第177話 妖精
夜、夕飯を食べに寄った料理屋にて、行商人の夫妻から依頼を持ちかけられた。
依頼の内容は、魔物狩りであった。
ここから北に半日ほど行った岩場に生息する、魔石人形を狩りたいというのだ。
魔石人形といえば、どこかで狩ったことがあったな。テーバだろうか。
最近は流通が減り、高騰しているのだという。しかも、お得意様の卸売りからは当てがないかと泣き落とされたそうで、護衛を増やして狙えないかと思っていたらしい。
魔石人形を相手にしたことがあることを告げると、更に前のめりになって依頼を請願されてしまった。
どうせこの辺で魔物を探す予定だったから、悪くはない話だ。
ただ、ネックがあった。
急いでいるらしく、明日にも出たいということなのだが、明日はリッカが用事で来られないのだ。
リッカたちがいつまで、イスタの訓練に付き合ってくれるのかは不明だ。行商人との話が終わったら改めて聞こうと思っていたのだが、どうやらしばらくは付いてきてくれるつもりのようだ。
ただ、もともとこの町に用事があったわけであって、リッカはそちらをこなさなければならないという。
「魔石人形ならば、斥候もそこまで必要ないのではないか?」
「そうかもしれませんが。すみませんが、フリィさん。どの程度の情報が集まっているのですか?」
行きたそうにしているミヅカを抑えて、リッカが行商人夫に問いかける。
「3体ほど目撃されています。群れというほどでもないですし、他に危険な魔物の巣が近いといったこともありません。なんとかお願いできませんか」
「……」
「獲物の情報もそうだが、同じくらいに重要なのは報酬の方だ。どの程度出せるんだ?」
魔物狩りとして曲がりなりにもステップアップしてきて、護衛として雇われれば、俺1人でも日給で銀貨1枚以上は取れるだろうと思っている。
これは、相場としては決して安くない方だが、この行商人夫はどう考えているか、聞かなければならない。
「報酬ですね、確かにそうですな。……見事に魔石人形が狩れれば、魔石以外の素材はお渡し致します。それに、それ以外にもお一人ずつ銀貨2枚をお渡ししましょう」
「ほう……狩れなければ?」
「むむ、そうですな。全額は厳しいですが、半額お支払いしましょう。いかがです?」
早ければ1日か2日で銀貨8枚か。悪くないな。スポット的な狩り依頼としては、むしろ高い方なんだろう。魔石人形ってそんなに儲かるのかねぇ。
「いいだろう…。どうせ、手頃な魔物を探していたところだ。ついでに報酬を得られるなら、良いんじゃないか」
「そう言うなら、止めませんが。ミヅカ、貴女も行くのでしょう?」
「構わないか?」
「まあいいでしょう。くれぐれも気をつけて下さいよ」
ミヅカは口角を曲げて歯を見せた。獰猛な威嚇にも見えるが、これでにかりと笑った顔である。
「イスタはどこにいる?」
「宿におるよ。私から伝えておこう」
「そうか、頼む」
おばあさんが奥から、頼んだ料理を運んで来る。
油漬けは、なんか予想外にドス黒い。野菜っぽいが…。
「これは、お酒の当てですね」
サーシャがさっそく箸を伸ばし、神妙な顔をしている。
俺も、とひとかけらを口に運ぶと、強烈なしょっぱさの後に蕗のような苦さが来る。珍味の類だな。
「アカーネは食べない方がいいかも」
「うん……」
言うまでもなく、奇怪な見た目から警戒していたアカーネは手を伸ばさなかったようだ。
もう一つの煮物に手を伸ばして、少し安堵したように顔を綻ばせた。
「煮物だけってのも寂しいな。ばあさん、肉料理とかあるか?」
「この辺じゃ肉は高えし、安定もしねえ。やっとらんよ」
ばあさんは不機嫌そうに否定してくる。年寄りって、妙にずっと不機嫌なやつとか多いよな。自分の孫には甘くなったりするんだろうか。じいさんばあさんは会ったことがないから、想像が難しい。
「んじゃ、子供向けの甘い料理とかないのか」
「その煮物はあめえだろ? 追加で出すか」
「いや、いや。追加は良いよ」
しょうがない。
今日は芋煮で我慢するか。
こんな不自由があるのも、旅の醍醐味だろう。
子供じゃないし、とふてくされたアカーネを撫でつつ、食事を済ませる。
行商人夫妻とは、また明日落ち合うこととした。
***************************
アーコンは、今日はお休みと伝えると喜んでいた。
着いてきても良いと伝えたが、丁重にお断りされた。
行商人夫とは、門で待ち合わせだ。
この世界、何かと門で待ち合わせになる。
一番乗りはミヅカとイスタのコンビ。
ミヅカはやる気満々で、イスタは緊張気味。
戦士家でも散々魔物は狩ったようだが、戦士仲間から離れて、魔物狩りとして戦うのは初である。といっても、ミヅカがいるからアウェーというほどではないだろう。
次に行商人夫が来たようで、最後に少し遅れて、俺たち。
朝からまったりしていたせいで、少し遅れてしまった。
「すまん、待たせたか」
「やあ、来たね」
行商人夫がにこやかに受け答えをしてくれる。
「奥さんはどうした?」
「妻は、街でやることがあってね。戦闘要員でもないし、連れて行かない方が君たちの負担にもならないだろう」
「まあ、そうだな」
彼らにも護衛はいるが、それは妻の方に付けているという。
「彼らは魔物狩りのスペシャリストではないからね。適材適所だよ」
「そいつは、信頼と受け取っておこう」
魔物狩りのプロとして、信頼を裏切らないように頑張ろうか。
まあ、失敗したらしたで、そこまで切羽詰まっていないけれどな。
「それにしても、その小さい子も狩りに同行するのかい?」
行商人夫が、俺の後ろで小さくなっているアカーネを見て、心配そうな声を出す。
「アカーネだ。彼女も、これで一端の戦力でな。心配するな」
「そうか……。人は見かけによらないなぁ」
なんせ、我がパーティの最大火力は、アカーネの使用する古木の改造魔石だからな。
この前2発も使ったから、残りは僅かだが。
「ボクは宿に残ってても良いんだケド」
アカーネが小声で何か言っている。おおかた、残って魔道具いじりでもしたかったんだろう。
「そう言うな。お前の力が必要なんだ」
「そ、そんなに言うなら、仕方ないけどっ」
昨晩、からかいすぎたせいか、妙なツンデレが発動している。
何があったかは秘密である。
隣では、サーシャが呆れ顔だ。
前のサーシャなら、アカーネを怒っていたところだが、最近では俺がアカーネとの小競り合いを楽しんでいるのも察知してか、何も言わなくなった。
単に、俺に主人としての威厳を身に付けさせるのにさじを投げたのかもしれない。
「仲が良いねえ」
「まあな」
行商人夫が微笑む。今らさながら、こいつの名前、聞いてないな。
いや、苗字はたしか、聞いた気がするが……。
とにかく、目的地を知っている行商人夫を先頭に、門を発つ。
壁の外で風呂敷を広げる商人たちを横目に、俺たちは北へと進発した。
行商人夫の名前は、カルというらしい。カル・フリィ。ただ、家名の「フリィ」というのは行商の際の商会名であって、厳密には名前ではないらしい。
いわば、勝手に名乗っているだけなのだとか。
そんな話を聞きながら、北へと進む。
途中、カルが把握していた中継地点に寄って、休息を取る。
昼だけなのか、近くに住んでいるのかは分からないが、商人が文字通り、風呂敷で店を広げていた。おかげで、新鮮な肉にサーシャが料理を施し、ぜいたくな昼食にありつけた。
昨日は芋だらけだったからな。芋も美味しいが、やっぱり肉は満足感がある。
狩りにいくなら、やっぱり肉だよな。
割と気楽なヨーヨー一行に対して、ずっとそわそわしているのがイストだ。
愛槍を握りしめて、ずっと周りが気になるようだ。
「どうした、イスト?」
食後でまったりする中、相変わらずそわそわしているイストに声を掛ける。
イストはこちらを向くが、血の廻りが悪くなっているのか、顔が青い。
「ヨーヨー、良くのんびりとご飯食べられるね。ロクな見張りも立てずに、こんな開けたところで」
まあ、中継地点は本当に商人がいて、気持ち程度の仕切りがあるくらいで、防御力はゼロと言っていい。
そこで肉を買い、豪快に焼いた肉を食っているのだ。文句言いたいのも分かる。
「見張りは順次立ててるだろう……まあ、今は、あれだが」
今の見張りは、俺とサーシャが担当である。
ただ、正直俺は気配察知で、サーシャは遠目で見張るため、皆と一緒の場所にいる。
サーシャはまだキョロキョロしているわけだが、俺に至っては堂々と真ん中に居座って肉を食っているわけだ。
「戦士団じゃ、普通は2隊は斥候を出す。残りも、いつでも動けるようにしてるよ。それに対して……。正直、今魔物が近づいてきたらどうすんのさ」
「まあまあ、そんなに気を張ってたら、少数精鋭じゃ却って消耗するぞ。……ま、その警戒心は正しいとは思うがね」
「魔物狩りって、だいたい今みたいにユルいの?」
「や、どうだろう。俺たちだけかもしれん」
俺だって、別にナメてるわけじゃない。
俺の場合、目視より、気配察知の方が優れているというだけだ。
それなら、リラックスしながら気配を探った方が早いのだ。
移動中はそうもいかないが、こういう場だとね。
「ヨーヨーは見習うべきなのか、特殊すぎるのか、だんだん分からなくなってきたよ」
「だから言ったろ、俺に魔物狩りを習うってのは無謀だって」
「……言ったっけ?」
「……」
言ってないかもしれない。
だが、心の中では思っていたぞ。
「ま、俺が言えるのは、早いところ斥候系の仲間を作った方が良いってことだな」
「ヨーヨーのパーティで、斥候って誰なのさ」
「……」
いないかもしれない。
「世の中には例外が存在する。それが……俺だ」
「いや、勿体ぶって言わないでよ。何も考えてないだけじゃない」
「ふっ」
まだまだ若いな。
とりあえず、ぐうの音も出ない正論に対しては、鼻で笑っておく。
「ヨーヨーは、どこで魔物狩りを習ったの?」
「うーん、習ったといえば、色々習ったが」
キラキラ奴隷パーティを作っていた、エリオット。
安宿で出会った剣士のひと。
テーバ地方で色々教えてくれた、ずんぐりむっくりな元傭兵おっさん。
色々いたが、どれも師匠ってほどでもない。
「結局、俺は実戦だな。狩りに出ては、危険に遭って、時に死にかけて、そんで成長してきた」
「ふぅん。実戦、か」
「まあ、イスタも実戦は経験してきたか」
「そうだね、いや、少し違うのかも。戦士たちの後押しがなくって、自分自身の足で、魔物と対峙する。そんなこと、これまで考えたこともなかった」
「まあ、お前の慎重なとこは傭兵向きだよ。生き残れれば、良い魔物狩りになるだろ」
「生き残れれば、ね」
槍をくるくると回しながら、イスタが呟く。
何かを言おうとして口を開けたが、ただ空気が抜けた音が聞こえた。
「なんだ、何か言いたいことがありそうだが?」
「あの、さ……」
イスタはこっちの耳に口を寄せて何かを話そうとする。
男にやられてもちょっとキモいが、ずっとごにょられているのも面倒なので、素直に耳を傾けた。
「あの……アカーネさん? みたいな子は、どこで見つけたの?」
「……」
「あんな顔立ちは、珍しいからさ。もしかして、人間族じゃないの? 妖精族?」
「妖精族なんてのがいるのか?」
「伝説にはね」
「伝説かよ」
これはあれだろうか。
遠回しに、妖精のように美しいとか言いたいのだろうか。
「まあ、なんだ。アカーネに手は出すなよ」
「出さないよ! そんな気はないから!」
「……ま、儲かるようになったら、そういう店にでも行け。別にアカーネは、特別な人種じゃねぇよ。単にかわいいだけだ」
「ほ、本当に? あんな違うのに……」
それを言ったら、キスティの方が目の覚めるような美人だよ思うが……。
いやでも、南の国にはキスティ的な美人は多いのかもしれない。
アカーネもはっきりした顔立ちとは思うが、日本人的な風情があるから、彫りの濃い顔立ちではない。
そわそわしてたのは、緊張だけじゃなくて、そっち方面でか?
何だか馬鹿らしくなったので、イストとの話を切り上げた。
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