第166話 曲射

「ヨーヨーか。体調は回復したのか?」


小屋の中に通されるなり、正面の長机に肘を付いていた小柄な戦士が問い掛けてきた。

中には、小柄な戦士こと戦士家を率いるジソ・ブラグと、盾を構えた戦士が2人長机を囲んで、地図らしきものを広げていた。

いつもはジソの近くに侍っている、城壁の上まで跳んだ長身の戦士はいない。


「問題ない。長身の戦士はどうしたので?」

「パールか? 裏門だ」

「ああ」


裏門を守備する部隊を指揮しているのか。

両門に人材を配置し、いよいよ人材不足だな。


「それで、話を聞いても?」

「問題あるまい。正直に言うと、少し当てにしておった」

「それはそれは」


高評価に感謝すべきかね。


「器用だな、お主は。正直、戦が終わった後も、村が落ち着くまで協力してほしい位だ」

「まあ、お金を頂けるんなら、多少はね。ただ、戦後はできれば、西に向かいたく」

「西?」


ジソは一瞬地図に目を落したあと、また顔を上げた。


「そういえば、西の国に行くのだったか?」

「そうです」

「ふむ。まあ、褒美としては丁度良いだろう。よし、無事村が確保できたら、正式な通行証と道案内を手配してやろう」

「はい」

「心配するな、報酬は報酬で考えておる。どうしても現物支給になる部分もあろうが、それはかの傭兵団がどれだけ貯め込んでいるか次第ではあるの」

「ですね」


別に不安に思ったわけでもないのだが、自ら先回りしてフォローしてくれた。

現物支給かー。まあ、ここまでの分だけでも金はそこそこ手に入るはず。

後は、傭兵団が魔道具でも貯め込んでていてくれれば、大いに儲かるかもしれない。


「取らぬ狸の皮算用、だったか。実際、ここからどうやって落とすつもりです?」

「む? 狸? まあいい。正直、攻めあぐねておる」


ジソがまた目を地図に落として、指でトントンと叩いた。

地図を見ろという意味かと思い、近付いて地図を見下ろす。


俺やキスティが話した部分に、随分と付け足されて、清書したもののようだ。

村人で協力者が出ているというし、情報は刻一刻と増えていっているのだろう。


「館は、構造自体はそう堅牢ではない」


正面に大きな扉があり、応接間がある。その左右にゆったりとしたスペースがあり、端の方にキッチンなどがある。

二階、三階は廊下の両側に様々な部屋が並んでいる作り。ホテルみたいだな。


「屋上には矢間があり、弓が降ってくる。どうしても廊下を通るからな。要所はバリケードを作られていると考えられる。単純だが、面倒だな」

「数は、まだこっちが少ないので?」

「いや、互角といったところか。我等が、村衆をどれだけ駆り出すか、にも寄るが……向こうは相当人員が減っているはずだ」

「そんなに殺していたか」

「いや。まあ思ったよりは殺していたが、それ以上に、昨晩脱走した一団があってな」

「……脱走」

「裏門を抜けられて、逃げられた。痛恨だが……まあ、数は減った」


脱走か。

まあ、そんなに傭兵団に思い入れがない団員なら、そうするかもなあ。

向こうからするとイマイチ状況が分からないものの、戦士家に攻められていることは事実。

仮に今回撃退したとしても、また正規軍と戦う羽目になるかもしれない。


そんなリスクを冒すより、まだ包囲が緩い内に逃げ出してしまえ。

そう考える者がいても、おかしくないはずだ。


「逃げてくれるなら、ありがたいことのようにも思える」

「ああいう手合いは、高い確率で賊になるのだ。野に隠れた賊は、下手な魔物より狡猾で、領民の暮らしを阻害するものだ」

「なるほど」


だからあくまで、殲滅が原則なわけだ。


「奴らの頭がいるのは、普段は応接間奥のこの部屋らしい」


ジソが、地図上の館の部屋割りを示した部分を指し示す。


「だが、現状ではそこに居座っている可能性は低いだろう。地下がどうなっているかも良く分からん」

「領主用の魔道具は、どこにあると?」

「セオリーでは、地下だろうな。そうなると、敵の幹部も地下にいる可能性は高かろう。一応、階段の位置も把握している」

「一応?」

「村長職を勤めた者の記憶が根拠だ。その後、傭兵団が手を加えている可能性はある」


地下への階段探しから始めなきゃいけないわけか。


「ヨーヨー、手を貸してもらうぞ」

「もとよりそのつもりだが……何をすれば良い?」

「お前の魔法は目立つ。まずは、防壁越しに敵と撃ち合いをしてもらう」

「……ふむ」

「ただし、それは囮だ。本命の作戦は、裏から叩く」

「裏から?」

「パールだ。奴らは、館の正面から攻め寄せると思っているだろう。実際、それが無難だ。だが、門ほど高くもなく、視界も悪いのが館だ。もともと防衛拠点としては中途半端な造りでもある。ならば、上から叩こう」

「上から……。『跳躍戦士』は上がれたとしても、1人じゃないか? そのあとはどうすると?」

「何も全員が、ひとっとびする必要はあるまい? 死角から、よじ登れば良い」


ジソは、鉤爪のような道具を出して、地図の上に放った」


「……マジで壁登りするのか」

「梯子を使っても良い。ただ、バレやすいからな。ある程度安全を確保してからが梯子の出番だ」

「俺も、最終的には上に?」

「いや。お主は、正面から敵を惹きつけてもらう。上からの反撃がなくなったころに、正面から突入してくれ。その頃には、逆に上への対処で手一杯のはずだ」

「なるほど、な」


悪くない作戦に思える。

突入方法が「よじ登る」なのは、何と言うか、豪胆すぎる作戦という気もするが。


「ヨーヨーのパーティ。それから、裏門に回っていた若衆を付ける。後で、弓隊も1〜2、付けよう。あとは、盾を持たせた村衆も何人か。それでやれるか?」

「俺のパーティで4人。裏門の若衆で3人。村衆は除外して、戦力としては全部で8〜9人ってとこか? 十分だろう」

「いや。若衆は2人だ」

「ん?」

「1人死んだ。全部で7〜8人だ。弓隊も、村衆からの増援を付けることになるかもしれん。どこまで使い物になるかは分からんぞ」

「まあ、囮でいいなら、何とかなるだろう」


死んだのか、あの3人の若者のうち誰かが。

少しだけ旅を一緒にしたが、そうか。

残り2人が、落ち込んでいなけりゃいいが。


「具体的に作戦の時刻を合わせるぞ。いいか?」

「あ、ああ。承知した」

「では、早速。攻撃ポイントだが……」


ジソを中心に、攻撃の計画と、囮の内容も固まっていく。

これで成功すれば、この小さな戦争も終わりだ。

とっとと次に行きたい気分になってきたよ。



***************************



館の正面やや斜め、小屋の影になるような配置で位置につく。

振り向くと、合流した戦士家の若衆が、厳しい面持ちで出番を待っている。


若衆と合流したのは、作戦会議が終わってすぐ後、10分ほど経ったころ。

自慢の槍を饒舌に語っていた少年と、獣耳が付いた少年がいた。

盾を持っていたやつがいない、か。


槍使いの少年には、笑みはなく、饒舌な舌も沈黙していた。

よろしく、と握手を交わしたときに、ボソリと呟いた。

「ソックは死んだよ」と。


獣耳族の方はもともと弓使いのようだが、槍使いの方も、弓を使えるということだったから、これで手数は十分だ。

と思っていたら、表門を守っていたベテラン弓使い、エイソンまでが作戦開始直前になって合流した。


門は良いのか、と疑問に思ったが、もう村衆に任せるということらしい。

「どのみち、戦後は村から新たな戦士を募ることになる。これ以上、戦士を損なうことなく乱を終わらせる」という判断になったとのこと。


エイソンには、やや離れた位置から別の角度への攻撃を担当してもらう。

サーシャとアカーネが俺の近くで攻撃。

裏門組は、移動しながら後ろから援護してもらう。

キスティは突撃組だ。

あとは、数合わせの村衆が3人。

こいつらは、ただ盾に隠れて移動することしかしない。

戦力にはならない計算だ。


「時間だよ」


アカーネが、ジソから渡された小さな卵型の魔道具を掲げる。

こいつは、離れた位置からセットになった道具を震わせることができるという、簡易的な通信道具だ。射程はかなり短いらしいが、今回のように建物の表と裏でタイミングを合わせることくらいには使える。


「よし、いっちょやるか!」


建物の陰から完全に躍り出て、火魔法で魔法防壁に穴を開ける。


「来ます!」

「キュキュ」


サーシャとドンの声を合図にしたかのように、館の方から矢が降り注ぐ。

といっても、せいぜい3〜4本ずつだ。ウィンドバリアを二重で張って、丁寧に対処する。


「お返し、だっ」


威力はこの際、度外視でもいい。

といっても、危険だと思われるくらいには殺傷力がなければならない。


威力を調整しながら、火魔法を連続で放る。

屋上や、上の階の矢が飛んできていると思われる場所に放ってみるが、壁に当たって何も起きない。

だが、その一瞬、矢がぴたりと止む。


「よし。牽制の効果はあるな」

「狙います」

「おう、やってくれ」


俺が一定間隔で、派手な魔法で牽制すれば、自然とのその「間」を狙って顔を出すはず。

そこをサーシャに射てもらう。

狙い通りに、俺が魔法を放つ間に顔を出した敵が、1人顔を射られて窓枠に伏す。


「1人倒しました。……屋上の敵は当たりませんね。顔を出しません」

「アカーネ、何発か魔投棒で牽制できるか?」

「うん。でも、防壁の邪魔だけで大変なんだけど」

「邪魔を優先しろ。サーシャの弓だけで、倒せるだけ倒すぞ」


アカーネには、魔力操作で防壁を阻害してもらう。

しかし、その後はサーシャが何回か弓を放っても、成果なし。

エイソンや、若衆の弓らしきものも時折飛んでいくが、8割方見当違いの場所に刺さっている。

あっちは防壁無効化もあまり出来ていないし、仕方ないか。


「……ダメですね、当たりません」

「警戒されているか?」

「そのようです」

「アカーネ、まだか?」

「合図あったよ。いつでも前に出れるよ」

「よし、合図出せ」


上空に、唸りながら上がっていく光源。


それを合図に、数合わせの村人と若衆が盾をがっちり構え、前進していく。

その後ろから、防御魔法をガチガチにした俺も続く。


「狙いすぎるな、敵に顔を出させるな!」


矢継ぎ早に、魔弾を放つ。それによって、敵を遮蔽物に隠れさせ、攻撃を難しくさせる。

それは、村衆たちの前進を援護するため……ではない。

そう見せかけて、戦士家のベテランたちが「壁登り」することを気付かせにくくするのだ。


館に近づくにつれ、飛んでくる矢やスキルが激しくなっていく。

防壁と館の中間あたりまで進んだところで、盾を構えていた村衆の1人が、スキルの衝撃で転倒してしまった。


「一度引け! 立て直すぞ」


大声を出し、一時的に防御魔法で村衆を防衛する。

そのとき、アカーネがまた「来たよ」と呟いた。


2度目の合図は、裏から『跳躍戦士』が飛び上がる合図だ。

ちょうどいい。

敵の攻撃がひと段落したところで、反撃の攻撃をして気を惹くのだ。


火球、火球、魔弾……


囮は良いが、全然当たらないな……

サーシャの矢も当たらないくらいだから、仕方ないが。

攻撃する一瞬以外は、館や屋上に築いた防御陣地に籠ってしまうし、下から上に攻撃するということもあり、狙いにくい。


「直線だと、厳しいかな……」


魔法は、直線に飛びすぎて遮蔽物に当たりやすい。

程よく、重力に引かれて落ちるように放つことができれば。上の階のやつはともかく、屋上の敵には当たるかもしれない。


しかし、囮という役目上、派手な見た目が欲しいこともあって使っている火魔法は、純粋なエネルギーのイメージが強く、曲射のイメージが付けにくい。

一方で、一番重力に引かれて落ちるようなイメージがしやすそうな土魔法は、イマイチ見た目と、威力に欠ける……。

うむ、実戦投入してみるか。


魔力をいつもより丁寧に練ると、エレメンタル・シールドを展開するときのように、異なる属性の魔法を重ねて練り上げていく。

形の制御は……難しいので、歪な球形のまま、炎を纏った塊を屋上に放つ。

天に向かって放たれた魔法は、ゆっくりと弓形に軌道を変え……屋上に落下した。


「お、よし」


敵に被弾したかまでは分からない。が、とりあえず屋上に落とすことには成功したので、同じようなルートで数発発動しておく。


そのまま、結果を確認することなく、後退する。

注目を誘う目論見もあって、じりじりと後退しながら魔法を放つが、屋上からの攻撃は形をひそめた。制圧したのだろうか。


小屋の影まで後退してくると、ずっと盾を掲げていた村衆が倒れるようにして座りこんだ。


「い、生きた気がしねぇ」

「お疲れ。あんたらの活躍は、俺が戦士家のお偉いさんに伝えとくよ」

「た、頼むぞ。攻撃を受けてただけだが、命が何個あっても足りねえ」


饒舌に喋っているのは、途中で一度転んでたやつか。

そういえば、酒を掛けられた酒場で見掛けたやつかもしれん……。


「サーシャ、壁登り連中は見えるか?」

「いえ、死角から登るようですから、ここからですと難しいかと。しかし、東側から梯子で登り始めました」

「お。梯子投入か。なら、屋上は制圧したかな」


屋上に目がなければ、見通しは効かなくなる。

部屋から攻撃を受けない位置から、梯子で登ることが可能になる。


「はい。屋上に、戦士家の旗が上がりました。制圧完了ですね」

「よし、こっちも揺さぶりを掛けるか」


若衆2人組を伴い、再度小屋の影から正面入り口に向かって歩みを進める。

……全然攻撃が来ないな。これなら、入り口まで辿り着けるだろう。


入り口まで歩みを進め、扉を押し開くために力を込める。

ガチャ、と音がして扉は開かない。

当然か。


「強撃」をセットし、無理矢理門を破る。

もうひと波乱あるかと思いきや、あっさりと内部に侵入できそうだ。


ただ、入った応接間の周囲には、バリケードが積まれ、包囲されるような構造になっていた。


罠、と一瞬体が強ばる。


しかし、バリケードの奥から放たれた攻撃は、1つ、いや2つだけ。

それも、防御魔法で簡単に弾けるレベルの威力だ。


身体強化で一気に床を蹴り、敵に近づくと、バリケードごと「魔剣術」で攻撃する。


「さて、暴れようか」

「おう!!」


元気に応じるのは、有り余っているキスティである。

室内乱戦は、彼女にとって大好物の一品だ。

室内だからハンマーは振りにくかろうと思ったが、壁ごと壊す勢いで振っている。

キスティはそのまま、右手のバリケートを粉砕し、道を開く。

ならそっちから進行しますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る