第181話 灼鉄
「悪い、待たせたな」
「いえ。準備は良いのですか?」
リッカたちと待ち合わせをしていた門の前に向かうと、こちらも完全武装したリッカたちと、案内人のアーコンとその護衛の巨人族が揃っていた。
「うー。頭が痛い」
「アーコンさんが二日酔いのようなので、いったんここに置いていきます」
「おいおい、良いのか?」
「出発までには治してもらいますよ」
そうじゃなくて、わざわざ集合したのに、置いていったりして良いのかと思ったのだが、まあ本人もじっとしていたいだろうから、問題ないか。
「ジカチカ、問題ないか?」
「……問題ない」
アーコンの護衛、ジカチカは槍を構えてアーコンの前に立った。
やる気満々のようなので、放置して商会へと向かう。
リッカの案内で向かったのは、立派な装飾と花で入口が飾られている、立派な建物。
「ビリック・トレードセンター」の文字。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
建物の中に入ろうとすると、右の死角になっていた位置に人がいたようで、声を掛けられる。
口調は柔らかだが、腰に剣を差し、完全に武装している。
「面会を要請していたブラグ家の使いです」
「ブラグ家の。失礼ですが、名前を伺っても?」
「リッカです」
「お待ちくださいませ」
5分ほど玄関前で待たされ、奥から、槍を構えた女性戦士が出迎えた。
「お待たせした、リッカ殿。奥で主人が待っております」
「後ろの者を同行させても?」
「いささか多いです。2人を選び、残りは脇でお待ち頂きたいが」
「……ミヅカ。ヨーヨー、良いですか」
「はい」
リッカに選ばれたので、残りの4人と別れ、リッカに追従して奥へ行く。
槍の女性は先導して歩いていたが、すぐに立派な扉が見え、立ち止まるとノックした。
「ご主人様。ブラグ家の方々のお見えです」
「入って頂きなさい」
「はっ」
女性は返事をするが動かず、しばらく待つとすっと扉が自動的に開いた。
扉の左右には若い男が1人ずつ控えている。どうやら彼らが開けてくれたようだ。
槍の女性に付いていくと、いかにも立派な机に書類を広げ、その奥の椅子から立ち上がって腕を広げた壮年の男性と目が合う。
「ブラグ家の方々ですな。初めてお目にかかる」
「パーク殿ですね? お会いできたことを光栄に思います。ブラグ家の一門、リッカです」
「おやあ? 失礼ですが、苗はお持ちでしょうか?」
「名乗るほどの者ではありません」
「おやおや」
壮年男性は、にっこりと笑みを作った。
「ところで、ブラグ家の方々は素晴らしい働きをなさったようですね。我々非力な商いの者の間でも、噂で持ちきりでございますよ」
「どのような噂ですか?」
「おや、心当たりはあるのでは? さっそくこの地に蔓延る小悪党を粉砕し、平穏をもたらしたとか」
「お耳が早いですね」
「いえいえ、それだけ素晴らしい活躍だったということです! キュレスの方々と商いをすることは多くございますが、こうして直にお越しくださる方は極めて少数でございます。歓迎いたしますよ。それで…ああ、申し遅れました。わたくしはこの地のビリック商会をまとめる、パークでございます」
「パーク・タルソン殿。後ろの二人を紹介させてください」
「…おやおや」
「パーク殿から見て右はブラグ家の戦士隊長。剛腕のミヅカです」
「ほお、パシ族の方ですか。素晴らしい」
「よろしく頼む」
ミヅカは一歩前に出ると鷹揚に言い放ち、また後ろに下がった。
「向かって左は、護衛のヨーヨーです。今はブラグ家と行動を共にしておりますが、本業は傭兵です」
「ほほぉう。これはあくまで、好奇心でございますが、宜しいでしょうか?」
「なんでしょう」
「戦士家の方が、あえて傭兵の方をお側付きとしている理由でございます」
「いくつか理由はありますが、この場所にヨーヨーを連れてきた理由は、私からのお願い事に関わるからです」
「リッカ様からの頼み事、でございますか。もちろん、何なりと」
「まずは、ブラグ家の現状について、情報共有をさせて頂きたく考えております」
「そうですな。ありがたいお話です。ささ、そちらの椅子でどうぞ」
「恐縮です」
パークに進められ、一行はフカフカのソファへと誘導される。
全員が座り、パークが改めて正面からこちらを向いたところで、男児が湯呑みを運んで来て、それぞれの前に置いた。
「……ありがとう。さて、ブラグ家の現状についてはどこまでご存知ですか」
「恥ずかしながら、何も知っておりません」
「では、初めから詳しく説明いたします」
リッカは、戦争で功を立てたブラグ家が村を賜り、戦後の混乱が落ち着いてきたことで正式に統治を開始したということを丁寧に説明した。傭兵団との争いのことは言及しないようだ。
「おやぁ? 失礼ですが、わたくしは国境で戦士家が賊を追払い、村を手にしたと聞き及んでおりました。てっきり、ブラグ家のことかと」
「間違いではありません。しかし、ささいなことだったもので」
「ささいなこと。これは御武家様は、豪胆ですな」
はっは、とパークは愉快そうに笑うと、くるんと丸まったヒゲを撫でるようにしながら、頷いた。
この辺のやり取りは聞いているだけで眠くなる。
しばらく聞き流していると、リッカがこちらを向いた気がして顔を上げる。
「ヨーヨーは、かなり腕の立つ傭兵です。もし商会で護送したい荷物などがあれば、彼に頼むのも良いかもしれません。彼が良いと言えばですが」
「……リッカ様は、ヨーヨー様をずいぶんと立てていらっしゃいますな」
「ブラグ家はヨーヨーに、大きな借りがあります」
「ほう、なるほど。それほど戦士家の信頼を得る傭兵というのは、仰る通り稀有ですなぁ」
「それで、今回お願いしたことの1つとして、このヨーヨーの取引相手になって頂きたいのです」
「取引相手? 腕の立つ傭兵に、商会から依頼を出せということですかな」
「勘違いなさらないで下さい。お願いしたいのは、素材の買取です」
「素材の」
「ヨーヨーは腕の立つ傭兵ですが、専門は魔物です」
「合点が行きました。それで、ブラグ家の方にはいかほどお付けすれば?」
「不要です。あくまで商会に縁のある傭兵として、素材の卸しをお願いしたいのです」
「……なるほど。私の方から、取引札はお渡ししましょう。それだけでよろしいのですか?」
「問題ありません」
「ふぅむ。そうですか」
呼ばれたから聞いていたが、俺の出番がないまま終わってしまった。
その後、再び回りくどいやり取りを聞き流して、退出することになった。
「それでは、こちらへ付いて来てください」
槍を構えた女性が再度登場し、別の場所へ連れて行かれる。
途中、木の扉の部屋の前を通ると、中に何か声を掛け、屋敷の者に案内されたサーシャたちが合流した。
「問題なかったか?」
「はい」
サーシャとは、それだけ言葉をかわした。
「おい、今どこに向かっているんだ?」
まだ歩くようなので、ミヅカに小声で確認する。ミヅカは惚けたような顔をした。相変わらずのミノタウロス顔だったが、呆れたのがよく分かった。
「話を聞いておらんかったのか? 今から、ヨーヨーたちの素材交渉だろうが」
「……ああ」
そういえば。せっかく持って来たのだから、売るのだよな。
俺も来るまでは一部持っていたが、サーシャたちと別れた段階でキスティが俺の分まで持ってくれていたので、身軽だった。
「槍と鎧も、買取してくれるらしいぞ。よかったな」
「おお、ありがたい」
一度裏口から館を出て、土が剥き出しの倉庫に入った。
どうやらここが査定場所らしい。
また少し待たされると、ボサボサ頭の冴えないおっさんが後から入ってくる。
「魔物素材と、武具の買取だって? なんだって、こんなところで」
「余計な詮索はするなよ」
槍の女性に睨まれ、おっさんはたじたじとなった。
そして大人しく、俺たちが置いていく素材を鑑定していく。
「んー、物は普通じゃないの。うーん。お、この槍は渋いねえ」
結果。
グリュウ虫を除く魔物の素材は魔石も合わせて、銀貨1と銅貨30枚。
グリュウ虫は頭部が銀貨2枚。魔石は銀貨20枚らしい。
鎧は銀貨2枚。槍は銀8枚らしい。
「虫の素材、安くないか?」
「あんたが狩ったのかい? きちんと査定してるよ、値段表もある」
渡された査定結果を見てみると……うむ。ピローぺの魔石、死ぬほど安いんだけど。銅貨5枚って。
「ピローぺの魔石って、ここまで安かったのか」
「そりゃ、こんだけ歪で小さいとなあ。二束三文で太守家に収めるくらいしか使い道がないし」
「ヨーヨー。この値段は適正だと思うぞ。一部、割安かもしれないが」
横から覗いていたミヅカが口を出す。
「詰められる前に白状しとくと、このグリュウ虫の素材は割安だぞ。槍もだ。もう少しちゃんと調べないと、値段が付けられないからだ」
「グリュウ虫の魔石って銀貨20枚だろ? まだ安いのか」
「おいおい、兄さん。グリュウ虫の魔石は、キリでも10枚、ピンなら金貨ってシロモノだ。ただ、詳しく調べるのは時間がかかる。だから、今すぐなら20枚って値を付けたんだぜ。上からの紹介じゃなけりゃ、銀貨一桁台で買い叩くところだよ」
「まあ、グリュウ虫の魔石は置いておこう。他の素材は売るよ……槍はどうするかな。こいつも銀貨8枚ってことは、そこそこの値打ち品か?」
「さあねえ。武器関係には疎いからなあ。ただ、素材の灼鉄だけでもそこそこの価値がありそうだから、いったん8枚って付けたんだぜ?」
「灼鉄? どんな素材なんだ?」
「一言で言えば、バランスの良い素材だな。魔物の素材と違ってムレがなくて、魔力伝導、硬さに軽さ、そういった基本的な点数が高い。ただ、魔力を通した時に熱を出してな。北じゃ重宝されるかもしんねぇが、この辺じゃ使いにくい。鎧に使うと、火傷に繋がるしな」
キスティにも、アカーネにも分からなかった素材の情報について、くたびれた親父が速攻で解説してくれた。さすがに大きな商会となると、こういう良い目利きがいるんだな。
「槍も売らずに取っておくか」
「それが良いかもしんねぇな。正直、武具を売るならここじゃないよ」
「……素直だな」
「オレの仕事は、鑑定だからよ。嘘は付かない」
くたびれたおっさんの目が笑う。職人だな。
「さて、査定はしたぜ? これでいいか。作業の途中なんだよ」
「ええ、いいですよ」
槍の女性が許可を与え、おっさんが退出する。
槍の女性は、売るといった物を運ぶように指示を出して、金を渡してくれた。
「銀貨5枚と、銅貨30枚です」
「確かに」
「それと、こちらが取引札です」
「すまないが、これはどう使う物なのだ?」
槍の女性は一瞬固まったが、すぐに何事もないように説明してくれる。
「こちらは、この商会で出入りの業者や取引相手として認められたことを証明する札です。これを、ここや別の地のビリック商会、傘下の商会に提示しますと、取引がスムーズとなります」
「一種の信用になるということか」
「はい。ただし、紛失された場合は速やかにお知らせください。万一悪用されますと、大変なことになります」
「大変なこととは?」
「はい。ビリック商会を敵に回します」
「……なるほど。気を付けよう」
魔物素材を取り扱う、大手商会とスムーズに取引できるようになるアイテムを手に入れたようだ。
ただ、扱いには要注意の代物か。普段は異空間に入れておこう。
「この度は良い取引となりました。今後ともよろしくお願いいたします。門までお送りしましょう」
「ああ」
槍の女性に先導してもらって、今度こそ館を出る。
***************************
昼飯は、カニおにぎりである。
……カニおにぎりである。
昨夜はカニ鍋である。その具の残りを、米と混ぜて握ったものである。
カニだ。カニなんだ。
「ふぅ、味は美味いな」
「深みがありますね。ただ、やはり海のものとは風味が異なります」
「そうか? まあ、なんかねっとりした感じだな」
門前で握り飯を頬張っているのは、俺のせいである。
昼前に起きたせいで飯の時間がなく、腹が減ったと言ったらサーシャによっておにぎりが用意されたのだ。
リッカが最後の用事を片付けに行った隙に、急拵えだ。
従者組は朝飯も食ったそうだが、サーシャとキスティは何も言わずに自分の分を確保していた。
「お前らも食うか?」
「いやぁ、胃が受け付けないわ」
アーコンがひらひらと手を振って辞退するが、護衛のジカチカはじっと視線を注いで来ている。
「あー、量が多すぎてな。ジカチカはどうだ?」
「ジカ、いいよ」
「……もらおう」
ジカチカがアーコンに目線で許しを求め、無事許可された。
「美味い」
「ピローぺって、この辺じゃ普通に食うのか?」
「まあ、食べるね。足が早くて、近くに生息地か湧き点がないと、そうそうありつけないね」
「ほお」
それほど強い魔物でもなかったから、近くに湧き点があれば便利な食料源となりそうだな。
会話も途切れたので、リッカたちが戻ってくるまでに、出発前のステータスチェックをしておく。
……使っているジョブも増えて来たし、ジョブ追加にサブジョブと色々出て来た。
どれがステータスが増えたとかも、把握しきれなくなってきたな。
これからは、レベルとスキルだけ把握しておくか。
ケシャー村を出てから、これまでの戦闘でぼちぼちとレベルは上がっている。
メインで使っているやつは、多分『干渉者』を覗いて1ずつレベルアップしたと思う。レベルアップのタイミングはまちまちだが。
新しく会得したスキルは、『魔法使い』の「溶岩魔法」と『魔剣士』の「魔力放出」である。「スキル説明」で閲覧したものがこちら。
『溶岩魔法:溶岩魔法を解禁し補助する』
相変わらず魔法系は説明が適当だが、少し文面が変わった気がする。
溶岩魔法って、間違いなく「ラーヴァフロー」のことだろう。
以前、魔法系スキルはレベルアップによって会得する場合と、開発することでスキル化する2種類があると聞いた。
今回はおそらく、後者の気配がする。スキルになる前から、「ラーヴァフロー」を勝手に使っていたわけだし。
ジョブは色々と付け替えているが、最近基本はこれだ。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(25)魔法使い(24)魔剣士(14)※警戒士
MP 50/52
・補正
攻撃 E
防御 F−
俊敏 E−
持久 F+
魔法 C−
魔防 E+
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法、溶岩魔法(new)
身体強化魔法、強撃、魔剣術、魔閃、魔力放出
気配察知Ⅱ、気配探知、地中探知
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ
隷属獣:ドン
*******************
『警戒士』は、サブジョブに付けていることが多い。
基本は『魔剣士』を色々付け替える。
この基本の組み合わせの欠点は身体能力系のステータス補正が平凡なところだが、徐々に上がりつつある。そして魔法はC−の大台に乗っている。
「ラーヴァフロー」
小さく溶岩魔法を発動させてみる。
なるほど、消費魔力はやや少ないくらいだが、土魔法と火魔法を練り上げなくても、スムーズにラーヴァフローを発動できそうだ。
「こいつは便利だ」
「なんだ、主? 前も使っていた魔法だろう」
相変わらず、後ろで護衛ムーブをしているキスティにツッコまれる。
「いや、ちょっとな」
「主は本当に、魔法の練習が好きなのだな」
「あー、まあな。工夫次第で出来ることが増えていく作業は好きだな」
「私にはまどろっこしく感じるが」
「剣術だって似たようなものだろう。何かが出来るようになるのは楽しい」
「そうだが、魔法は頭で考えることが多すぎる。昔基礎を教わったが、全く素質がないと言われてしまった」
「まあ、な」
キスティはそれで良いと思う。
ただ、これから魔力操作を教えるというサーシャたちは、かなり苦戦しそうだと思える。
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