第178話 トゲトゲ

夕方ごろ、行商人夫ことカル・フリィが案内する狩場へと到着した。

カル・フリィはこの辺に相当詳しいらしく、途中何度か遠回りすることで、魔物と出会うこともなかった。


狩場は、左右に高台になっていて、小さな谷のようになっている。

その中央、窪んだようになっている場所に、魔石人形が固まっているのだという。


「魔石人形は、索敵能力は低いです。迅速に進み、先に攻撃しましょう」

「それはいいが、魔石人形の能力については分かっていないのか?」


狩場の手前で作戦会議をしている。

ミヅカが問うと、カル・フリィはやや眉をひそめて情けないような顔をした。


「すみませんが、そこまでは……。魔法を使われたという情報はないので、使ってこない可能性がやや高い、とは思っていますが」

「確実ではないわけだな」

「その通りです。思い込みは厳禁ですからな、油断せずに行きましょう」

「ギレッジではないのだな?」

「ええ。小型の魔石人形です。鈍臭いやつですよ」


スライムにも色んなスライムがいて、ゴブリンにも色んなゴブリンがいたように、魔石人形というのも色んな似た魔物の総称だ。

魔石人形、とだけ言っているということは詳しい情報が入ってきていないということだが、魔石人形は総じて動きが遅く、防御が固い。例外もあるが。

ギレッジというのは、俺も遭遇したことがある気がする。なんかどろどろのゴーレムみたいなやつで、ビーム撃ってきた奴じゃなかったか。


「先頭は俺で、カルさん。ついて来てくれ」

「はい」


慎重に、狩場へと近づく。


「キュキュ」


後ろから、ドンの声が聞こえる。

慎重に、気配探知をしながらそろそろと近づく。


「奥にいるようですね。ゆっくり行くのは、却って気付かれるリスクがあるかもしれません」


カルが囁きながら、進言してくる。

ふむ。


「いや、だとしても、斥候役もいないわけだ。慎重にいきたい」

「もちろん、構いませんが…」


少し不満そうな顔をしつつも、引き下がるカル。


「私は邪魔にならないよう、後ろに下がりますよ」

「いや、俺の近くにいてくれ」

「……かしこまりました」


カルは盾を握りしめて、身を潜める。

少し開けた場所まで前進していく。


「ギッキュ」


ドンの声を聞きながら、地中探知を走らせる。

ふむ。



後ろを振り向く。カルがキョロキョロと辺りを見渡した。


「いたのですか?」

「いや。だが、カルさん。あんた先に進んでくれ」

「なっ!?」


カルは、声を潜めるのも忘れて、取り乱したように叫んだ。


「たしかに案内はすると言いましたが、私は戦闘できないですよ!」

「問題ない。少し考えがあってな?」

「承服できませんね! まさか、囮にしようと言うのですか?」

「カル殿、ヨーヨー、お前たち声が大きいぞ!」


後ろから、ミヅカからの叱咤が入る。



「前に進め。これは命令だ」

「できませんね!」

「どうしてもか?」

「話にならない、馬鹿げている! 帰らせてもらいますから」


カルは、パッと身を翻して後ろに進もうとする。

その前に、腕を掴んで止める。


「まあまあ。キスティ、こいつを前に放れ」

「必要な命令だな?」

「命令だ。やれ」


キスティはそれ以上何かを問うことなく、カルをタックルするように持ち上げ、前へと投げた。


「う、うわあああああ」


カルは絶叫しながら前に飛んでいく。

どしゃり、と音がして、カルが転がる。


む、ズレたのか。

そこに更に足蹴にして、カルを前に突き飛ばした。


「や、やめ」


カルが言い終わる前に、地が崩れ、その姿が視界から消えた。

砂煙がもうもうとして、視界がゼロになる。


「けほっ、ヨーヨー!」

「やっぱりか。落とし穴だ、後退しろ。サーシャ! 上に敵がいるかもしれん、警戒しろ!」


魔力探知でも発見できなかったが、この地形だ。

待ち伏せされてるなら、たぶん上だ。


「アカーネ、魔力探知できますか?」

「うーん、してるけど!」


アカーネにも探知できないらしい。

ここまで砂煙が立つなら、カルを落とし穴に嵌めるのは悪手だったか。サーシャの索敵が無効化されてしまった。

だが、こちらから見えないということは、向こうも然り。


気配察知に何かの動きを捉えた次の刹那、何かが当てずっぽうに向かってきたのが探知できた。


「来るぞ、上から攻撃だ!」


ウィンドシールドを大きめに張って、味方を防御。

少し砂煙が晴れ、敵の姿を小さく確認した。


「見えたか!?」

「左に3人以上いました! 攻撃からして、左の方が多そうです」


サーシャは弓を構えて、反撃する。

だが位置も視界も悪く、当たらないようだ。


「牽制にしかなりませんね」

「構わん、撃ちまくれ。岩陰に隠れられるか? ミヅカ!」

「少し下がればある! だが、左からの攻撃にはイマイチだ」

「皆、そこまで下がれ。合図を待て。サーシャ、アカーネ。シールド用意しろ」

「ご主人様は?」

「左か右を崩す。援護してくれ」


一方的に打ち込まれる、矢やスキルを外らせることに集中する。


「アカーネ、煙玉使え!」


煙玉といっても、土属性の改造魔石だ。砂を撒き散らすと言う微妙な性能だが、今はぴったりだろう。

アカーネが魔石を3つほど放り、また周りの砂煙が濃くなる。


後ろの仲間が右からの攻撃から隠れられるポジションに入った。

今だろう。


「防御魔法切るぞ、構えろ!」

「ヨーヨー、大丈夫なの?!!」


ヒステリックなイスタの悲鳴を背に受けつつ、シールドを解除。

サテライトマジックで周回させていた炎と土の魔力玉を動かし、左右に放つ。

弓形に飛んだマグマ弾が、空中で弾けて周囲を薄く赤に染める。

と同時に、エアプレッシャーを多段発動させながら、強引に崖の上に登る。


「こ、こいつ」

「死ね」


思った以上に目の前に敵がいたので、魔剣で突き刺して引き抜く、そして隣の人に振り下ろす。


2人目は瞬殺できず、なんどか強引に追撃する。

腕が飛んだところで喉に突きを入れ、殺せたが、その瞬間に背中に衝撃。


少し遠くに、こちらに杖を向けているやつがいる。衝撃を与えてきた物体が地面に落ちる。スキルか、土魔法か。


「任せろ」


槍を構えた武人が、他の2人を庇うように前に出る。

その虚をつくタイミングで再びエアプレッシャーを発動し、一挙に間を埋める。


「ぐっ!?」


敵もさるもの、こちらの突きを辛うじて槍の柄で阻むと、くるりと穂先を返して合わせてくる。

エアプレッシャーで今度は飛び上がり、そこから一回転して敵の背後に回る。


再度突きを入れるも、敵の鎧に阻まれる。

硬いな。


「小癪なっ」


くるりと振り返ってくる敵に、再度突撃するフェイントを入れながら、魔力を練る。

正面から、尖った岩が飛んでくる。


魔法使いの援護か、全く。

剣で強引に弾くと、その隙を突くように槍使いが鋭い突きを狙ってくる、

ギャリギャリと音を立てながら、マスクを突きが掠める。


エアプレッシャー自己使用を再度かましながら、今度は後退する。

当然、前に出てくる槍使い。

その足元から、熱された岩が飛び出した。


「う、うぎゃああああっっ!」


槍使いの首筋にヒットした熱岩は、ドロドロになりなから鎧の中に入り込んだらしい。

槍使いは叫びながら、鎧を掻きむしる。


「いい湯だろお?」

「め、面妖な」

「遠慮すんなって」


動きの短調になった槍使いの顔面に、至近距離からのラーヴァフローを流し込む。


「あつい、あついいいい」


隙だらけだ。

敵の魔法使いがいる方向を確認しながら、槍使いが盾になるように気を使う。

そして、鎧の隙間から剣を差し入れると、炎弾を何発も流し込んだ。


即死はしなかったものの、もがき苦しんで暴れた後、槍使いはぐったりと倒れて、動かなくなった。


「あとは……ん? お前、妻の方か」

「よ、傭兵…。ウチの人はどうしたっていうの?」


魔法使いともう1人いたわけだが、そこには行商人夫婦の妻の方が、立派な鎧を着て対峙している。おやおや。

頭に鉢巻をしていて顔がわかるが、もしもヘルメットをしていたら気付かなかった。


「さてな、たまたま地面にあった落とし穴に落ちてしまったよ。不運だな」

「い、いつから。いつから気づいていた?」

「ついさっきだ。ふむ、俺は地中探知が得意だって、言い忘れていたな」

「た、頼む。降伏するから、夫を助けてはくれないか」

「勝手言ってんじゃ、ありませんよ。こいつは今、仲間を3人も殺したんです」


魔法使いの方が、行商人妻を制止した。

魔法使いだろうとは思うが、金属の鎧を着込み、剣を刺しているので戦士のような見た目だ。魔法使いの要素は、手にしている少し曲がった細い杖くらいだ。


まあこの世界、魔法使いも普通に重武装していることの方が多いか。テーバ戦士団のツンツン頭もそうだったし。


「助けるもなにも、もう落ちちまったしな…」

「あ、ああ…あああああ」


妻の方は、がっくりと膝をついて戦意喪失してしまった。

だが、魔法使いの方がやる気満々だ。こっちはヘルメットで表情が読めないが、言動から敵意が明らか。やるか。


「お前の炎魔法は、速度が遅いようですね」

「だったら?」

「遠距離での撃ち合いは、こちらに分があります」


ふむ?

だったとしても、なぜわざわざご指摘をくれるのか。

その心当たりが、実は俺にはあった。


地面の下では、渦巻く魔力が近づいてきたのが分かった。アカーネのように感知はできないが、こちらも同じことをしようとしていたので、妙な抵抗があることが分かったのだ。


「なら、近付けばいい」


ゆっくりと前に進む。

敵は、ゆっくりと後退する。


狙いを定め、駆け出す。

相手は土魔法のスペシャリストっぽいからな、魔力の押し合いはしない。だが、地面の魔力を乱してその発動だけ遅らせる。


結果、何事もなく地を駆け抜けて、距離を詰める。


「な、なぜ」

「どうした?」


一応訊いてやるが、答えを待つ気など、毛頭ない。剣で顔を突き上げる。

杖で合わせるが、これはサクッと折れて、そのまま顔に突きが直撃し、ヘルメットの面当てが割れ落ちた。

けむくじゃらの顔が見える。


驚愕した顔の、開けた口からは、鋭い牙が覗く。

顔面にラーヴァフローを浴びせ掛ける。


「ぐ、ぐああああっ!?」

「どうした、速度が遅いのだから怖くはなかろう?」


つい嫌味を言ってしまったが、馬鹿やってる場合じゃない。首筋に一閃して、楽にしてやる。

まだ項垂れたままの行商人妻は、いったん無視する。


向かいを見ると、下にミヅカ。

上の敵がいるところにイスタとキスティがいる。

サーシャたちは、まだ岩陰のようだ。

全員生きているようだ、良し。


サーシャたちに近付くと、サーシャが岩陰から矢を撃ちながら応答する。


「ご無事でしたか!」

「状況は?」

「ミヅカさんが軽傷、上でキスティが暴れています」


どうやら、ミヅカは囮となって射かけられたらしい。

その二の腕には矢が生えている。叫びながらスキルを出している。

また飛び上がりながら、強引に上に出ると、キスティが最後の敵の頭を殴り潰しているところだった。


「無事か?」

「ぐうううう……」


おっと、どうやら狂化しているらしい。


「ヨーヨー、キスティさんどうしたの? 途中から話が通じないんだ」

「イスタか。怪我はないか」

「うん…。キスティさんが凄すぎて、無視されてたから」

「そうか。キスティのはまあ、スキルの影響だから問題ない」

「す、すごいよね…」


イスタは村の戦いで、狂化を近くで見なかったかな。

ああ、見たとしても、近くに俺がいたら、普通に指示に従っているように見えるか。こんなケモノ状態になったら驚くわな。


「キスティ、落ち着くまで待機。伏兵がいたら

対応しろ」

「ふう、ふう…す、少し落ち着いた。無事だな主」

「問題ない。こいつら、隠れる能力は高いが、戦闘能力は二流だな」

「そ、そうか。急だったから驚いた」

「行商人の演技も自然だったなあ。危なかったわ」


いったいいつから狙われていたのか。最初からか?


「それにしても、ロクな積荷もない俺たちを狙うとはな」

「あの、ヨーヨー…僕から見ても、ヨーヨーたちの装備は良いものだよ。それで世間知らずな感じでいたら、カモだと思われるんじゃない」

「…そうか」


装備の充実が、まさかの裏目に。

マントを着て装備を隠すとか、してもいいのかもな。


「一度戻ろう、1人生きてる奴もいるしな」


サーシャたちのところに戻ると、ミヅカが行商人妻を捕縛して戻ってくるところだった。


「お、手間が省けたな」

「まさか、素材用のロープを下手人の捕縛に使うとはな」

「まあ、襲ってくるヒトなんざ、魔物みたいなもんだろう」

「恐ろしいことをさらっと言うな!」


ミヅカが顔を顰めて言ってくるが、別に本音だったんだが。

妻の方は、すっかり血の気を失っているが、夫が落ちた穴の方を気にしている。


穴の中を覗くと、トゲトゲに串刺しになったカルが微動だにせず横たわっていた。これは、手遅れだろ。


「すまんが、カルは既に死んでるわ」

「……そう」


行商人妻は、穴から目線を外した。

顔には諦観が浮かんでいる。


「賊を殺さずに捕まえた経験に乏しくてな。こういう場合、どうすんだ?」

「さてな……。戦士団として動いている時は、土地土地の裁判権の主に預けるが」

「金にはならないか」

「手配が回っていれば、なるが。あるいは奴隷落ちの手続きをすれば、いくらか」

「面倒だな。殺すか?」

「ま、まあ待て。今回、リッカが動いているのは、この辺の領主とのチャンネルの開設のためだ。リッカに預ければ、良いように使ってくれるだろう」

「んー、まあいいか」

「代わりと言ってはなんだが、賊の持ち物は預けよう」

「そうだなあ、漁るか。結局、ここに魔物はいないのかな?」

「どうかな。場合によっては魔物狩りをさせて油断させる気だったかもしれん。情報は本当なのかも」

「面倒だが、警戒しつつ賊の死体集めるか。やれやれだぜ」

「そろそろ日暮れも近い。今日は付近で泊まろう」

「そうだな」


まったく、とんだ一日だ。

ヒトとの争いを避けて西に来て、最初がこれかよ。

勘弁してくれよ。


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