第156話 領主

木目のフローリングの上で、あぐらのまま頭をやや下げるような仕草をする。

場所は、領主館……の代わりとして使われている臨時の建物。

まるで時代劇の武将にでもなったような気分だ。


村について、詳細に報告を上げ、護衛に戻った俺。

ジシィラ様に「褒美」の件をお願いすると、かなり怪訝な顔をされた。

俺がお願いしたことは1つ。


領主への謁見に同席させて欲しい。そして、領主への発言時間を与えて欲しい。

やや難しい顔をして、何を言うつもりか詰問されたので、村でのことをあらかたゲロった。ダメだと言われるかと思ったが、答えは予想と異なった。


まあ、いいだろう。ただし余計なことは言わないと誓え。


ジシィラ様がそう認めたので、俺も商隊の幹部と一緒に謁見の座に加わったのだ。



一応、キスティと想定問答を用意して準備はしてきた。

大丈夫だと思う……。

少なくとも、無礼者として断罪されるような結末はないはずだ。


「面を上げよ」

「はっ」


ジシィラ様の応える声に合わせて目線を上げる。

一段高くなった上座に鎮座していたのは、思ったよりも若い、しかしどこか凄みを感じさせる大男であった。

着物は、何かの毛皮だ。テーバ地方で見た、中央貴族の煌びやかな感じは全く感じない。

これが、最前線で戦う武人貴族というやつか。

たしか名前は、テルドカイト・デラード。


「この度は拝謁の機会をいただき、誠に……」


ジシィラ様の口上に対し、うんうんといちいち大袈裟に頷いてみせている貴族。

思ったよりも気難しい人では、なさそうだ。


「丁寧な挨拶に感謝する。我らとしては、行商の類はいくらでも歓迎するところだ。何と言っても物が足りなくてな。そこに、商家の雄たるエモンド家が手腕を奮ってくれるというのならば、これほど嬉しいことはない」

「は……、有難きお言葉。ただ、私は一族でも末席の若輩なれば。エモンドの名を語って金貨を下ろすのは早いので」

「ほう、そうか」


テルドカイト様は、残念そうな表情をしてから、またパッと笑顔になる。


「ジシィラ殿も奇遇なときに参られたものよ。丁度先刻、王都より嬉しい報せが届いてな」

「報せ、でございますか?」

「うむ。商人には無用なものかも知れぬが、官位を賜った。これより儂は、『防国居』となる」

「防、国、居……でございます、か。それはおめでとう御座います」

「ククク……悪い、悪い。聞いたこともなかろう、そんな官位」

「……はっ」

「此度、国のためによく働いた儂のためにということで、新しき官位が授けられたわけよ」

「それは……まさに国を救う働きをなされたテルドカイト様へ、王都も感謝されている証ですな」

「さにあろう」


テルドカイト様は、にこやかに応じると何度も頷いて見せた。


うーん。

新しい官位ね。

こっちの貴族のことは良くわからないにしても、それが「感謝の証」なのか、それとも「成り上がり者には他の貴族と同じ官位はあげられない」という侮蔑の結果なのかは何とも言えん。


「時にジシィラ殿。エモンド家の若君だけあって、我が領内を良く調査してくれたようだな」

「ははっ」

「我らは戦が終わったばかりで、手の回らぬところが多い。先立って気を回してくれて、助かる」

「はっ……」


頭を下げるジシィラ様だが、その首には汗が流れている。

んん? もしかしてこれは、「おうおうどうやら俺の領内を好き勝手に探ってくれてるみたいじゃんなあ?」みたいな恫喝が含まれてるのか?


「それで? 領内の印象はどうだ?」

「は。大きな戦があった後にも関わらず、大きく乱れた様子もなく。これもテルドカイト様……防国居様のお力の」

「それで?」


完全にヨイショの途中だったが、テルドカイト様が続きを促す。

ピリリという締まった空気がこっちまで伝わってくる。


「は。確かに、仰せのように物資が不足している様子は感じ取りましてございます」

「で、あるか」

「防国居様は我々がどの地で商売されることを望まれますか?」

「ふむ。物がないのだから、好きな場所で売ってくれれば良い」

「よろしいので?」

「問題があろうはずもなかろうが?」

「……はっ」


うむ。

今のやりとりも何か裏に意味があるっぽいが、全然分からないっす。


「それで、我が家からの依頼品の話も届いているだろう。その辺りの話をしたいのだがな?」

「その前に、1つ宜しいでしょうか」

「む?」

「この、こちらに控えるヨーヨーという者。道中で雇った個人傭兵でございますが、1つテルドカイト様にお願いの議があるとか」


話を振られた。

うわー、これは緊張するわ……。


「わひゃっ、……私でございます」


噛んだわ。口の中パサパサ。

とりあえずその場で頭を下げながら話し出したら、振り返ったジシィラ様が前に出るようにジェスチャーしてきた。

仕方なく前ににじり寄って最前列に来ると、貴族と目を合わせないようにしつつ声を出す。


「お願いと申しますのは、決闘の許可を頂きたく」

「決闘? 儂とか」


何言ってんだこいつ? と思ったら、貴族の左右にいた護衛らしい男が「ははは」と笑いを立てた。冗談だったらしい。


「いえ……。ケシャー村の鍛治士であるアインツと言う村人と、『古傷の傭兵団』におります細目の男…シュナイザーと呼ばれる者とでございます」


細目の男は、シュナイザーと団長から呼ばれていたらしい。

村の連中から、村を出る前にそれだけは情報を得ていた。ただし本名なのかは不明。


「ふむ? ケシャー村だと。お前、さてはケシャーに潜入していたか」

「はっ、いえ、その」


慌てて言い訳を探すも、特に思いつかず。


「まあ、あの。はい」

「ククク、認めおった。気にするな、商人が経路の安全を確かめることは悪いことでない」

「ははっ、ありがたき……」

「それよりだ。気になるのは、何故? という部分だな。お前は、ケシャー村に縁が?」

「ありません」

「ふむ? 出身はどこだ」

「スラーゲー。北の街です」

「ああ、あそこか。では何故、村人の諍いに嘴を挟みたがる?」

「……。シュナイザーは、アインツの妻を襲いました。正々堂々と勝負するのが正道かと」

「であるか。で、シュナイザーは傭兵団の人間なのだろう。傭兵団は罪と、決闘を認めたのか?」

「いえ。認める可能性は低かったので、御領主様のお力添えを頂きたく」

「ならぬ」


テルドカイト様は、はっきりとした口調でそう述べた。


「なっ」

「認められぬ。話は以上か?」

「何故です? 理由を……」

「ならぬものは、ならぬ」

「……」


取り付く島もない。これはダメか? 頭を回転させる。


「御領主様。ご判断の前に1つだけ、お耳に入れたい事が」

「申してみよ」

「シュナイザーは、南の国の出身です。おそらく戦士階級。そして最近『古傷の傭兵団』に加わりました。シュナイザーが加わってから、傭兵団の動きがおかしくなったと、村人も、そして傭兵団の中の者も申しておりました」

「ふむ……ヨーヨー」


テルドカイト様は、じっとこちらを見て、淡々と。


「知っておる」

「は?」

「だから、知っておる。傭兵団が何やらきな臭い動きをしていることも、シュナイザーとやらが怪しい動きをしていることも、な。その上で、ならぬと言っている。理解、できたな?」


……。

これは無理だろう。


「失礼しました。異議、ありません」

「よい」


俺はすっと後ろに下がり、そのまま床を見つめて、思考に沈む。

駄目だったか。

いけると思ってたんだけどな。


でもこれは、無理だったろ。

どうするか。

もともと俺が勝手に始めたことだから、このまま素通りしてもいい。

戻ってアインツに、一言詫びてもいい。


とんでもなく格好悪いがな……。

何とかするって、大見得切ったわけだし……。


悶々としながら、上の空でジシィラ様と貴族とのやり取りを聞いていた。

だから、最後にジシィラ様一行が立ち上がったときも、立ち遅れて最後尾となった。

ぞろぞろと館から去る途中、板張りの廊下を渡っていたときにふと、腕が引っ張られた。


「傭兵、面を貸せ」


完全武装の、背の低い兜を被った男の顔が、ドアップになる。


「え?」

「エモンドの。こいつを借りるぞ。良いな」

「返して頂けるので?」

「問題ない。すぐに返す。とく行け」

「はあ」


こちらを振り返っていたジシィラ様たちは、そう急かされてゾロゾロと出口へ移動してしまった。

取り残された俺。と鎧姿の男たち。


「こっちだ」

「ああ」


引っ張られて、連れ込まれたのは窓のない、小さな薄暗い部屋。

倉庫だろうか。

扉を閉め周りの目を気にするような仕草をする鎧姿の男A。


カツアゲか?


「傭兵。名は、何だったか……」

「ヨーヨーと言いますが」

「ヨーヨー。お主はアインツとかいう村人の仇を討ってやりたい。そうだな?」

「ええ、まあ。アインツの仇というか、アインツが妻の仇を討つのを手伝ってやりたい、というか」

「何故だ?」

「え?」

「何故村人の仇討ちなどに加担する? その魂胆は」

「魂胆ですか」


うーん。やっぱそこが不自然に見えるのかね。


「まあ、強いて言うなら」

「強いて言うなら?」

「正義がなされるのを見届けたい。ですかね」

「ふぅむ。堂々と嘘っぽいことを言われると、逆に真実味があるな!」

「そうですか」


それにしてもこの人たちは、何なんだろう。

話の流れを知っていることから、先程の謁見、俺の直談判シーンを見ていたという事だろうが。

あ、傭兵団関係者だったらどうしよ。


「傭兵。我らに手を貸すか?」

「え?」

「我らは、ケシャーを攻め落とそうと考えている。乗るか?」

えーっ、と。

マジか。


「どういうことです?」

「ふむ。これから言うことを漏らせば、お主の命はない。草陰まで追い詰めてでも必ず仕留める。良いな?」

「はあ、そうですね……秘密にしろってことですよね?」

「そうだ。我らは、デラード公の直臣にして、ブラグ家の戦士」


戦士家の人間らしい。なるほど?


「戦士様が、私に何用で?」

「だから戦いに加わるかと聞いているのだ。我らは此度の戦の褒美として、ケシャーを賜った身」

「ケシャー村の領主家ということで?」

「少し異なるが、まあいい。認識としてはそのようなものだ!」

「しかし、ケシャー村で傭兵団が差配してましたよ?」

「不当に占拠しておるのだ」

「なるほど」


ああ。

だからか。不当に占拠しているから、攻め落として取り戻すと。


「しかし、不当に占拠しているなら……出ていけと言えば傭兵団も逆らわないのでは?」

「お主、政には疎いと見える。出ていく訳がなかろう」

「……そうなのですか?」

「奴らは、状況を利用しておるのよ。デラード公が、傭兵団に手出し無用とすることを分かっていて、既成事実を作ろうとしておる」

「既成事実、ですか」

「うむ。貴族も、戦士家も、その根源は土地を守ることだ。魔物からな」

「はい」

「だからこそ、実際に土地を守っている傭兵を、邪魔だと言う理由で排除することは難しい。簡単に言えば、そういうことだ。他の傭兵団が離反する理由にもなるし、王都からの悪い評価を招くかもしれぬ」

「……なるほど」

「それでも、普通であれば不当に村を占拠するような真似はせぬがな。今回は戦争中任されていた村の防衛を続けておるだけ。しかも、デラード公に戦力的な余裕がないことも計算しておるのだろう」

「なるほど。なるほど……」


もしかして、その辺の入れ知恵をしているのが「細目の傭兵」か?

そんなことを考えて二重で納得していると、鎧の男が剣の柄でドンと床を叩いた。


「小っ賢しいわっ!!」


耳の奥がジンジンする声量。

思わず顔をしかめる。


「傭兵風情が、ナメた真似をしてくれるっ!! しかもじゃ! 聞くに、奴らは我らの庇護すべき民を好き勝手にして、随分とナメた真似をしてくれとるらしいの!?」

「は、ああ……まあ、そうみたいですね」

「ここで引き下がれば、デラード公を相手につまらない真似をする輩が増えかねん。そう、お家のためにも奴らはには厳しく接するべきじゃ!」


その「お家」がデラード公のことなのだろうが、デラード公自体が認めているのだよなあ。


「主君が動くこと叶わぬのであれば、我らが独力で成し遂げる。さすれば、奴らよりも我らの方が力があることの証明にもなる。分かるか? より魔物を排し、土地を守れるのは我らだという理屈になる」


なる、のかなあ?


「傭兵。理屈は分かったじゃろう。返事を聞かせろ。我らとともに賊を討つか? デラード公に許可を頂くアテが外れて、おめおめ逃げ帰るのか?」

「それはもちろん、気持ちとしてはご一緒したいが……。仲間のこともある。数日、考えさせてくれないだろうか」

「ふん。臆病風に吹かれたのでなかろうな? まあ、確かに急な話じゃ。2日待つ。3日後には、ここを出立する予定ゆえな。それまでに腹を決めよ」

「……承知した」


大変なことになった。

断ったら大変でもないのかもしれないが、その場合放っといてくれるのだろうか、この戦士たちは。


もともと、傭兵団そのものと敵対するような無謀なことはしたくなかったから、「決闘の許可を貰う」という現実的な選択肢を取ったのだ。

それが、なにやら不満が溜まっている戦士家と一緒に殴り込みをする?

だいぶ考えていたことと違う。


そんなのはもう、ガチの戦争みたいなものでしょが。


「それでは早速、仲間と話し合いをしたい。仲間には事情を話しても良いだろうか?」

「むう。なるべく控えて貰いたいがな……仲間というのは、傭兵仲間か?」

「まあ、対等な仲間というよりは部下ですね。従者というか」

「ふむ。ならば、相談するのは最低限としろ。お前がリーダーなのだろう? お前が決めて、命令すればよかろう」

「……善処しますよ」


サーシャとキスティには相談したいだろ。

アカーネはまあ、あんまり参考にならなそうだけど。


「参加するとなったら、どうすればいいんです?」

「参加する、しないに関わらず、一度我らの拠点に足を運べ。2日後の夜まで待つ」

「……はい」


仕方ない。

今日中に話し合いをして、どうするか決めるか。

面倒なことになった……。




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