第161話 カラス
若者3人トリオと別れ、ケシャー村に到着する。
入り口で応対したのは、またも前回と同じ、シューと呼ばれていた傭兵団の男だった。
「ヨーヨー、どうした? お前は出て行ったんだろ」
「出て行ったよ。そんで戻ってきた。お小遣い稼ぎにな」
「領都の方は渋かったのか?」
「渋いね。大手の傭兵団と、戦士家の奴らが大きな顔をしていて、魔物を狩っていたら横取りされた。買い叩かれるのはともかく、さすがに収入ゼロは頂けない」
「それで、ウチに戻ってきたと?」
「まあな。あのワームってやつは金になったし、ハリモグラも強さの割には食い扶持になりそうだ」
「ワーム狙いかよ。またやるかは知らねぇぞ」
「まあ、傭兵団に被害が出たしな…。だが、俺たちだけで出るんだったら良いんじゃないか?」
「やるなら、流石に援護くらいは出すと思うがな。で、嬢ちゃんたちはどうした?」
シューは、訝しげに俺の背後に目線をやる。
「アカーネが…、ああ、一番ちっこいやつだが。病気をしてな。それとキスティは別の街にお遣いをこなしてから合流予定だ。アカーネも体調が良く慣れば、合流する予定だ。それまで暇だから、ハリモグラで小金稼ぎしたいんだが」
「病気ねえ」
「緑風邪って聞いたが。分かるか?」
「ああ、流行り病の類だな。軽いが、子どもがかかるとちょっと注意が必要だ」
「ふうん。北の方にはなかったな」
「この辺の流行り病だからな」
サーシャやキスティと考えてきた設定をペラペラと話す。
『詐欺師』を付けるべきか?
…いや、やめとくか。なんか負けた気になる。
「団長には会ってくか?」
「うん? いいのか。こっちとしては話があったが」
「ほう?」
「あっちで、御用聞きを頼まれてね。領都と往復するだけで金が入る」
「使い走りかよ。まあいい、連絡を入れておこう。会えるかは分からんが」
「ああ、ありがたい」
色んなパターンを想定していたものの、穏便に入ることができた。
1人なら、と宿舎を借りることを提案されたが、この後仲間が来るかもしれないのでということで断っておく。そしてアインツの家に向かった。
「…ヨーヨーか」
ドアをノックし、出てきたアインツはまだ酷い顔だ。
だが、死にそうな形相だった出発前よりは、やつれ具合がましになった。
肉も少し戻ってきて、正気が宿っていた。
「中に入れてくれるか?」
「…ああ」
アインツと、1階の土間で向かい合う。
「で、お前は言った通りにしたか?」
「ああ…ヨーヨー、教えてくれ。お前は…」
「少し待て」
念の為、風の防音壁を展開する。
ちょっとずつスムーズに展開できるようになってきたし、少し土魔法を混ぜるイメージにすると防音効果が高まることも分かってきた。
「これでよし、と。すまないが、予定通りにはいかなくなった」
「は? いや、どういう…」
「だが、お前と細目の…シュナイザーとの決闘はやるつもりだ。シュナイザーがあっさり死ななきゃな」
「…?」
「いいか、アインツ。詳しくは話さん。だが、いつでも戦えるように準備はしておけ」
「あ、ああ」
「それと、俺の話は傭兵団はもちろん、村長や世話になってる人にもするなよ」
「し、していない。どだい、話がとっぴすぎて俺にも何がなんだか…」
「それでいい」
どこに傭兵団のネズミがいるか、分かったもんじゃないからな。
「とりあえず、俺は魔物狩りでもしながら時期を待つ。また2階を貸してくれるか?」
「構わない」
「それと…」
「なんだ?」
「レナさんの、奥さんの墓はどこに?」
「…っ! レナの死は、隠されている。だから大々的に葬儀を上げることもできなかった。今は、裏庭に、花と一緒に」
「そう、か。後で手を合わさせてくれ…、いや、祈らせてくれ」
「…。ああ。ヨーヨーは、何に祈るんだ?」
「何にって、特にないな。宗派というやつか? あいにく俺は、無学な傭兵でね。ただ祈るのさ、平穏な旅立ちをと」
「平穏な旅立ちか…」
アインツは呟くと、瞳から一筋の涙が流れた。
こいつはまだ後悔しているのだろうな。生きているときに、自分が妻にしてしまった残酷な仕打ちに。何も気付くことすらできなかった、己を。
翌日、アインツの家まできた傭兵団の遣いが、団長が時間を作ると伝えてきた。
支度をし、村長の館に向かった。
いつぞや、キスティと一緒に向かったのと同じ部屋に通され、団長を待つ。
「久しいな、と言いたいところだが、ヨーヨー。トンボ帰りだな」
「そうか? あっちでもしばらくゆっくりしていましたよ」
「なんでも、仕事がなかったとか?」
「ないわけじゃない。ただ、雑用みたいなものばかりで…。俺は魔物狩りだ。同じ報酬でも、靴磨きよりゴブリン狩りを選ぶ」
「ほう」
団長がニヤリとする。
後ろにはクデンのおっさんと、細目の男。
2人ともニコリともせず、こちらを眺めている。
「その割には御用聞きをするらしいじゃないか」
「そいつはついでだ。それに、こうして団長に合う口実になるしな」
「ほう? 傭兵団の入団でも訴えるか?」
「いいや。だが、あなたが決めるのだろう? ワームのような大物を、誰が、いつ狩りに出るのか」
「ふむ、ワームか。大物だったな」
「悪くない稼ぎだった。一緒に来た斥候は残念だったが…」
「…。気にするな、死に別れは傭兵の常だ。魔物と戦い逝ったのだ、本望だろう」
「冗談を。金のために逝くなら本望かもしれないが、魔物に食い殺されて嬉しいはずがないだろう」
「…フッ。我々はお前とは違い、少し夢見がちでね」
「…なるほど」
危ない橋を渡り、戦士家を出し抜いてまで、領有権を認めさせようとしている。
案外この団長こそ、一番”英雄”に憧れている人なのかもしれないな。
「ワームはしばらくは狩らん。だが、ハリモグラは好きにしろ。あと大根も好きに狩って良いぞ」
「…チームが追いついたら、俺たちだけでワーム狩りに出るのもダメか?」
「ダメだ。ワーム狩りは慎重にやる」
「…分かった。もし決まったら、是非声をかけてくれ。金はこの前と同じでいい」
「この前のは大物だからこその値段だ。あれより少ないぞ?」
「そうなのか? 分かった。金のことはそのときに交渉させてくれ、まず声をかけてくれれば…」
「気が向いたらな。では、御用聞きの方をやってもらおうか」
「ああ」
団長が合図すると、脇にいた鎧姿の男が紙を持ってきて、広げてみせる。
必要な品目が書いてあるようだ。
そこで団長たち重鎮勢は部屋を退出し、紙を持った鎧姿の男と2人だけ、取り残された。
…かなり多いな。
日用品から武具、祭事用の道具まで。
「優先順位は今、説明した通りだ。いいな?」
「承知した。ではこれを届ければ良いと」
「ああ。これの写しを後でやるから、領都に持っていけ」
「承知」
「さて、他に用がなければ私は写しを作りに出るが」
「ああ、感謝する」
「いや、それじゃあな」
それにしても、伝書鳥のようなものが色々あるのに、何故わざわざ御用聞きなどさせるのか。
御用聞きついでに一部品物の運搬もさせられるようなので、そのせいなのか、あるいは伝書鳥のようなものはコストが高いのか。
なんにせよ、実際に行くことはない。
数日村で休養した後、実戦だ。
屋敷を出ながら、様子を探ってみるが…やはり屋敷の中だけで10人以上はいそうだ。
さらに傭兵団が泊まっているところが3箇所。それぞれ10人いるとしたら、それで40人。
キスティはもう少し少ないような予想をしていたが、どうか。
一番危ないのはやはり、開戦直後。
1人で壁の中に取り残される形だからな…。
入り口の確保に手間をかけすぎると、孤立する。
入り口には常に3人ほどが警戒しており、その脇の簡易宿舎に何人か待機しているようだ。
それほど大きな施設ではないので、いても2〜3人だろう。
つまり5人程度を片付け、入り口を開け、壁を占拠する。
イメージトレーニングをしながら、決行の日を待とう。
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1日目は疲れているからとそのまま休み、2日目はせっかくだからと大根狩りに勤しんだ。
3日の夜、軽く酒場でアルコールと情報を入れる。
アインツの家に帰ると、コツコツと窓が叩かれた。
開けてみると、黒いカラスのような鳥が滞空している。
「…」
窓の中に招き入れ、胸に結え付けられた紙を外す。
『病気は完治。報せを待つ』
黒い鳥に、赤い布を結え付けて返す。
簡単な符丁だ。
病気が治った=予定通り、という意味の伝言。想定外のことがあれば、病気が悪化したなどという文言になっていたはずだ。
つまり、決行の合図。
いつでも動けるように、鎧はなるべくいつも着込んでいる。
壁に掛けていたマスクを手に取り、手に持つ。
さすがに被ってしまうとやる気満々に見えてしまうので、胸の位置にあるフックに引っ掛ける。
そこで、階段を上ってくる音。
扉が叩かれるので、無言で開け放つ。
「ヨーヨー? お前に、客が…」
扉を開けた格好のまま、言葉は尻つぼみになり固まってしますアインツ。
「…ヨーヨー、なにか」
「アインツ」
「あ、ああ? なんだ?」
「客は傭兵団か」
「そうだ。お前に用があるって」
「丁度良い。俺も用事があってな。居間に通してくれ」
「居間に? いやでも」
「頼む」
「あ、ああ」
アインツが階段を下りていく。
魔導剣を持ち、予備の短剣の位置を確認し。
魔銃を異空間から取り出しやすいように調整すると、ゆっくりと下へ向かった。
傭兵団の、下っ端の剣士が1人、アインツの向かいで茶を飲んでいる。
「ヨーヨーか? 団長が」
「すまんな」
身体強化で瞬間的に動作を早める。
狙いは単純、ひと突き。魔導剣で、喉を刺す。
これが一番、騒がれずに済む。
「ぐっ!? ぐぼ……」
「ヨーヨー!?」
「騒ぐな」
念入りに抉った後、胸を刺して止めを刺す。
バタバタと暴れた傭兵は、最後に血を吹き出してから、ぐったりと床に横たわった。
さて、1人。
「アインツ、こいつを地下室にでも運んでおいてくれ」
「な、なんだと?」
「騒ぐな。静かに家の中で待て。ただし、武装はしておけよ」
「ヨーヨー、お前、お前……」
「簡単に状況を説明しておこう。今、村は包囲されている。賊にじゃない。領主軍だ」
アインツは、はっと息を飲む。
「すまんな、こうなる予定ではなかった。だが別口で動いていたようでな。傭兵団は助からんだろう」
「りょ、領主軍だと」
「傭兵とは数も練度も違う。分かるな? 大軍が村を囲んでるんだ。傭兵団に協力するような真似をすれば、戦後に縛り首だぞ」
「領主の、密偵だったのか」
「さあな。俺の正体など気にしないんだろ」
「あ、ああ」
「しばらくはじっとしておけ。門で戦いが始まったら、他の村人に伝えても良い。領主様に従っておけとな」
アインツはごくりと唾を飲み込んだ。そのまま頭を縦に振りそうな仕草になったが、はっとした表情となる。
「証拠は!? お前たちが賊ではなく領主軍だと誰が証明するッ?」
「信じたくなくば、信じなくても良い。事実だからな。ただ、そうだな。傭兵団と戦っている者の紋章が見えたら、確認してみろ。例えば、緑地に大きな葉のマーク。領主の主力隊であるブラグ家の家紋だ」
「ブラグ家……」
「本来、この地を今頃統治しているはずの戦士家だよ」
「し、しかしなぜ襲撃なのだ? 言えば、奴らだって」
「質問は受け付けないぞ。ただ、そうだな。傭兵団はやり過ぎた、ってとこだろう」
アインツは、何かを言いたげに口を開きかけるが、もう何も出てはこなかった。
「ではな。武装、準備しとけよ」
「……」
アインツの返事を待たずに家の外に出る。
西陽は沈み、長い夜の闇が村を包まんとしていた。
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