第175話 十本流し
ミザ・シトリに着いたのは、日の暮れかけた時刻。次の日の朝陽が登ってみてから、気付いたことがある。
ミザ・シトリの周辺には、商会用のテントが点々と並んでいる。
夜にはそれらしき影はなかったが、陽が登る頃になると設営され、思い思いに商売が始まるという。
思いっきり壁の外なのだが、大丈夫か?
俺たちが壁の外に出たのは、宿が狭かったので自主トレもままならず、場所を求めてのことだった。
さまざまな商会の護衛傭兵たちが、同じように繰り出してきている。
そこかしこに武装したヒトがいるおかげで、それほど魔物に怯えることなく商いができるという側面もあるのだろうか。
と、いかにも自主トレのために出てきたように見せて、その実、今日に限ってはそれがメインの理由ではなかったりする。
後ろには、武装した従者たちが続いている。
今日の主役は魔弓を構えた薄顔美人、サーシャ様なのである。
ことの発端は、昨日の真夜中にふとステータスチェックしていたときに遡る。
サーシャも晴れて弓使いがレベル22に上がって、ゾロ目だなー、そろそろ上位職とか出て来たりして? とジョブ選択を実行してみたところ。
大当たりだった。
狙撃手(1)
十本流し(1)
……他にも細々したジョブの追加はあったものの、気になったのはこの2つ。
『狙撃手』は明らかに派生職、もしくは上位職っぽい。世間的にも上位職と言われることが多い。
しかし『十本流し』は……意味が分からない。
サーシャ本人に確認したが、きょとんとしていた。
だが、キスティに確認したら、情報があった。
「『十本流し』か。懐かしいな」
「どういうジョブだ?」
「いや、私も噂で聞いたのみだな。昔、そのジョブらしいというおばさんがいたのだが……」
「だが?」
「詳細は知らないのだ。あくまで、私の印象論で良ければ少しは話せるが……」
「いい、いい。情報がゼロだからな」
「うむ。あくまで私の印象に過ぎぬが、前衛用の弓ジョブ、かな」
「ん?」
「うむ。前衛用の弓ジョブだ」
「なるほどな。……え?」
「前衛用の弓ジョブ」
「……脳のシナプスが全くつながらんのだが」
「しなぷる? まあ、特殊なジョブという印象だな」
「そもそも、何が十本で、どう弓に関連してくるんだ? 色々とナゾすぎ」
「由来は、古代の英雄だという話だ」
「英雄?」
「昔、弓の名手がおったそうでな。あるとき、剣士に囲まれて白兵戦となった。万事休すかと思ったが、なんとその英雄は十本の弓を同時に繰り出して、白兵戦で剣士を圧倒して逆に倒してしまったとかいう」
「……それで『十本流し』だとか呼ばれたと」
「そうそう」
「もしかしてそれは……聖クリフィの事でしょうか?」
サーシャが珍しく、声を上擦らせ質問する。
「そうだ。やはり、北でも有名なのか?」
「どうでしょう。でも、私は伝記を読んだことがありまして」
伝記になる程度には有名だった弓使いということか。
「英雄から、ジョブが出来ることなんてあるんだ」
「稀にあるようだぞ。稀有な例として、子供に語るくらいには稀だがな」
二つ名がジョブになったようなもんだよな。
どうしよう、俺が『偽剣使い』ジョブを爆誕させてしまったら……。
その場合『剣士』と『詐欺師』の派生職だな。
「それで、前衛用の弓ジョブか。だが、その英雄は白兵戦以外も強かったのだろう?」
「そうだろうな。だから、あくまで私の印象の話だ」
それにしても。
『狙撃手』と白兵戦仕様の弓ジョブって、また真逆のものを引いてきたな。
てっきり、狙撃に才能があるのかと思っていたが、それに限らないのか?
あるいは『十本流し』も、実はその系統で、遠距離用のジョブなのだろうか。
まあ、ここはサーシャの意向を確認しよう。
「サーシャ。『狙撃手』と『十本流し』だったら、どっちを選択したい?」
「……。もしやとは思いましたが、やはり。私の話でしたか」
「あくまで一般論としてな。どっちだ?」
「そうですね……。『十本流し』のような英雄的なジョブには、就いてみたい気もしますが……」
サーシャはほほに指を当てて悩み込んでしまった。
「まあまあ、まずはなってみたらどうだ? 確かに、ジョブをコロコロと変更することは良くないと言われている。だが、試してダメだったら『狙撃手』にするくらいなら問題ない」
「そうですねぇ、キスティ、ありがとうございます。ご主人様、宜しいでしょうか」
「……」
もう俺が自由にジョブを操れることはバレテーラである。
いや、サーシャはともかく、キスティにはあんまり言った覚えがないんだが、もう当然のこととしてぶっ込んでくる。構わないけどさ。ちょっと寂しい気がするよね。
*******人物データ*******
サーシャ(人間族)
ジョブ 十本流し(1)
MP 12/12
・補正
攻撃 G
防御 G−
俊敏 G−
持久 G−
魔法 N
魔防 N
・スキル
射撃中強、遠目、溜め撃ち、風詠み、握力強化
・補足情報
ヨーヨーに隷属
*******************
「よし。サーシャ、君はもう『十本流し』だ。どうだ? 変化はあるか」
「……少しだけ感覚に違和感がありますが、問題ありません。これが、英雄のジョブですか。ご主人様、スキルは何がありますか?」
ここも、少しは「ええっ、まさかスキルが分かるのですか!?」みたいな下りが欲しいよね。
いいけど。
「これまでのスキルは継承してるな。それで、新しいのは『握力強化』と『射撃中強』かな」
「握力強化、ですか。なるほど、近接連射の基礎となるスキルというわけですね」
地味だが、こういう地味なスキルが重要なのよね、俺っちも学んだんだ。
クデンのおっさんの脅威的な防御力も、鎧の力もあるが、さらには「硬化」みたいな単純なスキルの使い方を突き詰めたものだろうというのが、ブラグ家の面々とキスティの一致した見解だった。
たしかに、普通は1つのジョブを極めるのだから、1人のヒトが使えるスキルなんて、限られている。
強い戦士というのは、その限られたスキルを余さず自分の血肉として扱うから、凄まじい強さを発揮するのだ。
そう考えると、色んなスキルや魔法を繰り出して策を練る俺のようなタイプが、何故上位者にも通用するのかも逆説的に分かるというものだ。
そんなタイプは、ほとんどいないからだ。
相手がベテランや強者であればあるほど、無闇に技を出してくるような戦い方はしないからこそ、虚を突けるのだ。しかも技を出し尽くしたと思ったら、さらに別の技で切り返してくる。相手は混乱するのだろう。
だが、そのような戦い方では、そのうち真っ向からの勝負で負けて、死にそうだ。結局、俺のやるべきことはコツコツと真っ当な戦い方も伸ばしていくこと。
真っ向勝負で五分なら、技のデパートである俺の方が断然有利になる。
魔法を使わずに、傭兵団のベテランくらいは相手にできるにならないと、安心できないってもんだ。道は長い。
しかし、サーシャが近接戦闘ジョブを獲得するのは想定外だった。
実際は、これでサーシャは遠近両用になってしまった。ますます欠点がなくなりつつある。
そしてステータスは、絶対ではないのだが初期値がだいたいの成長の方向性を示している。
この場合、攻撃が高く、防御と俊敏、持久が同じくらいか。
『弓使い』では、俊敏≒持久>攻撃>防御 な感じだったから、攻撃と防御が強化されたのかね。
近接仕様と考えると、その2つは必要そうだ。しかし防御が強化されたのは大きいな。
防御不足は、我がパーティの大いなる欠点だからな……。
「握力強化はどうだ?」
「はい、意識して手を握ると、強く握ることができるような」
「まあ、最初はそこまで使いこなせないだろう。魔力消費はどうだ、少しか?」
「……魔力消費はある程度操作できそうですが……しばらく使ってみないと、分かりませんね」
「弓を射る動作をしつつ、握力強化できるか?」
「そうですね、……いえ。少し難しいです」
「明日から練習しようか」
サーシャは大きく頷く。
心なしか、いつもより興奮しているように思える。
『十本流し』の元ネタって、そんなにすごい英雄なのかな。
いまいちこっちの伝説にピンと来ていない俺からすると、サーシャやキスティほど興奮できない。アカーネは、いつもこの手の話題にあまり興味なさそうだが……今回ばかりは、サーシャの方を注目して興味深そうに見ている。ふぅむ。
「『十本流し』になったことは、秘匿すべきか? ちょっと珍しさのレベルが分からないんだが」
「珍しい、といえば珍しい。ただ、いないわけではないからな。別に隠すことはないのじゃないか?」
キスティが言う。そういえば、キスティの身内にも居たんだっけ。
ジョブの元ネタとなった英雄は伝説級だが、ジョブ自体は「伝説」というほどのジョブじゃないのだろうか。
「そうだな……例えば、『剣士』の上位職は『剣豪』などが言われている。それを極めると、『剣聖』と呼ばれるジョブがあると聞いたことはあるだろうか?」
「いや、ないな。『剣豪』は聞いた気がするが」
「『剣聖』も、いないわけではない。だが、『剣聖』まで至るのは、戦士として剣の道で生きたものが、人生の集大成として得るというレベルだ」
「……つまり」
「ふっ。そうだ。『剣聖』のように、道を極めた1つの集大成とまでは言えないが……、『十本流し』も格付けとしては似たようなものだ。英雄はともかく、ジョブの知名度は低いがな」
「マジか。つまり……マジか」
サーシャは一気に、二段階進化したと。
ゲームでいきなり終盤のクラスにチェンジしたみたいな。
チートだ、チート。
「そこまで才能があったとはなあ……」
「そうだな。サーシャ殿が本格的に弓を手にした時期を考えると、脅威的だ。これも、主に連れ回された成果かもしれん」
「連れ回したって……」
言葉を続けようとして、出ない。
その通りだとしか言えない。
そんなやりとりをしていたのが、昨夜。
そして、朝になり、さっそくサーシャの身体慣らしに壁外に這い出てきた、というわけだ。
「この辺でいいか」
サーシャは、すっかり手慣れた様子で魔弓を手に取り、すっと引いて構える。
「……」
「いいぞ」
「では」
ビュンッ
空を裂く音がして、少し離れた場所にある木に矢が立つ。
「どうだ?」
「はい。少し身体は重いです。しかし、狙うのは楽になった気がします」
「握力強化か」
「ええ。まだ少しだけですが、手元が定まるので矢で狙いやすいですね」
「しばらく、練習するか」
「はい。是非そうしたいですが、よろしいのですか?」
サーシャが遠慮がちだ。
「なにがだ?」
「昼前には戻って、出発の準備をしませんと」
「どうせ、俺がリーダーみたいなもんだ。俺が1泊休みたいと言えば、なんとかなるだろう」
「そうですか」
反対であれば、もうちょっと強い言葉で進言してくるから、反対ではないのだろう。
1日はなんとか言い包めて、サーシャの調整日に当てたい。
あ、そうだ。良い言い訳を思いついた。
***************************
「連携訓練、ですか」
「そうだ。それなりに大所帯になったが、それぞれ普段のチームはバラバラだろう。これから本格的に魔物を狩る前に、やっておかんと」
もっともらしいことをもっともらしい口調で告げると、ブラグ家組のリーダー的存在である、斥候のリッカが何ともいえない顔をした。
「……あーしは構わないよ。1日ゆっくり出来るってんだ。酒でも呑むさ」
「私は賛成だぞ。戦いを前提とするなら、護衛任務とも別の話だ」
パシ族のミヅカは賛成してくれる。
いや、こいつは単にキスティとの訓練が楽しいだけかもしれない。
イスタには選択権はないので聞くまでもないな。
「僕は……」
「よし、特に反対はないようだな。壁の外での訓練に当てよう。アーコン、酒は構わないが、その前にこの辺の魔物情報を集めてくれないか」
「ハン。まあいいよ」
「で、ジカチカはどうする? 護衛として必要か?」
「……そうだね。一応置いて行ってくれるかい。こいつは、基本的にあーしを守るかんねぇ。どうせ連携ったって、ロクにやりやしないよ」
「おいおい」
それはそれでどうなんだ。
まあ、いい。
ジカチカは役に立たないNPCくらいに認識しておこう。
彼の主人であるアーコンまで危うくなるような強敵相手であれば、勝手に頑張ってくれるだろう。
「ん? 結局、私くらいじゃないか? 連携が必要なのは」
ミヅカが言うが、これ以上余計なことを考えられる前に実行に移そう。
改めて、メンバーの武装を確認してみる。
ヨーヨーパーティは省くとして。
イスタは前も自慢していた白い槍。ただ、そこまで長いわけではなく、個人戦闘用の短槍といった感じだ。
ミヅカは黒い斧。前に持っていたのとはまた別の武具になっている。
そしてリッカは反った短剣を手にしている。
「ミヅカ、前のやつはどうしたんだ?」
「ああ、調整中だ。安心しろ、こちらの方が性能は高い」
「ほう」
むしろあっちがスペアだったのか。ミヅカの黒い斧は黒光りしており、ややマットな感じのキスティのハンマーとはまた別の素材のようだ。
とりあえず口実とはいえ、本当に連携の確認はしたい。
その後の彼女の相手は、キスティに任せよう。
「ウチのサーシャとアカーネは、遠距離ファイターだ。真ん中に置いて、迎撃に集中させたい。ここまでは割と適当だったが、ここからはガッツリ隊列を組むか」
「賛成だ。リッカにある程度先行してもらって、私が先頭で合図を受け取るというのが鉄板ではないかな」
「まあ、そうだな。そこの情報の受け渡しは、慣れ親しんだ相方の方が良いだろう。じゃあ、俺は最後尾として。左か右で、キスティとイスタで別れるか」
「無難だな」
「イスタ、どっちでやりたい?」
「えっ……えーと」
「キスティはあるか?」
「私は右利きで、ハンマーを担ぐこともある。視線のことを考えれば、左にいた方が良かろう」
「ああ、そうか。じゃあキスティ左、イスタ右で。異論あるか?」
「……」
イスタも含めて異論が出ないので、配置を決定。
改めて、ハンドサインなども共有しつつ、それぞれ配置する報告の索敵を優先することにあした。
俺は後ろからの奇襲に備える。
本当は更に、地下探知も打ちつつという話なのだが。
別に狙っているわけでもなければ滅多に遭遇しないだろうが、アースワームなんかに奇襲されたら危険だ。
また『警戒士』の経験値をたっぷり獲得しそうだ。
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