第183話 リトルヨーヨー
朝、キスティたちが張り切って稽古するのを横目に、朝飯を胃に流し込む。
朝飯は、硬いパンに甘辛い調味料を塗ったものに、スープだ。甘辛い調味料に懐かしい風味がすると思ったら、飛ばしダイコンを加工したものらしい。
少し発酵させて、今が食べ頃らしい。
根なし草の移動生活で、マイ漬物を仕込むとはサーシャもやるやつだ。
キスティを中心にした稽古には、アカーネに、イスタとミヅカも参加している。
サーシャとリッカは見張り番だ。
俺がゆっくり飯など食っているのは、夜番が長かった分、ゆっくり起きたからである。
夜の魔物が多そうな情報を得たし、夜に頼りになるのは気配察知だ。
夜の間に俺が長めに稼働して、その分朝の負担を減らす方向で考えている。
ま、夜はドンが元気だから、滅多なことでは奇襲は受けないと思っているがな。
昨夜は珍しく夜番中に横に座ってきたので、モフモフを存分に堪能した。
たまに毛繕いしているのは見るが、旅暮らしであんなモフモフを保持できるのはすごいよな。
「ギゥ」
夜番で活躍?したドンは、献上された木の実をムシャっている。
「ドンさんの能力は便利だけどな。もうちょっと、そっち方向に行ったら危ないとかいうレベルで危険察知できたらいいのにな」
「ミュミュ」
「すまん」
無茶言うなよ的な鳴き方をしたドンを眺めながら、大根パンを胃に収めた。
我々はもう行くが、気をつけろよというお言葉を残して、戦士団はぞろぞろと東へ出立した。
昼前には我々も出発だ。
「アーコン、次もこういう所なのか?」
「そ。戦士団の基地なんて使わしちゃくれないし、ずっとこれさ」
「おまけに夜行性の魔物たちか。疲れそうだ」
「旦那。あんたがこっちにしろって」
「ちょっと愚痴っただけだ、悪かったな」
アーコンに絡まれ退散する。
たしかに、もうちょっと宿場町が整備されているルートを蹴ったのは俺なんだよなあ。
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そこから2日ほど、気が抜けないながら平和な旅が続いた。
変化としては、背の低い植物もだんだん数を減らし、疎らになってきたことくらいだ。
陽の光を遮るものがなくて厳しいが、索敵という意味ではもってこいだ。
遠くに飛行する魔物をサーシャが発見することはあったが、こちらに寄ってくる事はなかった。
連日整備が不十分な道を歩き続けて疲れも溜まってきた夜。
夕方と朝に仮眠の時間を設けながら、夜番をこなす俺の「気配察知」に反応があった。
はっきりとは分からないが、ざわざわ、ぞわぞわとする感覚だ。すぐさま「気配探知」を打ち、敵を探る。
「キスティ」
「んん?」
「皆を起こせ。急げ」
「あいわかった」
番の相方をしていたキスティに連絡を任せて、愛剣を手に立ち上がる。
「キュッキュ」
「油断するなよ、弱い魔物でも群れれば怖い」
「ギッキュ!」
ドンがのそのそと起き出す。
ドンのわきには、妙な形の革製品のようなものが置いてある。サーシャお手製の「鎧」だ。
どこまで意味があるかは分からないし、犬に着せる服みたいな感じで正直、ダサい。が、ドン本獣が意外と気に入っているようだ。
ドンに促されて着せてやる。
意外と早く、気配が近付いてきている。
マスクの暗視機能を作動させながら見渡すが、分からない。
ただ、気配探知に違和感があった。
「あっちか」
魔力を練り、間合いを図る。
「ラーヴァストライク」
赤く腫れた濁流が打ち出され、花火のように弾けて闇を照らした。
その光で一瞬、真っ黒な何かが動くのが見えた。
聞いた通りの見た目、闇虫だ。
「主、闇虫か?」
「おう。他のやつは?」
「じきにくる。どうする?」
「予定通りだ。キスティはサポート。サーシャは援護。アカーネはアーコンと合流して後ろを警戒しろ。リッカはいるか?」
「リッカ殿は、偵察に出るそうだぞ」
「そうか、そこは任せよう。イスタには死んでもアカーネを守れと言っておけ」
「承知」
上空から、何かが降ってくる。
ファイアウォールで受け止めると、蒸発するように消え去った。
「上空には、気配がないがな……もしや曲射してきたのか?」
先にこっちがラーヴァストライクで砲撃したから、お互い様だが。
虫ということで、直線で撃ってくるだけだと思っていた。
「まあ魔法戦なら、望むところだがな」
『愚者』をセットして「盗人の正義」発動。
じりじりと魔力が回復してゆく。
「すごいな…ちょっと見たことのない回復量だ」
つまり、それだけ敵が多いということになるが。
少し前なら焦る場面だが、盗人の正義との相性が最高すぎる。数で押してくる魔法使いとか、一番良いわ。
一定距離から魔法を打ち出してくる闇虫に対して、防御魔法の合間に撃ち返す。
流石にラーヴァ系は消費魔力がバカにならないので、最初はファイアアローを撃ち込んでいた。
だが、到着したサーシャが敵を観察すると、あまり効果がないことが分かった。
直撃しても身体を貫けず、数発食らって初めて落ちているという。
防御魔法の合間にサーシャも矢を放つが、これは一撃で虫を殺せたようだ。
「魔法防御が高いか?」
「そうかもしれません」
なら、ということでサンドニードルを準備。
ばら撒くようにして撃ち始めると、何体かが倒れて、気配が少し遠のいた。
「なんだ?」
「ご主人様の攻撃を嫌がって、後退しているようです」
「主! 突っ込まないのか?」
ステイ状態のキスティがシビれを切らしたように叫ぶ。
ミヅカも近くで待機して、こちらの様子を窺っている。
「うーん、そうしようかと思ってたけど、なんかこのまま押し切れそうなんだよね」
あいつら、白兵戦はまるっきりダメなのか、近づいてくる気配がない。
そして魔法戦はこっち有利だ。
あいつらの魔法は風魔法か、それに近いもののようで、威力はそこそこ。
俺のファイアウォールには打ち消されてしまう威力だ。
「闇虫はそうでも、このままやり合っていると他の魔物に気付かれるのでは?」
キスティが現実的な指摘をしてくる。
「可能性はあるな。ミヅカ、リッカは」
「ちょっと待て。今、戻ってきたようだ」
一方的な魔法戦を繰り広げながら、ミヅカがリッカとやり取りするのを待つ。
サーシャに敵の数が分かるか確認してみると、20から30以上だと返事があった。
合計ではなく、現時点で前にいるのがそれくらいらしい。
マジかよ。
その割には弾幕薄いな。
「ヨーヨー、右から別の闇虫の集団だ」
「数は?」
「10前後」
「そうか……ミヅカ、リッカとアカーネたちを連れて、そっちに対処できるか」
「可能だが、正面はどうする?」
「蹴散らす」
「……承知した」
ミヅカたちが移動するのを待って、正面に打って出る。
その前に1発、ラーヴァストライクをお見舞いする。
これはたまたま、敵集団の中央で爆裂し、いっきに何体も巻き込めたようだ。
「サーシャ、物陰から援護しろ。キスティ、気を抜くなよ。俺を盾として使え」
「はい」
「おお」
防御魔法を維持したまま、その表面からサンドニードルをばら撒く。
威力が低い魔法であれば、攻防一体で展開できる。
「孤立したやつから討ち取れ、キスティ!」
「承知」
敵の中央に飛び込み、サンドニードルで撃ち落とす。
その後ろからキスティが飛び込み、虫をハンマーで文字通りに叩きつぶしている。
近付くと、闇虫の姿がはっきりと見える。
虫というネーミングではあるが、顔まわりは爬虫類のようだし、羽根も濃い紫で原則的に輝きカッコいい。まったくグロさはないな。
牙を剥き出しにして叫ぶような体勢になると、その先から魔力塊を撃ち出すようだ。
結構気力が要るのか、動作してから撃ち出すまでにラグがある。
弾幕が薄い理由はこれか。
タイミングが分かりやすいので丁寧に対処しつつ、剣で斬る。
数が多いが、既に隊列が乱れていて、近くの闇虫しか有効に機能していない。
混乱に乗じて動き回りながら、斬り捨てていく。
キスティが心配だが、中途半端にするよりは一気にやろうと腹を括った。
しばらくやっていると、1体の闇虫が逃走を始め、残りも四散していく。
「ふう、終わったか」
「ぐうぅぅ……消化不良」
「お、狂化してなかったか」
「うむ、もう少しな感じだったのだ」
キスティが珍しく正気を保っている。
逃げていく闇虫の何体かが矢で貫かれ、倒れている。
「サーシャ、もういいぞ」
「はい」
「他の方向から別の魔物が来るかもしれん。備えろ」
「ミヅカさんたちが、制圧完了したようです」
「お、そうか」
アカーネも無事に戻ってきた。その側ではイスタが気合十分で槍を掲げている。
「アカーネ……ん?」
「何か来るよ!」
気配察知に、かなりの速度で近づいてくる反応。
アカーネの背から、ドンが身を乗り出している。
そんなに慌てるほどではないが、気になる相手ではあるようだ。
「アカーネっ、他の方角に動きがないか探れ」
「うん」
「キスティ、サーシャ援護しろ!」
敵が近づいているのは、どうやら正面。
程なくして、敵の姿が見える。
闇に溶けるような黒色だが、こちらが放ったファイアボールに照らされて黒光りをしている。
こちらが完全に気付いていると悟ったのか、疾走しつつも尾を上げ、身体を青白く輝かせた。
六本の脚で這うようにして走る姿は蜘蛛か昆虫のようだが、丸みを帯びた胴体が青白く光るのはSF映画のエイリアンのようだ。
「こいつぁ、ライト・ウォーカーってやつか」
身体のてっぺんから生えた、無数のギザギザが付いた尾はムチのようにしなっている。
ゆらゆらと何度か振って勢いを付けると、急にこちらに突きを入れてきた。
剣で逸らすも、衝撃は想像以上であった。
尾が長いとはいえ、胴体は1m程度の個体だ。
だが、その膂力は力自慢の戦士のようだ。
槍のように伸びた尾が一瞬弛緩し、たわむように左下に揺れると、一気に振り上がる。
避けきれず、辛うじて身体の正面で受ける形にする。
ギャリギャリと音がするが、鎧はその斬撃を受け止めてくれた。
鳩尾を思いっきり殴られたような、衝撃。
同時に矢が飛ぶが、胴体の前で青白い幕に阻まれて、力を失って落ちた。
「サーシャ、続けろ!」
尾のトゲにこちらの剣を食い込ませるように、刃を合わせる。
尾を引こうとする力が加わるが、身体強化を全開にして地を蹴り、踏ん張る。
とんでもない力が加わるが、何とか留まる。
敵の後ろから、ハンマーを振り下ろすキスティ。
が、その直前、六本脚で強引に跳び上がったライト・ウォーカーがハンマーを空振りさせる。
胴体の位置がずれたことで、バランスを失った俺も転倒する。
とっさにサンドニードルをばら撒く。ライト・ウォーカーはそれを振り払うように尾を回した。
その隙を突いて、何度も弾かれていた矢が一本、ライト・ウォーカーの脚の付け根に刺さる。
さらにキスティが再度ハンマーを振り回すが、尾で弾かれる。
逆に尾がしなり、キスティを襲う。キスティはハンマの柄でそれを捌きながら、後退する。
そこに、右手から槍が飛んできてライト・ウォーカーの胴体に刺さりそうになり、光の膜に阻まれて届かない。上空から落ちてくるように、パシ族の巨体がライト・ウォーカーを狙う。
尾で迎撃したライト・ウォーカーは、何度か打ち合うと、跳躍して少し離れて着地する。
猛然とダッシュするミヅカが、距離を詰める。
それを見ながら、俺はライト・ウォーカーの後方に回り込む。
ミヅカが打ち合っている横から、キスティが振り下ろしたハンマーが脚の一本をついに潰し砕いた。
嫌がるように、再度跳躍を試みるライト・ウォーカー。
ここだ。エア・プレッシャー自己使用で強引に距離を詰め、突きを入れる。尾に阻まれるが、再度尾に絡むように剣を捻り、ロックする。
バシバシと尾の先で胸を叩かれるが、鎧を信じて動きを抑える。
一瞬力が抜けた隙に、右手を剣から離して、腰から短剣を抜く。
黒い刃が闇に溶けて見えにくいが、逆手に持つと、ライト・ウォーカーの胴体に突き刺す。
少し刃が食い込むが、光の膜に阻まれ、深くは刺さらない。
何度もザクザクと突きながら、短剣の先からファイアボールを打ち込む。
そのうち、光の幕は濁り、一瞬白く光ると、弾けた。
「やれ、キスティ!」
「うがあああ!」
ズシンと音がして、胴体にまともにハンマーが振り下ろされると、青白い液体が飛んだ。脚がまだ何度かわしゃわしゃと動いてから、動きを止めた。
そこに、ミヅカが追撃で斧を当てている。
「……ふう、死んでいるようだな」
ミヅカが終戦を確信して、斧を握る力を緩めた。
「こいつがライト・ウォーカーか」
「聞きしに勝る強さであったな。こやつが群れでと考えると、背筋が冷える」
「闇虫どもを散らした後に出てきてくれて、助かった」
「それはそうと、ヨーヨー。あれは感心せんぞ」
「……ん?」
「戦いの始めに、派手な魔法を放ったであろう」
「ああ。ラーヴァストライク?」
「夜行性の魔物が多いと聞いておったのに、あんな派手な魔法を使えば、魔物も寄ってこよう」
「……」
うん。そう言われれば、そうか。
言い訳のしようもなく、考えなしだったわ。
「すまん」
「まあ、粗方、手強い魔物を引き付けたかったのであろうが。無茶は止せ」
「そ、そうだな」
そんなことは考えていなかったが、いや、考えていたのかもしれない。
俺の中のリトルヨーヨーが。そういうことにしよう。
「ライト・ウォーカーは高く売れるのだろう?」
「そうなのか? 不勉強ながら、ライト・ウォーカーのことは知らぬよ」
「アーコン、どうだ?」
戦いの最中は物陰に隠れて、何一つしようとしなかったアーコンだったが、終わりと知ってそろそろと近付いてきていた。
「さてねぇ、ライト・ウォーカーは売ったことないかんね。ま、光属性の魔石ってだけで相当高いんじゃないの」
「ふむ。さて、闇虫どもの素材も剥ぎ取りながら、後始末だ」
「全く、ドンパチ好きはいいけどね、あーしを巻き込まないでくれよ。いくら命があっても足んないよ」
「ははは、すまん」
素材を剥ぎ取りつつ、配分を話す。
8割型はヨーヨーパーティで、リッカたちは使えそうなものがあれば貰うということになった。余ったものは、お駄賃としてアーコンパーティに配分する。
案内の依頼料は別途ブラグ家から出るわけだが、アーコンの道案内がなければ野営地や、湧き点ど真ん中は避けると言った最低限のことが分からないわからないわけだから。
ボーナスくらいはやろう。
それに、魔物の素材からボーナスをやれば、適度に勝てそうな魔物と戦えるように気張ってくれそうだ。
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