第148話 雨
ヴァイキングなおっさんと、見張り役の斥候と村を出る。
西に進む道は街道というよりは獣道であり、小高い丘を超えると一面の荒野が広がる。
「悪いなァ、ウチの連中ば愛想が悪くてヨォ」
「……何の話だ?」
「シューマハもそうだけどよ、あんまり嬉しくない歓迎だったろ。個人傭兵なんかやってちゃぁ、慣れっこかも分かんねけどヨォ」
「…まあな」
ヴァイキングのおっさんは、傭兵団の無愛想さを謝っているらしかった。
「そういやぁ、自己紹介がまだだったかの。儂はクデン。ウチの連中からは『おやっさん』ち呼ばれてたりするなぁ」
「おやっさん、ね」
たしかに見た目的には、このクデンが一番年嵩に見える。
「あんたは、傭兵歴が長いのか」
「まあなぁ、儂にゃ他の生き方が分からんき」
「どうして今の傭兵団に?」
「ハッハァ、そりゃ、なんでじゃろナァ」
「いや、悪いな。立ち入ったことを聞くつもりじゃなかった」
「そうかい? いんや、別に話したくねぇわけじゃなくての」
クデンは、金属鎧を着込み、兜は被っていない。ないわけではなく、兜に鎖を通して、ネックレスのように下げているのだ。戦闘になったら被る、ということなのだろうと見える。
その兜をぽんぽんと、掌で叩くような動作をして、乾いた音が鳴る。
「儂ぁ、ここの先代に恩義があってナァ。といっても、フラフラしてたとこを拾われたってだけだ。良くある話だの」
「先代というと、今の団長の親父か?」
「そんなわきゃないき」
クデンは可笑しそうにヴァイキング顔を歪ませる。
「違うのか」
「いやー、ハッハァ。そうだな、大きな傭兵団やら、由緒正しいとこではそういうこともあるわな」
「小さな傭兵団は、そうじゃない?」
「そりゃそうだぁ。傭兵団なんてものぁ、すぐに出来たり潰れたりする。そんで…」
クデンは一瞬言葉を詰まらせる。
「大抵、無事引退する前に死んで交代だき、団長なんてものは」
「…団長でも、か」
「団長だから、かも知れないのぉ」
傭兵団の団長というやつも大変らしい。
…いや、そうか。戦争なんかに参加している傭兵団であれば、敵から見れば傭兵団の団長は「ちょうど良い首級」になるのかもしれない。
長生きはできなさそうだ。
「先代は、どんな人だったんだ?」
「男の中の男さ。先代が生きてりゃあ、なあ」
クデンはふううと大きなため息を吐いて、遠くを見た。
斥候役のイバラは、俯くように地面を見たまま何も言わない。
崩れそうな曇空が荒野に広がる。
***************************
「降ってきたな」
クデンはそう呟くと、背嚢から薄い皮布を取り出して身体に巻き付けた。
イバラはキャップのようなものが付いている道具を頭に付けたのみだ。
俺たちも一応、撥水性のあるマントは用意しているが、本格的な雨具があるわけではない。
この世界にも傘や、レインコートのような雨具など色々ある。しかし、持ち運ぶとなると嵩張るので、旅暮らしの傭兵はだいたいこんなもんだ。
レベルがある程度高くなってくると、風邪もほとんどひかなくなるというから、そのせいもあるだろう。
間も無く、ざあざあと雨が地面を叩く音が聞こえるくらいには激しい雨になった。
「気をつけろい! はぐれるんじゃねえぞ」
クデンが叫ぶように、強い雨となると視界が制限され、離れた味方の位置を見失う。
音も聞こえづらくなるから、尚更だ。
気配探知も、展開しづらい。
「降るかもしれねえとは思ったけんど、思った以上だき」
「どうする、引き返すか?」
「いんや、それより野営地に向かった方が早いべ」
顔を寄せて声が聞こえるようにしながら、クデンと叫び合う。
幸い、途中魔物と出会うことはなかった。が、2度ほど大根が飛んできた。
直前に気付いて俺とキスティが切り捨てたが、やっかいな魔物だ。
雨は次第に弱まってパラパラになり、やがて降り止んだ。
夕方には野営地に着いた。
木々の間に人工物がポツポツと設えてある場所で、板で天井は作ってあるが、壁がないといった構造になっている。
クデンの指揮で、放置してあった厚布を吊るすようにして壁を作る。
壁を作らずそのまま寝てもいいのだが、また夜のうちに降り出すと寝られないからだ。
雨除けのための厚布である。
「雨にも振られたし、身体が冷えてんだろう。着替えろ。儂らはあっち向いとくからよお」
クデンが女性陣に汚れたタオルを渡しながら、言う。
俺は見ていてもよかったが、すまし顔のサーシャや気にしていなそうなキスティと違って、恥ずかしそうにしているアカーネに向こうを向くように抗議されてしまった。
仕方ないのでクデン、イバラと並んで明後日の方向を見て過ごす。
「ん? お前さんは着替えないのか、ヨーヨー。女どもはお前さんのコレじゃねえのか」
「想像にお任せするよ。しかしイバラも若いのに、興味なさそうだな」
ぬぼーっとしているイバラを見やって言う。
こいつも若い男のはずだが、それそわとか、興奮している様子がない。
「こいつはいつもそうだき」
「そうなのか? 実は女ってこたないよな」
「それはねえ。あっちもちゃんと付いてるしの?」
クデンが股間をなでるような仕草をする。
……まさかここの二人が出来てるとか、ないよな?
「そうか」
「こいつは出会った頃から淡白でな」
「傭兵団に入った頃か?」
「まあ、そうよの。こいつの両親が魔物に食われているとこに、儂らが通りかかっての」
「おい」
いきなり重い話だった。
何でもないようにクデンが話したが、問題ないのか……イバラの様子を横目で窺うが、特に気にした風でもない。
この世界じゃ、あり触れていることだからだろうか。
「そのまま傭兵団に?」
「いや。一度は近くの村に預けて、そこで育ったんだき」
「傭兵団に入ったのは、恩返しか?」
イバラに話を振ってみるが、本人はゆっくりと首を横に振っただけだった。
「どうやら、村の生活に馴染めなかったようでの。もともと両親が何をしている人間だったのかも分からんき、生活のリズムが合わなかったんかもな」
「本人も、どういう家だったか思い出せないのか?」
「魔物に襲われる前の記憶は、言いたがらなくてなあ」
「……覚えてない」
イバラがひとこと、言い捨てた。
思い出さないことにしているのか、はたまた本当に記憶がないのか。
まあ、本人が覚えてないと言うなら、無理に追求することはないか。
「それで、育ってから傭兵団に?」
「そうさな。村から出たところで、剣だけ差して佇んでてな」
「あんたらのとこの…『古傷の傭兵団』だったか。来るもの拒まずなのか?」
「小さな傭兵団など、基本はそうじゃないか? 人死にが出るたびに、補充に四苦八苦よ」
「そうなのか」
「まあイバラは、さすがに今より細かったし、まともに戦ったこともなかったき。だからよ、前はよく剣の相手をしたもんだ。懐かしいのお?」
「……別に」
クデンに話を振られたイバラが、素っ気ない。
今では信頼を勝ち取って、こうして怪しい男の監視役を勤めているわけだ。
人に歴史ありだな。
って誰が怪しい男だ。
「ご主人さま、もういいよ〜」
アカーネの声がして振り返ると、薄着姿のアカーネたち。
まだ鎧を着込んではいないらしい。
乙女たちの薄着は眼福かな。
しかしイバラは特に興味なさそうに、次は自分とばかりに着替えを始めてしまった。
本当に興味ないんだなあ。
トラブルを起こさないと言う意味では、もってこいの人材だが。
クデンと野営地のことを話しながら、中央で焚き火を作り始めたサーシャを眺めながらぼんやりと考える。
……あ、大根が飛んできた。
が、厚布に阻まれて落ちた。
なかなかの強度だな、この布って。
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翌朝はなかなかの天気。
夜中はポツポツと雨が振ったり止んだりだったが、今日は雲の合間から朝日が覗いている。
「こっち」
イバラの案内で、先に進む。
この野営地は、村人たちの狩りに使われるものでもあり、村を訪れる商人の宿場としても利用されるものらしい。
ここから西に向かうルートには、似たようが施設が点々としている。
ただ、ここほどしっかりとした施設ではないということだ。
つまり、屋根が壊れていたり、布がなかったりするという。
西の国に向かうときは、ここを通ってもいいな。
ルートとしては、地面が硬い場所を通って、ワームがいそうな場所へ。
そこから東に戻る形で、柔らかい場所を警戒しながら索敵する。
そういう予定だ。
1度だけ、ハリモグラの襲撃を受けたが、クデンがあっさりと対処して、問題なかった。
ちなみにクデンの対処法はシンプルで、「攻撃を受け止めてから反撃するであった。
鎧も重そうな金属鎧で、武器はポールアックスというか、長い戦斧のようなもの。
重装備なクデンの守りを突破できず、奮闘するモグラに長柄武器を串刺しにしていた。
ちなみにこのポールアックス、変形する。
単に真ん中で割れて、短剣と手斧になるだけなのだが。
ちょっとロマン武器っぽい仕様だ。
たまに出る魔物は問題なく、目的地に到着。
見渡す限りの荒野。
ただ、来た道以外はサラサラとした砂が待っていて、半砂漠といった感じだ。
そこがワームのいそうな地形、ということになるのだろう。
少しずつ地中を探知しながら、ゆっくりと東へ歩いていく。
それにしても、地中探査はできないと言っておいたのだが、普通に「どうだ、ヨーヨー?」と聞いてくるな。
バレバレなのだろうか。
適当にごまかしながら、警戒する。
たまに大根が飛んでくる他は、平和な旅路。
だが、文字通り暗雲が立ち込めてきたのは、昼過ぎに干し肉を平らげた頃であった。
急激に発達した雨雲が、空に広がり、ぽつぽつと雨が降ってきた。
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