第154話 平凡な男の話

俺だけじゃあ、なかったんだ。

村ではいつも、同じ面子、同じ場所。同じ匂い。ステータスもないような幼いころから、ずっとさ……。壁に囲まれたこの閉じられた空間で、どこにも逃げ出せない閉塞感を感じてた。同じように感じてた同年代のやつらも、少なくはなかったさ。

でも、な。誰もが、歳をとるにしたがって、折り合いって奴をつける。


俺は、そうじゃあなかった。

俺だけは違うと、いつも自分に言い聞かせていたんだ。


ある日、村に旅の神官さまが寄った。

何しに来たんだか、未だに分からんが。この村の神官ってのは、老いぼれた爺さんだけだったからなあ。それで、何か助けが必要なことがあったのかもな。

旅の神官さまは立派でな。

旅をするだけあって、剣も良いのを下げていた。


そして、めっぽう弁が立つんだ。


物心がつく前から、何十回も聞かされてきた古びた英雄譚だって、あの神官さまが語ればそれは生き生きと、見てきたように聴こえたもんだ。村の子供はみんな、俺だって夢中になったさ。

その神官がな、こう言ったんだ。


あなた方が、魔物と戦う人たちを支えているんだと。

あなた方の平和を守って死んだ、英雄たちに祈りを、と。


ああ、だめだなあ。

もっと感動的な話だったはずなんだが。俺が覚えてるのは、こんなもんだ。

だが、当時はいたく感動したっけ。それで……強く思ったのさ。

この村で英雄を支えるより、俺が英雄になって戦いたい。

そのために俺は大きくなったら剣を持って、壁の外に戦いに出るんだ、ってな。

それからは、熱心に剣の稽古をしたもんさ。村一番の剣士っておっさんにも喧嘩を吹っかけてな。鼻で笑われてあしらわれても、何かを盗もうとして。必死だったさ。

成人の儀式があってから、正式に親父の仕事を手伝うように言われたときも、ふざけんじゃねぇって反発してな。


結局、飛び出すように村を後にしちまった。


外で初めてハリモグラに襲われたときはビビった。でも、なんとかそいつを倒したときは1人で興奮したさ。思わず、雄叫びを上げちまった。


村の大人が組んで討伐するときは、安全優先だ。剣士が一人で敵と相対して、命のやりとりをすることなんて戦い方はしない。

だが俺は、1人きりで魔物と対峙して、力でねじ伏せたんだ。


俺は村のつまらない連中とは違う。そう思ったさ。

……くだらねえな。


何回思い出しても、よく街に着けたと思うぜ。

村の周り以外ではどんな魔物が出るかすら、まともに調べたことがねえ。

剣も、自己流でやってた挙句、ちょっと強いだけの村のおっさんにも勝てないような腕前だ。それこそワームやら、亜人の群れなんかに出くわしていたら……確実に生きちゃいなかっただろうな。


村のじいさん神官に無茶を言って、ジョブだけは『剣士』にしてもらってたが、レベルは10にも届いてなかったよ。

……そんな奴を雇ってくれる傭兵団も、見つからなくてな。


だが、不幸中の幸いで、この辺は紛争地だ。

それ目当てで色んな傭兵団が来ては、死んだ団員の穴埋めを探してた。


だから、俺みたいのでも、雑用半分って事で、雇って戦闘に参加させてくれるところがパラパラとあってな。だが、こういう所にくる傭兵団だ。行き先は人間同士の戦場だったりする。

俺がやりたかったのは、魔物を倒して英雄になることだった。戦争なんかに参加してもしょうがない。

そんな考えで、戦場に行く傭兵団に着いてくことはしなかった。


その日暮らしの苦しい生活だったが、ジョブのレベルも徐々に上がってきたな。

……思えば、外で一番楽しい時期だったのかもしれないな。

当時は思いもしなかったがな。ひもじいし、魔物との戦いはいつも怖えし、何より理想と違った。魔物と戦う傭兵たちは英雄でもなんでもなく……守銭奴だった。


自分達のちょっとした手柄を、いかに大きく見せて村人や、領主から金を毟り取るか。そんなことばっかり考えている連中ばかりだ。

だが、みじめなのは自分はそんな連中の走狗になって、小金を稼ぐしかないってことだ。

いくら傭兵連中の志の低さを嘲笑したって、酒の肴として呑み込むネタになるくらいだ。


……嘲笑した相手にすらまともに相手されず、その靴を舐めるようにして辛うじて生きてる生活だからな。

金でみじめになるのから逃れたくって、金を得るためにみじめな、卑怯な真似もしたさ。

街のカジノでいかさまをしてバレて、酷い目に遭ったり。

威張りくさってムカつく傭兵のかばんから、しょぼい盗みをして溜飲を下げたこともあった。ああ、すぐにバレて、盗った以上の借金になったよ。馬鹿な考えは持つもんじゃないな。


ある日な。亜人討伐の荷物持ちをして、戦場の端でブルブル震えた後……つまりいつもの仕事を終えて、安酒場で酒を舐めてたときだ。

えらく威勢のいい、同年代の奴がいてな。

俺と同じような愚痴を吐いて、気勢を上げていた。

そいつが言うにゃ、金のことしか考えてない傭兵ども。汚物を見るような壁の中の奴ら。

そいつらを見返してやるためには、俺らみたいな半端者が団結しないといけないってさ。


……たまにそういうことを言いだす馬鹿ってのは、いるもんだ。

俺みたいな生活をしている連中はだいたい、村を追い出された半端者か、俺みたいに夢見て故郷を飛び出した青臭い馬鹿か、さ。

特に始末に負えないのは、青臭いほうだ。


半端者は自分の立場をよく分かってる。最初は面食らっても、そのうち現実を理解して、傭兵団相手に賢く立ち回るようになる。例外もいるがね。

だが、青臭い理想を抱いて出てきた馬鹿は、理想は立派だからダメなんだ。

俺は妥協しない、私は間違ってないってな。


現実と折り合いを付けることをせずに、口だけは立派だ。

たまに本当に力を付けて、どこかの戦士団に入るやつもいるが、大体は無理だ。


立派なことを言っているうちに、魔物が怖くなって逃げ出すか、無意味に勇気を見せて姿を消す。ああ、逃げたのか死んだのかは分からないが、いつのまにか消えてる。俺はまだ長く続けたほうだと思うぜ。


だから、その話を最初に聞いたときは、また馬鹿な理想を振り回す馬鹿がいるなって、それだけの感想だったぜ。


でも、そいつは才能があったのか……英雄の才能か、詐欺師の才能か分からないが。

とにかく、気付けば街でちょっとした人数を集めて、小規模な傭兵団として活躍していた。


すげえ、と素直に思った。俺は諦めてたが、諦めてないやつがいた。胸が熱くなった。

参加させてくれって、酒場で土下座したことを覚えてるや。


……ああ、思い出しちまった。

あいつは得意げな顔で、構わねぇぜって、なあ。止しとけば良かったのによ。

それからは、そいつのチームで斥候と、たまに斬り込み役を任された。


当然下っ端の扱いだったが、他の傭兵団の連中みたいに横柄でも、粗暴でもなかった。それに……俺の、青臭い理想論に、共感してくれたんだ。はじめての経験だった。嬉しかった。嬉しかったんだ。

ああ、ちくしょう……。あいつらは、良い奴だった。金もなくって、歯が欠けたり。折れた骨が、変な風につながってたり。吃音がひどく、何言ってるかわかんない女も居たな。

はは、お世辞にも美人じゃなかったし、まともに喋れもしなかったが、女の団員は少なくてな。斥候役のライバルと、そいつの取り合いをしてた。あいつはどっちが好きだったんだろうな? 本音を言うと、俺はたいして好きじゃなかった。でもな、そうやって馬鹿やってるのが楽しくて、つい煽っちまってな。悪い事したよ。あいつに譲ってやれば、結ばれていたかね。

いつも臭くて近寄れない盾役もいた。でも、戦いでは頼りになるんだ、これが。すぐ横に来て、盾で狼の爪を抑えてくれたときは、匂いなんて感じなかった。


でもな。

そんな素人半分の傭兵団が、いつまでも上手くいくわきゃなかった。

……いや、俺の言うことじゃねえな。


傭兵団が、次第に魔物の群れや大きな魔物を任されるようになってくるとな。

ポツポツと、死ぬ奴が出て来てな。


人死にには慣れっこだったはずの俺も、なんだか妙に心にきた。

耐えられなくなって、辞める奴も少なくなかった。


それでも、前に進み続けたさ。この苦しみは、いつか大きな傭兵団として成長するための試練だってあいつは言ってた。最初に皆を集めて、団長なんて呼ばれ始めたやつさ。あいつだけは前を見てた。


だから、俺もついていこうと思ってた。

……。


水辺の悪魔って、知ってるか?

本来、この辺で出る魔物じゃない。だが、河に流されて、たまにこっちに来る個体がいるらしくてな。


そいつを探して、討伐するって任務だった。

やばい魔物らしい。団員で魔物に明るいやつが、反対してた。

でも、それをこなしたら、大きく評価されるって傭兵組合のお墨付きがあったらしくて、他の団員は乗り気だった。


結局、団を挙げての任務ってことになってな。俺も斥候の端くれとして、周囲の警戒を任された。

河にいる魔物だから、河の近くにいると思ってたが、そいつは意外とすぐに発見されてな。

山側で、水の気配のない荒地の近くだった。


予想してなかったからな、気付くまでに斥候が何人もやられたらしい。

俺にお鉢が回ってきて、そいつの周辺の状況を探った。


やがて本隊は交戦した。


思った以上に強かったが、団長たちは何とかやり合えてた。

反対してたやつは、傭兵団で唯一の『魔法使い』だったんだが、そいつがうまい事悪魔の注意を逸らしててな。

すげえよなあ。


悪魔は次第に弱っていっていて、このままなら勝てるってころだった。

俺は何度目かの偵察に出た。


その時、気付いたんだ。


俺たちは、魔物に包囲されていた。

ゲレって亜人を知ってるか?

1体1体はそこそこの強さだ。身長も、大きくても1m半ってとこだ。

だが、道具を使うし、連携してくることもある。

力が強いやつがいると、大きな群れになることもある。


そいつらが、隠れて俺たちを包囲してた。


水辺の悪魔に何人も斥候がやられてたし、交戦してからそんなに時間がかかるってのも想定してなかった。

そのうちに騒ぎに気付いた奴らのボスが俺たちを殺しつくすために、包囲を完成させていた。


……もちろん、伝えたさ。

数は分からないが、とにかく多い。逃げようってな。

だが、な。


逃げようったって、まだ前には悪魔がいる。

慌てた俺は、亜人がたくさんいるってことしか分かっちゃいない。

どの方向に、どう撤退するのかが判断できない。


……今なら、そう分かるがな。


なかなか撤退の指示を出さない団長に、俺は業を煮やしてな……。

いや、誤魔化すのは止めよう。


怖かったんだ。死ぬのが、怖かったんだ。

敵の包囲のなかに、一瞬、空いた場所があってな。

俺は誰にも言わず、駆け出した。無意識だった。

夢中に駆けて、駆けて、振り返らなかった。

俺は気付いたら、逃げ出して。一人で森の中で、小さくなって蹲って。嗚咽を噛み殺して泣き腫らしてた。


「水辺の悪魔」のことを聞いた戦士団が、たまたま俺を見付けてなきゃ……、死んでいたな。



それから街で頭の中が真っ白になったまま、宿に放り込まれてな。

何日も籠ってたが、宿の旦那に摘まみ出された。

金を持ってなかったからな。


そこで知ったよ。


傭兵団の仲間は、俺以外、誰一人も帰ってきちゃいないことを。



臆病者だと笑うか?

英雄になりたいって言ってた口ばかり達者なやつが、仲間を見捨てて逃げ帰ってきたんだ。

面白い冗談だろう。


俺は手元にあったわずかなモンを粗方売り払ったら、そのまま街を出た。

あのときに魔物と出くわしてたら、死んでただろうな。

俺は人一倍、悪運が強いと思ったよ。


そして人一倍臆病者だ。


そのまま死んだ方が良かったかもしれない。

村の壁を見たとき、真っ先に思ったことはそれさ。

それでも、今更死ぬ勇気もない。俺は死んだように、村の入り口を叩いて壁の中に入れてもらった。


その後、どうなったか分かるか?


……そうか、いや、想像は付くんじゃないか? そして、それは間違ってない。

俺はもともと村から飛び出した身分だ。親父が頭を下げて、渋々迎え入れてくれたが、他の連中の対応は冷たいもんだったよ……1人を除いて、な。


レナ……レナシーという女は、違った。

あいつはすっかり薄汚れて、笑顔の1つも見せない俺に、そっと近付いて、こう耳打ちした。


”私はあなたが帰ってきて嬉しいよ、アインツ。子どものころ、貴方がずっと好きだったから”


びっくりしてレナの顔を見たら、太陽みたいに笑うあいつがいた。

本当に嬉しそうな顔しててな。


”あら、そんな顔できるなら大丈夫かな。今のは冗談だからね?”


悪戯っぽい表情を浮かべて、コロコロと笑いながら走っていく。


取り残された俺は思ったよ。

ああ、ってな。

俺はあいつと、あいつがいるこの村を守るために、生きようとな。


俺は無謀に村を捨てて、思い知らされて、何にもなれずに、仲間を見捨てて逃げてきた卑怯者だ。俺は本当は、あそこで仲間と一緒に死ぬべきだったんだ。

もういつ死んでも後悔はない。

……あいつが笑ってくれる、この村を守るためにこの命を賭けられるなら、安いもんだよ。


だが……俺は何をやっている!?

そこで、そんなところで寝ているレナは何故目を覚まさない?

俺は、俺は……!!


……すまない。

もう暴れる気はない。

手を放してくれ。


村での暮らしは厳しかったが、俺は親父に鍛冶を習って、何とか皆に認めてもらおうと尽くしたさ。

人気者のレナの後押しもあって、ちょっとずつ心を開いてくれる奴もいてな。


戦争が始まって、戦士家の人達は何度か入れ替わった。

戦士団に余裕がないってんで、村人総出で魔物に対処することもあった。

そんなとき、外で魔物と戦ってた俺のノウハウは、積極的に提供した。


こんな俺でも、役に立つことができる……それだけでも、俺にはありがたかった。

今度は絶対に見捨てない。

この村を護るんだってな。



それから、戦争の終わりごろになって、1つの傭兵団が駐屯するようになった。

そう、『古傷の傭兵団』だ、知ってるだろう。


不愛想な連中だったが、その手の連中の相手は俺には覚えがあった。

戦争が終わっても、奴らが残って我が物顔をしていることに不満な連中もいた。

このままじゃ危ないと思ったから、俺が折衝役を買って出た。


うまくいってる、と思っていたさ。

実際、傭兵団の連中も、俺には話をしてくれるって奴が出てきた。

そんなとき、あいつが来た。


いつ来たのか、正確なことは俺にも分からない。

だが、南から来たやつは、いつの間にか傭兵団のトップにも気に入られて、我が物顔で村をうろつくようになった。


……俺が、折衝のために村長の館に出掛けてた深夜のことだ。

あいつが、俺の家に来たらしい。


親父が死んで、流行り病で死んだ兄貴の嫁も出てっていてな。

あの家にはあいつが、レナが1人で俺を待って起きてた。


……俺が帰ったとき、あいつは乱れた服を抱きしめて、うわごとのように言ってた。

ごめん。ごめん。汚されちゃった、ごめん、って。


何かあったか、何となく分かったさ。

そのとき思ったのは、こうだ。このことが表沙汰になったら、村でどんな問題が起こるか分からないって、な。

馬鹿野郎だ。

もっと言ってやるべき言葉がいくらでもあった。


……だが俺は、そのまんま思ったことをあいつに言っちまった。あいつは、黙ってうなづいた。

大丈夫だよ、私、大丈夫だよって……。消えそうな声でな……。




次の日、あいつは……。



……。

あいつが倒れてから、すぐに村長のとこに行って、あのじいさんを借りた。

あいつのことは何となく、村中に広まっちまった。

それから、村の連中は俺に同情するようになった。

同時に、傭兵団が嫌いな連中からは嫌味もな。あんなやつらを自由にさせるから、嫁がそんな目に遭うんじゃないか、違うかって。

村長も同情してな……家の財産だっていう、あの魔道具まで貸してくれたときは、とんでもなく驚いたし、有難かった。


だが、あいつは弱る一方だった。

あの魔道具は、生命維持をしてくれるらしい。栄養も補給してくれるんだとよ。原理は知らないが、とんでもない効果だよな。どれだけ高価なのか、検討もつかないシロモンだ。これがどうにかしてくれるって期待した。

でも、血を失い過ぎてた。あとは運命の巡り合わせ、そして本人の生きる意思次第だ、とも言われた。

なんで起きてくれないんだ、生きようとしてくれないんだって泣いて罵ったこともあった。

……なんであんな言葉をかけちまったんだって、後悔もした。

俺は、こいつの生きる村を守りたくて、頑張ってきたんだ。

苦手な傭兵団との折衝だって……もともとはそのために、色んなものを飲み込んで、受け入れていた。


俺は なんのために そんなことをしたんだ?


一番守るべきこいつの笑顔を 俺が 壊したのか?


……。

……。


この村は、何者にもなれなかった俺を、また迎え入れてくれた。

昔は分からなかったが、こうして辺境で生きていくために、皆が協力しなきゃいけない。

皆はちっとも平凡じゃなかった。皆が皆、すごい連中ばかりだ。俺が、馬鹿なだけだった。

感謝もある。返しきれないくらいの恩もある。分かってる。分かっているさ。

ただ、あいつは、もういない。


俺が殺しちまった。


だから、俺が生きる意味はもうないんだ。

たとえ無意味だろうと、あいつが望んじゃいなかろうと。


……俺にそんなことを言う権利なんて、なかったとしても。


最期に殺させてくれ。せめて、俺に殺させてくれ。

あの細目の傭兵を。レナを殺した、もう1人の男を。


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