第149話 虹
「また通り雨か? ツいてねえ」
クデンが毒付く間にも、雨脚は強くなり、叩きつけるような雨に見舞われた。一度立ち止まって、話し合い、撤退するかどうか確認する。
クデンの意見としては、通り雨で撤退していてはキリがなく、やり過ごして進みたいということであった。とはいっても、雨に打たれ続けていると索敵が疎かになるし、体力も奪われる。
雨足が強いうちは無理に進まず、簡易的な屋根でも作って休憩しようということになった。
岩陰で雨が入ってきにくい場所を見つけ、寝袋を壁代わりにして休憩スペースとする。主にアカーネが奮闘するも、隙間から普通に雨が入ってきて不快だ。
これでは服を乾かすこともできないので、濡れ鼠のまま座り込む。
俺はと言うと、雨が当たらない場所に火を熾そうと試みるも、たまに吹き込む水滴が努力を消し去ってしまう。
1時間程度休憩していたが、雨は弱まる気配もなく、皆が無口になってきた。
「なあ、雨が長いし、一度野営地に戻らないか」
「……そうさな」
クデンも渋々納得し、撤収にかかる。
簡易野営地を解体し、壁代わりに使っていた寝袋を回収。
荷物をまとめて、東に進み始めることしばらく。
気配察知が急接近する何かを察知した。
「何か来るぞ! かなり速い」
「……この天気では見えませんね」
サーシャが俺の指差す方向を見るが、強い雨で視界が遮られる。
「とりあえず牽制しろ、サーシャ!」
サーシャが矢を番る。その矢が放たれる前に、魔投棒を構えていたアカーネから魔力派が飛ぶ。その攻撃を警戒してか、突っ込んでくる何者かのスピードが若干鈍る。
だが命中はしなかったのか、止まることはなく至近距離まで接近される。
雨飛沫の中から、大口を開けて現れたのは、ギザギザの歯が特徴的な、裂けた口の大きな鳥。
身体は毛の長い鳥のようだが、頭の部分が異様な風体なのだ。
人食い植物の、口の部分だけを頭にしたような。目などの器官がないかのように見える。
鳥はアカーネを標的にしたので、その動きを察知していた俺が横から剣で殴るようにして止める。
けっこうな威力で叩き込んだが、軌道がズレただけで致命傷とはいかなかったようだ。
ゲーッ、と大きくひと鳴きすると、忙しなく羽ばたいて再び雨空に消える。
「なんだ、あいつぁ…?」
「知らないのか? クデン」
「知らないなあ……ヨーヨー、あいつはナニモンだ?」
いや、俺も知らないんだけど。
と言うより先に、サーシャが答えを出してくれた。
「ウー・バードではないでしょうか?」
「ウー・バード?」
「おお、確かにそうだな! あの特徴的なフォルムは、ウー・バードであるな!」
キスティも存在を知っているらしい、ウー・バードなる名前の鳥の魔物。
キスティに言わせると、雷雨鳥と呼ばれることもあるこの魔物は、激しい雨に紛れて攻撃してくるという、厄介な存在らしい。雨音に負けないよう、声を張り上げているので伝えられる情報量は多くない。
ただ、厄介な存在である理由の1つとして、防御能力が高いということが知れたのが貴重な情報だ。
物理にも、魔法にもそれなりに耐性があるらしく、弱点となる口の中を破壊するか、粘り強くダメージを重ねていくしか無いとのこと。
「キスティ、お前のパワーでも厳しいか!?」
「どうだかな! だが、上手に直撃できれば狩れそうな気はするな!」
ふむ。
キスティを攻撃要員として、俺は足止めに回るのが良いパターンかね。
「最悪、倒せずともダメージを与えられれば、奴らは逃げに回る。元来、臆病な魔物だからな!」
「そうなのか?」
見た目はかなり好戦的なのだが、臆病なのか。
なら、最初の攻撃以降、なかなか次の襲撃がないのは、逃げたからか?
と思っていたら、また上空から接近する何者かの反応。
「来るぞっ、あっちだ!」
「はぁっ!」
アカーネが気合を込めて魔力派を飛ばす。
その隙に、キスティに短く指示をする。
さらにサーシャが短い間隔で、矢を番えては放った。
それを避けて近付いてきたウー・バードの凶悪な口元が視界に。
来る方向が予測できたので、剣で軽く弾くようにしつつ、マッドシールドを展開。
網にかかった魚のように、シールドに吸い込まれるウー・バード。だが、噛み付くようにして暴れると、泥の拘束が破られる。一瞬だ。
一瞬だが、それでいい。
「やれ、キスティ!」
狂化したキスティが、振りかぶったハンマーを振り下ろす。
ハンマーと地面にサンドイッチされたウー・バードの首が、ひしゃげて潰れる。
「グ、グエエエェェ!?」
それでもしぶとく体勢を整えようとするウー・バードに、「強撃」をセットして斬撃を浴びせる。
「ギゥ、ギゥ」
赤黒い血を流しながら、ウー・バードが飛び立つ。
……タフすぎだろう。
「そこまでやれば、逃げ去るかな?」
「ええ、おそらく……」
「ギゥーッ! ギゥ〜〜!!」
アカーネのリュックから、ドンが顔を出して声を上げた。
……このパターンは。
!!
「下から何か来る!? 狙われてるぞ!」
短い刹那で、名前を出すことはできなかったが、少し離れた場所で警戒するイバラに警告を飛ばす。
だが、一瞬遅かった。
地面が一瞬盛り上がり、飛び出た影に、イバラの右腕が奪われた。
「ッッ!!」
それでも、警告に意味がなかったわけではない。
イバラは一瞬、身体をずらしていた。そのおかげで、丸ごと呑み込まれるのを避けた形だ。
地面から飛び出したそいつは、円筒状の身体を地面から伸ばし、その内側にはびっしりと鋭い刃が並ぶのが見える。
大きさは、見えているところだけで優に俺の身長を超える。
太さも、1〜2mはあろう。つまり、ヒトを容易に呑み込める巨体だ。
「アースワーム!!」
「イバラぁ! 無事かよお!?」
イバラを心配するクデンの声が重なる。
イバラは右手のあった場所を左手で抑えるようにして、蹲っている。
確かに、イバラはメンバーの中でも軽装ではあるが……一瞬で腕を丸ごと奪って行くあのワームの攻撃はやばい。
サーシャの放った矢がぶすぶすと刺さり、嫌がるように身体を震わせたワームが、出てきた時の逆再生をするようにズルズルと地面に潜った。巨体のわりに、素早いな。
「イバラ、どこをやられたぁ!」
「……」
イバラが心配するクデンに何か言ったようだが、雨に掻き消されて俺には声が聞こえなかった。イバラの救援はクデンに任せ、俺は『剣士』から『警戒士』にスイッチ。
すると同時に、空から急降下する何かを察知した。
狙われているのはイバラの方向。クデンかもしれないが、と思ったところで、地面に打っていた探知に引っかかる別の微かな気配。
魔投棒を構えるアカーネを抱き寄せるようにして、跳ぶ。
その下から数テンポ遅れて飛び出す、アースワームの巨大な口。
「あっぶねぇ!!」
アカーネを離し、すぐにエア・プレッシャー自己使用で再接近しつつ、『魔剣士」をセット。「強撃」のうえに、魔力を剣に巡らせながら斬る。
「キスティ、合わせろ!」
「うがぁぁっあっ!」
キスティが反対側から、ワームの胴体を叩くのを視認しつつ、剣に魔力を流す。
「強撃」「身体強化魔法」発動。
最後に「魔閃」も発動して全身をコマのように回転させながら、斬り付ける。
「ピギィィィィッ!!」
これまで声を上げなかったワームが、悲痛に泣き叫ぶ。
キスティのハンマーが肉を抉り、俺の剣がワームの表皮を切り刻む。両側から体液が飛び散っている状況。
ワームは全身を震わせると、追撃の暇を与えずに地面へと潜り戻った。
「イバラ!」
クデンの声にはっとし、イバラの方を向く。イバラに群がるようにしてウー・バードが数羽、羽ばたいている中で、クデンが獲物を振り回している。とりあえず、味方を誤射しないよう気をつけて魔弾を数発発射する。
うっとおしそうにウー・バードがひと鳴きすると、空中に舞い上がっていく。しかし完全に去ることはなく、中空でこちらの様子を窺っている。
「サーシャ、撃ち落とせるか?」
「やってみます」
サーシャが矢を放ち始めると、それを嫌がって高度を上げた。しかし、やはり去ることはない。残りのウー・バードも、キスティやクデンに追い払われて空中で円を描くように飛び、機会を窺っているようだ。
ある程度高度を取られると、激しい雨で視界が遮られ、矢も届きにくくなるため追撃はきびしい。
「チッ、やな根性してるな」
「ウー・バードは弱った者を狙う。……奴らにはイバラが『ちょうど良い餌」に見えるのかもしれない」
キスティが深刻な声色で告げる。
イバラに目を向けると、クデンに抱えられて虫の息だ。
右腕はごっそりと食い千切られ、それ以外にもウー・バードに咀嚼された生々しい傷跡が幾筋もあるようだ。
と、そこに地中からの反応を察知する。
「逃げろ!」
その声が届いたのか、クデンは抱えていたイバラを投げ出すようにして逃がす。ーー自身は接近する地中反応の真上に残ったまま。
グギャアアアア!
大口を開けたワームが、クデンを呑み込むように噛み付く。
足、そして腹まで呑まれたように見えるクデンであったが、剣でワームの皮膚を縫い付けるようにして、それ以上呑み込まれることに抵抗をする。
ワームは身体を震わせて噛みちぎろうともがく。が、クデンの鎧はギチギチと音を立てつつも、装着者の身体に歯が食い込むことを防いだ。
「こいつは儂が、全財産を注ぎ込んできた代物だぁ。クソ虫なんぞにやすやすと破られっかよおっ!!」
サーシャの矢と、アカーネの魔力波と。
そして俺の火球が、もがくワームに着弾する。
ワームが悲鳴を上げ、拘束が緩くなった一瞬ーークデンが剣を抜き、掲げるようにして叫んだ。
「とっくと喰らえ、『風刃暴虐』!!」
クデンの身体が一瞬光ると、行く筋もの魔力の刃が生まれ、クデンの周囲に無差別にばら撒かれる。
クデンを中心に、全方位に放たれるので、効果的な場面はかなり限られるだろう。
……まさに、その限られた有効な場面が、今だった。
クデンを呑み込まんとしていたワームの身体は、四方八方を切り刻まれ、穴が空いていく。
これをやりたくて、あえて呑み込まれかけたのかね。
「キスティ、やれ。頭を飛ばせ」
「ぐがああーっ!!」
「くれぐれも、クデンの顔まで潰すなよ?」
「うううううああ〜」
狂化中のキスティは、人間の言葉を話してくれない。が、指示は理解してくれたようだ。
ハンマーを担いだキスティが突貫し、ワームの頭を叩き潰す。
その間にクデンが口の中から脱し、追い縋るワームに、俺が火球をお見舞いする。
そこに、キスティがトドメの一撃でワームの頭部をホームラン。
力を失ったワームの胴体が、どさりと地に転がる。
「よし……」
「油断するな、2匹目が来るかもしんねぇぞ!」
思わず弛緩しかけた思考に、クデンが喝を入れた。
そう言いつつも、クデンはイバラのことが気になっている様子。
警戒を行いながら近寄ると、イバラに纏わりつくウー・バードを攻撃して追い払う。
「ああ、イバラ……儂の声が聴こえるか? 意識をしっかり持て!!」
「う…あ…」
イバラは、俺たちがワームの相手をしている間に、ウー・バードによってちょこちょこ齧られていたようだ。
本当にいやらしい魔物どもだ。
イバラはまだ、息があるようだが…だが、俺にも、分かるくらいであった。
……もう長くないのだろう、と。
「クデン」
「分かっちょる。…イバラ、お前を、置いて行くぞ」
「う…ぐ…」
「オメェは、いつも無愛想でよ。不器用でよ。でも一生懸命でよ。……ちょこっとだけ、息子のようち思ってたで」
「……」
「オメェは張り切ってたが、ちと早すぎたかもしれんなあ、この手の任務は。悪いな、悪いなぁ……」
クデンは鳴き声になりつつ、イバラの首に小剣を押し当てた。
「じゃあなあ。巡り、回りし魂よ。願わくばこの戦士に、暖かな帰路を示さんことを」
「……」
イバラはもう、何も言わなかった。
ただ、ウー・バードにも齧られず、残されていた右目から、一粒の光が落ちた。
ほんのわずかな時間、じっとしていたクデンだったが、振り切るように頭を振ると、ナイフでイバラの髪の毛を数束切ると、皮袋へと入れた。
それから無言でワームの死骸へと向かうと、その素材を剥ぎ取り始める。
俺たちも無言で手伝う。
魔石が身体にいくつかあったのと、皮や歯は何かの材料になるらしい。
全てを持ってはいけないが、立派なやつを何本か回収する。
そして、あらかた解体したあと、クデンがピタリと動きを止めた。
思わず、他の皆でそれを見てしまい、手が、止まった。
「帰ろうかぁ、ヨーヨー」
「……ああ」
「急いだ方がいい。血の匂いが強くなれば、また別の魔物が現れるきな」
雨はいつの間にか、勢いが弱くなってきた。
荷物をまとめ、帰路に着くころには、晴れ間が覗くぐらいになっていた。
後ろを一度だけ振り返ると、ウー・バードがイバラの遺体に群がっているところが見えた。
その奥には、雨上がりの虹が美しくかかっていた。
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