第159話 情報

戦士団の待つ館に向かい、中に通される。

別に止められなかったので、キスティを同伴している。

戦士家のことは詳しい彼女だ。交渉で役立つかもしれない。


「よう来たな」


常在戦場という心構えなのか、相変わらず鎧を着込んだままの、背の低い戦士が登場し、机の対面に座る。兜を外し、机の上に置く。初めて素顔を見たが、いかつい頑固おやじといった風体だ。

その左右には、同じく武装した戦士たちが2人ずつ着席した。


「腹は決まったか?」

「ええ。それで、お答えをする前に確認したいのですが」

「なんだ?」

「ご同行するとして、報酬はどうなると?」


背の低い戦士は、渋い顔をして左右の戦士に目を配った。


「急に傭兵らしくなりおったな」

「ええ。まあ、傭兵なんで」

「まあ、傭兵だからな。無論、働きに応じて払うつもりはある」

「傭兵は前もって約定頂くものです」

「左様か。……そうだな、ただ同行するだけであれば、銀貨5枚」

「5枚? それはあまりにも……」

「慌てるな。我等とて余裕があるわけではないが、吝嗇ではない。あくまで同行するだけであればそれだけという意味だ」


部屋に入ってきた女性が、戦士と俺たちの前にコップを置き、水を注いでいく。

最初にそれを受け取った背の低い戦士は、一気にそれを呷るようにして飲む。


「ぷはっ! 同行に加えて、戦闘に参加するならばその度銀貨を追加で払おう。1人1枚」

「同行の銀貨5枚は、パーティで?」

「1人で5枚だ。共に戦うのならば、それだけで計銀貨24枚だな」

「敵を討ち取れば、増額が?」

「認めよう。だが手柄を誤魔化すなよ」

「雇い主を騙す真似はしない」

「傭兵が皆、お主のように高潔であればいいがな」


皮肉気な口調で戦士が言う。


「それで? 同行するだけで銀貨5枚と仰るが、当然仕事がある?」

「無論。……お主に目を付けたのは、そのために他ならぬ。情報を寄こせ」

「情報だけであれば、同行する必要はないのでは?」

「自分が参加しないのであれば、いくらでも法螺が吹けよう」

「……なるほど。信頼できる情報、に銀貨を支払うということですか」

「多少は信頼できる情報に、だな。お主が傭兵団と通じてなければ良いが」

「それで? 何が知りたいと」

「決まっておる」


背の低い戦士が右の戦士に目配せをすると、目配せされた戦士が何かを机の上に広げた。

これは……地図か。


「今、我等は大まかな建物の配置しか知らん。お主の目で見てきたことを話せ。洗いざらいな」

「……」


覚えてるかな。


「そして、武力もな。何人いて、どこに配置されておる?」

「そうですね……」


キスティをチラリと見る。

キスティは、苦笑しながら地図に指を差した。


「ここが奴らの拠点。元は村長の館だ」

「ふむ」

「ここと、ここが兵舎。後は門にも当直がいる」

「当然だな。門は堅いか?」

「そうでもない。しかし、杭下げを内部から持ち上げる形だ。門破りは少しやりにくいな」

「ふむ。壁の高さは?」

「そこまででもない。……失礼だが、傭兵団に『跳躍戦士』は?」

「……いる」

「で、あれば恐らく飛び越えられる。ただし、正門も裏門も、近くにそれなりに高い塔がある。無暗に攻め込めば、蜂の巣にされるぞ」

「そうか。……出来れば奇襲をしたいな」

「見張りの質は高くない。奇襲は出来るだろう……とはいえ門をそのまま制圧できる可能性は低い」

「で、あるか」


キスティと、背の低い戦士がスラスラと状況をまとめていく。

キスティは更に、傭兵団がいる可能性の高い場所や、攻め込みにくい建物につきコメントしていく。


「……お主、この男の従者と思っていたが?」

「間違いではない」

「だが話せる。……戦士家の生まれか?」

「かもしれぬ。そうだとすれば、不都合であろうか?」

「いや。まあいい、市民崩れよりは使えると分かった」

「私よりも、この男の方が強いぞ。そうは見えんかもしれないが」

「……ほう」


戦士たちの視線が俺に集まる。

いやん、恥ずかしい。


「それほどでもある」

「傭兵にも見るべきところがある奴はたまにおる。お主もそうだと嬉しい」

「一応、戦力として数えてくれて良いくらいには経験がある」

「それは頼もしいな。……『古傷の傭兵団』も、当初考えていたよりも難敵であるし」

「そうのか? 失礼、そうなのですか」

「無理に使い慣れん敬語にしなくて良い。我等は戦士。貴族とは異なる」

「……ありがたい」


敬語をきちんと使えるようになったのって割と最近なので。

敬語が苦手な傭兵って、悪役っぽいな……。


「それで、古傷の傭兵団について何か知っていると?」

「大した情報があるわけではない。だが奴ら、最近魔物討伐の実績を上げていてな」

「ほう……」


あのヴァイキングなおっさんが頑張ってるんだろうか。


「特に、この前報せが届いたのだがな……。大型のワームを仕留めたらしい」

「……」

「あの辺では一番厄介な相手だ。死蜘蛛クラスと比べれば何てことはないが……何と言っても、デラード公まで陳情が上がってきている魔物だ」

「……あ~」

「奴等は順調に点数稼ぎをしている。このままワームが一掃されるようなことがあれば、その功績で村が与えられかねん……」

「そ、そうか。ワームって、点数高いのだな」

「行商人の被害報告が多かったからな。これから国造りという段階では、邪魔な魔物よ。そのワームの、大型を狩ったというのだから、デラード公が期待することも頷ける。……だからこそ、今のうちに叩く必要があると尻を叩かれた気分よ」

「……えーっ、と」

「なんだ傭兵。何か……言いたげだな?」

「いや。すまない。そのワームを狩ったのは、まあ。たぶん、俺だ」


また戦士たちの視線が俺に集まった。

こわい。


「お前が、……大型ワームを?」

「いや、そういった事情も知らなかったわけで、単にちょっとした人助けというかなんというか」

「……傭兵団のワーム狩りに加勢して、とどめを担当したということか?」

「あー、一応俺たちがメインで狩りをしてな。あ、傭兵団のベテランとルーキーも1名ずつ参加していたが。そのー、見張りみたいな関係で?」


背の低い傭兵が、口をぎゅっと結んだまま俺を睨んでいる。

いや、これは言わない方がよかったやつか?


「お前のパーティは何人と言っていた?」

「あー、4人組だ」

「ワーム狩りも?」

「ああ。4人で行った。あと傭兵団から監視役が2人」

「……全員生き残ったのか?」

「いや、傭兵団の若造が死んだ」

「お前達パーティは全員生き残ったということか」

「まあな」

「くっ……くははは!」


背の低い戦士は、バンバンと机を叩く。地図から埃が舞い、思わず顔をしかめる。

周りの戦士達は、無表情だったり釣られて笑ったりだ。


「面白いではないか! 貴様ら、良い腕をしているではないか! 大型のワームを6人で囲み、倒したのか? 逃げられることもなく?」

「ま、まあ」


あれはクデンのおっさんが逃げられないようにしてたことが大きかったが。


「正直、戦力としては期待などしておらんかった! だが、誤算だった」

「うん?」

「いいだろう、ヨーヨーだったか。貴様を一時、同じ戦士として、迎え入れよう。我等戦士は、手柄が先。報酬はそのあと決める。もし戦いで結果を出せば、金貨だろうが戦士の地位だろうが我等が保証してやろう」

「いや、地位はいらないな……あ、そうだ」

「何か望みが?」

「ああ。もし首尾よく傭兵団を追い出せたら。村から、西の国への出国をさせてくれないか」

「ふむ? 西に行きたいのか? 傭兵ならば、ここが稼ぎ処だろう」

「そうなんだが。まあ、事情があって、西に向かわなくちゃならなくなってな。ただ、いったん西部に向かうとなると、遠回りだろう? 村にいたとき、そこから西の国に行く商人もいるという話を聞いたもんで」

「ふむ。確かに、荒野を通って商いをする者はいる。いいだろう、見事村を取り戻したら、案内を付けてやろう」

「おお、ありがたい」

「加えて、国境越えの許可もな。ないも同然だが、一応密入国に問われる危険がないでもないからな」

「ああ」


ありがたい、と続けようとしたが、戦士がすぐに強い口調で続けたため、その言葉は実際に紡がれなかった。


「だが、1つだけ勘違いしておる!」

「……かんちがいとは?」

「傭兵団は、追い出すのではない。皆殺しじゃ」


息を呑む。


「当然だろう。下手に逃せば、そいつは野盗になる」

「……全員か?」

「無論。だが、そうだな。お主の働き次第では、赦免してやろう」

「赦免?」

「もし、二度と妙な真似はしないと誓い、以後民の為に尽くすと言うのであれば……戦士団の雑用としてでも飼ってやろう。素性の悪い者でなければ、な」

「……」

「ただし、1名だけだ。お主が、こいつは助けるべきだと考えた1名だけ、その機会をやろう。どうだ? 試したい奴はいるか?」

「……ああ」


戦士団に付くからといって、好んで皆殺ししたいほど、傭兵団に恨みを持っているわけじゃない。


「1名だけな」


置かれていた水をぐいっと飲み込む。


「それで、聞き損ねていたが。お味方の戦力は?」


傭兵団の数は、少なくとも20人。実際には30から40人くらいいてもおかしくない。

戦士家の戦力事情は良く分からないが、攻める方が倍の人数が必要だとしたら、一軍勢ということになるが…。


「ふむ。知りたいか?」

「ああ、まあ。教えて貰えるなら」

「15人だ」

「……なに?」


聞き返したところで向かって左にいる戦士が、口を挟んだ。


「叔父貴。カールの旦那は参加できない。それに、ジャスティンのところもだ」

「ああ、そうだったな。だから4人引いて、11人。それで全部だ」

「……失礼かもしれないが」


思わず、今度は俺が口を挟む。


「相手は、30人から40人はいる傭兵団だ。……勝てるのか?」

「なんだ、怖気づいたか?」

「いや……」


どうなんだ、これ。

傭兵団よりは、戦士家の方がレベルは高いのかもしれないが……。


「勝つ見込みは?」

「弱小傭兵団ごときに劣る我らではないわ」


ふん、と男が鼻息を荒くする。


「だが、厄介なのは壁の存在だな」

「壁、か」

「我らには魔導兵器もなければ、攻城兵器などいわずもがな。それに近接戦闘ジョブが多い。勝負に持ち込めれば、後れは取らんが」

「壁を突破するまでが、山場か」

「左様」


うーーーん。

最悪、勝てそうもなければ撤退するのも手だが。どうせその後、他の国にとんずらするのだ。

それにしても、やるなら勝ちたい。


「……報酬は、働き次第という話だったが」

「む?」

「こういう場合はどうだ? 俺が、村に潜り込む。で、中から門を開ける」

「……それが本当に出来るのであれば、金貨2枚はやろう。だが」

「だが。危険だぞ、か?」

「……無論」


まあ、そこまで金に困っているわけでもないが。

せっかくのわがままだ。

暴れ回ってやろう。それに、だ。


「どうせやるなら、勝たなきゃな」


俺がそう言って爽やかに笑うと、それを見た戦士達の表情が一斉に引きつった。


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