第146話 もぐら

朝、アインツが用意してくれたのは、豆をすり潰してダイコンと一緒に炒めたという素朴な朝食。薄味だが、甘みがあって趣深い味だ。

食事代として、毎回銅貨10枚程度を渡すことにした。

ちょっと安いかと思うが、それで十分だと、アインツが値を決めた。


「よろしく頼む」


アインツが案内してくれた訓練場は、村はずれにある墓地の裏にある、林の中にある小さな広場であった。昔、アインツが子どもの頃に遊び仲間と作った秘密基地があった場所らしい。


アインツの訓練計画も、ちゃんと作成してある。まずはサーシャやアカーネと打ち合ってもらって、どれだけ動けるかを測る。それに沿って、キスティが基礎を教えて、今後のトレーニングを練る。それを、俺が見守る。


完璧な計画だ。


さっそく、サーシャ、アカーネと木剣で打ち合ってもらう。

結果は1勝1敗、サーシャには隙を突かれて負けたが、アカーネには力勝負に持っていって辛くも勝った。

それを時に頷きながら、見守るキスティ。


「どうだ? キスティ」

「思ったよりは動けるようだ」

「ほう。昔剣でもやっていたか? アインツ」


息の上がったアインツだが、サーシャに水を貰ってそれを飲み干すと、まだまだといった様子で立ち上がってきた。


「これでも昔は、傭兵をやっていた」

「傭兵? まじか」

「……」

「じゃあ、俺らに習うまでもなかったんじゃないか」

「いや。見ての通り、錆びついているからな。それに、俺はあんたらのようにはなれなかった」

「俺らのように?」

「邪悪な魔物を倒しながら、危険な場所にも趣き、冒険する……かつて、俺も憧れたよ」

「良いように言えばな。だが、そういう暮らし方は普通の村人には嫌われていると聞いたが」

「そうかもしれんな」


アインツはどこか遠くに目線をやっている。

戦いに身を委ねた昔の日を思い出しているのだろうか。


「半分は、やっかみなのだろうな。戦いを避けて生きれば、多くは生まれた場所に縛られる。小さな世界で、どこか遠くの世界を夢想しながら、日々を費やす。自由に世界を股にかけて、生きている傭兵たちは羨ましくもある。皆少しは、そういう想いがあるのだろう」

「そんなもんか」

「もちろん、血なまぐさい戦いをして、対価として金を貰うことに対する蔑みも、実際にあるだろうがな。俺も村に帰ってきたときは、ずいぶんと言われた」

「今では馴染んでいるようだったがな」

「……どうだか、な」

「それがまた、戦いを再開しようと思ったのか? せっかく、堅気に戻れた身じゃねぇか」

「……」


アインツは、黙って剣を掲げた。

そこの理由は、話す気はないようだ。


話が終わったことを見て、キスティが指導を始める。


「基礎が多少なり出来ているなら、さっそく型を繰り返すとしよう! 剣の振り方を身体が思い出して来たら、模擬戦をバンバンやるぞ。結局、それが早い」

「宜しく頼む」

「私たちがいつまでこの村に留まるか、分からん。駆け足で稽古するぞ」

「願ったり叶ったりだ」

「いっそ、私達の魔物狩りにも付いてくるか?」

「……いや。それは遠慮しておこう。傭兵団に目を付けられても、困るからな」

「ふむ……ならば仕方ない」


キスティはアインツを手取り足取り、ひじの使い方といったところから指導しながら、型を教えている。けしからん。こちらはアカーネのほほでもモチモチさせてもらうぞ。


「むぅ。ご主人さまも稽古しなよ」

「……しゃあない、アカーネとサーシャ、まとめてかかってこい。対多数の戦いの訓練にはなるだろ」

「えーっ、ご主人さま割と容赦ないから嫌だなあ……まあ、いいけど」

「がんばれ」

「ちょっと作戦立てるから、待っててよ!」


アカーネが俺の腕を抜け出し、サーシャと密談をはじめる。

うむうむ。

美少女と戯れながら強くなる、これぞヨーヨー流剣術のひけつよ。



***************************



「狩りに出たいが、良いか?」


朝、訓練で汗を流した後、ちょっとのんびりしてから門を訪ねる。

アインツは、裏の作業場で何やら鉄を打つために出掛けた。


「来ると思ってたよ。ちょっと案内役を呼んで来るから、待ってな」

「ああ」


昨日言っていた、斥候役だろう。

30分ほど待って、もう1人の門番と駄弁っていると、昨日も案内してくれたシューマハが、頭に短い角が生えた若い男を連れて戻って来た。こちらをジロリと睨み付けてきている様子だ。


「ヨーヨーだ、あんたは?」

「イバラっつー若い衆だ。おい、イバラ。挨拶しないか?」

「……よろ」


不愛想なやつだな。

タラレスキンドの騒動で世話になった斥候のシェトも、無口な性格だったよな。斥候ってのは、口下手になる法則性があるのかねえ。

まあ、監視半分なのだから、思い切って使い倒してやろう。


「イバラ、宜しく頼む。早速だが、ハリモグラが出る場所は知ってるか?」

「……ハリモグラ、探さなくても出る」

「だが、まだこの辺にきてから出会ってなくてな。ダイコンも、ムーゲも出くわしたから、後はハリモグラだろ? この辺でよく出るのは」

「……。ムーゲ倒した?」

「ああ」

「……そう」

「その素材も出したと思うけどな。……ああ、持ちきれないから大きいところは捨てたが?」

「……」


魔石は異空間にしまったから、渡していないけれども。

聞かれたらどうしよう。まあ、聞かれたら考えるか。魔石だけもう使っちゃったとかどうかね。アカーネがいるから、魔石はいくらあっても使い道があるし。


「ハリモグラは群生地みたいなところないのか? なら、暴れ牛でもいいが」

「……暴れ牛は貴重。確実にいるところは不明」


数少ない、この辺で肉が美味しい魔物だ。ちなみにここに来る途中で狩った「パイソンっぽい魔物」がこの魔物だった。

肉は流石に道中で食いきることはできなかったから、塩漬けにして運んできたのだが、これも没収されてしまった。美味しいところはその場で食ったし、良いっちゃ良いけど。

たぶんあれは帰ってこないだろうなー。


「じゃあ、何なら分かるんだ?」

「……。分かった。ハリモグラが出やすいところ連れて行く」

「おう、あるのか。じゃそれで」

「……」


ハリモグラの肉はイマイチのようだがね。

魔石と、針はそこそこの額になるようだ。

といっても、合わせて銀貨1枚とか、そのレベルだけどな。

しかもその情報はもともと、アルフリード家領で調べたものを元にしている。

つまり、ハリモグラがわんさか出る、交易も弱いというこの地では大幅に値崩れしていると考えられる。


だから、本当に「名物見たさ」意外にハリモグラを追うメリットは本当になかったりする。……いや、前向きに考えれば「今後の対策のために経験しておく」という理由はあるか。


門を出るとき、いくつか物が返還された。といっても、価値の薄いガラクタやゴミの類だ。没収する価値がないということで、ここに留め置かれていたようだ。

……おや、ダイコンも返還されたぞ。


街まで売りに行けば、そこそこ金になりそうだと思いつつ、ダイコンは痛む可能性もあるし、面倒臭いのかなと考える。


そんなことは、ともかく。

道案内してくれるイバラの後を追って、道なき道を進む。

これぞまさにイバラのみt……それ以上はいけない。俺はまだ若いんだ。


「この辺りはけっこう出る」

「ハリモグラか」

「……ん」

「ほう、どれどれ」


岩の上から下を示すイバラの目線を追って、前を見渡す。

……見渡す限りの荒地が広がっているだけだ。

まあ、ここまでなんにもない一帯は逆に珍しいか。


こういう邪魔するものがない場所が、ハリモグラにとって高級物件なのだろう。

さっそく魔力を流し、地下を探ってみる。


……わからん。


「アカーネ、索敵できるか?」

「んー」

「俺にはよく分からん」

「ボクにも無理っぽいよお……練習でもする?」

「ふむ……そうするか」


こそこそとアカーネと会話し、ここで地下を探る練習をすることに決める。

しかし、イバラくんが邪魔な存在になる。


「イバラ、普通はどうやってハリモグラを探し出すんだ?」

「……あんまり探し出す人はいない。………………でも、……狩るなら足音立てながら歩く」

「なるほど、足音ね」


ハンマーを背負ったキスティに、ドシドシと歩かせれば出てくるんじゃないかね。

闇雲に探すよりも、そうやって誘き寄せて、近寄ってくる何かを探知できるように練習をするか。


「キスティ、やれるか?」

「む、私が囮か」

「まあ、そうだ。無理はしなくていいぞ」

「余裕だ! ハリモグラは地下から襲ってくるのだろう、ちょっとした遊びのようなものだ」

「遊び、うん。まあ、考えようによっては」

「では早速行って参る!」


あれかな。

モグラ叩きというか。ハリモグラ叩きと考えれば、遊びのようなものかもな。

攻撃力はイマイチみたいだし、キスティの鎧を貫くことは難しいだろう。

……まあ、攻撃される前に倒すつもりではあるが。

ハリモグラパニック、スタートだ!



意気揚々と歩いて行ったキスティだが、まずは苦戦した。

ただ歩き回っても、意外と飛び出してこないのだ。

それでも襲われるのは時間の問題だとイバラは言うが、キスティはじれて地面を蹴りつけるようにして音を立て続けていたところ、やっと最初のハリモグラが襲撃してきた。

飛び出す瞬間、爪を振るってくるが、これはキスティが良い反応を見せて避ける。

飛び出してきたハリモグラは、まさにハリモグラである。大きめのモグラではあるのだが、その背中にはびっしりと針が伸び、それを逆立てるようにして針を立てた。ただ、針と針の間に装甲があるわけではないようだ。

あっさりと、サーシャの弓に貫かれて力尽きた。


本当はあの針を飛ばしてきたりする攻撃もあるようだが、不発。

その後も2匹ほど続けてサーシャがサクッと処理。


地中からの奇襲が厄介なだけで、初撃を対処できればそこまで脅威ではないようだ。そのうち、キスティが攻略法を見つけた。

地面をハンマーで思いっきり叩くと、少し遅れてひょっこっとハリモグラが顔を出す。

それを、再度ハンマーで潰してミンチ肉にする。

以上である。


そういった攻撃には針で防御するのがハリモグラの生存戦略だと思うのだが、針ごと押し潰すハンマーアタックの前に、儚く散っていくハリモグラの集団。


気付けばキスティが10体強のハリモグラを殺戮。

サーシャと合わせて、17体のハリモグラを撃破したが、いかんせんキスティが倒したハリモグラは素材がすり潰されていて取れなかった。

割れた魔石はアカーネが使えるので、それでも全て回収した。


さて、肝心の俺とアカーネの修行だが。

アカーネはあまり成果がなかったようだ。

俺はというと、少し前進ができた。


今の「気配探知」がどういう理屈か、詳しくは不明だが、要は魔力を介したレーダーのようなものだと理解している。

つまり、魔力を飛ばし、その反応をキャッチしてそこに「何かある」ということが分かるというものだ。で、あれば地中でも魔力を飛ばせれば、探知はできると踏んだのであるが。

これがうまくいかなかった。

ただ、原因は分からないが「地中では魔力がうまく帰って来ないのでは」と仮定をして、ある実験をしたところ、限定的に探知で魔物の場所を探ることができた。


ある実験とは、「探知はできるが、その距離が極めて短くなる」という仮説に基づき、「極めて遠くにあるという感覚で近くの反応を見る」ということだ。

……ややこしいが、要は「極めて遠くに何かある」と「探知」されたときはすぐ近くに何かある、と思い込むようにして、探知をしてみたのだ。

本当に、ごく近距離だけではある……近付いてくるハリモグラの位置を知ることができた。


「よっしゃ!!」


思わず叫んで、イバラの不審げな視線をもらってしまった。


帰還してから興奮気味にキスティたちにも自慢したが、「要は、短い距離なら地中も探知できるということだな」と言われて萎えた。

違うんだなあ。

いや、結論はそうだが、短い距離でも地下を探知できるのは全然、普通のことではないのだ。


「遠くの距離にあるということを、近距離にあるものと認識する」というのは矛盾していて、文章で表すと簡単そうだが、めちゃくちゃ混乱する。しかもスキルを通しての感覚だから、尚更だ。赤く見えるものを黄色いものだと認識しろと言われても、難しいだろう。そういう類の話なのだ。

それに、地中に魔力を通すと言うのも、簡単ではない。

地道に土魔法を練習してきた俺だからこそ、なんとなく実行できたのだ。

そこは勘違いしないでいただきたい。

いいけどさ。


初日は結局、ハリモグラ素材ばかりを持ち帰ることになった。

一応、その後暴れ牛も探したのだが、どこにもいなかった。

イバラ青年の言葉では、「探して見つかるものではない」のだそうだ。


外に出かけたとき、運が良いとたまたま遭遇する。

遭遇したら、逃げられないうちに即座にやる。

そういうはぐれメタル的な存在らしい。


経験値、落とさないけどね。


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