第153話 出る幕だ
サーシャと顔を見合わせる。
その直後、何者かの怒号が聴こえて、途切れた。
「聞いたか?」
「ええ。……アインツさんの声かと」
「……行くぞ!」
放置を決め込んだところだったが、さすがに怒号を聞いてしまうとな。
それに、魔物に侵入されたとかだったら、普通に危険だ。
確かめるしかなかろう。
「アカーネ、恐らく魔道具が関係してる。動いてた場所は分かるか?」
「うん、こっち!」
アカーネは迷いなく階段を駆け下り、閉じられた戸を開けて、更に中へと進んだ。
いつ何が飛び出してきても対処できるように、アカーネの後ろを追いながら防御魔法を準備する。
途中の扉は、扉というふすまに近く、横に引くことでスッと開く。
その感覚に何とも懐かしさを覚えながら、奥へ、更に奥の部屋へ進む。
だが、部屋の中に雑然と色々なものが置かれているだけで、何も特別なものは見つからない。
「アカーネ……ここは行き止まりじゃないか? 何もないが」
ついに、奥のない小部屋へと辿り着いたが、普通に棚が置かれているだけの部屋だ。
「うーん。これかな?」
アカーネがコツンと床を叩くと、ギギっと小さく鳴きながら、床が開いた。
「……隠し扉か?」
「扉と言うか、隠し階段?」
「なに?」
開いた床の先には、段々が続いている。
どっからどう見ても、階段だ。
「注意深く見れば、分かる程度の入り口だ。隠し部屋というよりは、単に貯蔵庫かもしれんな」
キスティが部屋を見渡しながら、そんな分析をした。
確かに、よく見ると床に不自然な線があり、開くのだと推測できるかもしれない。
それに一瞬で気付いたアカーネもすごいが。
「それで、先に進むのか?」
キスティが神妙な面持ちで問う。
俺は、魔道具があった場所をアカーネに聞いて、ここに連れて来られた。
つまり地下にあったのだろう。
ますます怪しい。
ただ、ここまで来て引き返すのもなあ。
「俺が先頭で下る。キスティ、ここに残って入り口を警戒しろ。閉じ込められでもしたら、面倒だからな」
「承知した」
「サーシャは一緒に来てくれ。アカーネは……アカーネも一緒に行くか」
「うん」
うちのチームの頭脳であるサーシャは連れて行きたい。
アカーネはキスティと一緒に警戒させようかと思ったが、魔道具の問題がある。
場合によっては彼女の知識が必要だろう。
「慎重に進むぞ」
万が一、トラップがないとも限らない。慎重に歩を進めながら、階段を下へと下っていく。
コツ、コツと音を立てる石作りの階段を下りきると、重厚そうな鉄の扉に行き着く。
「アカーネ、この扉に魔力は感じるか?」
「……ないねえ」
「よし、ゆっくり開けるぞ。一応武器を構えておけ」
ドアノブに手をかけ、下に回す。重い扉だが、グッと腕に力を籠めると、少しずつ前が開けていく。
その刹那。
「誰だい?」
中にいた人物が、バッと振り返りこちらを向く。唇のあたりが黄色く、目が横に長い。
種族は分からないが、人間族ではなさそうだ。
「悪い。俺たちはこの家の2階を間借りしている者だ。アインツの様子を見に……きたが」
「ああ。例の流れの傭兵か?」
種族の分からない男は、中央アジアの民族衣装のようなカラフルな何かを身に着けて、腕を組んでいる。
そして、その脇に、アインツが蹲っていた。
アインツは、SFに睡眠カプセルとして出て来そうな箱型のものに寄り掛かるようにして、涙を流している。
その手が握っているのは……草木のような人の手。
異種族、というわけではない。単に、草木のように痩せ細った、おそらく女性の。
「なるほど」
一瞬で、状況がある程度分かった。
……アカーネが感知していた「魔道具」は、これか。おそらく、治療ポッド的な働きをするなにかだろう。
それが切れた、だから女の人が死にかけている、と。
いや逆か?
「まさか、このような場所にまで来るとはな。少し無粋ではないかね?」
「いや、悪い……。あんたは?」
「ふむ、私か。まあ、いいだろう。私はこの村で医師などをやっていた、ジエポンという者だ」
「ジエポン、さん。医者か」
「いかにも。もう引退しとるから、新規の患者は取らんことにしておるが」
「……じゃあ、ここで何を?」
「……。見て分かるだろう? 今、治療が”終わった”ところだ」
「何も終わってはいない!!」
アインツが急に声を張り上げると、ジエポンに掴みかかる勢いで詰め寄った。
「じいさん、まだだ、まだだろう!? これからだ、ここが山場だと昨日言ったばかりじゃあないか!!」
「……山場が、過ぎたのだよ。彼女は精いっぱい、頑張ったさ」
「じいさん、あの道具をもう一度だけ動かしてくれ! まだ、俺はあいつに何も返しちゃいない! 何一つだ! 頼む、後生だ、あの道具を……っ!」
「アインツ」
ジエポンは、縋りつくアインツの肩に、手を置いた。
「この魔道具はな。人の生命力に反応して、生きる手助けをするものだ。魔力切れでもないのに動かなくなるのは……中に入っている者の生命が、尽きたから、だ」
「そんなっ……そんな……!」
アインツはずりずりと崩れ落ち、床に落ちた。
「アインツ。こんな高価な魔道具まで貸し出したのはな、村長が、そして村の皆が、お前を憐れんだからだけではないぞ。皆、愛していたのだ。彼女を。レナシーを。だが……残念であった」
「なんで……なんでなんだ……ちくしょう……」
鳴き声のアインツは床で丸まり、嗚咽する。
「ジエポン、さん。……聞いても良いか?」
「私にか? 答えられることであれば」
「何故、こんな場所で隠れて治療を?」
「傭兵団に見付かると、ちとやっかいなことでね。だが、あんたに見付かってしまったな」
「いや、傭兵団に告げるようなことはしないが……」
「そうか」
ジエポンは静かにそう言うだけで、俺たちを追い出そうともしないし、口止めしようという素振りもない。落ち着きはらっている。
「あー、その魔道具はもともと、あんたのなのか?」
「いや。これは村長が持っていた」
「それをアインツに貸した? 太っ腹だな」
「このようなものを腐らせていても仕方がない。だから貸したのだろう」
「そこの女性の病気は……そんなに酷かったのか」
「……。病気ではない」
「む」
「……怪我、というわけでもないな。まあ、俗にいう『自傷行為』を行ったのだ」
「リストカット?」
自傷行為というと、そんなイメージだが。
「ああ。風呂場でな」
「あー」
自傷行為というか、自殺行為というか。
「……。傭兵団に何かされたか?」
「いかにも」
色々と繋がってきたぞ。
分かってみれば、何というか。
「ヨーヨー!」
泣き崩れていたアインツがガバっと起き上がると、今度は俺に対して詰め寄ってくる。
「お前はすごい魔法を使うのだろう!? 魔道具が動かせなくても、何とかできるんじゃないか!」
「魔法は万能ではないよ」
「俺はどうなってもいい! レナを助けてくれ! 頼む! 何でもする!」
「……無理だ」
俺に回復系のスキルは1つもない。
それに、仮にあったとしても……半分開いた医療カプセルのようなものの中で眠る、やせこけた女性が生気を宿していないことは、よく分かる。
「なんでだ……なんで、俺じゃないんだ? おかしいだろう、神さま……」
アインツは、俺から手を離すと、倒れ込むようになりながら、女性の傍に這っていく。
「なあ、レナ。目を覚ましてくれよ。もう一度だけでもいい、話を、話をしよう……なあ」
女性は何も答えない。
「……。……。俺のせいだ、俺の……。俺は……俺は……っ!」
アインツは、再び立ち上がると、部屋の隅に立てかけていた、古そうな剣を手にした。
「あいつは殺す。レナ、俺が仇を取る。あいつは……殺す!」
「待て、アインツ」
医者のジエポンがそれを咎める。
「その剣で、村を壊すつもりかね」
「そんなことはしねえ! だが、あいつだけは許さねえ……!」
「それが、村を壊すことになるのだ。分からんか」
「あいつのいない村に、価値などねえ!!」
アインツはジエポンを強く押し退け、出口へと向かう。
が、その手前で強く引っ張られ、足を止める。
「……」
「放せよ……放せヨーヨーぉ! 手前の出る幕じゃねえだろっ!」
「いや、出る幕だ」
アインツの腕を引っ張り、しこたま顔を殴る。
壁に叩きつけられたアインツが、息を詰まらせる。
「お前は明らかに、誰かを殺そうとしてるだろうが。俺が、俺たちが教えた剣で、だ」
「う、ぐっ……関係ねぇだろ」
倒れ込んだアインツの髪を掴み、こちらを強制的に向かせる。
「関係あるに決まってるだろうが。お前が誰かを殺そうとすりゃ、俺はその協力者だ。お前が許されないことをするなら、俺もその火の粉をかぶる。そうだろうが? 今、何をしようとした。説明しろ」
「……。」
「新しく傭兵団に加わった細目の男、といって分かるかな」
声を出したのは、アインツではなく、ジエポンであった。
「ああ。元は南の国にいたって奴だろ」
「そうだ。そいつが、レナに乱暴をしてな」
「……そういうことか」
「アインツが殺そうとしとるのは、確実に、そいつだろう」
「しかし、そいつは傭兵団の大物じゃなかったか?」
「そうだ。奴らの団長にも親しく、重宝されているようだ」
「アインツが殺したら、それこそ村と傭兵団で大戦争に……ああ」
村を壊すってのは、そういうことか。
「皆、多かれ少なかれ、アインツに、というよりレナに同情はしておる。だからこそ、アインツが殺されるのはまずい」
「……アインツが、そいつを殺すのではなく?」
「それもまずい。が、無理だろう。傭兵……ヨーヨーと言ったか。お前がアインツに稽古を付けたという話は初耳だが、それでもだ」
「やってみなきゃ、わかんねぇだろうが!」
ジエポンは這いつくばるアインツを見下ろしながら、表情を変えずにその声に答える。
「傭兵をやっていたお主なら、分かるだろう。多勢に無勢だ。たとえ、万が一アインツ、お主が仇に勝てたとしても」
ジエポンは一拍置き、言う。
「生きて帰っては来れまい」
ジエポンは膝を折り、アインツと目線を合わせると、少し優しい口調で語る。
「アインツ。悲しいのは分かる。悔しいのも分かる。だが、お主が死んで、レナが喜ぶと思うか? 彼女の愛した村を、本気で、心の底から、どうでもいいと?」
「……っ」
「アインツ。堪えてくれ。……彼女の愛した、故郷のために」
「……」
俺に、壁に押し付けられた態勢のまま抵抗していたアインツだったが、ふっと力が抜けた。
「……。分かってるよ、俺が間違っていることくらい」
掴んでいた髪を話すと、ずるずると壁伝いにずり落ちたアインツが、床にへたり込んだ。
「俺はいつだって、間違える」
「……ヨーヨー。その男をここから出さないでいてくれ」
「ああ。……うん?」
ジエポンはどこに行くのか。そんな疑問を浮かべて彼を見る。
「私は、諸々の手続きをせねばならない。とはいえ、彼女の死は……しばらく、明かせないだろうが」
「そうなのか」
「色々とあってな。村人の中には、傭兵団との力量差も分からず、戦いたがっている馬鹿も多い」
「なるほど」
レナという女性が死んだということがきっかけになって、暴れ出すかもしれないと。
思った以上に、村人と傭兵団が一触即発だった。
「だが、村の人間じゃない俺に任せて良いのか」
「まあな。その男が傭兵団に殴り込んだら、一番困るのはあんただ。そうだろう?」
「……違いない」
ジエポンは伝えることは終わったという様子で、足早に階段を上っていく。
キスティに、医者が通るが問題ないことを、アカーネに一緒に行って伝えて貰う。
「さて、しばらく暇だが」
「……」
「アインツ。何か話したいことがあれば、聞くぞ」
「……なんも、ねえよ」
アインツは、力なく呟くと、体育座りとなって分かりやすく自分の殻に籠ってしまう。
仕方がないから、このまま無言で待機しておくか。
そんな風に思って黙っていたら、ポツリと、アインツが言葉を紡いだ。
それは、昔話のようだった。
「俺は昔から……この村が、だいっ嫌いだった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます