第160話 白水石
「はいはい、何用で?」
耳がふさふさしている店主が片目で見上げるようにして、カウンターから客を迎える。
俺は懐から革袋を取り出して、店主の前に放る。
店主は手を伸ばしてそれを取ると、封を確かめるように指でなぞった。
「こいつは?」
「クデンっていうおっさんから預かった。分かるか?」
「クデン、ねえ。どこのクデンです?」
「古傷の傭兵団ってとこだ。この店に渡せ、と依頼されたが?」
「……ふうむ。そうですか。確かに。これを」
店主が店のレジのような箱から取り出したのは、銀貨2枚。
まあ、おつかいにしては悪くない額かな。
「それで、もう1ついいか?」
「なんです?」
「古傷の傭兵団がいた村……ケシャー村だが、そこに持ってく荷物はないか?」
「戻るんで?」
「まあな。この辺はデカい傭兵団が大きな顔をしていて、チンケな仕事しかない。古傷の傭兵団なら顔見知りがいるし、な」
「そうですか……。特にないですが、ご用聞きならお願いしたいですね」
「ご用聞き?」
「彼らに、入用の品はないか聞いてきてくれれば、手数料を払いますよ」
「なるほど」
こいつは、傭兵団とどういう関係なのか。
付き合いのある商人といったところなのだろうか。
「期待外れだが、まあいいか。ケシャーと行き来するだけで飯が食えるなら、イイ暇つぶしかもな」
「すみませんね。丁度良い品物があれば、依頼することもできたのですが」
「いや、無理を言ったな。では」
さて。
あの「荷物」が本当にキスティの見立て通りであれば、これで俺が本当に領都に行ったことが伝わるはずだ。そして、またケシャー村に出稼ぎに行こうとしていることまで伝わったかもしれない。
小細工にもならない気安めだが、これで少しは信頼してくれるといいのだが。
「主。もう出るのか?」
「ああ」
戦士家の11名のうち、3名が先回りして、西の裏門を攻撃する。
俺はそれと一緒に領都を出て、途中で別れて村に入る手筈だ。
「本当に、一緒に行かなくて良いのか?」
「サーシャもアカーネも、乱戦向きではないしな。戦士家の本隊と一緒に来てくれ」
「心得た」
「戦士家が、妙な真似はしないと思うが……サーシャたちを守ってやってくれよ」
「当然だよ」
キスティに、サーシャたちの護衛を頼む。
正直、物騒なハンマーを振り回すキスティの心配はあまりしていない。
「くれぐれも気を付けよ」
「心配してくれてるのか? キスティ」
「当然だ。主のような主人は、探して見つかるものでもないからな」
……褒められてるのかな? まあ、ここまで自由に戦闘できる環境が珍しいってだけかもしれないが。
***************************
戦士団の3人と共に、街道を行く。
3人は人間族2人に、獣耳族1人。いずれも男で、かなり若い。
どうやら一線級ではない戦力を、搦め手に使っているようだ。
とはいえ、いずれの若者も戦争中にヒトを手に掛けたことがあるそうだ。
少なくとも、足が竦んで動けないといった失態は晒さないだろう。
夜、野営地で番をしながら、ステータスを閲覧する。
最近上がったものといえば、『隠密』と『愚者』。いずれもレベル10代の育ち盛り。
レベル20以上になってくると、なかなか短期間で上がることがない。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(24)魔法使い(22)隠密(13↑)
MP 48/49
・補正
攻撃 F−
防御 F−
俊敏 F+
持久 E−
魔法 D(↑)
魔防 E+
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
気配希薄、隠形魔力
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ
隷属獣:ドン
*******************
『隠密』の「隠形魔力」は、あまり試行錯誤できていないスキルだ。
ただ、発動しながら魔力をいじると、アカーネの「魔力感知」でも動きがはっきりと分からなくなるという。
魔力系の探知へのアンチスキルなのだろう。
もう1つ上がったのは、『愚者』。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(24)魔法使い(22)愚者(11↑)
MP 56/57
・補正
攻撃 F−(+)
防御 F−(+)
俊敏 F(+)
持久 F(+)
魔法 D−(+)
魔防 E+(+)
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
貫く魂、盗人の正義
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ
隷属獣:ドン
*******************
レベルが上がったが、ステータス補正もスキルも特に変化がない。
レベル10で会得した「盗人の正義」。その「スキル説明」による説明がこちら。
「盗人の正義:一定時間、周辺の者から魔力を奪う」
これも多少テストしてみたが、短所は「周辺の者」を指定できないという点だ。
周囲にいる者から、強制的に少しずつ魔力を吸うのである。
しかも、奪える魔力が少ない。
魔力がないときにスキルを発動して、従者組を周囲にいさせてもみたが、ちょっと回復が早くなったかな程度を超えない。
ただ、これが周囲にいるヒトや魔物の数に応じて吸収量が増えるのであれば、対多数戦で役立つかもしれない。
その実験はまだ実施できていない。
「何をしてるんだ? えーと…」
「ヨーヨーだ。そっちは?」
「僕はイスタ」
「イスタ、よろしく。で、寝てる2人は?」
あまり興味もないが、話題を逸らすために聞いておく。
「獣耳がある方がイグル・カリント。一応由緒正しい家系らしい。で、もう1人がソック」
「そうか。そういえば、あの背の低い偉そうな戦士は何て名前なんだ?」
「背が低い? たぶん、ジソさんじゃないかな。ジソ・ブラグ。ブラグ家をまとめているお人だから」
「ジソ、ね。背が低いが、小人系の血が入ってるのか?」
「小人族じゃないけど、まあ似たようなものだろうね。でも、人間族だったはずだよ」
「ほう。強いのか?」
「ジソさん? そりゃあ強いよ。今回の戦争でも、何人も斬り倒したらしいし」
「へえ……」
ナリが小さくても、強いのだな。
まあこの世界はステータス補正があるから、純粋な膂力と言う意味では補いようがいくらでもある。スキルでカバーするという手段もある。
「ヨーヨーも、かなり強いって噂を聞いたけど?」
「そうなのか。アースワームを倒したって話したからかね」
「アースワームを? 1人で?」
「いや、さすがに1人じゃないぞ。囲んで、6人でだな」
「ふ~ん」
「よくは知らんが、大きな個体だったらしいぞ」
「そうなんだ。ワームは、倒したことないからなあ」
イグルは少し背の高い、純朴そうな青年だ。
高貴というほどではないが、傭兵団なんかには馴染めなさそうな、育ちの良さを感じる。
「ブラグ家はどういう来歴の家なんだ? 主家がもともと傭兵だったってんなら、ずっと家来だったわけじゃないだろ」
「ああ、うん。もともとこの辺で、勢力を持っていた貴族がルーツなんだ。傍系みたいだけど。アルフリード家と関係を結んで戦ってきたけど、国境地帯が独立してデラード家になったときに、直臣になってね」
「アルフリード家では、領地を持ってなかったのか?」
「うん、土地なしの戦士家だったね。そうだなあ、さっき紹介したイグルのカリント家の立場に近いね。土地を与えられてるんじゃなくて、土地持ちの貴族や戦士家の中で禄を与えられているってさ」
「ははあ、なるほど。それが今回、戦争で活躍して晴れて村持ちになったって訳か」
「そうだね、まあそれだけのことはしたと思うよ」
イグルに、ブラグ家の活躍について語ってもらう。
デラード家が独立するとなってから、真っ先に忠誠を誓って「デラード家の戦士団」の中枢に座った一団の中にブラグ家がいた。
そこから、デラード家の主力部隊として常に主家に帯同。
敵方の村を焼いて挑発するといった任務も見事遂行したらしい。
そして来たる決戦の時、最前線で暴れ回り、一族にも多くの犠牲を出しながらも倍の敵を討ち取る。
デラード公からは「最も勇敢なる者」として感状を頂いたという。
そして、念願の領地管理の任を受け、晴れて土地持ちに。
と、思ったら傭兵団が居座り、主家からは「状況が落ち着くまで休養しろ」と命令されてしまった。
……という状況らしい。
やっと戦争が終わったと思ったら、次の紛争に駆り出される。
下っ端は大変だなと同情していたら、そうでもないと返された。
「僕たちは、戦争では雑用係だったからね。こうして、戦力として戦うのはこれが初陣と言っても良いかもしれない」
「……ヒトは殺したことがあるのか?」
「それは、あるね。追撃戦では雑用だろうがコックだろうが、とにかく武器を持って1人でも多く討ち取れって指令だったし」
「そうか」
なら、戦場で立ち竦んで何もできない……なんて醜態を晒すことはないか。
「イスタは……槍使いか」
どう戦うのだろうかと、イスタの得物を尋ねようとしたが、止めた。
イスタの脇に槍が立てかけられているのを見たからだ。
「そう。これ分かる?」
イスタは槍を手に取ると、撫でまわすようにして笑みを浮かべる。
「手触りが良いんだ。白水石で出来てる」
「白水石?」
「知らないの? ヨーヨーの剣は業物だから、武器に詳しいのかと思った」
「こいつのことが分かるのか?」
魔導剣を鞘から抜きながら、その輝きを火にかざす。
「詳しくは分からないけどね……。剣身は鉄とも違うし、僕の知ってるどの鉱石とも違う。でも悪くない輝きだよ。鞘はくたびれてるけどしっかりした作りをしてる、つまり使いこんでる割に状態が良いってこと。職人の腕がいいってことだね」
「お、おう。まあ、良いものは分かるってことだな」
「まあね、でもそれくらいなら誰でも分かるさ」
そうかな?
俺が初めてこの魔導剣を見たとき、そこまで分からなかった気がしたが。
「で、その白水石ってのは?」
「西の方で採れる、軽く丈夫な石だよ。知らない? 今回の戦争の前に、作ってもらってさ」
「刃の部分は違うようだが?」
「刃のところは普通に鉄だね。縄ひもで縛ってるけど、そもそもはめ込む形になってるから外れる心配はまずない。柄の部分が軽い白水石なだけに、重心に慣れないと使いにくいけどね」
「愛用の槍ってことだな」
「まあね。刃は取り替えられるけど、できればしたくないね。見てこれ、分かるかな? 腕の良い『錬成士』が硬化してるんだ。貴族が使うような高級品じゃないけど、性能はお墨付きさ」
「誰の?」
「……僕の!」
話は半分しか入ってこないが、とにかく拘りのある槍らしい。
「イスタが槍で、他の2人は?」
「弓と、盾だね。でも僕も弓を使える」
「そうなのか」
「戦士団には、ジョブの適正武器の他に弓も使えるって人は多いよ」
「そうか」
いくらスキルで遠距離攻撃があるといっても、全員が使えるわけでもないし、スキルは魔力を消費する。
近づくまでは弓で戦うってのは合理的だな。
「陽動の話はあまり聞いていないが…弓でちくちくと攻撃するわけか?」
「そう、多分ね。無理はするなって言われてるよ」
「まあ、攻撃されてるとなったら、そうそう有利な拠点から打って出てはこないだろうが」
「ただ、あんまりのんびりしてても陽動の意味がないからね。色々と考えてるよ」
「色々と?」
「ごめん。信用してないってわけじゃないけど、詳しくは話せないよ」
「まあ、そりゃそうか。俺が知っても何か出来るわけでもないしな」
眠気覚ましにイスタの武具談義を聴きながら、夜の警戒を終える。
戦の直前とは思えない、のんびりとした時間だ。
数日もこんな暮らしをしたら、ケシャー村に単独潜入だ。
そこまで行ったら、もう後戻りはできない。
敵はこちらの倍以上いる。
練度の差は良く分からないが、防壁を持っているのも敵だ。
とんでもない作戦に参加したような気がしてきた。
だが、どこかワクワクしたような、不思議な高揚感があった。
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