第164話 領域の守り
矢に結えられた黒い物。
古木の魔物の魔石から作った、アカーネ謹製の改造魔石だ。
さしもの威力の前には、流石に……と思ったが、直撃を受けたクデンの鎧は、それでも原型を留めていた。
それでも、直撃した右脇の鎧はいくつか穴が空き、右腕はほとんどが消え、血が流れていく。
そしてそんな怪我をしたクデンに急接近すると、傷口を抉るようにして剣を刺した。
「なんじゃあ、こりゃあ……」
クデンは、体勢を傷して倒れ込んだまま、呆然とした口調で呟いた。
「できれば温存したかったな。ウチの、最終兵器だ」
「ま、どうへいき……」
「似たようなモンだ。威力が安定しないらしいが……安定しないってことは、『強すぎる』可能性もあるわけだ」
まったく、作戦とも言えないな。
そもそも、ここで古木の改造魔石を使え、と指示していたわけではない。
アカーネには、ピンチの際は最終手段として、使って良いと言ってあっただけだ。
さらに、古木の改造魔石は不安定で、作成者のアカーネしかまともに使えないとも言われていた。
だから、矢に括り付けて飛ばす、なんて方法は想定していなかった。
ただ、「出来たらいいな」とは思った。
サーシャの矢が届いたのだから、アカーネの魔石も飛ばせるのではないか、と。
そうしよう、と言ったのはどっちだったのか。
後でたっぷりお礼をしないとな。
まあ、これが飛んで来なくても、サーシャの矢が届けば逆転の糸口は掴めると考えた。
後ろに下がらざるを得ないのだから、方向さえ微調整すれば、自然に後退できるってものだ。
問題は、サーシャ等が俺の現状をきちんと把握してくれるか、というところだった。
だが、サーシャの「遠目」に加えて、アカーネなら俺の魔力を感じてくれるはずだ。
初手であれだけ派手にぶちかましたのだから、位置と戦闘状態にあることくらいは感知できる。
だが、サーシャの援護がしやすい位置が分からなかったから、ただただ門に向かって後退するだけになってしまった。もっと事前に、地形とか把握して移動してればよかった。ちょっと行き当たりばったりだったなと反省する。
「おっさん、言い残したことはあるか」
「……ここ、まで、か」
クデンはゆっくりと、隻腕で兜を脱ぐ。
血の気が消えた表情は、それでも幽鬼のように厳しい。
兜を脱ぐと、這うようにして移動して近くの石に頭を載せ、ゆっくりと深呼吸をすると、目を瞑った。
口には、小さく笑みが浮かんだ。
「こいつ、を、ねらってたか」
「まあ、半々だな。たまたまが大きい」
「そうか。サシにこだわったワシが、ばかだったき」
「狡いと思うか?」
「い、いや。わるくない、せんたくじゃ」
クデンの声は、急速に掠れていっていた。
剣を構えつつも再度、問い掛ける。
「おっさん。最後に、言い残したことはないのか?」
「……」
「おっさん……」
「な、い。たたかって、しぬ。……なにもとくべつことはない」
「……」
「ああ、だんちょう……わしも、そっちへいく、き」
それが、クデンの最期の言葉になった。
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魔力もすっからかんになった俺は、身体を引きずるように門へと戻った。
サーシャが鎧を緩めてくれて、キスティが何やら交渉してくれていたのは覚えている。
魔力が空になっていく感覚と、それでも絞り出そうとした時の感覚ときたら、キツすぎた。
しばらくは、魔力切れまで無茶するのは避ける。
意識が覚醒すると、辺りはすっかりと明るくなっていた。
夜が明けたか。
ここは、門にあった宿舎の中か。
「起きたか?」
「……む、あんたは」
ブラグ家の、幹部の弓使いだ。エイソンと呼ばれていた、門上で指揮していた人物だったはず。
「今は私と、若衆で門を守っている。ヨーヨー、準備が出来たら本陣に加勢を頼む」
「本陣? 戦況はどうなった?」
「うむ。夜の間にお前が弓隊を殺し、幹部も1人討ったことで、彼奴等は館に籠った。今はゆるりと囲んでいる状況だ」
「……館というと」
「もともと、村長の館だったという大きな建物だ。領域の守りも発動されていてな、今は囲んでいるだけだ」
「包囲か……」
できるのだろうか。
もともと人数が少ない戦士家。しかも、門の守りに人を割いている。もちろん裏門も同じだろう。
せいぜい10人に満たない数のはずだ。
「戦力を分散させて、大丈夫なのか?」
「その点は、何とも言えん」
身体を起こして伸びをする。
エイソンは、入り口で弓を持ったままこちらを向いているようだ。
少し離れた椅子には、サーシャが姿勢良く座っている。
「村衆から、こちらに付く者が出始めてな。今はその手を借りて包囲しているが、どこまで信用できるか」
「あちらに加担していた村人はどうするので? 降伏されたら、許して良いのかどうか」
「傭兵団は逃すわけにもいかないが、村衆はいいだろう。……おそらくな」
断言してくれよ。
まあ、村人は降伏してくれれば、殺さなくても良いってことか。
「それより、お前に客がある」
「客?」
「話して良いぞ」
死角になっていた向こうの部屋から現れたのは、革鎧に身を包んだ男。
アインツだった。
「おお、武装したか」
「……ああ。ヨーヨー。こっちもお前のことを連中に訊かれて、大変だったんだぞ」
「あ」
そりゃ、そうか。俺が敵と判明したら、俺が宿泊していた家の家主たるアインツも疑われる恐れがある。
下手したら殺されていたかも。
いやはや、生きていて良かったです。
「ま、まあ。無事でなによりだぜ」
「……。まあいい。それより、細目のことだがな」
「ああ、そういえば。細目の男は、まだ生きているかな?」
「問題ない。奴は館の奥で守られているらしい」
「マジか」
この状況でも前線に出てこないか。
大事にされてるのか、あるいは俺がクデンのおっさんを殺したから、幹部を前に出してくるような運用に慎重になっているのか。
「まあ、殺されていないのは朗報か。アインツ、準備は良いのか?」
「ああ……。思うことは色々とあるが。ここまで来れば、俺も逃げない。レナの仇を……討つ」
「いいだろう。……エイソン、さん。戦士団にも協力をお願いできないか」
後ろを向いていたエイソンがこちらに振り向く。
「……そいつの敵討ちか? どこまで協力できるかは分からんが、良いだろう」
「いいのか?」
あっけなく承諾されて、肩透かし。
「構わん。お前はそれだけの仕事をした」
「ああ……クデンのおっさんを殺したことか」
「クデンというのは、あの重戦士か? それもあるが、弓使いを狙って3人殺した。それで奴らは、決め手を失って撤退した」
「ああ。しかし、3人以上に射手はいたはずだろう?」
「その多くは、村の衆だ。だが、怯えた村衆は逃げ出した。残っている射手はこっちとどっこいだろう」
「ほう、そうだったのか」
俺の殺した射手のことを聞くが、どうやら傭兵団の構成員は2人だったらしい。最初の1人がそれで、随伴していた2人も臨時の弓兵として動いていたとのこと。
残りの1人はクデンが現れる直前にいた奴で、動揺していたやつはやはり、村人だったとのこと。
「怪我はどうだ?」
「む。いや、少し頭が痛むが、外傷はないな?」
「ああ。見た範囲では大きな傷はない。打撲や細かい裂傷は多かったが、ポーションを使っておいた」
「おお、そうか。無料か?」
思わず聞くと、エイソンは口端を上げて”はんっ”と息を吐いた。笑ったらしい。
「傭兵だな、貴様は」
「傭兵だからなあ」
「心配するな、こいつはブラグ家が持つ。今はブラグ家の旗の下で働く戦士だからな」
「感謝する」
「礼は、戦が終わっても生き残っていたら言え」
エイソンはくるりとまた背を向けると、外に出てしまった。
アインツも、「それじゃ」と挨拶すると、その後を追った。
「サーシャ。あの改造魔石を矢に結えたのは、サーシャのアイデアか?」
「いえ。アカーネが出来ると言うので、試してみました」
「ほう。アカーネがね」
アカーネの魔道具には巨額の投資をしているが、金を惜しまなくて本当によかった。
アカーネにも、どんどん才能を爆発してもらいたい。
「キスティはどうしてる?」
「門の警護に加わっています」
「そうか。無事なんだろう?」
「ええ、元気です。暴れたりないと言っていました。……元気です」
どうやら元気がすぎるらしい。
前線に加わりたいと駄々をこねる姿が目に浮かぶようだが、主人の警護のために残ることを承知して、門を警護してくれているとか。
「にしても、あの改造魔石……。とんでもない威力だな」
「はい……。以前に使ったときよりも、威力が上だったように思います」
「アカーネが、改良してたのかな?」
「いえ。アカーネ曰く、何もしていないと」
「ほう?」
どうやら同じ疑問を、サーシャもアカーネにぶつけていたらしい。魔石が同じなら、アカーネの操作の上が上達したとか。
「もともとバラバラな形なので、とりあえず一番大きいものを使ったそうです」
「……あ、そういう」
「球形でもないので、軌道の予測に難儀しました」
「よく、当てたな」
「首筋を狙っていたのですが、逸れました。しかし、あの威力のおかげで帳消しですね」
サーシャは、うっすらと微笑を浮かべて言った。
冗談のつもりなのか、あるいはアカーネの活躍が嬉しいのか。
サーシャねぇとか呼ばれてるみたいだし、下手したら俺より絆あるもんね。
「とにかく、サーシャも、アカーネも。今回は良くやってくれたな」
「やらねば、ご主人様が無責任にも、戦って死んでしまうかもしれないので。大変でした」
「おう……そうだな」
淡々と、しかし少しだけ拗ねたような口調。
珍しく俺を責めるような言い方からして、サーシャさんは今回も俺の突撃グセにオコなのかもしれない。
いや、今回は割と安全マージンは取っていたつもりなんだが……。
ちょっと、クデンのおっさんの硬さ、強さが想定を超えていてピンチに陥っただけで。
はい、すんません。
狂犬ことキスティさんの使い方も分かったことだし、サーシャとの連携も深まってきた。
もっと、パーティに頼るような戦い方を考えるべきなのかもしれない。
まあ、ここで俺が死んでも、従者組はその有能さを見た戦士家がどうにかしてくれそうな気が、しないでもないが。
そんな人任せで不確かな未来より、俺が直接守れた方が良い。
異世界で、奴隷なんて買ってしまっている俺だが。
その影響で、こうして、3人が出会った。
汚い大人の世界を見て奴隷に落ちたらしい商人の娘と、戦に敗れて売られた女戦士と。冷たい義親から逃げ出し、明日を知れぬ運命にあった元気っ娘と。
考えてみれば、俺みたいな人間がいなければ、決して結びつかなかった3人。
その人生を背負ってしまった責任みたいなものを、遅ればせながら少し、感じ始めている。
まあ、俺の好きに、やりたいようにやる。
その軸がブレることはない。
今回のことで、戦士家に加担すると決めた時。
その時から、俺は妙な胸のつかえが取れたような感覚がある。
人間の自由を奪うものは、暴君でも悪法でもなく、社会の習慣である。
誰の言葉だったか、地球でそんな言葉があったはずだ。
俺はそこに、「もしくは自分自身の欲求である。」と付け加えたい。常に正しくありたい、という欲求だ。
その欲求に従うことが悪いこととは、決して思わないが。
そして、同時に思うことがある。
もしこの村が、このまま首尾よく戦士家の統治下に入ったとしたら。
『古傷の傭兵団』は、さぞや悪人として描かれるであろう。
不当な権利を要求し、暴力で村人等を支配した。
そんな、三流映画の脇役のような存在として、歴史の闇に沈むのだろう。
世の中は、そんなものだ。
だが、俺だけは、傭兵団には傭兵団の正しさがあったこと。
クデンのおっさんのように、あらゆる葛藤や弱さを抱えていたことを記憶しておこう。
そんな風に思うのだ。
「サーシャ、俺の装備は?」
「全てこちらに。しばらく休憩なさっては?」
「ああ、休憩はするが、いつでも出られるようにしておきたい。まずは現状を、キスティにでも聞かせに行ってくれるか」
「承知しました」
あれで、戦時の小隊長みたいなことをしていたんだ。
俺が聞きに行くより、ずっとポイントを抑えて聞いてくれるだろう。
「残りは、あの屋敷だけか……。そう言えば、先に1つ聞いておきたい」
「はい」
「『領域の守り』って、なんだ?」
「あっ」
サーシャが微妙な顔をした。
「あ、こいつ常識ないんだった」の顔である。すまぬよ。
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