第155話 虫唾

長い独白を終えた後、アインツは感想を求めなかった。


俺も、サーシャも押し黙って時間が過ぎていく静寂にただ、身を委ねた。


どうだろうか。

俺は、異世界にきて、奴隷を買って、好きにしているようなクズだ。

アインツはもちろん、アインツの妻に乱暴をしたっていう、細目の男に怒る権利もないだろう。


……。


「サーシャ」

「はい」


サーシャの返事は、珍しく枯れていた。

返事の後に、ごほん、と咳ばらいをした。


「キスティを呼んできてくれ」

「はい」


サーシャは、階段を上りキスティと、アカーネを連れて戻ってくる。


「呼んだか、主? あらましはアカーネに話を聞いたぞ」

「ああ。キスティを呼んだのは1つ聞きたいことがあってな」

「ほう? この状況でか」

「……アインツが、仇と1対1で戦う方法はあるか?」


アインツが、顔を上げて血走った目でこちらを見た。


「……ほう。決闘のことかな」

「決闘か。そういうものがあるのだな」

「制度というか、風習としてな。この領地の領法にもよるが」

「決闘は、どうすれば成立する?」

「……当事者同士が良いと言えば、基本的には成る。だが、嫌と言えば、難しいだろう」

「片方が犯罪を犯していてもか?」

「その犯罪が、公の認めるところであれば別だが。今回は難しかろう」

「何故だ?」

「傭兵団が、事実を認めないだろうからだ」

「……細目を庇うか」

「む、そうか。下手人は奴か」

「そこまでは聞いてなかったか?」

「ああ。あらましをざっと、だったのでな。それにしても、奴か……アインツ殿」


キスティが、アインツに声を掛ける。

アインツは、掠れた声で応答した。


「……なんだ?」

「傭兵団は、奥様への乱暴を認めたのか?」

「……。認めていない。少なくとも、奴によることの証拠がないというのが返答だ」

「で、あるか。やはり奴は傭兵団の重要人物らしい」


キスティは難しい顔をして考え込む。


「……主。ここの傭兵団は、一般的な戦時の傭兵団と比べても、まあ大人しい方だ。それが、これだけ村人との火種になっている事件の下手人を形だけでも処分しないというのは、解せぬ。まともな団長であれば、団員一人くらい欠けても、ガス抜きをした方が良いということになるだろう」

「そういうものか?」

「まあ、よっぽど仲間意識が強くなければな。だが、あの細目の男は明らかに手厚く庇われている。で、ある以上、決闘は認められないだろう」


無理か。

いや。決闘、ねえ。


「上位者が認めれば決闘が認められるというのなら……例えば、領主の命令があれば従うかね?」

「む。領主が決闘を認めると言えば、さすがにここの傭兵団も従うであろうな。だが……」


キスティは、一瞬黙ってから、怪訝な顔をした。


「まさか主。使うのか? ”褒美”を」

「ああ」

「馬鹿な。あれは、主が命を賭して手に入れた権利ぞ? 何故このような……」


キスティは、そこまで言ってから、アインツをちらりと見て、黙った。


「アインツ。俺は明日にも村を出ていく。だが、少し待っておけ。準備をして、戻ってくる」

「あ? ああ……」

「剣の稽古は怠るなよ。村人は今回の件で協力的になってるんだろう。他の戦闘ジョブのやつに頼んで、訓練を再開しとけ」

「は、話の流れからして、俺が奴と決闘するってことか?」

「……。ああ。お前は何も余計なことを考えなくても良い。ただ、細目と1対1でやり合ったとき、勝つことだけに集中しろ」

「そんなことができるのか、お前は? 褒美と言ったか? 一体……」

「余計な詮索はするなよ。それに、お前が勝つかどうかも保障しない。いわば、お前に望み通りの死に場所を与えてやると言ってるんだ」

「よ、ヨーヨー。すまないが、混乱してる。お前は、この前村に来たばかりの個人傭兵だろう。俺は、ただお前の……仲間に、稽古を付けてもらう代わりに家の二階を貸したというだけだ。なぜ、そこまでする?」


もっともな意見だ。

なんの得もならないことを、するやつがいっちゃん怖い。


「自分でも意外だが」


へたり込んだまま、間抜け面をするアインツと、目が合った。


「俺は案外、バッドエンドってやつが嫌いらしい。それに」


まあ、決闘でアインツが殺されるのがグッドエンドかと言われると、答えに困るが。

それに。


それに、だ。

ただ、不器用に立ち回っている男が、組織ってやつにその想いを踏み躙られるってのは、嫌いだ。虫唾がはしる。


人は、集まって「組織」になった途端に、残酷さに鈍感になって牙を剥く。

それを正当化するのはいつも、組織の論理だ。

組織のため、皆のためって、誰かを犠牲にして。皆のために、誰かを選んで殺すのが、そんなに上等かね?


クソッタレじゃないか。


「組織の論理ってのに守られているやつを、組織からひっぺがすのは、俺の趣味でな」


私怨も入っているが、まあいいとして。

今回の件、傭兵団にも、村人にも、それぞれの思いがあるのだろう。


しかし、一人だけ純然たるクズが混じっている。

あの細目の男だ。


あいつがしたのは、好き勝手に自分の欲望を発散して、まずいことになった尻拭いを組織の論理に任せているだけ。

あいつが死ぬのは、どう転んでも正義のはず。


俺自身が不正義であっても、この行動には正義があるはずだ。


「サーシャ、明日村を出る準備は間に合うか?」

「はい、もともとその予定もあり得ると考えていましたから、準備は万端です」

「さすがだ。なら明日、村を出よう」

「…少し早いかもしれませんが」


アインツの手前、はっきりとは言わないが、ジシィラ隊の斥候との待ち合わせには少し早いということだろう。

そこは、こっちから近づいていけば良い話だし、構わない。


「問題ない」

「はい」


アインツは、赤く腫れた目とクマとで、ひどい顔を困惑させたまま、理解ができていないようだった。


「よ、ヨーヨー……。お前は本当に個人傭兵か?」

「どうしてそう思う?」

「い、いや……」

「まあ、俺の素性などこの際気にするな。アインツ、後はお前が乗るか、乗らないかだ。戦うのか? 戦わないのか?」

「当然、戦う……。何故、そこまでしてくれるのか、正直腑に落ちない。……だが、お前の言う通りだ。レナの仇を討てるのであれば、ヨーヨーの正体などいくらでも口を噤む」

「よし。では、まずはしっかり飯を食って、寝て、元気になれ。それで、……奥さんを手厚く葬ってやれよ」

「……。そう、だな」


返事をしつつも、アインツは膝を抱えてしまった。

奥さんのことを受け入れるのには、しばらく時間を要するのかもしれない。さて、街に向かおう。



***************************



「世話になった」

「ああ」


村の入り口で、来た時と同じ、シューと呼ばれていた男が警護していたので、声を掛ける。

シューは、商人から預かったという諸々の素材代も渡してくれた。

もとからここで渡すという話は聞いていたので問題はないのだが、内容は銀貨24枚。

案外多い。


「ほう」

「どうした、不満か?」

「いや。少し思っていたよりは多かったからな」

「これまでの細々した素材だけじゃない。ワームの素材代も含まれてるとよ」

「む? ワームの金はこの前貰ったが」

「そりゃ討伐報酬とかだろ。魔石代は別だとよ」

「ああ」


そうだったっけ。そんな話を聞いたかもしれない。

ワームの魔石込みで銀貨24枚だと、むしろ安いのかもな。


「まあ、ありがたく頂く。クデンのおっさんと、商人に礼を言っといてくれ」

「ああ、言っとくよ。さて、入り口を上げていいか?」

「たのむ」


シューと、もう一人の門番が縄を下に引っ張り、上げてくれた門を潜る。

従者3人もそれに続き外に出ると、ズシンと音がして門が閉まった。


「……さて、行くか」


壁に囲まれた辺境の村を後にして、俺たちは再び旅に出る。



***************************



帰りはまた大根の洗礼を受けつつも、強い魔物には出会わなかった。

バッファロー型の魔物にも出会わなかったため、肉が獲れなかったことが残念である。

道中、前に来たことがある伝書鳥が夜中に現れた。

鳥眼って夜は利かないって聞いたことがあるが、この鳥は問題ないのか。


括り付けてあった文書には、合流スケジュールの詳細と、報告書を返せという指示があった。やっぱり必要だったか。

今更遅い気もするが、「傭兵団に不穏な動きあり。立ち寄りは避けた方がよい」と短く報告した手紙を括り付け返した。


鳥眼の件を夜警戒中にキスティに話したら、「あの手の伝書鳥は夜眼がきくか、視覚に頼らないものが多い」とのこと。すごいな。

ただ、今回来た鳥はそこまで知能が高くなさそうなので、護獣ではないだろうとの補足もあった。逆に言うと、知能が高い護獣を伝書鳥として使うこともあるわけだ。

そういえば、護獣どころか、『暴れ鳥』ことシュエッセンの種族は郵便事業で活躍しているとかだったっけか。


そして伝書鳥を返した翌日には、連絡のあった斥候等と合流することができた。



「よお、無事かヨーヨー?」


先に宿場で休憩していた俺たちに声を掛けてきたのは、ジシィラ隊で見かけたことがある、若くてチャラそうな斥候である。

曲がったダガーを腰に差しているのがすごく斥候っぽい。


「ああ。問題ない」


近くに別の旅人がいないので、さっそく情報交換に移る。


「本隊だが、こっちの方はあまり寄りたい場所がないという結論になってな。先に南に向かってる。俺たちは途中で散った情報収集要員を集めながら、本隊を別ルートで追うような形だ」

「ほう。ケシャー以外もキナ臭いのか」

「そういうわけでもなかろうが……物資不足は深刻なようだな。あまり物を買い付ける余裕がないらしい」

「なるほど。さすがに、商売にならん土地に寄っている余裕はないか」

「そうかもな」


ダガー男のほかは、布で顔の下半分を隠している女と、背の低い髭面の中年男、あと鎧を着ていて顔のわからんやつが1人かいる。

いずれもこの周辺の情報収集に駆り出された面子だという。


「あんたらみたいな斥候は、一人で行動してたのか?」

「この辺の面子は、一人でも動けるな。だが、情報収集の活動では念の為複数人で行動する。俺と、そっちの背の低いのがペアだ」

「ほう。そっちの人は見掛けたことがないな」

「こいつは、基本的に出ずっぱりだからな。威張るわけじゃないが一応俺は、まとめ役をやってんだ。今回はチームを回収しながら再構築するから出てきたってわけだ」

「偉い人だったのか」

「偉いわけじゃないよ。実力があるだけ」


……。

謙遜しているのか良くわからん答えだなあ。


とにかく腕のある斥候らしい。

彼らと一緒に行動していれば、そうそう危険はないってことだろう。


ありがたいこった。



チームを回収していくという男の説明通り、その後も進むごとにポツポツと人が集まってきた。

本隊に合流するころには、10人を超える、ちょっとしたパーティになっていた。


ただ、途中で人を待ったりしたことで、進みはやや遅かった。本隊に合流できたのは、旅の目的である領都に着いたときであった。


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