第158話 神は信じるか
「これが報酬だ」
俺が戦士団に拉致された翌日。
ジシィラ様との面談がセッティングされた。
そして部屋に入るなり、ジシィラのお付きから受け取ったのがずっしりとした革袋。
いつもの革袋より、縁取りが豪華がな気がするが、ボリュームはそこまででもない……。
「開けて見よ」
「はい」
開けて見ると、中からは鈍い金色の貨幣が、3枚。
「金貨3枚、ですか?」
「そうだ」
おかしいな。何か忘れていたか?
サーシャにカウントして貰っていた報酬額の未受取分は、金貨2枚と銀貨十数枚程度だったはず。計算違いがあったとしても、かなり高くなっているような。
「……」
「ふはは、ネコババするか悩んでおるなら、無用ぞ」
「はっ、いや」
「少し色を付けておいた。……余分の『報酬』は確かに渡したが、この前のアレはちと、不憫だったからな」
「あ……ありがとうございます」
「あれで金貨の代わりとしたなどと噂が立てば迷惑ゆえな。働きには報いる主義だ」
「それはそれは。感謝しますよ」
「で、戦士に何を言われた?」
「ああ……」
だからわざわざ、ジシィラ様との面談がセッティングされたのか。
「ちょっと縁がありまして。あることに誘われました」
「……あること?」
「秘密です。ジシィラ様だからこそ、ここまで言ったのですが、これ以上は」
「そう、か。そういえば、ヨーヨーの方からも私に言いたいことがあったようだったが。その関係か?」
「ええ。本来は、ジシィラ様がこの地を離れるまでは契約を継続するとか、隊の人に言われたのですが」
「うむ」
「その戦士団との話の関係で、今日、明日中には契約終了とさせて頂きたく」
「……ふむ。まあ、この地までの護衛が任務である。別に今日限りでも問題はない」
「ありがとうございます」
「しかし、そうか。戦士団のな……」
「……」
あまり詮索しないで貰いたい。
草陰まで追い詰められて殺されてしまう。
「まあ、よい。しかしヨーヨー、お前は相当に面白いな」
「……そうですか?」
「ああ。魔法に造詣の深い者は口を揃えて異端だと言う。異端というのは強みだぞ」
「小物は、ニッチな市場の方が勝ちやすいという話ですか」
「……ほう。そうだな、我が隊がわざわざ危険を冒して、国境くんだりまで商いに来ていることもその一例と言える。さらに、お前は急に村人の仇討ちに肩入れしだした。未だに、その意図が読めん」
「いや、それは……特に意図はないのですが」
「ない、ということはなかろう?」
「まあ、そうですね……強いて言えば、丁度良かったのです」
「丁度良かった?」
「ジシィラ様には良くして頂きましたけど、テーバでは色々と思うところもありまして。そのうっぷん晴らしというか」
「……気晴らしで、褒美を投げ捨てたのか」
「そう言われると、酷く馬鹿ですね」
「言われずとも馬鹿であろう」
ジシィラ様は、ククク、と含んだ失笑を漏らす。
「まあよい。お前には何度か助けられたしな。最後はあまりいじめないように、解放してやろう」
「はっ」
「さておき……この地の領主、テルドカイト様の印象はどうだった?」
「私などの印象で良いので?」
「ああ。身分の高低はあれど、我等はこの手の権力者に、ある程度慣れてしまっているからな。市井の印象を聞きたい」
印象か。謁見の様子を思い出しながら、言葉を絞り出す。
「……やり手、でしょうか」
「やり手?」
「ええ。テルドカイト様は、傭兵団の長から貴族に至ったと聞きました。なので、もっと気難しく、武人らしい人物を思い描いていたのですが……実際に会ってみると笑顔で対応してくださるのが、やり手に感じました」
「うむ。確かに、あの御仁は支持を得るな。武人らしい迫力もありながら、人の懐に入るのも上手い。内心はどうか分からんが、下民にも丁寧に接するお人柄に見える。なるほど、登り詰めるわけよ」
「ええ。同感です」
「懸念があるとすれば、この後の動乱を抑えきれるか。よの」
「南の国が、まだこの地を狙っているようですが」
「簡単に引き下がりはすまいな。だからこそ、我等の商売の余地もある、が」
「何か懸念が?」
「いや……。何でもない。他に何を感じた?」
「他に、テルドカイト様にですか。……。大したことを言えずに申し訳ないですが、まあ、強いなと感じました」
「ふむ。武勇という意味か?」
「ええ。単純に、戦士としての凄みを感じました」
「で、あるか。そういえば、ヨーヨーは魔法が得意だったな、その線ではどうだ?」
「魔法、ですか? いえ。特に魔法関連で感じたことはない……かと。ええ、思い当たりません」
「そうか。参考になった」
ジシィラ様は顔に手を当てて、何やら思考に沈んだ。
このままお開きかと、退出するつもりだったが、部屋を出る前にジシィラ様に最後の言葉を掛けられた。
「そういえば、ヨルが何やらお前に話があるらしかったぞ。出る前に、寄っていけ」
「ヨル殿が。何のことでしょう」
「さあな。伝えたぞ。あとは本人から聞け」
「は、ありがとうございます」
今度こそ頭を下げ、部屋を退出する。
ヨル殿、人間族嫌いのトカゲ顔である。
用とは、何だろうな……。
***************************
緑帽子の人と話し、正式に契約終了の手続きを行う。
そしてここで、更に追加の報酬を受け取った。
何の報酬かというと、アカーネ貸し出しの対価として設定した魔石だ。
正直に言おう。完全に忘れていた。
計12個の”磨いた魔石”を受け取り、異空間の中に収納しておく。
完全に磨かれた魔石は奇麗だし、まとまっているとドラゴンボールっぽくて悪くないな。
サーシャとアカーネの道具用燃料として、磨いた魔石はいくらあっても良い。
有難く貰っておく。
そしてヨル殿の居場所を聞くと、非番でブラブラしているらしい。
おそらくここに居る、という居場所を聞いて彼の宿に向かうと、あっさり見付けられた。
そして、俺を見るなり、表情を変えず、その宿の裏庭へと呼び出された。
さて。
呼び出される心当たりがないが。あの戦士がらみか?
呼び出され、庭に生える大きなイチョウのような木の下で、しばしの静けさ。
何かをじっと考えているようだが……。
俺にとっては気まずかった、その沈黙が破られたのは、たっぷり10分は経ってから。
その言葉は、短かった。
「神は信じるか」
神だと?
「……どうかな」
「珍しい答えだ」
「いや、唐突な質問で驚いただけだ」
「そうか。私は信じるぞ」
トカゲ顔が、真っ直ぐにヨーヨーの瞳に映る。
「くそったれな神を信じなければ、正気でいられんからな」
目を逸らすことなく、そう吐き捨てる。
「……あんたは」
「お前は、転移者か?」
息が詰まる。
何の脈絡があっただろうか。頭がうまく回らない。まずい。
「ふむ。図星か」
「……」
「安心しろ、貴様を害する意図はない。誰かに言うつもりもな」
忘れていた呼吸を、意識的に回復させ、大きく息を吸い込む。
「何故、そう思った?」
「確証はなかった。しかし、貴様はニンゲン臭すぎるのだ」
「人間族なら、いくらでもいただろう? この護衛部隊にも」
「違う」
遮る勢いで否定される。
「この世界のニンゲンは、ここまで臭くないのだ。見た目は変わらないように見えても、何かが違う。だが貴様は、あまりにも純粋にニンゲンだ」
「どういう……いや、そうか。その発言……」
トカゲ顔を。
今度はこちらが真っ直ぐ見詰める。
「あんたも、転移者か?」
「……」
静寂が闇に溶ける。
足元がおぼつかなくなるような沈黙。
「俺のもといた世界ではな」
歯を剥きだす。ああ、これはいつか見た表情。「嫌悪」だ。
「人間どもは、俺たち『トカゲ』をヒトとは見ていなかった。誰も、1人としてもだ。『トカゲ』は下劣で、言葉を話す真似をする獣だと信じ切っていたらしい」
淡々と、言葉を紡ぐ。
「家族も、友人も、奪われた。覚えている限り、あいつらは決まって笑っていてな。我らの悲鳴を聞くのが楽しいようだった。目の前で、俺を守るために、母は……」
「……」
「だから強くなりたかった。必死で殺されないように逃げ回って、いつからか必死で殺し回っていた。お前のようなニンゲンを殺した回数は、数え切れん。怖いか?」
「……いや」
「……不思議だな。この世界のニンゲンは、怖くなどないという。それどころか、ニンゲンを避けるのは『差別だからよくない』などと宣う。……信じられるか? あのニンゲンに、『トカゲ』がそんなことを言われるのだぞ」
「……」
「何故俺なんだ?」
「……何がだ?」
「何もかも、だよ」
「……どういう」
「何故! よりによって俺が行く先が、この……こんな世界なんだ!? 神の存在を信じ……神を呪わなければ……やっていられん」
まだしっかりと回っていない頭では、何も言うことができなかった。
「このようなことまで話すつもりではなかった。忘れろ」
「あんたも、あの白いガキ……神様モドキに送られたのか?」
「白い神? 貴様は、神に会ったのか」
「いや、自分は神ではない、と言っていたが……」
「上位存在、か……。そのようなものが本当にいるのか」
白いガキ以外の方法で転移したのか。まあ、そういう存在が居てもおかしくはないか。
「ではあんたは、どうやって転移したんだ?」
「ある日、気付いたら、この世界にいた。誰かに転移させられたわけでもなく、な。正直今でも、質の悪い悪夢の類ではないかと思う時がある」
「いきなり、か。そうなったら、確かに。受け入れるのは難しいだろうな」
「貴様は、受け入れているような言い方だな?」
「ああ。俺は、転移するかどうか、引き返すかを問われて、選択したからな。唐突ではあったが」
「幸運だな」
「まあな……たとえこの世界で死ぬことになっても、後悔するつもりはないな」
「そう、か」
トカゲ顔は、感情を仕切り直すようにゆっくり瞬きをすると、いくらか落ち着いた様子で言葉を紡いだ。
「ようやく本題だ。転移者なら、警告をやろうと思ってな」
「警告だと?」
「貴様の働きは評価せざるを得ん。あの『守りの手』の奴らは、周到だった。今となっては目的が分からぬが、貴様がいなければ、まんまとしてやられていた可能性は高い」
「あ、ああ」
「死蜘蛛との戦いでも、貴様は活躍したな」
「お、おう」
「今でも貴様は好きになれん。だが、私の好き嫌いと、仕事の恩賞は別であるべきだ」
意外と義理堅いのか。この人。
「以前は元の世界に帰る手段を随分と探し回ったものだ。そこで知った情報をいくらか教えてやろう」
「そう、か。といっても、俺は元の世界に帰る目的はないんだがな」
「であれば、こちらでも役に立ちそうな情報にしてやる。……そうだな、転移者、それもある程度育ってから転移してきた転移者は、特異なジョブに就くことが多い。私もそのクチだ。ジョブの詳細は教えんが、今まで同じジョブはいなかったのだ」
「!!」
いや、これは。
そうか。
転移者=『干渉者』の推測は間違いか。
あれ?
じゃあ、同じく白いガキの手で転移した他の人は、『干渉者』のチートもなしで異世界に放り出されたのか。
……そりゃ、死ぬわけだ。
いや、今の説明からすると、他のチートジョブになっている可能性はあるが。
汎用性という意味では、『干渉者』以上のジョブはなかなかないのではなかろうか。
「だからな。他の転移者を見付けたら、気を付けた方が良いかもしれん。数としては少ないからな、そうそう出会わんが。転移者を集めようとしてるような集団もいる」
「転移者って、どれくらいの数いるんだ?」
「さあな。多くはない。だが、それと知って探せば見付からんこともない。といったところだ」
……うーん。白いガキ経由ではない転移者もいるとなると、いったいどれだけこの世界にいるのか皆目見当もつかぬ。
面倒だな。
「あえて接触したいのでなければ、公国には近寄らんことだ」
「公国?」
「貴様、その程度は知っておけ。ソラグ公国だ。この国の西にある。その辺りの貧民でも知っているぞ」
「そ、そうか」
「ふん。これは個人的な報酬だ。ジシィラ隊としての報酬とは別クチだ。感謝しろ」
「ありがとう、本当に」
トカゲ顔が後ろは向き、薄く笑ったように見えた。
「やはり、ニンゲンに感謝されても嬉しくはない。聞かなかったこととする」
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