第147話 地図
「ん〜合わせて、銀貨1枚半というところだ」
「……そうか」
ハリモグラを多数抱えて、村へと戻ってきた後。
これまでに没収された素材の売買代金がついに渡された。
ハリモグラ素材の分はまた、後日ということだが。
それにしても全部で銀貨2枚にも満たないとな。
明日も魔物狩りと洒落込みたいが、何を狙うべきかね。
金になることを期待しないのであれば、やはり食材か。
そんなことを考えていると、村長の屋敷前の、事務所として使われている小屋…事務所小屋とでも言おうか。その入り口から、傭兵団らしき男が入ってきた。
「おう、ヨーヨー。無事戻ったようだな」
「シュー、だったか」
「シューマハだ」
昨日、村長の屋敷まで案内してくれた入り口の警備傭兵である。
今は、警備任務からは外れているらしい。
「何か用か?」
「さっき、イバラに少し聞いたぞ。ハリモグラを物ともしなかったそうだな」
「…あの程度なら、な」
「流石に魔物専門でやってる奴は違う」
あまり感情の乗っていない声で褒められる。
「おだてるのはよせ。何が言いたいんだ」
「…上の連中から、お前に依頼だとよ」
「ほお?」
「悪い話じゃねぇようだが、お前さんたちの予定もあるだろう。どうだ? どれくらいまでここに滞在するつもりだ」
「うーむ…数日か、1週間程度いようと思っているが。そちらが構わなければ、な」
「構わないさ、ただでさえ人員不足だ」
「そうなのか?」
「おっと。余計なことだったな。とにかく、目の前の立派なお屋敷にきてくれとよ」
「…ああ」
何の用だかな。
サーシャたちはまとめて家に返し、それから俺だけで村長の屋敷に向かった。
「遅かったな」
「…団長自らお出迎えとは、恐れ入る」
「ちょうど通りかかってな。まあ、奥に来てくれ」
「ああ」
前回も使った、応接間に通される。
そこには数人の団員が3人ほど、車座になって待機していた。
前にいた、キスティを凝視していたやつなんかはいない。
面子は前と違うようだ。
「団長」
「おう、ちょうど腕利きの魔物狩りが来た。話を進めよう」
「そいつは信用できるのか?」
「シューの話じゃ、腕利きだって言うじゃないか。剣技は剣士に、ってやつだ」
団員たちと団長が言葉を交わす。
俺にとってなんのこっちゃ、だ。
「俺に依頼か?」
「まあ、そうだ。これを見ろ」
団員が指し示したのは、床に直置きされた粗雑な地図。
ところどころ破れており、何かのシミが付いて汚れている。
「真ん中が、この村だ」
「…見てもいいものか?」
「構わん、村人と話すときに使う、簡略地図だ」
「ほう」
四角く切り取られた村の中には、主要な建物らしき描写がある。
その外には、かなりアバウトに地形情報が記号で書かれている。
…西と北は、基本的に平原なのか。
「それで、依頼というのは? 魔物絡みだろうと思うが…」
「ここから西に進むと、何があるか知っているか?」
「西? …何かあったか?」
「西といっても、すぐ西ではない。ずっと西に行くと、だが」
団長が指揮棒のようなものを持ち出して地図の村の場所に置き、その先をついと西の方に走らせていく。至サラーフィー王国という文字が掠れて辛うじて読める。
「サラーフィー王国、か」
「そうだ。だが、厳密には国境線が定められているわけではない。いや、古い記録にはあるのかも知れんが…」
「管理はされていない、と」
「その通りだ。その緩さゆえに、以前からここを通って商売する輩が少なくないという話だ」
国境管理がガバガバか。キュレス王国とサラーフィー王国との国境管理が緩い話は聞いてきたが、ここを支配してきたピサ家、ズレシオン連合王国の事情も似たようなものだったのだろう。
「しかし、密輸の取締りなどは専門外なんだが」
「そうじゃない。むしろ、逆だ」
「逆、と言うと?」
「そういう、ここを通って商売する輩は、この村にとっては貴重な収入源であり、情報源だ。想像が付くだろう?」
「あー、まあ」
前に行った村でも、商隊が通るのが数少ない娯楽、みたいな話だったものな。
魔物のせいで自由に壁の外に出られないこの世界の一般ピープルからしたら、手放しがたい娯楽の一種なのだろうと想像は着く。
「だが、そういった商隊がここのところ、立て続けに襲われたようでな? 地中から」
「地中から? ハリモグラか」
「いや、違う。ハリモグラ程度であれば、流石に個人の商隊であっても対処できるだろう」
「では、別の魔物?」
「その通りだ。おそらくだが、西の砂漠に多く生息するワームの類がこちらまで流れてきていると思う」
「ほう」
「ま、この程度の魔物被害は日常茶飯事だし、放っておけば移動したり、誰かが退治してくれることもある」
「…」
「だが、今回はちょうど、魔物狩りのプロがいるしな。地下の敵を索敵できるようだと聞いたが…。違うか?」
さて、何と答えたものか。
いまいち意図が読めないが、本当に魔物狩りならば検討してみてもいい。
「地下の敵というのは誤解だな。ハリモグラをおびき寄せるためにいろいろやっていたから、誤解させたかな」
「……」
「だが、ワームってのは興味があるな。喜んで、と言いたいところだが、条件を聞かせて貰えるだろうか?」
団長は、いや団員の全員が、こちらをじっと見詰める時間が通り過ぎ、団長の横にいた、長髪で髭面のヴァイキングみたいなおっさんが口を開いた。
「やらせてみりゃあイイ。坊主、別に商隊を襲った奴輩でなくとも、ワームの死骸を持ってけりゃ、半金貨で買い取ってやるよ。ただし子供は駄目だ!」
「子供? アカーネのことか?」
「アカーネ? お前さんの仲間の娘っ子のことか? そんな話じゃねぇわい」
「ん?」
「ワームの、成体なら認めるっち言ったんだ」
「ああ、そういう」
ワームの成体ってのが、どれだけやばいのか知らないしな〜。
いったんここは持ち帰りたい。
「すまないが、仲間と相談してもいいか? うちは民主的に決めることにしていてね」
「民主的? どう言う意味だ?」
「…仲間が良いって言や、やるってことだよ」
「それが民主的か、知らなかったがな!」
おっさんがガハハと笑う。
「…民主的がどうのは知らんが、お前が動かないなら他に手を打つ必要があるかもしれん。近いうちに返事ができるか?」
「今日中に決断するよ」
「そうか、なら待とう」
「ワームの情報はあるのか? 出現場所とか、倒し方とか、弱点とか」
「そんなものはない。西の方で、サンドワームのような魔物に襲われた。それだけだ。もしかしたら、ワームとも別物の魔物か、奇職盗賊の類かもしれん」
「奇職?」
「……マイナーなジョブのことだ」
「ほお、そうか。それは知らなかった。なるほど、地中で待ち伏せする盗賊だったら、厄介この上ない」
「悪いが、その辺のリスクは何とも言えん。受けるなら、自己責任で対処してくれ。それが条件だ」
「わかった」
ワームか。
この辺で、ハリモグラや大根の相手をしているよりは、楽しそうだけど。
無理にリスクをとる必要はない。
ただ、今回はなあ。
傭兵団の懐に入るためにも、その依頼を受けておくという手はある。
うーん。
***************************
「第2回、ケシャーでどうしよう会議〜!」
「ぱちぱちぱち」
口で言いながら、おざなりに拍手してくれるアカーネが天使だ。
アインツ家2階の宿泊場所にて、また風魔法で防音の魔法を試用しつつ、会議をする。
「まずは、今日依頼されたことを共有しておくぞ」
「うん」
3人と1匹に、西の国境方面でワーム?らしき魔物の討伐依頼があったことを説明する。
成体ワームを持ち帰れば、半金貨貰えるという爺さんの話もついでに説明しておく。
アカーネは「ふ〜ん?」という反応だったが、残りの2人、特にキスティの反応が芳しくなかった。
「真にサンドワームの類であれば、成体で半金貨というのはちと安いな」
「あ、そうなの」
「ただ、この辺は砂地というわけでもない。その地下にいるとすれば、サンドワームではなくアースワームの方であろうな」
「アースワームは強いのか?」
「サンドワームよりも身体が1回り以上小さい。動きも重鈍で、力も弱い」
「ほう」
「とはいっても、サンドワームと比べれば、の話だ。それなりの強敵だぞ」
「テーバの魔物で言ったら、どの辺りだ?」
「テーバの魔物には詳しくないからな……この道中出てきた、ムーゲより少し強いくらいか」
ムーゲよりは強いのか。あれだよな、魔弾でいやがらせをして堕とした巨鳥の魔物。
「地下から出てくるのが分かれば、相手にしやすいか?」
「う…む。たしかに、アースワームの主な評価はその奇襲性だ。それを事前に察知できれば、対処は容易いかもしれん」
「ふむ」
ならば、地下探知がもうちょっと形になったら挑むか?
しかし、地下探知が形になったとしても、常時発動はさせていられない。結局、いつ来るかわからない地下からの奇襲に怯えることになってしまうか。
「地面の硬い場所を伝っていけば、奇襲は防げる。そこから、少しずつ探索してみるのはどうだ?」
「ああ、なるほど。良いかも知れないな……」
その方法で良いと、傭兵団が言ってくれればだが。
本来、放置しても良かった案件らしいから、時間がかかるのは大目に見てくれるかね。
「しかしそれですと、アインツさんの手ほどきはどうされますか?」
「あ、それがあった……」
どうしよ。
誰かを残していくのは嫌だし、アインツを魔物狩りに誘うのもおかしい。
「もともと、宿泊の対価という話だ。いないうちは必要ないということで、自主トレをしてもらえばいいんじゃあないか?」
キスティがドライな意見を出した。
まあ、考えてみればそれで問題ないか。
「…一応アインツにも意見を聞いてみて、良ければその方針でいこう」
「よしっ、ハリモグラ程度では腹の足しにもならんかったからな! ワーム退治か、腕が鳴るわ!」
キスティが喜んでいるが、まだ決定ではないからね。
***************************
「別に構わんぞ」
「いいのか? アインツ」
「ああ。もともと、宿泊の対価ということだっただろう」
「そうか」
アインツも承諾してくれたので、夜に俺だけで村長の館に向かい、承諾の意を示した。
傭兵団からは、いつ出発するとかいう話はなかった。
自由にやってくれという雰囲気だ。
イバラだけは相変わらずついてくるらしい。
正直、いない方が楽なのだが。
アインツに自主トレメニューを残し、サーシャを中心に作戦も立て。
携帯食も確認し、西に経とうという日。
門から出ていこうとすると、呼び止められた。
「おぅ、お前さんら」
「あー、あんたは。会議のときにいた、おっさんか」
ヴァイキングみたいなおっさんである。
「何か用か」
「俺も連れテケ」
「はぁ?」
マジマジと、ヴァイキングおっさんを見渡す。
……うむ、汚れた鎧とボサボサの髪の毛、いかにもヴァイキングだよな。
「目的は?」
「腕が鈍る!」
「要は、戦いたいと」
「そうだ。これでも傭兵団では一番強い。ラクできるぞ」
「分け前は?」
「なくてよい…いや、傭兵団から出た金の10分の1でぢどうだ」
「異存はないが…確かな話しか?」
「いざとなりゃ、手弁当でも良いわ」
良いのかよ。
まあ、こいつがいれば、傭兵団に余計なちょっかいを与えられることもないか。
ヴァイキングみたいなおっさんがパーティにくわわった! ってやつだな。
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