第157話 決別

「戦士家が、村に討ち入り、とな?」

「まとめれば、そうなる」


護衛の仕事を終え、宿に帰ってから、防音シールドを貼ってサーシャとキスティに早速相談する。


「まず気になるのは、戦士団がやってることの正当性だ。もし戦士団に加担したとして、デラード家から罰せられはしないか?」

「ふむ。まあそれは、問題ないだろう」

「そうなのか?」

「ああ。領地を賜って、自力でならず者を追い払っただけだからな。むしろこれを罰すれば、お家の中枢となる戦士家の信頼を失う。それに、傭兵団を失い、戦士団も失ったら何も得がない」

「…戦士団が負けたら?」

「ああ、その場合は勝手に動いたことのお咎めが多少あるかもしれんが…まあ基本は同じだ。戦士団や、戦士団に雇われたものを罰するとは考えにくいな」

「ふうむ。じゃあ、そこはどっちでもいいのか」


むしろ、デラード家に叱られるから辞退します、という言い訳が使えれば断りやすかったのだが。そうはいかないとな。

どうするかね~。


「サーシャは、どうだ?」

「はい。正直、傭兵団と正面から戦うような真似…仮に戦士家が勝つとしても、怪我や仲間を失うリスクがあります。避けたい、とは思います」

「まあ、そうだよな」

「ただ、この後西の国を目指すのであれば、メリットもないことはないと思うのですが」

「む? どういうことだ?」

「サーシャ殿。つまり、国境を抜ける便宜を得るのに、戦士団の信頼を得ておくに越したことはない、ということか?」

「そうです」

「なるほど」


ちょうど、ケシャー村は国境の村でもある。

そこで戦士家の作戦に貢献できれば、安全に国境が渡れるように便宜を図ってもらえるかもしれない。

どこの馬の骨とも知れない傭兵団よりは、信頼もできるだろう。


「う~む」

「主、これは長所、短所どちらもある話だぞ」

「まあ、そうだな」

「であれば、あとは主の想いが大事ではないか」

「……おもい、ね」


どうだろうか。

あのとき、アインツの独白を聞きながら、どうにかしてやりたいと思った。そのこと自体にウソはない。

だが、それだけで決定的に傭兵団と敵対するという踏ん切りがつかない。


「……」


サーシャがこっちをじっと見詰めている。

視線を感じ、サーシャを見返す。

サーシャはそのまま、俺から目を逸らさずにいる……。


「なんだ、サーシャ?」

「今回のことは、正直に申しますと…複雑です」

「うん?」

「ご主人様は、何故アインツさんにそれほど肩入れしようと思ったのですか?」


その話か。


「何故、と言われてもなあ。うーん……確かに、一銭の得にもならないし、今までの俺らしくはないかもしれないが」

「はい。大変なばかりで、益がありません」

「そうだな。いや、戦士団を手伝えば、報酬は出るだろうが」

「それは今になって出てきた話です。それとも、報酬目当てで戦士団に付くおつもりでしょうか?」

「……いや、そう割り切ってはいなかったな」


今回に限っては。


「そもそもですが、本当にアインツさんの奥さんを犯したのは、細目の男なのでしょうか?」

「何?」

「あの状態で、アインツさんや村のお医者様がウソをつく可能性は、低いかもしれません。しかし皆無ではありません。それに、勘違いと言う可能性は?」

「勘違い、か」

「他の傭兵の誰かの仕業だった。あるいは、実は村人が傭兵団のふりをしていた……ない、とは言い切れませんね」

「ゼロとは言えんな。しかしそれは、悪魔の証明ってやつじゃないか?」


ないものを証明するのは無理という話だ。

……いや、細目が下手人であるという証拠がなければ罰しないという考えだとすると、疑わしきは無罪の方か。それならおかしくはないが。


「……ご主人様が『正義』をお求めなら、考えなければならないのでは?」

「正義、か」

「あるいは、アインツさんのことは忘れ。戦士団の『正義』を支持して、加勢するというのならば、筋は通ります」

「……」

「出過ぎた真似とは思いましたが……討ち入り、などという大ごとになった以上は、頭に血が上ったままでは冷静な判断はできません」

「……。そうだな。ありがとう。サーシャは、戦士団への協力に反対か?」

「そうですね……最後はご主人様の決断を支持致します。が、あえて意見を述べるのであれば、反対と述べます」

「理由は、リスクが高いからか」

「そうです。ただ、戦士団の一団に目を付けられた以上、協力しないこともリスク足りえます。よくよく考えなければなりません」

「ふう。そうだな……。結局、俺が何に重きを置くか。それを整理する必要があるな」

「はい」

「サーシャ、キスティ。今日は少し……考えさせてくれ。1人で」


サーシャも、キスティも、俺の優柔不断を責めるわけでもなく、静かに頷いてくれる。


「はい」

「構わない」


サーシャ達の去った一室で、異空間から小さな樽を取り出す。

今まで開ける機会もなかった、ちょっと値の張る、港で買い込んだ酒だ。


それを割ることもなく、直で呷ると、焼けるような熱が喉を通っていく。

今の俺は冷静ではない、か。そうかもしれない。



***************************



アインツの話は、俺には眩しすぎた。

あいつは、すごいな。


俺は、向き合うことを止めてしまった。

しかし、あいつは、また自分が受け入れて貰えるように、それまでの自分を殺して向き直った。愛する人との未来のために。


それはあまりに対照的で、眩しかった。

だから、俺の「褒美」程度で叶えられる、ささやかな願いなら……叶えてやりたくなってしまった。

サーシャが指摘したように、細目がやったという確証は、実はない。目の前で事件を見たわけでもない。

だが、99%、細目の男の仕業だろうとは思う。逆に、その辺の団員や村人の仕業だとすれば、傭兵団が断罪を渋る理由もないのだ。

そういう意味では、決闘の許可を受け取っていたとしても、傭兵団は下っ端をスケープゴートとして、真犯人としてでっち上げるだけかもしれない。


……そうだな。全く冷静さを欠いていた。


そして、もちろん、戦士団がやろうとしていることと、アインツの件は質が違う。

アインツも、村ごとが巻き込まれるような争いごとが起こると聞いたら、決闘を選択しないかもしれない。


一方で、村人と傭兵団の軋轢が日に日に深まっているらしいことも、事実だ。

正当な支配者である戦士団を村に入れることで、結果的にはアインツが望んでいた「村を守る」ことに繋がるかもしれない。


「正義、か。正しさというのは、難しいな」


また酒を呷る。


「ゲホッ、ゴホッ……」


慣れない酒が気道に入り、盛大に咽る。

部屋の入口が開き、布を持ったサーシャが入ってきた。汚れても良いつぎはぎの服を着ている。洗濯でもしていたのかもしれない。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「ゲホッ、ゲホッ! んんっ、すまん、酒は慣れんな」


サーシャは、背中をトントンを叩いてくれる。

そして、咽せ終わった背中を、そのままゆっくりと撫でるようにさすってくれた。


「サーシャ」

「はい」

「……サーシャ」

「はい」

「俺のような……奴隷を買っているような男が、正義を語るのはおかしいか」


横目で見たサーシャは、むむと眉毛を傾けて、何とも言えない表情をした。


「ご主人様は…遠い国の出でしたね。国情がこの国とは大きく違うのかもしれませんが…この国の出である私や、南の国の出であるキスティもそうでしょうが、奴隷を悪と捉えるご主人様の思想がピンと来ません」

「む? そうか」

「ご主人様が、ご自身について露悪的な振る舞いを好むことは承知しております。が、奴隷については、認識の差がありすぎて、不思議です」

「人の自由を奪うのだぞ?」

「ええ。だから、奴隷を一段下に見る向きがあることはその通りです。ですが、奴隷にすることが悪であれば、王や領主が必ず抱えている専属護衛の奴隷隊は、どうなるのです。むしろエリートですよ。そこまで行かなくとも、商人の世界でも側近に奴隷を抱えることは常識です。絶対ではありませんが、裏切らないという一定の信頼があるわけですから」

「奴隷隊か、そのようなものがあるのだな」

「……はい。むしろ、奴隷となることで栄達の道が開けることもある、と言えるわけです。先祖から受け継いだ資産がない者は、そうして信頼を得ることで一代で昇り詰めることが可能になるわけですから」

「……」

「もちろん私のように、単に事業に失敗したり、生活に困窮した者が奴隷になる場合は、難しい問題もありますが……。それも、奴隷と言うセーフティネットがなければ、飢え死ぬだけです。違いますか?」

「そうなのだろうな」


そこはもう、現代日本の感覚の問題なのかもしれん。

考えてみれば、同じ「奴隷」と言っても、所と時代が違えば全く違うものだ。奴隷から皇帝になったなんて人物もいるわけだし。

ましてや、異世界の「奴隷制」が悪かどうかなど、転移者が容易に断じていいものでもない、か。前も同じようなことを言われた気がするが、なかなかピンとこない部分でもある。


「まあでも、な。奴隷を買った俺の行いが正しいか、どうかなど。今回の件にはあまり関係ないか」

「はい……。私の意見としては、やはり反対ではあります。しかし、今回、ご主人様が決めかねている心残りが何なのか、それが気になります」

「心残り、ね……」

「リスクのことを置いておけば、一緒に村に攻め込みたいのですか?」

「分からなくなっている」

「……分からない、ですか?」

「ああ」


村に攻め込むべきか、否か。


アインツの件にしても、今のままでは下手人が処罰されることはないだろう。

もし、万が一細目が冤罪だったとしても。戦士団の統治が始まることは、公正な捜査と断罪の前提となってくるだろう。

ならば、やはり戦士団に協力した方が良い、ということになる。


しかも、アインツの件を抜いても、村人と傭兵団の対立は一朝一夕には解けないだろう。

亀裂が深まれば、第2、第3のアインツの妻のような犠牲者が出るかもしれない。

正当な統治者でもない武力集団が、村を占拠しているというのは住民からしたら恐怖でしかないな。


自分の住んでいる街に、急に国籍不明の武装組織が駐屯してきたら、どうだろうか。

そりゃ困惑もするし、拒絶したくもなろう。


だが俺は同時に、共感してしまっていた。


どこかの村や町で、”普通”に生きることを諦めた男たち。その「力」を使われながら、どこかで蔑まれ続けた社会不適合者たち。

胸のどこかに燻ってきた「人類の守り手」としての矜持と微かな誇り。英雄への願望。


反転して映る場末の酒場の安酒。金への執着と安宿、飲み過ぎて戻した夜の道。通り過ぎる「普通のヒト」が迷惑そうに自分を見る目、目、目。

隣で下らない話をして馬鹿笑いをしていた誰かは、名も無き敵に、何てこともない戦場で、呆気なく簡単に散ってゆく。


苦労の末に手に入れた「自分達の庭」で羽目を外してしまったのだろう。

だからといって、彼らが村でしていることは、決して褒められたものではないだろう。

だろうが……彼らが悪なのだと、簡単に断ずることはできそうにない。


彼らを討つことが「正義」なのか、俺には分からない。

いくら素行が悪くとも、彼らが村人たちを魔物から守ってきたことも、紛れもない事実。

その結末がこれで、本当にそれが正義なのだろうか。


サーシャは、ぽつりぽつりと紡ぐ俺の言葉に耳を傾けてくれた。


しゃべり過ぎただろうか。


サーシャは、俺の独白をじっと身じろぎもせず、聞いていた。

それに同意を示すことも、反発することもなかった。

大波に攫われた木片のように、感情の波に呑まれて右往左往する俺の話を、ただ聞いていた。


そして、長い、長い話の最後に、こう返した。


「ご主人様は、正義を求めておいでなのですか」


……。

前と同じことを、問われた。

正義を、求めているのかと。


正義を……正義……?

俺は正義を、求めていただろうか?


……。


……いつから俺は「正義」など気にするようになったのだろう。

冷や水を掛けられた気分。


俺は力を付けた。単なる自惚れだけではないだろう。

この世界に来たばかりのころと比べて、格段に戦えるようになった。今なら、ゴブリンに囲まれながら戦っていた、エリオットのようなことも可能だろうと思う。

複数ジョブチートのおかげで、そんじょそこらの個人傭兵には簡単に負ける気がしない。大型の魔物を目の前にしても、絶望することなく生き残る道を探そうとするだろう。


……だから、なのだろうか。

「それは正義なのか」なんて、俺が考えだしたのは。

力とは、怖いな。


ぬるい酒樽を頬に当てて目を瞑る。

俺はどういった人間だ?

思い出せ。取って付けたような「正義心」に流されるな。


そう、俺はもともと異世界で奴隷を囲って暮らすような「イタイ奴」だ。

それが正義か、なんて、関係なかった。


俺は俺のために、俺の感ずるところのために、命を懸ける。

そういう人間だ。ならば答えは決まっているじゃないか。


この世界に来て、右も左も分からないまま、流されてきた。

そろそろ「わがまま」が言いたくなって来たんだ。


そうか。俺がしたかったのは、それか。


魔物と戦って、自分の力の小ささを味わって。

少しはマトモになったかと思ったら、テーバ地方で圧倒的な権力を前に、己などは無力であることを……嫌というほど知った。

それでも力を付けて、金を稼いで。


今、やっと自分の手の届く範囲の何かを、自分のわがままで、動かしたくなったんだ。


それだけだ。

それだけだった。

だが、いい。


別に正義の行いではなくとも。

俺が選ぶ理由なんて、それでいいじゃないか。


気に食わない。

大した感謝もされないまま、命を捨て続ける傭兵たちに同情心はある。

だが、伴侶を奪われたあの男の眼。

心を動かされた。


妻は彼の全てだったのだろう。それを奪ってよい理由などあの傭兵たちにも、ない。

それが、政治的な理由でなかったことにされることが気に食わない。


奴隷など買い続ける人間が偉そうに言えることでもないが。


理不尽をぶっ飛ばすのは、気持ちいいだろうなあ。

理由なんてそれだけ。

生温くなった酒を、一気に呷る。


「おい、サーシャ」

「はい」

「俺はあの戦士たちの誘いに乗る」

「……そうです、か」

「お前達はここで待っていても良いぞ」

「いえ。ここでご主人様に死に置かれても、困りますから」

「そうか」

「ええ」

「すまんな」

「いえ」


サーシャは一礼し、空になった酒樽を下げた。


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