第168話 祖父の短剣

アインツは、思いのほか堂々とした構えを取っていた。

両手で握り、顔のすぐ右に剣の腹を押し付けるような形を保持している。

初めは振り下ろしから繋げていく戦い方のスタイルなのだろう。


細目は、片手で剣を持っているが、剣先は下に向いている。

カウンターから自由に動いていく構えだ。


俺がさっき、左手を散々痛め付けたせいかもしれない。

じりじりと両者の間合いが詰まり、まずアインツが動いた。奇声を上げながら、剣を振り下ろす。


「レナあああああああああ!」

「ふっ」


細目はそれを予期していたように身体を捻ると、アインツが剣を振り下ろしたところに剣を突き入れていく。

これは皮鎧に弾かれるが、アインツの攻撃は大ぶりで、当たる気配がない。

練習ではもうちょっと小回りの効く立ち回りもしていたはずだが、怒りで我を忘れているのか。


何度かアインツの攻撃を回避した細目が、ついに両手で剣を持った。

瞬間、何かに足を取られたように転倒し、剣を手放す。


「なっ!?」

「うあああああああ!!」


アインツの振り下ろしをゴロゴロと転がりながら避け、立ち上がる。

一瞬こちらに目線をよこすが、無視無視。


「アインツ、大ぶりだぞ! キスティに攻撃を当てたときのことを思い出せ」

「はあ、はあ……」


もはや肩入れ丸出しでアインツにアドバイスしてみるが、審判役であるエイソンから注意はないからセーフセーフ。彼がルールなのだ。


「ふう、ふう……」

「チッ」


今度は細目から攻撃を仕掛けていく。

しかし、少し落ち着いたらしいアインツが冷静に捌き、最後に壁際に追い詰められた際にはまたも細目が何かに足を取られて、急死に一生を得た。


「クソが、なんだよこれは、クソがっ!!」


何故か怒り心頭な細目は、冷静になったアインツと対照的に振りが雑になっていく。

そして、1発、偶然の1発が細目の小手に入る。


剣が床に落ち、細目は泣きそうな表情。

アインツは前進し、細目を蹴飛ばし、斬りかかる。

鎧に弾かれても、何度も、何度も斬り付けた。

しばらくやってから、鎧を無闇に叩いても無駄と気付いたのか、冷静に距離を取った。

起きあがろうとする細目だが、脇腹を痛めたのか、うめき声を上げてすぐにまた転んでしまった。

いや、今回に限っては俺じゃないよ? うん。サーシャ、何かを言いたげな顔を止めなさい。


その首筋に、アインツの狙い澄ました突きが入った。

舞う鮮血に、アインツの手と顔が真っ赤に濡れる。

ゆっくりと、細目の身体は力を失い崩れ落ちた。


「勝者、アインツ。この件は傭兵……そこの男が命をもって償った」

「う、うおおおおおおおおおおお!!」


アインツが、叫んだ。


「レナ、レナッレナ!! 奴は討った、俺が、俺が………仇を討ったんだ!」


アインツは、身体の力を振り絞るように叫ぶと、倒れ込んでしまった。


「ごめんな、レナ……」


そのまま、身体を丸めて座ってしまった。



辺境の小さな村を包んだ動乱は、こうして終わった。





「良かったのか?」


村長の館の応接間で、隣に座ったエイソンに問う。


「何がだ?」

「細目……シュナイザーという男の話だ。あいつは色々暗躍していたようだし、裏もありそうだった。殺しちまったら、情報が取れないだろう」

「うむ。少し困るな」

「ほら」

「だが、我らはお前の目的に協力すると明言したからな。その程度は、些細なことよ」

「……そうか?」


今後、ここを統治していくなら、結構重要なことそうだが。


「そんなことより、今後のことよ。ヨーヨー、お前はいつ出るんだ?」

「……西に出るのは、少し後になる。一度、領都に寄っておきたい用事もあってな。ついでに、何か雑用があれば引き受けるが」

「ほう、本当か? ならば、護衛を頼みたい」

「護衛?」


戦士家の面子に、俺の護衛が必要とも思えないが。


「領都にいる、妻子や関係者を呼ぶつもりなのだが、我らはこの地を守らなければならん」

「妻子ね。俺で良いのか?」

「腕っ節は証明済みだ。人となりもまあ、それなりにな。少なくとも、麗しき従者がいるうちは、わざわざ他人の嫁に手を出さんと思う程度には信頼している」

「……まあ、そんな危険な真似はしないな」


戦士家って、微妙なところだが、やはり偉い人たち寄りなのだよな。

そんな貴婦人の護衛とか、面倒かつ不安すぎるから、普通なら断っていたかもしれない。

しかし、世話になった、というか今から大いに世話になる予定の戦士家だしな。

無茶な条件でなければ、受けておくか。

領都への往復はどっちにせよ、やるのであるし。


「正式な依頼は、ジソ様からなされるだろう。ヨーヨーが領都に行く件、話してみる」

「分かった。明日にも出るつもりだから、依頼するならそれまでに頼む」

「性急なことだな」

「まあ、ゆっくりしている理由もないしな」


これ以上ゴタゴタに巻き込まれないうちに、この紛争地帯から出たいという思いもある。

いつ、南の国が本気を出して反攻してくるかも分からないのだ。


「良かろう。この館もしばらくは空きがあるが、泊まるか?」

「いや。世話になった村人のとこに」

「ああ、あの鍛冶屋か」

「そうだ」


エイソンは村人に名前を呼ばれて立ち上がる。


「積もる話もあるだろう。今日はゆっくり休め」

「ああ」


エイソンが去るのと前後して、俺が呼ばれる。

呼ばれた先は、執務室のような場所。

長身の戦士が書類を広げ、その周囲に臨時の机を並べているのは、元医師のジエポンを中心とした村衆だ。


「来たか。お主への報酬だが」

「……ジエポンは何をしてるんだ?」

「ん? こやつは、算術ができると聞いてな。臨時で雇っている」

「そうか」


ジエポンは一瞬こちらを見上げて、肩を竦めた。

たしか医者を引退したって話だったが、これから戦士家に酷使されそうで、お生憎だ。


「で、報酬だが。……これを」

「ありがたく」


渡された皮袋の口紐を解く。

中には、金貨が5枚。


「ほう」

「弓兵を3人で金貨3枚。他諸々も含めているが」


悪くはないが。

弓兵で1人金貨1枚とすると、残りで金貨2枚? なんかバランス悪いな。


「金貨5枚は安くはない。が、今回お前が果たした役割は、希金貨にも値するとブラグ家は評価している。それに比べれば、不足だ」

「……」

「そこで、だ。お前には戦利品を与えることとする。それで納得してくれるか」

「戦利品というと?」

「まず、お前が倒した敵幹部の防具」

「あの鎧か」

「それから、奴らが所持していた魔道具を1つ。他に、欲しいものがあれば交換しても良いが」

「魔道具か。どんなものがあると?」

「流石に領具はやれんぞ。発光筒の魔道具に、水保存の魔道具」


水保存? 発光筒はライトだろうか。しかし、火魔法で足りてるか。


「水保存というのが気になる。どんなもんだ?」

「『行商人』のスキルは知ってるか?」

「いや」

「む、そうか。予め水を登録し、それを取り出すことができるというスキルだ。この魔道具は、それと同じようなことができる」

「ほう。大きさや重さは?」

「そうだな、大きめのコップ程度だ。ただし、登録するにも、取り出すにも、それなりの魔力が必要らしい」

「へぇ」

「この辺に寄る国境商人が持っていたものを、没収したようだな。まあ、荒地越えには便利なのだろう」

「ふむ……」


これから、砂漠地帯もあるという西に旅立つのだからな。

貰っておくか。


「それが欲しい」

「よし、ならそれだ」

「鎧や魔道具はどこで受け取れば?」

「あとで、宿泊場所に送ろう」


長身の戦士、いかにも戦士という風貌だが、こういう采配もするのだな。

割と落ち着いていて、手慣れたように見える。


執務室を辞して、アインツの家に向かう。


途中、アカーネとキスティと褒美について雑談をする。


「水保存の魔道具だとよ。価値はどんなもんかな?」

「う〜ん、見てみないと分からないかな〜。容量次第だし、使う魔力の量にもよる」

「魔力量は自信あるけどな」

「まあ、商人にも使えてたなら、ご主人さまなら使えるでしょ!」


そうだといいがな。


「で、おっさんの鎧の方だが。あれは値打ちものかね?」

「間違いなくそうだと思うぞ、主。ただ、どこまでも彼個人にアレンジしてある感じだったからな。売っても高くはなるまい」

「となると、どう使うか悩みどころだな」

「バラして、主の防具を補強するのに使おう!」

「あー、まあ。俺の防具が一番、安い気がするしな」

「ああ。あまり良くない。隊の長であれば、見た目も含めて防具には拘るべきだ」

「見た目ねぇ。このマスク付けている段階で、今更だが」

「何を言う。その威圧感のある風貌は悪くないぞ」

「……いあつかん?」


あるっちゃ、あるか。

SF映画に出てくる毒ガスマスクのようで、不気味ではあるが。

少なくとも、主人公感はゼロだ。どうみても、敵役の装備である。


「戦では、そういった心理的な圧迫というのも必要なのだ。……あえてその装備にしていたのではなかったのか?」

「いや、単に便利でな」

「そ、そうか。まあ、視界を制限しないというのは確かに羨ましい機能だ」

「暗視も、地味にな」


今回の夜間暗殺ミッションでも役立った。

サイズ調整もかなり便利だ。


「あの胸当ては、かなり硬そうだ。使えるところを組み込んでみたらどうか?」

「そうだな。あとは、キスティの防具を見直さないと」

「ふむ? これで十分だが」


キスティがガチャリと身体をゆすって鎧を鳴らす。

まあ、最低限の金属鎧ではあるんだが。


「ここからは、砂漠も通るんだろう。金属鎧は死にそうだ」

「む、そうか……」

「砂漠は温度差が激しいと聞いています。寒さにも、暑さにもただの金属鎧は弱いでしょうね」


サーシャが懸念を肯定した。


「気温調整の付与とかできるんだろうか」

「で、できるだろうけど。この……普通の鉄板じゃムリだよー。それに、どうせ魔道具として作るなら、もっと良い素材使いたいし」


アカーネが説明してくれる。


「じゃあ、どっちにせよ買い直しだな」

「むう、勿体ないな」

「ここまで活躍してくれた分で、値段分ぐらいは働いたろう。そいつはアインツにでもくれてやって、領都で新しい鎧を探すぞ」

「ぬうっ、かたじけない」


よいよい。

金貨も増えたし、これで10枚。

希金貨分の金貨があるわけだからな。少しは消費に回さんと。



***************************



夕飯は酒場にでも出ようかと思っていたが、アインツに誘われた。

質素な鍋物であったが、肉が入っていて彼なりに奮発したようだ。


「少しピリピリしますね? 何の調味料でしょう」

「飛ばし大根に、香辛料を混ぜて発酵させたものだ。口に合うかどうか」

「面白い味です。後で詳しく教えてください」

「まあ、いいが……買いたいなら、村長にでも言ってくれ。俺の家には備蓄がほとんどないからな」

「ありがとうございます」


サーシャが鍋の味付けに食い付いているが、味としてはそこそこだな。

塩味よりはずっと食が進むが、具材と合っているかは微妙。

ちょっと独特の青臭い感じもするから、鍋というよりは和物にして単品にした方が合いそうだ。


「ヨーヨー、礼を言わせてくれ」


食が進んでから、アインツが姿勢を正し、おもむろに頭を下げた。


「……俺は俺の好きにしただけだ。正直、こんな大事になるのはアインツも望んではいないだろうとは思っていたが」

「それは、まあ……。否定はしない。驚いたしな」

「そうだろうな」

「だが、それはそれとしてだ。復讐など、レナは望んでいなかったかもしれない。傭兵団より戦士家の方が良いのかも、俺にはよく分からない。でも」


アインツは顔だけ上げて、こちらを真っ直ぐ見詰めてきた。


「俺は、救われた。泥沼の中で漂っていたような時間だった。復讐したところで、気が晴れたわけでもない。レナのことを、忘れられたわけでも、後悔が無くなったわけでもない」

「……」

「だが、区切りが付いた、と言えばいいのだろうか。少しだけ……息がしやすくなった」

「そうか」

「ただ、未だに分からん」

「?」

「何故、ヨーヨー。お前がそこまでしてくれたのか。あるいは、単に戦士たちが攻め込む口実だったのかもしれないが……」

「それはないな。領主には、手を出すなを言われてたしな。はは」

「そうなのか? 何にせよ、俺には分からない事情があるんだろう。だが、それはもう、この際聞かない」


本当に、アインツに感情移入しちゃっただけなんだけどな。

案外、単純な動機というものは納得されにくいか。


「俺は、感謝している。だから、俺に出来る感謝の証を送りたかったんだ」

「ほう?」

「少し待ってくれ……」


アインツは、部屋の隅から、薄紙に包まれた物体を俺の下に差し出した。


「これを。気に入るといいが」

「武器か?」


包みを開いてみる。

それは、ナイフよりは1回り大きな、短剣。

根元のほうには、大きな丸い窪みがあるように見える。


「これは?」

「俺が作ったもんじゃない。祖父が作ったモンだ。本来は、その窪みに魔石を入れるらしい。だが、なくても効果がある」

「なるほど、魔道武器か」

「効果は、とにかく切れ味が上がるものだと聞いている。それ以外は良く分からん」

「魔導武器となると、それなりに値打ちがあるんじゃないか」

「いいんだ。俺は魔導武器どころか、親父の武器に追い付くだけでもまだまだだ。宝の持ち腐れだよ」

「……そうか。ありがたく頂戴する」


従者の武器は割と充実してきているからな。

この短剣は俺が使うか。


「そいつの素材は良く分からんが、ただの鉄ではないらしい」

「ほう?」

「魔鉄が使われているとか。とにかく魔力の通りが良くなるらしい」


ふむ。

『魔剣士』のサブ武器としてはピッタリかも知れん。

なかなか良いものを貰った。


「アカーネ、こいつは俺が使うが……出来れば機能について解析してくれないか」

「うん、わかった」


アカーネに一旦預ける。

夜な夜な魔道具で遊んでいるアカーネには、いいオモチャだろう。

遊んでいるといっても、変な意味じゃないぞ。


「それと、アインツにはもう1つ、出来れば頼みたいことがあってな」

「頼みたいこと? なんだ?」

「今夜中には、傭兵団の幹部が使ってた鎧……壊れた鎧がここに届く予定なんだが。それを、俺の使っている鎧に組み込みたい。無理だったら領都に持っていくが、一回見てみてくれないか」

「分かった、見てみるよ」


アカーネの改造魔石で半壊した状態だが、どこまで組み込めるか。

思えばクデンのおっさんも、こうやって強敵から剥ぎ取った素材で強化していって、あの鎧を作ったのかもな。



***************************



翌朝、久しぶりにゆっくりとした起床。

下に降りると、アインツが既に作業を始めていた。


「おお、届いてたか。どうだ?」

「これなら、俺でも何とかなりそうだ。……実を言うと、俺の唯一の長所は、こういう作業なんだ」

「そうなのか?」

「ああ。それなりに、傭兵としての経験もあるからな。基礎の技術やレベルではどうしても一筋でやってきた鍛冶屋には負けるが、その分『実戦で使いやすい装備』のアイデアというか、想像力というか、そこだけは負けていないんだよ」

「ほう……」


なかなか期待できそうじゃないか。


「といっても、技術が高度なものはムリだから、あまり高望みはしないでくれ。使うときに邪魔にならない、ちょっとした、少しの調整ができる感じだと考えてくれ」

「十分じゃないか。まあ、期待してるよ」


革鎧を預けてしまうので、俺の防具がないな。

代わりの防具でも貸してもらうか。

アインツに相談すると、昔使っていたという鎧を貸してもらうことができた。


「ちょっとキツいが……まあ、なんとかなるか」

「手直ししてるから、俺の現役時代よりは使えるはずだ。目覚めが悪いから、ちゃんと返しにきてくれよ」

「もちろんだ」


さて、この地域にいるのもいよいよ、残り僅かだ。

領都に凱旋といきますか。

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