第167話 影
バリケードの奥にいた、鉛色の鎧を着たやつは、キスティのハンマーで吹き飛ばされる。
反対側にいた、革鎧のやつはバリケードの隙間から槍を差し入れた槍使いに沈黙させられている。
呆気ないな。バリケードの規模に比べて、明らかに戦力が薄い。
上からの攻撃に備えるために、戦力が引き抜かれたんだろうな。
上の階からも、スキルの音なのか、武器が重なる音なのか、せわしなく音が響いている。
「1階は抑えたっ! 我はブラグ家のイスタ! 尋常に出会え!」
槍使いが、腹に力を入れて叫ぶ。
わざわざ情報を与えるようなことを……と思ってしまうが、キスティが「お味方に状況を伝えている」と呟いた。
俺への解説を入れてくれたようだ。そ、そうだと思ってたよ。
廊下に積み上がったバリケードを破壊しながら、屋敷を東側に向かう。
部屋に、下働きの者が隠れているのは見つけるが、傭兵団らしき存在がない。
「全然、いないな?」
「どこかで待ち構えているやも。2階かもしれんが……まずは、地下への階段を抑えるべきだろう」
キスティと話し、もとは階段があったという場所に向かう。
が、階段があった場所は、石畳で覆われていた。
「……偽装か? 壊せば通れるかも」
「これ、壊しにくいよ。硬土入ってるし」
アカーネがそんなことを言う。
「むぅ、本格的に潰してたのか。代わりの入り口があるはずだな?」
「領具を使っている以上、入り口があるのだろうな」
キスティが頷く。
そこで、後ろから声が掛けられた。
「イスタ! ヨーヨー、お前らも来たか」
「ジソ、さん? もう、ここまで」
「上の連中はほぼ潰した。やはり頭は地下か」
「地下への階段が潰されてる。探さないとな」
「……ふむ」
ジソが、奥の壁をコンコンと叩き、音を確かめる。そのあと武器を振りかぶると、思いっきり壁へと突き入れた。
壁が崩れ、奥に地下へと繋がる穴がある空間が出現した。
「……なんで分かったんだ?」
俺も、念入りに気配探知をすれば分かったのかもしれないが。
ジソのそれは、最初から確信しているような動きだった。
「こう言う場合のセオリーは、だいたい知っとる。そんなことより、地下へ行くぞ」
「ご主人さま!」
アカーネが、珍しくお偉いさんとの会話に割り込んできた。
「どうした?」
「奥の部屋から、魔道具の気配がする。そっちかも」
「……魔道具か」
「領具の可能性もあるな。ヨーヨーたちは、そちらへ向かえ」
「地下はあんたらだけで十分か?」
ジソと、長身戦士と、下っ端2人の4人構成。
こっちの戦力を貸し出すべきだろうか。
「十分じゃわい。願わくば、地下に賊の頭が居ると良いな」
ジソは、獰猛に笑った。
太い笑い声が、兜に反響してくぐもった。
このおっさん、多分クデンのおっさん以上に強いんだろうなあ。味方で良かった。
「よし、行くぞ」
「西は捜索したか? 出来れば、そっちにも人を割きたい」
「残りの戦力は?」
「2階にも、敵が残っておるからな……。イスタたち、そっちに良いか?」
「構わないが、逆にイスタたちは危険じゃないか?」
「無理はするな。だが、戦士たるもの、危険は付き物だ」
「……わかった。イスタ、取って返してくれるか」
「はい」
「なに、領具はこっちにあるのだ。西にいるのは、いたとしても二戦級じゃろう」
ジソは簡単に笑い飛ばす。
人の心配をしている余裕はないか。奥の部屋にいるのが、敵の主力だったらどうするか。逃げて、ジソと合流するか……。
「気をつけろよ、ヨーヨー。追い詰められた牙犬は悪魔を噛む」
「……ふむ」
聞いたことはないが、「窮鼠猫を噛む」の異世界バージョンだろうな。
「また生きて会おう」
「ああ、そうしたいもんだね」
***************************
東の奥の部屋。
事前に気配を探知すると、確かに人がいる気配。
挑むのは、俺と従者のパーティのみ。
俺、キスティ、アカーネ、サーシャの並びで入る。
アカーネの肩には、ドンさんが乗り出している。
「ギュゥ〜?」と落ち着かない様子を見せているので、奥にいるのは敵なのだろう。
あるいは、魔道具が危険なものなのか。
ドアを蹴破り、中に入る。
左右に本棚が並んだ、大きな部屋。
その窓の前に、一人の男が佇んでいた。
「ああ、来ちまったか」
「よお。お前……シュナイザーだな」
居たのは、細目の男。
頭に鉢巻を巻き、緑色の鎧と剣で武装している。
「有名になっちまったな、俺も」
「いや……まあ、ある意味そうだな」
なんせ、領主様までその動向を把握しているらしいからな、シュナイザー。知られた上で、泳がされている風だったが。
「それにしても、お前は……少し前に来ていた傭兵だな。領主の犬だったか」
「……」
なんだろう。
自然な会話なようで、何か芝居掛かっている。
時間稼ぎか?
「お互い語ることもあるまい。決着をつけよう」
「チッ」
細目は憎々しげな舌打ちを披露してから、スラリと剣を抜いた。
「俺はいっつもこうだぜ。肝心なところで、邪魔が入る」
今度は、本心からの呟きのようだった。
それに構わず、キスティと横並びになって間合いを詰める。
「全く、訳がわかんねぇぜ。こっちはセコセコと、村人どもを……まったくよ。何でいきなり戦士家だ? しかも完全奇襲。どうかしてるぜ」
「自分の撒いた種だろ」
「……どう言う意味だ? たしかに戦士家を多少おちょくる展開では……」
「レナシーのことだよ」
「レナシー?」
剣を顔の横で寝かせ、突きの間合いを取っていた細目が、きょとんとした顔をする。
「お前が襲った、村娘だ。人妻のな」
「……襲った、というと……鍛冶屋のとこのか?」
「他も襲ってなけりゃ、そうだろうな」
「マジかよ」
思わず、といった様子で、天を仰ぐ。
スキが見えたが、何を言うのか気になって、攻め込まなかった。
「く、くくく……マジかよ。何がどうなって、そこが戦士家と繋がる? あんなのは、村の馬鹿どもを焚き付ける……まあ、いい。くくく……確かに、そうだな。俺は、クズみたいな仕事をしたよ」
「仕事だと?」
「おっと。村人どもに身の程を分からせるのも、統治者の立派な仕事だろう?」
ふむ?
ちょっと引っかかるが、まあいい。
気になるのは……奴の横にある、本棚だ。
じりじりと回ることで、奴に誘導されている気がするのだ。
何せ、ドンさんがそちらを気にしているし、アカーネも何かに気づいた顔をしている。
「キスティ、前に出過ぎるな」
「承知」
「……おそらく、奴の近くに罠がある。出過ぎるな」
キスティの「承知」が信じ切れなかったので、警告をする。
すると、細目は初めて、驚いたような表情を見せた。
「何故、そう思うんだ?」
「企業秘密だ」
「……そっちの獣が、魔道具でも探知できるようだな」
「そんなもんだ」
「チッ」
細目は、剣を降ろして片手をあげるジェスチャーをした。
「降参だ、降参。奥の手も不発だな。もう抵抗はしない」
「ほう?」
「俺の罪状はなんだ? まあ、何もなくても十中八九殺されるんだろうが……」
そこで細目が意味ありげな目線をよこす。
「なあ、取引しないか」
「どんな?」
「俺は、こう見えてそこそこの名家出身だ。それに、色々と人脈はあってな。見逃してくれたら、金貨の10枚や20枚、期待できるぜ」
「お前の命の価値はその程度なのか?」
「辛辣だねぇ。だが、現実問題、限度はある。名家ったって、歴史ばかりで金が多いわけじゃあねえし。俺の罠を見抜く程の実力がある傭兵なら、実家に推薦してやってもいい」
「貴族家に仕えると?」
「まあ、そんなとこだ」
「ふむ……」
ゆっくりと剣を降ろし、刃を下に向ける。
「交渉成立か?」
「いや。偉い奴に永遠にこき使われるなんぞ、死んでもごめんだ!」
そのまま、床の下に向けて魔剣を突き立てる。
「魔剣術」発動。そのまま剣の先から炎の奔流が床下を焼く。
「ぐあああああっ!」
「キスティ、やれ」
「うがあああっ!!!」
火の玉になって飛び出してきた人影に、キスティがハンマーを振り下ろす。
人間ミンチのできあがり、できあがり。
「お、お前」
「演技はなかなかだ。さすが、傭兵団に取り入っただけのことはある」
「いつからっ」
「だが、俺は生憎、探知にはちょっと自信があってね」
半分嘘だ。
なんか胡散臭いから、周囲の罠を調べようと色々探知してみたところ、「地中探知」で変な反応が見えたのだ。確実ではないが、うっすらとした、違和感が残るというか。
だからこそ、逆に怪しい。
地中探知と、普通の気配探知を織り交ぜながら全力で探知すると、地下に3人の人間がいることが分かった。
つまり、そういうことだろう。
あとはゆっくりと近付いてきた気配に向かって、外さないように攻撃をするだけだった。
「仕方ない! 頼むぜ、影の旦那。俺を守ってくれ!」
床から、残りの2人が飛び出す。
位置としては、細目の前に2人が出てきたというところ。
「影、ね」
黒ずくめで、布で顔をを隠している。手には曲刀。
ニンジャじゃねーか!
「サーシャ、サポートしろ! あの馬鹿に邪魔させるな」
「はい」
「キスティ、タイマンだ。やれるか?」
「もちろんだ!」
大きく振りかぶり、剣を薙ぐ。
予想通り、「魔剣術」を警戒した敵が距離をおき、そこから反転して近寄ってくる。
トン、トンと小気味良くジャンプして一瞬で近付いてくる敵に……炎をまとった土の球が襲いかかる。
「まあ、そう来るよな」
俺の足下には、最初のニンジャを屠った時に出来た穴が空いている。
そこから、タイミングを合わせて火と土の複合魔法を発動させた。
土魔法が混じると、こういうタイミングをずらす作業がしやすいな。
複合魔法の名前は、ラーヴァフローと命名した。
バーニングストーンと悩んだのだが、ストーンというよりは、どろどろの熱い塊を浴びせるような見た目だからだ。
ただもちろん、本物のラーヴァフロー、つまり溶岩流ほどの熱さはない。そう言う意味では、名前負けしている魔法だ。
複合魔法の直撃を受けたニンジャは、体勢を崩して肩から床に転がる。
そこに素早くエアプレッシャー自己使用で移動し、「強撃」を発動しつつ、首を刺す。
少し抵抗感があったが、2度、3度と突き刺したところで功を奏した。
顔を上げると、アカーネの投げた何かを切り落とす細目の奥で、キスティとニンジャ3人目が切り結んでいる。
ハンマーを振り回すキスティを、小気味良くいなしながら互角以上に持ち込んでいるように見えたニンジャだったが、俺と一瞬目が合うと、キスティと距離を取った。
「悪いな。ここまでだ」
「なんだと!? 話が違うぞ」
ニンジャが、渋い声で細目に話しかける。
細目は、サーシャの弓を鎧が弾いたところで、おたおたとしている。
「だから謝っている。ではな」
「キスティ! ハンマー投げろ!」
ニンジャに向かって、ハンマーが放たれる。
ニンジャは、バックステップで辛うじて避けると、後ろの窓から外に逃亡した。
「ニンジャの方は、外の連中に任せるか……、細目、危なかったな」
「な、何を言っている!? 影を短時間で屠るその力、何故領主の犬などしている!」
「直感だが……あのニン…いや、影は、最後にお前を殺そうとしていたぞ」
「……。口止め、か」
「そうだろうな。他の2人は、死んじまってるし。お前から情報が漏れなければ、心配がない」
「ちくしょう……ちくしょうがよ!! 使うだけ使って、捨てやがって!」
「事情は知らんが。それを承知で、協力してたんだろう」
「承知しているわけねぇだろ!」
「だとしたら、考えが甘かったな」
影など付けるような組織が、自分を使い捨てするとは思わなかったのだろうか。
というか、影って、傭兵団の奥の手って感じでもないよな。
さっきの発言といい、まだ裏がありそうだ……。
正直もう、この村のゴタゴタにこれ以上関わる気はないので、スルーでいいか。
あとは戦士家が、何とかするだろう。
「さて、悪いが」
細目男の前に、踏み出す。
「ゲームオーバーだ。大人しく降参するかね?」
「ちくしょう、ちくしょうが!!」
細目が、剣を構える。
うむ。そうしてくれた方が、都合が良い。
「サーシャ、手を出すな。俺がタイマンで戦う」
「よろしいので?」
「ああ」
魔剣を正眼にする。細目と、相対する。
「随分と余裕だな!? 傭兵!」
「お前も傭兵だろうが」
無駄なお喋りは飽きたので、魔弾を撃って開幕を促す。
「チィッ!」
魔弾自体に大した威力はないのだが、それを大袈裟に避けたあと、細目がターンして剣を突く。
それをサンドガードで流し、小手を強く打つ。
よろけた細目の足に、魔剣を刺し、魔弾で顔を撃つ。
ガラ空きの胴体に、体当たりをかます。
吹っ飛んだ細目が、窓枠に衝突し、ずるずると崩れる。
「ぐ、うう……」
「ふむ、そんなもんか? 思った以上に弱いな」
「くそが!!」
再度立ち上がってきた細目の腕を打ち、背中を蹴って飛ばす。
息も上がり、口から血を吐き出した細目。
うーん、こんなもんか。
「ギブアップか」
「く、くそ」
「チャンスをやろう」
「チャンス、だと?」
「アカーネ。アインツを呼んでこい。入り口のあたりに待機してるんじゃないか?」
「あ、うん」
「キスティ、護衛してくれ」
「ああ」
「サーシャは、残れ。こいつを見張るぞ」
「はい」
アカーネたちが出て行って、残った細目と言葉を交わす。
「何を、させるつもりだ?」
「忘れたか? この襲撃の発端は、お前がアインツって村人の奥さんを乱暴したことだ」
「……」
「まあ、俺も人のことを言えた身分じゃないんでね。それに、鬼じゃない。だから、当事者同士で決着すれば良いと思う」
「その、村人と。俺で、戦えってか?」
「ご名答」
「マジかよ。いや、どうせ勝っても、そのあと処刑だろう?」
「かもしれんな。いや、一応、決闘でアインツの件は贖罪されたと上申してみるぜ」
「……」
「どちらにせよ、アインツに殺されたら、可能性はゼロだ。もう勝った気でいるのか?」
「……ただの村人に……」
「そうだな」
どうやら、アインツ相手なら称賛がある様子。
ぶっちゃけ、俺もそうなんじゃないかと思う。だからこそ、念入りに痛め付けておいたのだ。
当事者同士で決着を付ければいいと言ったが、肩入れしないなんて一言も言っていないし。
しばらくして、アインツと、弓使いのエイソンを連れてアカーネたちが戻ってきた。
エイソンは何で来た?
「私は見届け人だ。この地の統治者の代理としてな」
「ほう。そういう作法があるのか」
「まあ、一応」
どうやら、興味半分で付いてきたらしい。
当のアインツはと言うと、剣を握りしめたまま、床に座る細目を睨み付けていた。
「戦況はいいのか?」
「制圧は終わった。敵の首領は討たれたぞ」
後ろから、細目が息を呑んだ気配が伝わった。
「驚いたか? 団長たちが助太刀に現れることでも期待してたか」
「だ、団長は……」
「死んだぞ。あれが、影武者でなければな」
「あ、あいつは……腕は確かだった」
「敵が悪かったな」
「……」
「戦場の戦士として、ここまで生き延び、家を守ってきた御仁だぞ。うちの大将は。戦士家をあまり、舐めない方が良い。まあ、手遅れだったか」
「お、俺だって。俺だって、戦士の端くれだった」
「そうか。そして、負けた」
「……」
エイソンの言葉に、細目が悔しさそうな、どこか吹っ切れたような、表情を見せた。
話も終わったようなので、そこに割って入る。
「さて、そろそろ始めさせてくれ。条件は、この決闘をもって、アインツの妻に関する件を終いとする。どちらかが息の根を止めるまで、決闘を続けるものとする。こんなもんか?」
「主。見届け人は戦士エイソンが務めるものとし、ヨーヨーがその証人となる。これでいいはずだ」
「ありがとう、キスティ。両者、準備はいいか?」
アインツを見る。
「……構わない。いつでも始めてくれ」
細目を見る。
「くそ、くそ、くそが! やりゃあいいんだろう、やりゃあ! 村人、無駄なことをしたな! 大人しくしてりゃ、どうせ俺なんか処刑されたかも知れねえのによ。それを見届けることなく、お前が先に、あの世行きだぜ!」
両者が、剣を構えた。
その直後エイソンが、静かに「始め」と宣言した。
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