第169話 奥様
アカーネがコップを掲げ、「むんっ」と可愛らしく鼻を鳴らす。
水がコポコポと湧き出てきて、赤線の引かれたところで止まった。
「すげえな」
「違う人が登録した水も、出せるみたいだね」
「上々じゃないか。便利なもんだ」
試しているのは、褒美として与えられた水保存の魔道具だ。
登録するにしても、出すにしても、魔力は、2〜3くらい使う。
俺やアカーネよりは魔力の使い方が荒いサーシャが使うと、その倍くらい。
キスティが使うと、さらに多くの魔力が取られた。
魔法職でもない旅人が、スキルの代わりとして使おうとすると、ちょっと微妙なライン。
だが俺やアカーネが登録・取り出しを担当すれば、それなりに有用だ。
俺は水魔法も使えるが、魔法の水ばかり飲んでいると身体に悪いらしいからな。
ここからの旅、十分に役立ちそうだ。異空間に入れておこう。
コップ型の魔道具だから、「水保存のコップ」とでも呼ぶこととしよう。
さて、それどころじゃないんだ。
確かに水保存のコップも興味深かったんだが、朝、アインツと話した後にステータスチェックをすると、なかなかの事件が勃発していた。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(25↑)魔法使い(23)警戒士(21)※なし
MP 59/59
・補正
攻撃 F+
防御 F+
俊敏 E−
持久 E
魔法 D+
魔防 D−
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加、サブジョブ設定(new)
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
気配察知Ⅱ、気配探知、地中探知
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ
隷属獣:ドン
*******************
『干渉者』がレベルアップ。そして……謎のスキルが生えた。
「スキル説明」さんに解説をたのむ。
「サブジョブ設定:サブジョブ・システムの設定を解禁する。」
なるほどな。
また情報がないパターンの説明かよ! 仕事しろ「スキル説明」さん。
まあ、といっても。
今回は予想はできる。
「ジョブ」蘭の最後に発生した、謎の「なし」表記。
「ジョブ追加」で2つ目のジョブが解禁されたときと似ている。
おそらくここが変更できるはず……うむ、設定できそうだ。
とりあえず、「剣士」でも選択してみよう。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(25)魔法使い(23)警戒士(21)※剣士
MP 59/59
・補正
攻撃 F+
防御 F+
俊敏 E−
持久 E
魔法 D+
魔防 D−
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加、サブジョブ設定
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
気配察知Ⅱ、気配探知、地中探知
斬撃微強、強撃、脚力強化Ⅰ、剣強化
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ
隷属獣:ドン
*******************
ほう。
ステータスは変わらずで、『剣士』のスキルのみ追加された。
つまりは、そういうことか。
「ジョブ追加」の下位互換のイメージかな。ステータスは反映されないが、スキルのみ使用できる。レベル表記もないから、設定していても、レベルアップはしないのかも。
ジョブ追加は、もう頭打ちなのかもしれない。
しかし、サブジョブも、なかなか有用だぞ。
『魔法使い』みたいな、常に設定しておきたいけど成長が鈍ってきたものは、サブジョブにしておくのが一手。
あるいはサブジョブは常に開けておいて、その場に合わせて使いたいスキルを「サブジョブ」で回していくのも良さそうだな。
ジョブ2・3はステータス重視で付けることができる。
育成重視なら前者、ステータス重視なら後者かもな。
とりあえず「魔法使い」をサブジョブにしておくか。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(25)魔剣士(13)警戒士(21)※魔法使い
MP 34/34
・補正
攻撃 D−
防御 F+
俊敏 E
持久 E
魔法 D−
魔防 F+
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加、サブジョブ設定
身体強化魔法、強撃、魔剣術、魔閃、魔力放出
気配察知Ⅱ、気配探知、地中探知
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ
隷属獣:ドン
*******************
ジョブ1は『干渉者』で固定しているから変えられない。
ジョブ2に、育成用のスキルを配置して、ジョブ3は『警戒士』を基本に、適宜変更。
サブジョブに『魔法使い』を設定。
しかし、この状態だと、魔力はかなり少なくなるな……。
ちょっと様子を見ながら、サブジョブをどう使っていくかは考えていくとしよう。
「ご主人さま、何してんの?」
「いや、ちょっとな。準備はできたか?」
「いつでもいいよっ」
いつも、魔道具を広げて準備が遅くなるのがアカーネだ。
そのアカーネが準備万端ということで、いつでも出発できる状態だ。
「じゃ、出るか。キスティ、門番に開けるように言ってきてくれ」
「承知した」
まだ金属鎧を着ているキスティが、門番に話をしに行く。
しばらくして戻ってきたキスティは、手に紋章のようなものを持っていた。
「それは?」
「あちらで、戦士家のお身内に見せるための物だそうだ。領都へ入るときも使って良いと」
「身分証明のようなものか」
「あと、西への道案内については戻ってくるまでに手配してくれるそうだ」
「うむ。じゃ、ちょこっと行って戻ってくるか」
話しているうちに、門がギギギときしむ音とともに、上がっていく。
さて、また大根の攻撃を掻い潜る時間か。
ちょっとしたアトラクションとしては楽しいが、流石に、ちょっと飽きてきたな。
***************************
領都までは順調に辿り着いた。
入り口で紋章を見せると、怪訝な顔をしながら経緯を聞かれた。
戦士家の依頼を果たすために貰ったと説明したが、これなら普通に入った方が早かったのかも?
ただそのおかげで、戦士家の家族が泊まっている場所は確認できた。
今日はまだそちらに向かわず、もともとの用事を済ませることになる。
領都の武具制作の店に寄って、依頼しておいたものを受け取る。
籠手に腕当て。あと脛当て。それが3セットである。
軽いため衝撃を通してしまうところはあるが、強度は鉄以上。
魔力もそれなりに弾くという優れモノだ。
材料は、死蜘蛛の脚。
胴当てを作ると1人か、せいぜい2人分にしかならないというので、腕当て等にして、3人分を作ってもらった。キスティ以外の3人だ。
最低限の処理を施した後、素材を切り分け、糸で結ぶ場所を取り付けたというシンプルスタイル。
それでも加工はそれなりに大変らしく、工賃全部で銀貨35枚も持ってかれた。
端材を銀貨10枚で引き取って貰って、実際にかかったのは銀貨25枚だ。
さて、問題はキスティだな……。
砂漠仕様の防具を見繕わなくては。
この際、金貨が飛んで行ってもいいので、良いのを揃えたいが。
ついでに店主に相談すると、現在はデラード家となった領内各地から魔物討伐の素材が届いてきているという。
普通の革鎧よりは強靭なものが作れそうなので、キスティの体型の測定をお願いして、数日中に出来る防具を依頼する。
作りかけの汎用防具を調整する形なら可能だという。
まあ、それでいいだろう。
前金でさらに銀貨10枚を置いて、宿に向かう。
今日はゆっくりして、明日は戦士団の家族に会いにいってみるかね。
***************************
そこそこ立派なお館の応接間に、俺と従者がポツリ。
長椅子にはさまざまな格好の奥様や男の人たちがズラリ。
その数、30人は優にいる。
てっきり、仕切っている大奥様みたいなのがいるかと思いきや、そういうわけでもないらしい。
一応、ジソの奥さんらしい、扇を手に持った貴婦人が中心人物のようだが、割とフランクに話し合っている。
「手紙は読みました、ヨーヨー。貴方が護衛として同行せよ、ということですが。それ以外にジソから何か聞いていませんか?」
丁寧に、しかし凛とした口調で問うてくるのがジソの奥様だ。
短身のジソと対照的に、かなり長身の人間族女性だ。
そこまで煌びやかな衣装を着ているわけでもないが、扇で口元を隠す仕草が貴婦人だ。
「いえ、何も……。家族を連れてくるようにとだけ」
「全く、あの人は。ブラグに関わる一族を、全て移動できるわけもないでしょう。誰から、どのような計画で移送するのか。領都に残しておくべき人材と配置はどうするのか。そういったことを考えられないのでしょうか」
「あの……どうします? 俺は、領都に用事があるので、帰る時に奥様方をお連れするという話でした。ですが、そうもいかないならば、またにしますか」
「いえ。村を正式に統治するとなれば、人は移動しなければなりません。ただ、私どもよりも先に、実務ができる人材を送らねば。あの人たちだけでは、不安です」
「ですか」
どうやらジソは、奥さんに尻に敷かれるタイプのようだ。
というか、どうやら奥さんには村への攻撃を相談していなかった様子。
まったく、暴走する男ってのは困ったもんですね。
ふとサーシャのジト目を感じた気がするが、気のせいだろう。
「ええと、では。これから3日後にまた伺いますので。そのときに、まず村へ向かう人を選んでおいて貰えますか」
なんだろう。この奥さんと話していると、自然と丁寧語になってしまう。
これが貴婦人パワーか。
「いいでしょう。さあ、皆さん。お仕事ですよ。まずは各自の状況をまとめて、移住希望者を募ってください。それとは別に、私の方で政ができる体制を整えます」
「はい」
「はーい」
戦士の家族たちらしい一同は、フランクに返しながら動き出す。
偉そうにしているが、恐れられている雰囲気はないな、ジソの奥様。
「では、私はいったんこれで」
「待ってください」
「なんでしょう」
「夫は、死んだ戦士の名前しか教えてくれませんでした。……彼らの死に様を、聞かせてください」
「……はい」
あの戦で亡くなったというと。
俺が見たのは、弓の撃ち合いで胸を貫かれた人。
そして、見たわけではないが、裏門の戦いで亡くなったという若者。
大した説明はできないが、それで少しだけでも慰めになるなら、話しておくか。
その後、自分の目で見た戦士の死と、後になって聞いた裏門での戦いについて説明した。
裏門での戦いは、かなり大変だったらしい。
十人以上の数で、脱出を図った傭兵団崩れたちは、鬼気迫る勢いだったという。
裏門には、脱出を警戒して戦力を増強していたが、それを上回る数と力だった。
裏門に配置されていた村衆はあっという間に殺され、必死に門の上を守っていた戦士家にも、重傷者や死者が出た。
最終的には、門の制圧が終わらないうちに門が開けられ、そこから傭兵団崩れが逃げ出していったことで終戦したという。
まさに、追い詰められた牙犬は悪魔を噛む、というやつだ。
結果的には、傭兵団から逃げ出した分の戦力が減る結果となったが、引き換えに、今後もあの村は賊の出現に警戒しなくてはならなくなった。
万が一、領内の別の場所に現れでもしたら、大きな失点になってしまう。
だから、今後は魔物対策と並んで、賊の捜索と撃滅を目指すらしい。
大変なことだ。
俺の話を聞いたジソの奥様は、沈痛な面持ちでそれを受け止めた。
そして最後に、「ありがとう」と呟いた。
そして顔を上げると、「彼らの家族には、私からお話します」と言った。
遺族に直接話すのは気がひけるから、そこをやってくれるなら、ありがたい。
後のことはお任せして、宿に戻った。
***************************
出発までの2日間は、フリータイムだ。
久々に、各々羽根を伸ばしてもらう。
サーシャは珍しくやりたいことがあるということで、何かと思ったらアインツが言っていた調味料について試作してみたいとのこと。
宿の厨房を借りる交渉までしていたから、好きにさせる。
アカーネは、魔道具いじりだ。新しい魔道具も入ったし、書物と比べて勉強したいという。
そういえば、前に言っていた「ガラクタ」はどうなったかというと……いまだに反応する。
アカーネ調べでは、まだ分からないことの方が多いようだが、調査を継続してもらう。
キスティは模擬戦をやりたがったが、丁度良い場所が見つからなかったので、宿の庭で軽く剣を合わせる。
そこまで広い庭でもないので、力はセーブして、気を使う。
どうやらハンマーの使い心地はかなり良いらしく、「戦士時代に使っていた剣よりも性に合っている」とのこと。
まあ、『狂戦士』とはいえ、イイトコのお嬢さんに、「ハンマー持たせてみよう」とは考えないもんね、普通。
ただ、ハンマー装備の欠点としては、「人間相手にしたときにグロシーンを量産する」ところだな。
まあ、既に慣れてきたから良いっちゃ良いのだが。
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