第176話 行商人夫婦

夜、壁の中にある席数が10に満たない店に入る。

そこには、2人の旅姿の男女と、見知った2人がテーブルを囲んでいた。


「ミヅカ、奇遇だな」

「ん? んー、来たのか」


骨つき肉にかぶりついたまま、もごもごとミヅカが振り返る。

4人が同席している奥の席は狭いので、空いていた手前の席に座る。マスクを脱ぐと、サーシャが受け取り傍に置いてくれる。


ミヅカと鉢合わせしたのはたまたまだが、宿近くの店は数えるほどしかなかったので、そこまで不思議なことでもない。

護衛対象がいない旅ってのは、この辺が自由にできて楽だな。それぞれ街に散って、好きなことをできる。


店の奥にいた、老婆がこちらを見ている。

注文を促されているようなので、適当に頼む。

こういう所にしては珍しく、きちんと紙のメニューがある店だった。

土芋の煮物と、油漬け。何を、どう漬けているのかナゾだが、まあいい。


「そっちの2人は?」

「行商人のフリィ夫婦だ。あっちの変な兜を着けていた男はヨーヨー。凄腕の傭兵だぞ」

「リップサービスはほどほどにな」


老婆が案外としっかりした足付きで、水を運んでくる。飲み物は自家製酒と水というシンプルな選択だった。ちなみに有料だ。


ミヅカは相変わらずのミノタウロスだが、その隣にいるリッカは少し憂鬱そうな表情をしている。


「こんなとこで何してるんだ、って、情報収集か」

「それもそうだが…後は、情報拡散だな」

「ん?」


情報拡散って、どういうことだろう。


「すまないが、あのヨーヨーに先程の話をしてくれないか?」


行商人夫婦の夫の方に、ミヅカが話を振る。


「いいでしょう。今、東に行くのは難しい判断になるという話です。戦で、北の国が大きく前進したのですが、それで気が大きくなったのか、商売で訪れても商品を巻き上げられるような有り様だそうです」

「…。それで?」

「南の方から入ればそれほど被害に遭わないと聞きます。ただし、南は最近になって賊が増えました。南の国の敗残兵でしょうか」


もしかして。

商品を巻き上げてた元凶は古傷の傭兵団だろうか。

なるほど。


「北の方の国境で、戦士家が傭兵団を追い出した事件は知っているか?」

「ほう? 寡聞にして知りませんね」


情報拡散か、なるほどね。


「しかし、どっちにしても今は東はお勧めできませんね。リスクが高すぎる。それより、北に向かって仕入れをする方が確実に儲かる」


これが、一般的な評価なのだろう。

ブラグ家としては、悪評を廃して商人が戻ってくるようにしなければならない。だから情報拡散なのだろう。


「北か」

「なんでも、北は景気が良いらしいですね。皆さんはどちらから来られたのです?」


行商人夫の目がキラリと光り、見据えてくる。

今度はあちらの知りたい情報の収集に協力する番か。


「そっちのパシ族の姉さんがたとは別口だ。俺たちは、まさに北からだな。魔物狩りの聖地経由で南に移動してきた」

「ほう、聖地…。どのような場所なのです?」

「まあ、普通の領地とそう変わらんが、とにかく魔物は多いな。それに、領全体を巨大な壁で覆っているのは、ちょっと見ものだった」

「あの辺は、今景気が良いと聞きますが。なぜ出て来たんです?」

「景気が良いと、俺たちみたいな弱小傭兵は弾かれるのさ」

「ご謙遜を。しかし、羨ましいですな。私にも強力な護衛がいたら、是非聖地まで素材を買い付けに行きたいのですが」

「そうか」


今から向かったら、流石に動乱の影響も沈静化して、ちょうど良いのかもしれないな。

俺は、向かう気は少しもないが。


「東の混乱も治まって来ています。東に向かう人が少ないからこそ、チャンスがあるのでは?」

「普通はそうだが、東は今、リスクが読み切れないのですよ。商機に賭けることと、ただ無鉄砲に命を投げ出すことは違います」


縋るように入ってきたリッカと、行商人夫が応酬している。

どっちでもいいが、がんばってほしい。


「そういえば、ここしばらく北から入ってくる魔石が減ったと聞く。何か知っているかい?」

「魔石が? あー、もしかしたら、動乱の影響かもしれないが」

「動乱?」

「聖地で、傭兵が反乱騒ぎを起こしたことは聞いているか?」

「反乱騒ぎ? いつのことです?」

「もう大分と経ったか。数ヶ月は前のことだが、現地の傭兵団が挙兵したもんで、かなり騒がしかったぜ」

「ほう。まさか、まだ解決していないのですか?」

「いや、すぐに鎮圧された」

「なるほど。お兄さんは、いつごろ聖地を出られたんです?」

「挙兵騒ぎのすぐ後だな。しばらくは治安も荒れるだろうから、避難だ」

「ふむ……」


行商人夫は細かく頷き、考えを整理している。


「しかし、傭兵が挙兵したと言いましたか? いったい、何の原因があったのでしょう」

「さて、なんでだかな。ギルドとの勢力争いのようなものだと噂があったが」

「ギルド? どのギルドです」

「魔物狩りギルドだ」

「はて……」

「あー、そうだったな。どうやら最近出来た組織らしいぞ。あっちの国でも、まだテーバにしかないように聞いたが」

「魔物狩りギルド、ですか」

「要は、魔物狩り専用の傭兵組合のようなものだ。登録すれば、許認可関係が緩くなるのと、情報の売り買いもしていたぞ」

「情報ですか。魔物に関する情報ということでしょうか?」

「そうだ。現在の目撃分布から、実際に戦ったパーティの経験談まで色々だ」

「興味深いですな。商人でも利用できるのでしょうか」

「さあ、できるんじゃないか? 特に身分証明などをした覚えはないし。昔のことだから、忘れてるかもしれないがな」

「なるほど、ありがとうございます。ギルド、ですか……。専属の商人が決まっているようなことがなければ、いいのですが」

「その手の話は聞かなかったな。専属の商人がいると困るのか?」

「ええ。まあ、その契約次第ではあるのですが、供給が絞られると、どうしても値段は高騰しますから。それはそれで儲けになる可能性もありますが、どうしてもコネの勝負になりますから、私どものような行商人には辛いところです」

「ギルドに売らず、商人に素材を売っていることも多かったからな。流通が減るかは分からないが。そもそもギルドが供給を渋るようなことはないんじゃないか」

「そうなのですか?」

「まあ、分からんが……」


そういう話は聞かなかったが、どうなんだろう。

魔物狩りギルドの背後には王弟? がいたとかいうのを考えると、そういうことも考えられるのだろうか。

要は、国が戦略物資の流通を把握しているようなものだものな。


「しばらくは、魔物素材、特に魔石関係は注目かもしれませんな」

「そういえば、この国では魔物素材はどこが売買しているんだ? 商人と個別に契約するしかないのか」

「そうですね。この国は太守の力が強い。だから、それぞれ領地というか、拠点によって様々ですよ。ただ、特に東の方は商人の力が強いですから、物によって強い商会で売り買いするのが鉄板です。魔物素材なら、ビリック商会というところが大手です。あとは、フライ商会やグラニス商会が有名ですね」

「む……。サーシャ、メモしておいてもらえるか」


横を振り向いて、サーシャにお願いする。

サーシャはすぐにバッグから半紙とペンを取り出している。


「畏まりました」

「悪いが、もう一度いいか? 何商会だったか」

「ビリック商会、フライ商会。あとグラニス連合紹介ですね」

「む? その連合、というのは」

「ここは少し特殊ですよ。店舗を持たんのです」

「店舗がない?」

「ええ。行商を多数抱え、それらをまとめている形です。ここの専属護衛は過激なことで有名なのです」

「ほう……荒っぽいのか?」

「いえ、行商を襲わなければ紳士的ですよ、基本的にはね。ただ、所属する行商が襲われた場合には、執拗に報復を行うんです。まあ、そうやって安全を確保しているんでしょう」

「なるほどな。しかし店舗がないとなると、遭遇するのは運任せか」

「そうですな……ただ、各地の主要都市にはだいたい、誰かしらいますよ。それと、お得意様には定期的にお伺いを立てるようです」

「ううむ、それは定住者用のサービスだろう? 俺のような根なし草には使いづらいか」

「まあ、根なしという意味では私も同様です。そういう意味では、ビリック商会は東部の大きな都市にはだいたい店舗か窓口があって、一見さんでも商談できますから、いいですね。その分、少し買値が低くなるという噂ですが」

「まあ、大きな組織を持つと人件費もかかるだろうしな。そういえば、傭兵組合はこの辺にあるのか? テーバのように魔物狩り用のギルドまではないと思うが」

「ええ、それはありませんね。傭兵組合は色々ありますよ。ただ、北の国のように横のつながりはほとんどないと考えた方が良いです。それどころか、同じ場所にいくつもの傭兵組合があったりします」

「不便だな」

「まあ、この辺は商会の力が強いですから。太守の意向というより、懇意にしている商会のグループごとに組合があるのですよ。それに、北の国から来られたのであれば注意した方が良いですな」

「ん?」

「この国には、部族主義が強い場所が多いです。混生主義に慣れた方からすると、面食らうことが多いでしょう。商会も、傭兵組合も、あるいは他の組合もですが……部族や種族ごとに対立が生じていることが多いのです」


混生主義、というワードは初めて聞いたが、おそらくいろんな種族で差別せず生きる。みたいな主義のことなんだろう。

キュレス王国では地方まで浸透していたようだが、他国ではそうでもないと。


そう聞くと、キュレス王国はちょっとしたユートピアみたいに感じるな。

差別なく、一緒に暮らす。

童話の世界のような、地球世界でも夢物語として語られそうな世界だ。

だが、その中にいると、不思議とユートピアとは感じられなかった。

結局、人種による差別があろうと、なかろうと。

人は何かの理由で競い、憎み、争い合うわけだ。


「俺たちのような、人間種はどうなんだ? 気を付けることはあるか」

「人間族や、それに近しい種族は比較的、数が多いですからね。それに北の国もそうですが、大国の中枢にもいますから。人間族を狙って虐殺などは起こりにくいですね」

「その口調だと……民族浄化のようなことも行われているのか?」

「民族浄化、ですか。そのような言い回しは初めて聞くので、お答えしづらいですな」


む、民族浄化というのは少し違うのか。

考えてみれば、民族という考え方からして、地球正解の国民国家以後から浸透したんだっけ?


「まあ、単純に、特定の拠点では特定の種族への反発が強まり、虐殺に繋がるといったことがあります。あるいは、抗争状態に陥った部族同士が、敵部族を根こそぎ殺してしまうこともあります。それでも、多少は逃れる者が出ますから、種族ごと絶滅する例は少ないですが」

「なかなか、ハードだな」

「まあ、この国は、国とは言っても名目的なものですから。まとまりがありませんし、北の国のような安定した大国と比べたら抗争が起こりやすいということですよ。種族ごとの対立がなくても、いったん戦争となれば目を覆いたくなることが起こるのが、世の常って奴でしょう」

「今、抗争が起こっている地域はあるのか?」

「そうそう滅多に起こることはありませんよ、と言いたいところですが。この前、北のブジョワクという町でクーデターが起こったそうですよ」

「そいつは面倒くさそうだな。まだ混乱が続いているのか?」

「はい。レッドアーリーという部族がブジョワクの支配層だったのですが、ワーリィ族と呼ばれる犬顔の種族がその中心地であるブジョワクを攻撃したということのようです。ただ、レッドアーリー族自体は各地にいますから、報復のために動いてもおかしくありません」

「レッドアーリー族というのはどんな種族だ?」

「そうですねぇ、種族としては人間族ですな」

「……そうなのか?」

「ええ。ただ、褐色の肌に黄色い髪をしていて、見た目が似ています。彼らは自分のことを、レッドアーリーの子孫だと認識しているそうですよ」

「レッドアーリーというのは?」

「さて、そこはよくわかりません。彼らの昔の英雄なのでしょう」

「ふぅん……」


しかし、部族間抗争か。

大きな戦争を避けて西に来たが、どっちがマシなのかという状況だな。

ただまあ、キュレス王国とズレシオン王国の戦争に比べれば規模が小さい。情報を集めて、危うきに近寄らずで進めば問題ないだろう。


「それなりに大きな抗争のようだが、王家や貴族たちは何かしないのか?」

「部族の支配地域に対しては、我関せずを決め込むことが多いのです。実際、王家が仲裁したところで、両部族から恨まれて何の意味もないということが多いですからね」

「となると、王家とその同盟都市を巡って旅をした方が、無難か」

「そりゃあそうです。この地に詳しくない者が部族の支配地域に行くのは、自殺行為ですよ」


それはそうか。

有意義な情報交換になった。

もともとはミヅカたちの話し相手だったし、この辺にしておくか。

そう思ってミヅカたちに目配せをしたところ、行商夫から更に声が掛かった。


「それはそうと、貴方達は魔物狩りなのですよね? どうでしょう、1つ依頼があるのですが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る