第172話 【閑話】辺境家にて

デラード家領、領都チック。

元は小さな国境の村を要塞化した急造拠点の、無骨な領主館では、落ち着いた、しかしどこか緊張を孕んだやり取りが続いていた。


「では、ケシャー村はもう?」

「はい。ブラグ家の一族が、差配しております」

「そうか。……くくくっ、ジソの親父か。やるではないか」

「本当に、本当に。一族や一門も動員できず、というこの時期に仕掛けるとは」


デラード家当主テルドカイトの左隣で、憂鬱そうに地図を眺めるのが文官を束ねる立場のシムト・フリエストだ。元はデラード傭兵団で勘定を受け持っていた人物で、テラト王国にルーツを持つ流民でもある。

その向かいで不機嫌そうに鼻を鳴らしたのが、テルドカイトの指導役でもあった女性、カイだ。


「テル公、まさかと思うが。あえてブラグ家に任務を与えて、嫌がらせをしていたのか?」

「いやいや、お師匠。それは違う。……いや、少し狙っていた部分もあるが、大方は違う」

「ふん……貴族になって、まどろっこしい政治ゲームをするようになったな」

「お師匠……。そいつは誤解だ。俺は、私は、もともと傭兵団の長の頃から権謀術策はやり合っていたぞ。わざわざお師匠に知らせてはいないが」

「どうせ、私は脳筋だ。私はこのような場に相応しくないのではないか?」

「む……まあ、そう言わず」


傭兵団長から貴族まで上り詰めた、飛ぶ龍を落とす勢いの男が頭の上がらない唯一の存在。それが、ペーペーの時代から彼の世話をしたこの女性。カイであった。

幾多の戦場を渡り歩いてきて生き残っただけあり、凄腕の剣士であるのだが、政治的なやり取りには滅法疎かった。

勃興したデラード家で、軍事的な指導者として抜擢されたまでは良かったものの、度々耳にする政治的なやり取りには辟易としつつあった。


そんなカイに目の仇にされている、内政や諜報を取り仕切るシムトにとっても、聞き分けのないカイの言動には辟易としていた。

目線で、テルドカイトに続きを促す。


「それにしても……ブラグの戦力は限られていたはずだ。良く落とせたな」

「いちかばちか、という作戦ではあったようです。それに、雇った傭兵も腕が良かったようで」

「ほう?」

「……御屋形様が、決闘の要請を断った、あの個人傭兵です」

「なんだと? ……あの、商人の護衛か」

「左様。そ奴が村に潜入して門を確保し、市街戦でも獅子奮迅だったとか」

「ほう……そのような凄腕であれば、雇えば良かったかな」

「当然ブラグ家も誘ったが、けんもほろろという具合だったとか」

「ワケアリか? それにしても、そ奴は何故、決闘など望んだ?」

「……そこが、分かりませぬ」


つらつらと調査結果を述べていたシムトだったが、はじめて口調を濁した。


「其方でも分からぬとなると、余程上位の諜報機関の手か?」

「かもしれませぬ。あるいは……逆」

「逆?」

「何の意図もなかった、という可能性も」


テルドカイトは、目を瞑って少し考えた。


「つまり、こういうことか? その傭兵は、単に村人を不憫に思い、決闘の許可を貰いに来た? それで……断られたので、戦士家と手を組み、村から傭兵団を駆逐した?」

「……左様」

「それは少し、無理筋ではないか」

「しかし、諸々を考えると……それが一番、矛盾がないのですよ」

「そうか。まあ、そういう馬鹿もいるやもな」


あまり納得はしていない様子で、テルドカイトが話を締めた。


「それより、気になるのは件の傭兵団のことだ。何か分かったか?」

「は。そちらは正真正銘、上位の諜報機関が関与しておりますな」

「どこだ?」

「分かりかねます」

「……」


予想していた答えだったが、テルドカイトは難しい顔をして考え込んだ。

単純に考えれば、南の国の連中。だが、王弟派の指金や、考えたくはないが現国王の指金かもしれない。あるいは、疑心暗鬼にさせるための第三者のちょっかいとも考えられる。

選択肢が多すぎて、どう対策すればいいのか判断できない。


「傭兵団の生き残りは?」

「少数が逃げたようです。逃げたうちの1人を捕まえて吐かせましたが、本当に何も知りませんでした」


そこで、じっと黙り込んでいたカイが、口を挟んだ。


「何? 賊を捕まえていたのか」

「ええ。ですが、何も知らないと。知っていたとすれば、件の南国戦士崩れの小僧だった」


カイが口を挟んでも、気にした素振りを見せずに話を展開するシムト。少し苛立った様子のカイが追及する。


「何も知らないと言われて、信じたわけではあるまいな」

「……カイ殿。賊の言葉を鵜のみにするはずがなかろう」

「では何故分かる?」

「身体に聞いたからですよ。確実に知らぬと、分かるまでね」

「チッ、拷問か」


カイは、拷問が好きではなかった。

とはいえ、貴族家ともなれば、そのような手段を用意していない方が不用心として非難される。


「だが、その小僧は、死んだと」

「ええ。戦では生き残って捕虜となったようですが、決闘で殺されました」

「……こんなことなら、許可を出して領都に連れて来させるべきだったか?」

「今更ですな。それに、元傭兵とはいえ、ただの鍛冶屋が、曲りなりに元戦士家の男に勝ったというのも違和感があります」

「戦で負傷していたのではないか?」

「……そうかもしれません」


肯定しつつも、どこか釈然としないシムト。

だが、考えても真実は見えてこない。

思考を切り離し、話を進める。


「とにかく、この件は調査を進めるしかありません。不幸中の幸いとして、戦士家が村の統治を回復したのです。これで、村ごと裏切って敵対してくるような可能性は潰えたでしょう」

「そうだな、まどろっこしい情報戦の前に、その根ごと断ち切るという選択肢もあったのだ

「……攻撃に失敗していれば、まずい状況になっていたかもしれませんが」

「ブラグ家の戦士は結果を示した。戦士達を束ねる貴族として、その結果は軽視できん」

「それは勿論」


ブラグ家が支配を回復した以上、当初の予定通り、ブラグ家に村を任せ、土地持ちとすることに3人共に異論はなかった。

議論は、内政と戦争準備についてに移行した。


基本的な報告がなされた後、先に口火を切ったのは、カイだった。


「テル公、いつまで領内を品薄にしておくつもりだ?」

「できればもう少し、と言いたいところでしたが」

「まずいでしょうな」

「まずいか、シムト?」

「ええ。御屋形様が土地を得られて、その後物資不足が回復しないとなれば、統治の資質を疑われます。幸いにも、戦争特需を狙った大きな行商も何隊か往復しております。これを利用し、物資不足を解消するべきでしょう」

「前線はどうする」

「前線も、ある程度は物資を入れて、兵も入れるべきです。現在の国境線を守る意思があると、内外に示さねば」


テルドカイトは、ほうっ、とため息を吐いた。

これまでのように、焦土作戦の構えを見せて反攻を躊躇させることには、限度があるということだ。

それでも現実に侵攻となったら、焦土作戦を行う準備は行っておかねばならない。

その準備はしつつも、可能な限りの村落で内政を方針転換しなければならない。


これまでは、前線だったこともあり、軍備寄りの政策が取られていた。

それを変更し、穀物を中心に生産能力を伸ばす方向にシフトしなければならない。

優秀な農家を育てて、生産体制を整え、食糧以外の特産も模索してゆきたい。

その障害となるのが、南の国だ。



「南の国のお殿下の様子は、どうかな?」

「息巻いているようです。ただ、肝心の周辺諸侯が乗り気でない」

「ピサの様子は?」

「ロンピサは勿論、ピサ三家は領土奪還を固持しております。立場からして、当然です」

「ピサは乗り気、中央も乗り気。だが諸侯が付いて来んと」

「そもそも、我々を国境で分離した時点で、こちらから侵攻はしないというシグナルです。それを好機と攻め込み、逆撃を喰らったピサの自業自得という見方が強いのでしょうな」

「ピサのみが相手なら、まだ相手にできそうだが……」

「どこまで諸侯が粘るかは分かりませんが、案外侵攻は遅いかもしれません。その内に、足元を固めましょう」


シムトは、地図上の村の位置をいくつか指し示して、そこに補佐が駒を置いていく。


「まずは重点的に魔物の調査をし、農家を支援すべきです。幸い、この辺に死蜘蛛レベルの魔物は少ない。今のところ、湧き点も怖い所は少ない」

「うむ。それが、数少ないこの領地の利点だな」

「一刻も早く領内を調査し、魔物対策の目途を付けましょう」


そこで、状況を見守っていたカイがようやくといった様子で手を挙げる。


「いかがしました、お師匠」

「ヒトとの戦は先になりそうなのだろう。私と私の部下達も、魔物退治に動くぞ」

「……。どう思う、シムト」

「できれば、領都付近で待機して頂きたいですがね。しかし、戦力を余らせておく余裕がないのも事実。カイ殿、討伐を進めたい地域の情報を共有します。対処頂けますか」

「オウ!!」


カイの大声に顔を顰めかけつつ、シムトは微笑を浮かべて頷いた。

演技した部分もあるが、厄介なカイが領都から消えて周辺が静かになるのが、純粋に嬉しかったという面もあろう。


「では、お師匠には後程情報を共有しておくように。此度の会議は、ここまでとする」

「かしこまりました」


新しく誕生した辺境家の舵取りは、激流を危なっかしくも進む。

その激流の中、ヨーヨーたちの関与したケシャー村の事件は少しだけ浮上し、すぐに過去の物となって流され、砂利のように埋もれていった。


王国の歴史が、また1ページ。

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