第185話 竜騎兵
明くる日は、砂漠を渡る「足」を確保すべく、案内人であるアーコンに馬貸を案内してもらう予定である。
壁の外といえど、ほとんど危険はないそうなので夜のうちにゆっくりとステータス確認をした。
俺も『愚者』のレベルが1上がったりしたし、アカーネも1レベルアップしていたが、大きな動きはなく。
変化があったのはサーシャだ。
転職直後ということもあって、ちょくちょくレベルが上がっている。
現在の『十本流し』のレベルは5になっている。
そして、レベル5になって新たなスキルが生えていた。
*******人物データ*******
サーシャ(人間族)
ジョブ 十本流し(5)
MP 14/14
・補正
攻撃 G+
防御 G−
俊敏 G
持久 G
魔法 N
魔防 N
・スキル
射撃中強、遠目、溜め撃ち、風詠み、握力強化、矢の魔印(new)
・補足情報
ヨーヨーに隷属
*******************
サーシャには自覚がなかったらしい。
さっそく発動してみてもらうと、良く分からないとのこと。
おそらく矢に魔力を乗せて、何かをするのだと思うが……「矢の魔弾」ではなく「魔印」なのが謎だ。
明日、余った時間で確かめてみることにして、いったん確認は諦めた。
一応壁の外なので、夜ははっちゃけることはせず、おとなしく寝た。
朝、比較的早く起きた。
窓がないので外に出てみると、まだ陽が昇りかけだ。
ただ、従者組は皆起きていたようで、思い思いの作業をしていた。
「キスティ。水を出してくれ」
「うっ」
キスティが嫌そうな顔をする。
いつぞやの褒美として貰った水を入れられるコップ型魔道具は現在、キスティが所持している。
魔力操作の練習としてちょうど良かったので、キスティに出してもらっているのだ。
これに大苦戦しているキスティは、最近「水」という単語に敏感だ。
アカーネは気を遣って自分で出したりしているが、俺は遠慮なく要求している。
練習だからな。
「むぅ」
「魔力を動かせば良いだけの魔道具だ、急がなくていいから練習しろよ」
「善処する」
俺、サーシャ、アカーネは魔力操作が一般的に見たら得意な方らしい。
キスティが苦戦をするのを見て「さすが脳筋」などと考えていたが、これくらい苦戦する方が一般的らしい。だからといって免除はしないが。
キスティに頼んでたから、5分くらい経ってコップに湧き出てきた水を石のコップに移してくれる。半分未満しかない。
「少し量が……」
「す、すまない。これが限界だ」
「まあ、いいか。貸してくれ」
コップ型魔道具を借りて、コポコポと水で満たす。
本当に魔力を流せばいいだけの簡単操作なので、すぐに満杯になる。
ただしこの魔道具は登録型のため、後程使った分の水を補充しなければならない。
それもキスティの仕事なので、俺が遠慮なく取り出すのを見て顔がひきつっている。頑張れ。
「うん、冷たい冷たい。便利な魔道具だよな」
「あ、ああ」
冷えた水を入れておけば、温度が保たれるようなので、なかなかに便利だ。
ここまでは水に余裕があったので、キスティの練習が主だった。だが、砂漠に入ればこれが生命線になるかもしれない。
登録できるのは、10リットルくらいであることが判明している。
ただし、ある程度詰め込むと抵抗感があるので、少し余裕を見ておいた方が良さそうだ。
運べるのは8~9リットル。飲み水だけだとしても、4人パーティであれば、1日で使い切ってしまう量だ。
他にも水は運びつつ、いざというときの水として使うのが良いだろう。
青い顔をしたキスティに魔道具を返し、外に出る。
カラリと青い空に、白い雲が少々。
今日も快晴だ。
「ご主人様、朝のうちにお時間はありますか?」
話し掛けてきたのはサーシャだ。
「昨日のスキルか?」
「はい」
「そうだな、やっとこう」
宿の近くの少し開けた場所に連れ立って、サーシャが矢を番える。
目標は、近くにあった建物の壁に書いてある「+」の字だ。
俺が書いたのではなく、最初から落書きをされていた。
ここを弓か投擲武器の練習にしているやつが書いたのだろうか。
「やってくれ」
「はい。矢の魔印!」
サーシャがスキル名を口にしながら、弓を引いた。
「……放ちます」
「……」
ヒュッと放たれた矢が、的の中央に刺さった。
「やるな」
「いえ。……なるほど」
「スキルの効果は分かったか?」
「仮説はあります。もう何度か矢を放って確認させてください」
「もちろん」
「いきます」
ヒュッ、ヒュッと矢を放つと、カッ、カッと壁に刺さっていく。
と、急にあらぬ方向に矢を放つと、矢はすぐに力を失って何もないところに落ちる。
「ん?」
「やはりそうですね。ご主人さま、分かりました」
「ほう、やるな」
何がやるななのか分からないが、サーシャが分かったというのなら、分かったのだろう。
説明をしてもらう。
「おそらく、このスキルは攻撃用ではありません。しかし、まあ、あって損はないですね」
「ではどういうものだ?」
「矢に、マーキングをすることができるスキルのようです。正確に言いますと、自分が放った矢の所在が分かります」
「……ほう」
「ただし、一時的で、かつおぼろげです。アカーネの言っていた、魔力鍵のような働きを付与しているのではないかと思います」
「なるほど、魔力を放っていて、場所が分かると」
「原理は確証ありません。ただ、しばらくの間、矢の所在が何となく分かることは確認できました」
「しばらくというのは、どれくらいだ?」
「込めた魔力に依るようです。最初に放った矢は、すぐ分からなくなりました。しかし意識的に魔力を込めた2発目以降は、未だに反応があります。……そうですね、2発目の矢もまだ何となく感知できます」
「はあー、面白いな。これが役に立つことといえば……」
「はい。矢の回収に使えるかと」
「便利っちゃ便利だよな」
ただ少しとはいえ魔力が必要となると、戦闘中に使っている余裕があるかどうか。
「あとは発信機としても使えそうですね。使う場面があるかは分かりませんが」
「うむ。まあ、魔力に余裕があるときに、積極的に使ってみてくれ。強敵相手の場合は、使うな」
「かしこまりました」
頭の良いサーシャのことだ。その辺のバランスは自分で考えてくれるだろう。
しかし、上級職っぽいジョブの初会得スキルにしては地味だ。
……いや、十本流しの元ネタの英雄って、弓使いでありながら多数の敵と白兵戦したんだっけ。そうすると、「その大量の矢はどうやって確保するんだ?」ってのは、重要な要素なのかもしれない。
さて、朝飯を喰ったらアーコンたちと合流するか。
今朝は、サーシャが仕入れた肉を食うそうだ。
硬くない肉は久々だから、期待している。
***************************
「この辺だったと思うけどね」
アーコンに案内され、町を歩く。
壁の外だが町人たちは普通に出歩いている。
町外れまでいくと一帯が柵で仕切られており、柵の中にはさまざまな騎獣がたたずんでいる。
そんななかの1つが、アーコンと面識のある業者なのだという。
「あぁ、あったよあった。よお、やってんのかい!」
アーコンはお目当ての店の入り口を無遠慮に叩く。
「返事がないね。……鍵は開いてるようだ。お邪魔するよ」
「おいおい、いいのか?」
「空いてるんだから、入って待てってこったろ」
言い切るアーコンについて店に入る。
店の名前すら掲げられていないが、表札には「ピンタ」と書かれている。
中に入ると石作りの机が並んでおり、その上に乱雑に何かの道具が放置されている。アーコンは道具を無造作に払うと、場所を確保して座り込んだ。
「ふう、やれやれ。商売っ気がないねぇ」
「呼び鈴のようなものはないのかね」
「その辺に埋まってるんじゃないかい」
……。
探すのも面倒なので、この応接間らしき空間で待つことにした。
アカーネと、ガラクタの魔道具について推測を話していると、頭にタオルを巻いた身長1メートル程度の小男が現れた。
「なんだい、なんだい。押し入り強盗には見えんがね」
「鍵が空いてたから入ったんだよ。商談だよ、商談」
「んー? おたく、知り合いだったかね」
「一度あんたのとこの大旦那と一緒したことがあるだろう。運び屋のアーコンだよ」
「アーコン? ああ、思い出したぞ」
「あんたのとこは、まだ貸しはやってんのかい」
「やってるよ。なんだい、貸して欲しいのかよ?」
「そうそう。できれば竜をね」
「いねぇことはねぇが……金子はあんのかい?」
「金を払うのはあーしじゃねー。それと、虫馬あたりもいるかい?」
「虫は今いねぇな」
「それじゃ、他のを見学するか。竜を2つ借りるかもしれないから、取り置き頼むよ」
「悪いが、早いもん勝ちだよ。それと、値切りの類は受付ねぇからな」
「相変わらずだね」
アーコンは話を切り上げると、「一度外に行こう」と提案してきた。
アーコンに促され、他の店に行くと柵の外から騎獣たちを眺める。
「ああ、あれあれ。あの、大きいやつがそうだよ」
「……なるほど。カタツムリっぽいな」
カタツムリに四つ脚が生え、亀の甲羅を背負っているようなビジュアル。
まさしくその通りである。
「疲れ知らずだからね、交易するには丁度良い。けど、旦那たちみたいに単に移動するだけだと微妙だよ」
「ふぅん」
「お、竜馬も一応いるね。右の……あの辺、見えるかい?」
「……うーん」
何やらモゾモゾと動いているのは見えるが。
サーシャは「遠目」で確認したらしく、「なるほど」とこぼしている。
「ま、虫馬はこれだ。こいつが良ければ、別の店を使うことになる」
「あの店は顔見知りのようだが、何が良いんだ?」
「あそこは貸馬をやってるって言ったろ。しかも、ここにあるのは支店で、本店が王都にある。つまり、返却不要なんだよ」
「ほう」
「だいたい貸馬屋は、後で借りた所まで戻らなきゃなんない。だけど、あそこは融通を効かせてくれるんで便利なんだよ」
「ほー。いつも利用するのか?」
「場合によりけりだね。ま、ちょっと前までは馬の用意は死んだ夫がやってたからね。こうして自分で交渉するようになったのは最近さ」
「……そうか」
何と返して良いか分からず、とりあえず話を流すことにした。
元の店に戻り、竜馬とやらを見せてもらう。
すぐに建物から出て、柵で囲われた土地に移動する。
その中にいるのかと思ったが、竜馬は別の建物の中に入れられているらしい。
この店だけでも結構広い気がするが、周りには同じような店がいくつかあるから、騎獣関連の店だけで相当な床面積を取ってしまっている。
「この辺は町の外れだろう? 魔物が外から来たら、狙われないのか」
「もし襲われたら逃げるさ。ただ、多少の魔物程度なら竜馬あたりが食っちまうから、そこまで危険じゃないんだわ」
小人のおっさんが解説してくれる。
なるほど、この世界の馬は魔物対策にもなるわけだ。
……地球の馬そっくりの「早馬」がポピュラーになっていないのも、その辺りの関係だったりして。ただの馬だったら、魔物が出たら普通に馬肉になってしまいそう。
そうすると、早馬を守りながら育てる必要があることになって、コストは馬鹿にならないだろう。
「ここだよ、言っておくが背負っているその剣を抜かないようにな。こいつらは、攻撃されると思ったらヒトだろうが普通に反撃してくるぞ」
「ああ」
建物の中では、更に小分けに柵が作られており、何も入っていない仕切りがいくつもある。
奥の方まで案内されると、その中に巨大なオオトカゲのような風貌の生物がいる。
オオトカゲと違うのは、首が長くビッシリと牙の生えた顔に迫力がある点だ。
前にもオオトカゲみたいな馬はいたが、それよりは小柄で、顔面の迫力がある。
「これが竜馬か」
「借りるなら早めにな。この店は早い者勝ちだ」
「……いいだろう、借りよう」
竜馬の1体がこちらに興味を持ったように首をもたげ、ゆっくりと鼻先を近付けてくる。
生臭い匂いが広がるが、我慢して手を伸ばし、鼻先をよしよしした。
「グルルルル……」
「その子は人懐こくて、逃げ足が速いよ。その子にするかい?」
「ふむ」
竜馬との交流にワクワクしていると、後ろで見ていたアーコンが呆れたような声を出す。
「ヨーヨー……ゴネてたのに、もういいのかい?」
「うむ。実際に直で見て、気に入ったからな」
日数がどうの、安全がどうの。
それも重要だが、実際に見てみてよく分かった。
カッコイイ。
あのカタツムリみたいな馬に比べて、圧倒的なカッコよさ。
竜騎兵って憧れるよね。
「これで俺も竜騎兵か……」
「旦那。竜騎兵ってのは普通、飛竜に乗ってるやつだぜ」
「そうなのか」
小男に訂正されてしまった。
竜馬はドラゴンっぽい造詣であるが、あくまで「馬」の範疇なので、いくら乗りこなしても竜騎兵とは呼ばれないらしい。
チッ。
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