第152話 猫を殺すもの
「ほれ、こいつが報酬じゃき」
クデンに渡されたのは、革袋にすら入れられていない、剥き出しの金貨。
帰還から2日ほど経っている。アインツは稽古に参加しようとしない。
ぼんやりと、村で稽古しながら、生活を眺める時間にした。
「おお? 言ってたより高くないか」
「半金貨ってのは、あくまでワームの討伐代金だ。アースワームにしちゃ大きかったし、素材も良いのが採れたからな」
「そうか」
「それとは別に、魔石代の一部も渡すつもりだあ。そっちは商人からにしてくれや」
「ほお」
まあまあの収入になった。
しかし、危険に見合う額かは良く分からん。
まあ、基本的に命に見合う額なんて回収できないのが、魔物狩り稼業なのだろうとは分かっちゃいるが。
クデンは帰還して十分に休めたからか、若者の死を嘆いていた夜に比べて、ずいぶん吹っ切れたように見える。
彼自身が言ったように、人死には”日常”の一部なのだろう。
「それで? お前さんたちは、またワーム狩りでもするかあ?」
「いや。ワームは流石にな…。一稼ぎしたし、街で装備も揃えたい。そろそろ出ようと思っているが」
「……そうかあ。その腕がありゃ、傭兵団でもそこそこのポジションが渡せると思うがね」
「悪いが、組織に入るつもりはなくってな。まあ、光栄だよ」
「まあ、そうだき。若いうちは、そういう無茶がやりたくなるもんだ。じゃが、忘れちまってもいい、頭のどこかに入れておけ。自分の限界ってやつを知った時に、絶望しないようになあ。どこかで妥協することも大事だき」
「……ああ」
クデンも、歳の取り方が遅いらしきこの世界で、皺が寄るまで傭兵として生き残ってきた人物だ。実感がこもっているし、説得力があるように思う。
だが、ここまできたら、中途半端なところで落ち着きたくはない。
もちろん、そんなことも分かった上での、クデンの台詞なのだろう。
素直に首肯するしかない。
「それで? いつ出るつもりだあ」
「近日中にな。団長への挨拶は必要かな?」
「……まあ要らんだろお。出た後はどっちにいくつもりだ?」
「まだ決めていないが。西の砂漠に出るのはリスクだし、無難に領内のどっかの街に行くかね」
「ほお?」
もちろん、行き先は決まっているわけだが。
これで、商隊の一員として舞い戻ることになったら気まずいが…まあ、寄らないように言うつもりだし、多分ないと思う。
「逆に、おすすめはあるか? しばらく休養もしたいが、その後仕事が探せるようなところ」
「……個人傭兵レベルでも、領内は割と戦力不足じゃろ。どこでも良いっちゃあ、良いが…。やはり領都が無難だあ。ま、新しくできた都だき、どこまで仕事があるかは分からんがな」
「領都ねえ。新しく出来た都ってことは、戦後に建築したのか?」
「この前まで戦しとった領だわ、そこまでの余力はないと思うき。普通に、戦時の拠点を領都にしたんじゃ」
「元軍事拠点か」
「間違っちゃいないが、元は寒村じゃき、そこを無理くりに拠点にしてたところが、領都になったとさ」
「ほお。元いた人たちはどうなるんだ?」
「追い出されちゃいないだろうが、領都として整備するっちゅうとな…新しく家が割り振られるパターンかの」
「へえ」
寒村で暮らしてたら、急に領都になった。お得なような、戸惑うような感じだな。
暮らしを変えたくないジジババたちからすれば、迷惑このうえないが、若者はワクワクしそうかも。
「領都に行くっちゅうなら、届けもんをイイき?」
「届け物? 構わないが、俺で良いのか。途中で野垂れ死ぬかもしれんが」
「そんときゃ、そんときよ!」
ガハハ、とクデンは大きな手のひらで背を叩いてきた。
いてえ。
クデンの言う「荷物」を受け取り、アインツの家に帰宅する。
受け取った荷物は、皮袋に入れられた小さく軽い板のような何か。
皮袋には封がしてあり、開けると分かる仕組みになっているので中を確かめることはできない。
変な物じゃないといいが、この感じは何かの手紙か文書かな。
「……ふむ」
キスティは、説明を聞くと、板状のものを抱えてコンコンと叩く。
魔道具だとしたら、アカーネに聞いた方が良いかな?
「主、恐らくだが」
「何か分かったのか? 封を開けていないだろうな」
「せぬわ! 信用がないのう。これは記し状ではないかな」
「しるしじょう? それはなんだ、重要な書類か?」
「いや。思っている通りの記し状だとすると、用途に意味があり、この書状自体は価値がない」
「……ん?」
もって回った言い方をするので、特殊な使い方をする何かということになる。
「つまり、この書状が届くかどうか、それを見極めることが目的ということだ」
「良く分からんな? つまり?」
「分からんか? 主が本当に領都に行けば、そのことが出し主に伝わるという寸法。つまり、本当に領都に行くかどうかを見極めるための書状だ。これ自体は恐らく、何も中身のないし、万が一見られても問題のないように書かれているはず……」
なるほどな。
まさかヴァイキングみたいな見た目のおっさんが、そんな智略を駆使するとは思っていなかった。俺一人だったらまんまと運び渡していただろうな。
「しかし、何故そうだと?」
「主の状況から察してな。それに、記し状に使うのは主にこう言った軽箱に入った紙であることが多い」
「ほお」
「重要そうな装丁であれば、なるべく届けようと思うのが人情、と」
「なかなか……あのおっさんもやるねえ」
キスティは知識を披露できて嬉しいのか、ややドヤりながらも頷いた。
「辺境の傭兵団がやる手ではないな。あの、細目の男が入れ知恵したのかもしれない」
「ふむ」
「バレても特に問題のない手だし、せいぜい警戒していることが伝わる程度だ。むしろ、警戒していることを遠巻きに伝えたいという線もあろう」
「ふうむ。余計なちょっかい出すなよって事か」
「さもあらん」
「まあ、いいけどね」
そう言う意味なら、余計な手を出すつもりはないし。
クデンの感じだと、出ていくのも特に妨害されるような態度ではない。
むしろ早く出ていってくれという心情なのかも。
大人しく荷物を届けてやろうじゃないの。
たぶん、領都は寄るはずだし。
よっぽどのことがないかぎり。
…ありそう。
「まあ、領都に寄ったら届けてやろう。リスクはないよな?」
「本当にこれが記し状ならな。本当は毒が入っていて、暗殺の手先にされる…なんてことは考え過ぎだろうが」
「まあ、うん」
「報酬は?」
「届けたら、向こうで銀貨2枚だとよ。まあ、高くもないが無視する額でもないよな」
「同意する」
一応、アカーネにも魔力感知してもらったが、「荷物」には何も感じないらしい。
ここまでやれば、問題ないだろう。ただの荷物だ。
リュックに放り込んでおく。
さて、ぼんやりする時間も飽きてきたし、荷物も預けられたし。そろそろか。
明日か、遅くとも明後日にはこの村を出ようと思う。
ちょっと気になるのは、アインツの様子だ。
徹夜が続いているのか、まるで覇気がない。
目の下のクマは濃くなる一方で、食も細くほとんど何も食べてないように思う。
サーシャが干し芋を溶かしたスープを与えていたが、それもどこか上の空で、胃の中に入れるだけといった感じだ。
……アカーネに確かめたが、魔道具が部屋の奥で動いているのは相変わらずらしい。
俺は来た時からあったから違和感がなかったが、もしかしたら異常な状態で、その原因が魔道具にあるとは考えられないだろうか。
去ることに決めた村だが、このまま魔道具の謎を放置するのも癪だな。
アインツのトイレに行っている隙に、忍び込んでみるか?
なんだか、厄介ごとに自分から頭を突っ込むようで、抵抗感があるが……。
だが、やばい事件の前兆だとしたら、知っておくことは情報を得ることになる。その価値はあるか。ばれたら厄介だが。
だめだ、自分で考えていても考えが煮詰まらんな。サーシャの助言を参考にしよう。
「アインツさん、ですか? 微妙な問題ですが……」
「サーシャが一人だとしたら、どう行動する?」
サーシャも悩ましいと考えているようだが、今は何でもいいから考えるきっかけが欲しいので、問いを投げかける。
「そうですね……確かに、情報は価値があります。ただ、現在は傭兵が実力支配している、安全とは言い切れない土地で、アインツさんとも特別な関係はありません。私なら、避けるでしょう」
「スルーする?」
「ええ。……やはり、取得する価値に見合ったリスクが排除しきれませんし、そもそも価値のある情報があるとは」
「まあ、確実ではないよな」
「はい」
……。
好奇心は猫を殺す、か。ここは気になる気持ちを抑えて、スルーで去ろう。
そんなことを思った翌朝。
アカーネがこんなことを言った。
「あ。消えた。魔力反応、ないね。うーん、やっぱり消えてるや」
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