第173話 白槍

天気はどんよりとした曇り空。

道なりに進むので、そこまで足元が荒れているわけでもないが、もともと荒野が広がっている地形なので、平坦というわけでもない。微妙な起伏や足元の石で、地味に足に負担が来る。


一行はうちのヨーヨーパーティ4人に加えて、戦士団の2人に案内人の2人。

計8人と、それなりの規模になっている。

しかも道慣れた案内人と、プロの斥候がいるのだから、警戒はある程度任せられる。逆に、そのせいで気が紛れることもなく、黙々と歩きに集中しなきゃいけないせいで気疲れしている。


案内人の奴隷である巨人族は、リップサービスではなく本当に重い荷物を受け持ってくれて、俺も担いでいた寝袋たちを彼に預けた。

よく伸びる革のふろしきのようなものをひもで縛って担いでいるのだが、なかなか便利そうだ。

武士が刀を下げるように、腰には槍を下げているの。巨人族の巨体だからできるやり方だ。


道なりに進み、魔物と遭遇することもなく予定の野営地に到着する。

そこで、思わぬ人物が待ち構えていた。



「お願いがあるんだ。僕を連れて行ってほしい」

「……イスタ」


白い槍を手に、武士のように頭を下げる若者の名を呼んだのは、パシ族のミヅカだ。

この若者は、ケシャー村で共闘した戦士家の、若手の戦士だ。

裏門を守っていたらしいが、敵が強行突破して逃げたときには奮戦したと聞いている。

領都からケシャー村に向かう際に一緒になったが、武具談義をたっぷりと聞かせてくれた覚えがある。


「西に向かい、行方が分からぬと聞いていたが」

「……ごめん、ミヅ姐さん」

「ブラグ家に不満があるのか?」

「そうじゃない、そうじゃないんだ」


イスタは、丸顔で、まだ少年の面影が強く残る見た目をしている。

家出、だろうか。


「イスタ」


イスタとミヅカがやり取りしているところに、割って入る。

イスタの目がこちらに向く。


「イスタ。お前が消えて、俺と同行したなんてジソさんに知られたら、俺がかどわかしたみたいじゃないか。無理だ」

「……ミヅ姐と、リッカさんから伝えてもらえば良い」

「何と? 事情が分からないと、何を伝えるってんだよ」

「分かった、全部話す」


イスタはこわばった表情をしている。

まだまだ少年のようだとは言え、彼なりに覚悟を決めて出てきたようだ。

彼の話をまとめると、こうだ。


イスタと共に裏門を守っていた、幼馴染の男の子「ソック」が、戦いで死んだ。

それから毎晩、悪夢にうなされた。

自分もいつかああなるのかと、恐怖に震えた。

そして、自分の将来について考えた。


初めて魔物を倒したときも。

盗賊を殺したときも。

戦争で、敵兵に殺されかけたときも。

そこまで考えたことはなかった。


兄弟のように育ち、いつまでも隣に立っていると思っていた存在。

ソックの死は、イスタが自覚していたよりも彼に衝撃だった。


戦士を辞めようか。


戦士家の一門とはいえ、必ず戦士として戦わなければならないわけではない。

文官3人衆のように、別の道に進んで家を支える道などいくらでもある。

ただの村人として暮らすことだって、不可能ではない。


だが、彼は考えて、考えた結果、1つの結論に至ったという。


「世界を旅してみたい」。


戦うことが嫌なわけじゃない。

昔から武具をカッコよいと思っていた。

訓練を始めたとき、初めて武具が支給されたとき、魔物を倒したとき、これこそが自分の天職なんだと感じた。


戦士として生まれ、いずれ散る命。

そこに違和感はなかった。今だってそうだ。

彼の恐怖は、単なる死へのものではない。


「どこかで、名前も知らない賊に殺されるのだとしても。僕は、僕のために戦いたい。そう思ったんだ。何者にもなれないまま……何かの大きな歯車になって、あっけなく死ぬ。そのことがとんでもなく、怖くなったんだ」


その感覚は分からなくもない。

うちの従者メンバーは、そうなんだという感じで頷いている。

案内人の2人は、興味なさそう。話の途中で、野営の準備といって離れてしまった。

戦士家の2人は、険しい顔をしている。


「イスタ。お家のために何もかも差し出せなどと言う気はない。だが……ブラグ家から離れたところで、うまくいくものでもないぞ」

「……ミヅ姐」

「もっと大きな歯車の一部になって、使い捨てにされる。お前が選ぼうとしているのは、そういう道だ」

「そうかもしれない。ミヅ姐はいつでも、正しいことを言うから」

「イスタ。お前は、前に進もうとしているのかもしれない。でもな、お前のしていることは、逃げだ。何もかもを捨てて、逃げているだけだ」

「……」


ミヅカの怒りは収まりそうにもない。

ここは身内に任せて、俺達も退散するか。

サーシャに目線で合図をして、案内人のアーコンを手伝いに向かう。


アーコンは野営地に備え付けの鍋を洗って、領地の準備をしている。巨人族のジカチカは、小型テントを設営していた。

サーシャとアカーネを領地の手伝いに派遣し、キスティには周囲の警戒をしてもらう。

ドンさんも起きているので、一緒に見回りをしてもらう。

ドンさんがいれば、致命的な見逃しは起こらないはず。


「ジカチカ、手伝おう」

「……足りている」

「そっちはお前と主人用だろう? 俺達のを隣に建てる」

「……」


ジカチカに持ってもらった荷物に含まれているので、一応伺いを立てつつ取り出し、設営をする。

どうせ焚き木の前で警戒することになるし、寝袋もあるので不要といえば不要。

だが、テントの中にいるというだけで気持ち的に寝やすい感じはする。


「お宅のお嬢さんとは、長い付き合いなのか?」

「……10年以上、護衛をしている」

「そりゃ長いな」


10年か。去年転移してきたばかりの俺と比べれば、ずいぶんとベテランだ。


「ずっと2人か?」

「……少し前まで、もう1人いた」

「もう1人? そいつも奴隷か」

「違う」


ジカチカは、そこだけ食い気味で否定をしてきた。

思わず作業の手を止め、彼の顔を見た。


「……お嬢の旦那がいた」

「ほう、そうか」


お嬢の旦那がいた。

……なるほど。死んだのかな?


「良い人だったか?」

「普通だ」

「普通ねえ」

「商才はあった」

「ほう。『商人』だったのか?」

「戦闘ジョブだった」

「ああ、旦那が戦闘していたのか。……旦那が抜けたら、キツいんじゃないか?」


一応アーコンも戦えるようだが。

この少人数で、戦闘ジョブが1人抜けたらかなりキツそうだ。

新しい人を雇うとかしないのだろうか。


「この辺であれば問題ない」

「ここは俺たちの庭ってか。ずっとこの辺を巡ってるのか?」

「ここだけはない」


ここだけではない、ってことは、この辺を巡ってるのは間違いじゃないと。

だから、荒野を2人でも旅できるくらいノウハウがあるんだろうな。


「お嬢って呼んでるが、アーコンとは昔馴染みなのか?」

「……」


黙ってしまった。

色々聞いていたから、面倒くさいと思ったのかもしれない。

悪いことをしたな。

黙々と、テント設営作業を完遂した。



料理班は、火を熾して何かを煮ている。


「今日のメシはなんだ?」


鍋の中を書きこ回しているアーコンに話し掛ける。

ちなみにサーシャは隣で、何やら根菜を並べて下処置をしている。


「おイモの煮物だよ。嬉しいかい?」

「大好物だね」


材料は、サーシャが買い込んだものとアーコンたちが持参したものを、混ぜて使っているようだ。

特に話したわけではないが、食事はお互いの材料を使って、一緒にするということになったらしい。


「お嬢、設営終わった」

「お疲れさん。少し休んだら、警戒しな」

「ああ」


ジカチカはのそのそと動き、野営地の入り口に向かった。


「この野営地は、危険はないのか?」

「ないわけじゃないけどねえ。これだけ頭数もいるし、だからこんな匂いの出る料理も出来るってもんだ」

「村に行くまでは、警戒はどうしてたんだ?」

「食事は保存食そのまま。夜は息を潜めて、罠だけ置いとく。それでぐっすりさ」

「……下手したら死にそうだな」

「楽に逝けることを願ってくれや」


夫の話をしようかと思ったが、止めた。

別に俺が知るべきこととも思えない。


「イスタたちは、どうなったかね」

「あの若造か? あーいう世間知らずの輩は、見ててむず痒くなってね」

「苦手か?」

「別に勝手にしろやって思うね」


まあ、アインツの話にもあったが、英雄譚に憧れて傭兵になろうとする若者ってのは、どこにでもいるようだからな。

まさに「どこにでもような転がっている話」なのだろう。



当人たちにとっては、人生をかけた決死のイベントなんだろうけど。


「ま、何も知らずに村を飛び出す馬鹿よりはマシさ。なんたって、戦士家で少しは鍛えてきたんだろう? あのガキ」

「ああ、そうらしいな」

「ま、それでも。1年後に生きてるかどうかは、半々かね」


アーコンは、はんっと鼻を鳴らした。

半々か。……俺が1年後生きている可能性はどれくらいかね? あんまり他人事でもない話題だ。



***************************



翌朝。


一応、夜の警戒にも組み込み、ミヅカやリッカと話し合わせたイストだが、再び俺に頭を下げたままの格好だ。


「……で、結論は?」

「付いていきたい」

「いや、俺のパーティは無理だぞ?」

「そういう意味じゃないけど、砂の都を目指すんでしょう? そこまで一緒に」

「俺に付いてきて、どうする? 独立したいなら、勝手に行けば良いだろう」


ずっと疑問だったことを質問してみた。

そう、勝手にやればいいのだ。問題は何故俺に付いてこようとしているかだ。


「……僕は、魔物狩りの経験が少ない」

「ふむ」

「ヨーヨーは、凄腕の魔物狩りなんでしょう? 少しでも学びたいんだ」

「学びたい、ねぇ……」


正直、戦士家で相談した方が早そうだが。

なんたって、俺の戦いは特殊なうえに、歴でいったらまだまだ浅い部類なのだ。


「無理なら仕方がない。でも、連れて行ってくれれば、雑用をやる。警戒もする。どうか、認めて欲しい」


イスタは、頭を地面にこすり付ける。

うーん。

まあ、実を言うと、俺にとって得がないわけではない。


というのも、黙々と西に向かうのに、少し飽きて来ていたからだ。

貧乏性というか、すっかり魔物狩りになってしまった俺には、どうせ情報持ちの案内人と一緒なら、魔物討伐しながら進みたいとも思っていた。

しかし、言えていなかった。何故なら、案内人はブラグ家から依頼を受けてわけだし、わざわざ危険を冒して魔物に遭遇するよう、遠回りしてくれる理由がないからだ。

その場合は俺からポケットマネーで報酬を出すとか、儲けの何割かを渡すとかで交渉できないかと、何となく考えていたわけだが……。


「……分かった」

「ヨーヨー! 恩に着る」

「ただし、だ。ずっとお守というのもご免だ。砂の都に着いたらお別れだぞ。それまで、練習として道中、魔物狩りを試していこう」

「問題ない!」

「ヨーヨー」


ミヅカがカットインしてきた。


「本人がこう言ってんだ、ここで突き放すより良いんじゃないか? そういえば、昨日の話し合いはどうなったんだ?」

「……イスタは、どうしても行く気らしい。どうか、宜しく頼む」

「そうか。少し遠回りして、魔物狩りをしていくか。いいか?」


リッカとアーコンに目線をやる。

案内人と、雇い主のブラグ家の一族。この2人の承認があれば、晴れて魔物狩りの案内をしてもらいつつ、その料金はブラグ家に払わせることができるはずだ。


「……あーしは、ブラグの皆さんが良ければ、異議ありませんがね。その……いいのかい?」

「いいでしょうあ、叔父には私が言っておきます」


この様子だと、アーコンは日払いで雇われていたのかも。

あるいは予定と違うルートになったら、別に料金が掛かるとかあったのかもしれない。



「良いのか、リッカ?」

「……私にもイスタには、多少の情があります。これをブラグ家からの餞別と思ってください」


リッカは、イスタにそう声を掛けた。


「リッカさん、俺、きっと……きっと生き抜いて、貴女にこの恩を返しに行くよ」

「期待せず、待っておきましょう。1つだけ約束してください。生きてください。ご家族のことを忘れず、死に急ぐことのないよう、良いですね」

「はいっ……はい!」


武具オタクのイスタが、仲間にくわわったようだ。

いや、このケースは、ゲストパーティみたいなもんか。

できれば、いつかの傭兵団の若手のように、あっさり死なないでほしいものだ。

少なくとも、砂の都に着くまでは。

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