第174話 修羅

イスタが加わった翌日から、また西を目指す。

まず、国境の街までは同じように進む。

イスタを鍛える。という名目で、魔物の情報を根堀り聞いたが、アーコンは「あーしは魔物狩りの使いっぱじゃねーんで、そこまで分からねっす」という態度だった。

彼女は案内役であって、斥候ではないのだから当然ではある。


この辺りを歩き慣れているだけあって、危険な魔物の情報などはかなり持っていそうな感じはする。ただ、危険な魔物や地域=狩場として適切、とは限らない。

だから国境の街で改めて情報収集をして、ルート選定をすることになった。

そして重要なことに、砂漠までの足も、その街で借りることができるらしい。

どうやらジソさんが連絡するまでもなく、その辺の段取りはしてくれていたようだ。


それも国境の街まではないので、黙々と歩みを進める。

魔物が出ないでも、盗賊の1人でも出るかと警戒はしていたが、平和な旅路となった。


夜になると、巨人族のジカチカが慣れた手つきでテントを組み上げ、アーコンとサーシャが駄弁りながら料理をする。俺やキスティ、戦士家の面子で警戒を行う。

人数が多いので、交代できる分、だいぶんと楽に進めている。


「イスタ、今まで狩った魔物はなんだ?」

「色々やったよ」

「じゃあ、お前が1人で狩ったものは?」

「……戦士団じゃ、1人で戦うようなことはしないから」

「そうか」

「1人じゃないけど、軍隊翅虫あたりはよく戦ったよ。あとはマッドボア」

「でかいイノシシか?」

「そう。北の方じゃいないのだっけ?」

「どうかな」


マッドボアねぇ。

食肉として活用されそうだ。でもイノシシか。かなりクセのある肉の味になりそう。


「それにしても、この辺りって。本当に草木が少ないね」

「そうだな。見通しやすくて、警戒はしやすい」

「良く言えば、そうかも」

「イスタは、ずっとあの辺に暮らしていたのか?」

「あの辺……、まあ、そうかな。色々と転々としたけど、結局ハンカシエナ地方を行ったり、来たりさ」

「転々って、一家で移動してたのか?」

「そう。最初は、小さくても平和な集落にいたんだけどね。デラード家の戦士として取り立てられてからは、一族ごと大移動さ」


そういえば、デラード家は元傭兵団の、新興貴族家なんだよな。

その家臣は元傭兵仲間かと思ったが、そういうわけでもないのか?


「ブラグ家は、もともとデラード家とどういう関係なんだ? 新興貴族なんだろう、デーラド家は」

「うん。ジソおじさんも、デラード家の中では新参者だね。といっても、そういう意味では新参者だらけだけどね。傭兵団から戦士家を興したのは数える程だったみたいだし」

「……そうなのか」


ちょっと意外だ。

神輿が貴族に成り上がったのだから、その手下たちも挙って出世を求めそうなものだが。


「戦士家になるって一言で言っても、色々あるみたいだから。僕にはよく分からないけどさ」

「ふむ……」

「それで、ブラグ家は元々、ズレシオンの連中に土地を追われた戦士家でね。傭兵まがいのことをして糊口を凌いでたってさ。デラードのお館様が立ったとき、いの一番に馳せ参じたらしいよ」

「雪辱戦、というわけか」

「土地を追われる前も、土地持ちというわけではなかったそうでね。土地持ちの一族になることが悲願だとか、よく言われたっけ」

「ブラグ家に歴史あり、だなあ」


新興貴族に加担して、伸るか反るかの賭けに出て、悲願達成した。かと思ったら、傭兵と政治に邪魔をされて、と。ぶちギレていたのもわからんでもない。

ただ、これまで苦労してきたベテラン世代と、イスタのような放浪後の生活しかしらない若者では、認識に差異がありそうだ。


若いのであればなおさら、小さな村を治めることに、どうしてそこまで固執するのかという感覚にもなるだろうな。


「まあこういうのに、どっちが正しいもないだろうからな」

「なんだい?」

「いや、なんでも。ところで、イスタ。お前は武器に詳しいのだったよな?」

「え? うんまあ、普通程度だよ」


イスタは謙遜するが、自信がありそうだ。


「もし知っていたら、だが」


懐から取り出すフリをして、魔銃を取り出す。

最近は魔法の威力も上がってきて、とんと出番がないな。


「これは?」

「魔道具だ。魔晶石は魔力が抜け切っていて、媒介として利用しているものだ。自分の魔力視を込めて、撃つ。光がこう、ドバッと出てだな」

「う〜ん、魔導武器はそこまで詳しくないなあ」

「そうか……では、”銃”という武器について聞いたことは?」

「銃? 聞いておくけど、魔道具なの?」

「いや。魔力は使わない、多分。こう、縄みたいなものに火を点けて、鉛玉が射出されるんだ」

「う〜ん。正直、自信はないけど」

「けど?」

「火を点けて、球を飛ばすってのは一応聞いたことあるよ。東の国の失敗武器って話だけど」

「なに?」

「ごめん、手掛かりが少なすぎて、それが銃ってやつなのかは、分かんないや。というか、違う可能性が高いんじゃないかな」

「いや……そうか。爆破の勢いで球を飛ばしたら強そうだが、何故失敗だと言われているんだ?」

「さあ? でも、考えてもみてよ。物は分からないけど、爆発する何かを詰めるわけでしょ。管理大変じゃない?」

「……そうだろうな」

「しかも、爆破に耐えられるような道具にしないと、攻撃するたびに直さなきゃいけない。なら、普通に魔撃杖でよくない?」

「たしかに」


銃って、なんで強かったんだっけ。

白いガキから、この世界の銃はせいぜい火縄レベルだとは聞いた。

そこから発展して、地球世界で大流行している現代の銃に繋がるはずなのだが、火縄の段階で弓より優れていたから普及したはずだ。

……弓は訓練が大変とか、だったかな?


「魔道具は魔力の訓練が必要だろう。それに比べて、銃は楽じゃないか?」

「どこが? 爆発する物を使うんでしょう? 生半可な訓練じゃ、怪我すると思うけど」

「……そうかも」


なんか言い負かされそうだ。

いや、別にこの世界に銃を普及させたいといった野望はこれっぽっちもないが。


「それに……想像だから違うかもしれないけど、要はそれって、超早く石を投げてるみたいなもんでしょう?」

「まあ、そうかもしれん」

「魔物には、魔法耐性がある連中より、物理耐性がある方が多いでしょ。その銃で倒せるの?」

「……」


魔物対策か。

倒せないのかな?

地球世界ではクマとか倒してたけど……しかし、さんざん魔物を相手にしてきた記憶から言うと……微妙。

少なくとも、「古木の魔物」あたりに鉛玉を数発ブチ込んでも、沈黙する気がしない。


「いやいや、でも、スキルを使えば……」

「それなら、あるいはね。でも、それなら弓で良くない?」

「いや弓は……いや、そうか」


スキルを使えるくらいレベルを高めるとすると、結局訓練が必要だ。

それなら弓で良くない? ってなる。


「案外、銃ってやつも条件が違うと普及しないのかもな」

「銃ってやつが好きなの?」

「あ〜いや。ただ、魔道具じゃない新しい武器ってのは結構興味があってな」

「ん〜分からないでもないや! ロマンだよねロマン」

「おう」


銃は、異世界ではロマン武器扱いでした。

逆にこの世界なら、パンジャンドラムが大活躍するのかもしれない。

ないか。



出発から数日。

目の前には、土色の壁に囲まれた、小ぶりな街へと到着した。

サラーフィー王国東端の街、ミザ・シトリだ。


壁で囲まれた面積はかなり狭い印象だが、その外の土地には何かが植えてある。

特に壁で囲むでもないが、魔物に横取りされないのだろうか。


「通行証はあるか」

「これを」


アーコンが何やら書類を渡し、街の中へと通される。

代表者が持っていればいいらしい、ザルな警戒だ。


「この辺には、密輸人の類も多いからね。知ってて、詮索しないのさ」

「通行証を持ってなかったら?」

「いくらか銭を取られるが、そんなもんだね」


マジでザルだった。

この分だと、キュレス王国や南の国で罪を犯した輩が、国を抜けて逃亡するなんてケースもありそうだが、それも分かっててやっているのだろうか。


「ただ、独立独歩の気風なんてもんは、ないからね。外の国から圧力があれば、余裕で捜査も受け入れるし、情報も売る。何でもありだと思って、ハメは外さないことだね〜、旦那」

「各国を股にかける犯罪集団の地下組織とかありそうだな、ここ」

「もちろん、あるよ」


マジかよ。


「まあ、どこの国にでも多少はあるだろ。それがちょっと、隠れてない場合があるってだけさ」

「いや、隠れろよ。だめじゃない?」

「犯罪集団でも、この国にとっちゃ金蔓だからねぇ。本気で取り締まるとは思えないねぇ」


砂漠の国に来たと思ったら、修羅の国だった件について。


「ま、この国のだいたいの都市は、太守の力が強い。太守の顔に泥を塗るような犯罪は、そうそうないよ」

「太守にも不真面目なやつはいるだろう?」

「まあね。ただ、太守の下には、商会連中がいる。だから、商売に支障があるような事件はそうそう起こらないのさ」

「商会の力が強い、と」

「相対的にね。食糧は全体的に見たら輸入に頼ってるし、どの都市も交易の力無くして成り立たないって言われてるからね〜」

「食糧はどこから輸入してんだ?」

「3つの大国に挟まれてるだろ、その全てさ。比較的多いのは、テラトかな」

「南西の王国だったな」

「そ。あいつら、分裂して争ってるだろ? 周囲が敵だらけだから、この国は数少ない交易相手ってなわけだね」

「ああ、なるほど」


南西のテラト王国は、かつて三大王国に数えられたという歴史ある国だ。

ただ、ここ数十年は内乱で3つに国が割れていて、三大王国からも転落した。三大王国ってのが単なる風評の類だから、キュレス王国の内ではそう言われているってだけだが。


分裂したテラト王国は、北東の王都を中心に残ったテラト王国と、南方をまとめて独立した神聖テラト王国、そして西の勢力をまとめて独立したカリテナ王国となっている。

たしか、キュレス王国で南の国と呼ばれていた、ズレシオン連合王国への態度で分裂していたはず。反ズレシオンがテラト王国。親ズレシオンが神聖テラト王国。そして、中立なのがカリテナ王国だったはず……。


「この国は、テラトやズレシオンとは仲が良いのか?」

「う〜んまあ、可もなく不可もなく、じゃんね? そもそも相手にされてないって感じだね」

「もしこの国を囲っている3つの国のどれかが、他の勢力と戦争するときも、常に中立?」

「そりゃそう。たまに、どっかの都市が通行を許可して問題になることもあるらしーけどな。ま、最近じゃそれもないんじゃないの」

「ふむ、そうなのか」


やはり、この国にいれば戦争ごとからは無関係でいられそう。

ただ、戦争がなくても、修羅の国特有のトラブルとかに遭いそう。


「魔物は借りたいんだが、人の争いにはあんまり関わりたくないな。治安が悪いところは避けられるか?」

「まあ、酷いとこはあーしも避けたいから」

「頼むぞ」

「さっきの話でビビってんのかもしんねーけど、そんな酷いトラブルなんて滅多に遭わないよ? 旦那」


そうであってほしいものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る