイズの木刀を身体を開いて構えている。


「いつでもいいぞ」

「ご免っ!!」


木の棒が振られ、正面から振り下ろされる。

右手一本で持った木剣でそれを流そうとしたが、当たった瞬間に加速するように力が加わり、対抗しきれずに押し込まれる。

思わず身体強化を発動しながら、耐える。


ふっと圧力が軽くなり、木の棒が引かれると前蹴りが繰り出される。

その動きを「気配探知」で察していた俺は、後ろに飛ぶようにしながら勢いを殺す。


「ほう」

「……」


感心げな呟きを漏らしたミヅカの顔面に、短い振りからの突きを放つ。

それを首を動かすことで避けたミヅカが、腕をガッと掴み左手一本で強引に投げを打つ。

逆らわず、空中に投げ出された俺だが、最近はやたらと空中ジャンプしていただけあって、慌てない。むしろくるりと空中で体勢を整えると、着地してから切り上げへとスムーズに移行する。


これはミヅカの鎧の表面をなぞるも、決定打にはならず。


「案外と身軽な動きをする」

「そりゃ、どうもっ」


足払いをかけてみるも、足の裏でガッと止められてしまった。

防御方法が豪胆だな。


「この動きをしながら、実戦では魔法やら、搦手を使ってくるわけか。なるほど、厄介だな」

「生き残るためなら、正々堂々は糞食らえというのが家訓でね」

「良い家訓ではないか」

「まあ嘘だが」


そんな家訓はない。

俺が制定してヨーヨー家の家訓にしてもいいが。


「少し打ち合おうぞ」


木の棒を両手で持ち、まるで刀のかち割りのように振り下ろしてくる。

それに応え、木剣で受け、反撃し、受けられたので絡め取ろうとひねりを加える。

その瞬間、ミヅカの上半身がブレたかと思うと、一気に距離が詰まり、木の棒の柄で胸を小突かれる。


すぐに反撃を加えるも、木の棒で叩き落とされ、今度こそフルスイングの木の棒が横に振られ……顔の横でビタリと制止した。


「ふう、負けだ、負け」

「打ち合いにはまだまだ課題ありだな。だが、真剣で命の取り合いをすれば、勝ったのはヨーヨーだろうな」


ミヅカは訓練場の隅にいるイスタから布を受け取り、汗を拭う。俺もサーシャからタオルを受け取る。

ミヅカが使っている普通の布ではなく、ちゃんとタオル生地のやつだ。

布の3倍以上の値段がするが、訓練のときの汗拭きとして使わせてもらっている。


「無理を言って悪かったな」

「いや、まあ。俺も修行が必要だし」


単なる稽古ではなく、実戦形式に近い打ち合いをしたいというミヅカの要望を受けて、訓練場に来ていた。

宿から少し歩いたところにある、貸し訓練場をミヅカが確保していた。


俺は魔法を使っても良いとのことだったが、白兵戦の訓練をしたいので、俺が使用しないことに決めた。強化魔法だけ使ってしまったが、まああれは魔法というか、強化なのでセーフ。俺がルールなのだ。


「最後の技は歩法か? あの手の動きはどうしても、長い間で訓練してきた奴に敵わない」

「そうだな。ヨーヨーには魔法もあるし、必ずしも使える必要性はないだろう。だが、敵が使ってきたときに対処はできるようにすべきだろうな」

「難しいな」


白兵戦の技術がある人って、こちらの呼吸を盗むように隙をついてくるから、分かっていても対処が難しい。

それでも、怪しい間ができたらエア・プレッシャー自己使用で強引に動けるから、凌げてきているが。


「課題としては、格闘ジョブの対処だろうな。あれが相手では、魔法で誤魔化すのは効かん」

「そうだな……魔法の発動を阻害してくるんだったよな。あれはどうするかねぇ」

「地道に、魔法に依らない戦法も磨いておくほかあるまい」

「まあ、そうだよな」


もう一本やるか? というお誘いを断りつつ、キスティに場を譲る。

交代しながら何本か訓練をして、ミヅカとの最後の稽古を終えた。



夜になると、どこかに出かけていたリッカと、アーコンたちも合流して、アーコンたちの部屋で鍋パーティーをした。

リッカとミヅカはしばらくこの町に逗留し、現地の商人たちとコネを作るらしい。

ついでに、送られてきているという増援と合流を待つとか。


「ヨーヨーたちはいつ出るのだ?」


ミヅカはしんみりした様子もなく、あっけらかんとしている。

俺はともかく、キスティとは気が合っているように見えたが、そうでもないのだろうか。


「んー。1日くらい休んで、明後日には出発かねぇ。羽を伸ばすのは砂の都に行ってからにするよ」


ここも治安は良いらしいが、なんといっても砂の都が治安的には良いらしい。

王家のお膝元なのもあるし、砂漠の民の気風なのか、外からのお客様に優しいのだとか。


「またキュレス王国に戻ることがあれば、是非ケシャー村に寄るのだぞ」

「ああ。とは言っても、文字通り世界中をふらふらする予定だからな。いつになることやら」

「世界を股にかけた旅人か。そんな夢を語る者はいるが、本当にやりそうなのはヨーヨーたちくらいだ」

「そのうち、別の大陸とかも行ってみたいしな」

「それは壮大だな」

「断絶の山脈の西ってのもあるんだっけ。何か知ってるか?」

「いや。それこそ、キュレス王家なら知っているかもしれんな。たまに遠くから流れてくる者はいるそうだからな」

「王家か……あんまり近付きたくはないな」

「たしかに、ヨーヨーが王族と話などすれば、すぐ無礼討ちされても文句は言えまい」

「これでも、偉い相手との話し言葉には注意してるんだがな……」

「そうか、そうか」

「ミヅカは、旅に出て強い武者と手合わせしてみたい、とかないのか?」

「あるにはあるが」


ミヅカは獰猛なミノタウロス顔を、愉快そうに歪めた。


「国境地帯というのは、あれで猛者の集まる地ゆえな。むしろ留まる理由ばかりだ」

「ああ、なるほど」


一旗あげたい武人は、戦の起こる国境の戦士団なり、傭兵団なりを目指すだろう。

もし勝ち馬に乗ることができれば、貴族やその臣下になるチャンスもある。


「やっぱり、人との戦が嫌だからって逃げるのは、相当珍しいんだろうなぁ」

「まあ、傭兵としては多数派ではないな。最初から戦で手薄になる魔物狩りを目当てに来る傭兵団もいるから、皆無ではないが」

「ふむ」

「ヨーヨーもそうだが、キスティやサーシャ殿がどのように強くなるかも興味がある。いつか、また必ず顔を見せるのだぞ」

「サーシャだけ、まだ殿呼びか」

「むっ…なぜだろう、サーシャ殿はサーシャ殿だな」

「まあわからんでもない」


サーシャは頼りになるからな。

というかちょっと頼りすぎかもしれない。

サーシャは両親に早くに先立たれて苦労したらしいが、どこかの組織にいたらいたで、苦労してそうだ。

そう考えると、こうして旅から旅の暮らしは彼女にとって良かったのか、悪かったのか。


「リッカ、お前も死ぬなよ」

「そんなこと、分かりませんよ」

「斥候は危険と隣り合わせだろうからな。でも外交もできる人材ってのは貴重だろ。お家から、斥候はやめろって言われてないのか?」

「しょっちゅうですね。でも、私は最前線で仲間を支える役目が好きなんですよ」

「立派だな」

「いえ、わがままなんですよ。でも、性分ですから」


斥候役、パーティに欲しい気もするが、危険があっても一人で送り出すことになるから心配すぎる。

うちのパーティには、各自の索敵スキルがあるから、それで迎え撃つスタイルが合っているかもしれない。そうすると、有利なポジションに敵を誘導するような真似はできないことになるが。


「ジソさんたちにも、よろしく伝えといてくれ。世話になったとな」

「ええ、まあ。結局、相乗りする形で外交行脚もできましたから。お互いにとってよい関係を築けましたね」

「そうだな」


和やかに最後の食事を終えて、いよいよリッカたちとはとお別れだ。

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