第145話 相談する

一度村長の屋敷前の小屋に赴き、テントを受け取る。

魔物素材の換金は間に合わなかったらしい。後日と通知された。


それから、一度案内された家に向かう。

サーシャと、意外にもアカーネも地理に強いらしく、迷いなく先導を買って出てくれた。

お目当ての家は、水場の近くにある、やや大きな石造りの一軒家。

裏手には屋根の付いた作業場が設置されており、村の共有財産らしいが、最近は主にアインツが使用しているという。


アインツの家は鍛冶屋だ。

先代から受け継いだ家と稼業らしく、腕は先代よりも劣るのだとアインツ自信が自虐的に語っていた。真実がどうなのかは、わからないが……。


アインツの家のドアをアカーネがトントントン、とノックする。

10秒ほどで扉が開き、アインツが顔を覗かせた。


「おお、早かったな。まだ片付けが終わっていないが、まあ中に入ってくれ」


案内されて入った家の中は、店を兼ねているらしくそこかしこに売り物らしき農具等が置かれている。棚の上には、剣や籠手も並べられている。


「武具も作るのか」

「多少はな。だが大したものではない。ほとんどは、補修の依頼だしな」

「傭兵団の武具は、アインツが?」

「いや。あいつらは、もともと武具を持って乗り込んできたわけだしな。それに内部に修理屋も抱えているようだし、俺の出番はほぼない」

「そうか」


商品が置かれているスペースを通り過ぎると、囲炉裏端のようになっているスペースがある。さらに奥と、左に部屋があるようだが、俺たちが通されたのは二階のスペース。


「この部屋は好きに使ってくれていいぞ。地下は危険な物も多いし、一階のスペースは店の物が多い。歩き回るのは勘弁してくれよ」

「承知した。二階を貸して貰えるだけでありがたい。それで」


どこか緊張した面持ちのアインツに、追求をかける。


「対価はなんだ? 俺たちをタダで泊まらせる気か? ……何か望みがあるなら、先に言ってくれ」

「ああ……」


アインツはまた口籠った。

腕を組んでとんとんと指で叩き、考え込んでしまった。


「俺たちを襲う気なら、やめておいた方が良いと言っておくぞ」

「いやいやそんな気はない!」


思わず、跳ねるように反応したアインツが、それを強い口調で否定した。

まあ、騙して襲うって感じの雰囲気ではなかったが、一応だ。


「そうだな……対価だ。対価として……」

「なんだ?」

「俺に稽古を付けてくれないか」

「……あ? 稽古って……剣とか、槍とかのってことか?」

「そうだ。俺は剣を使うから、その稽古を付けてくれ」


ちょっと予想外だ。


「俺に頼む理由は? 村の連中や、それこそ傭兵団には戦いのプロがいるぞ」

「……。傭兵団と村の連中には溝があるってのは、何となく感じただろう。俺から傭兵団に頼むようなことをすれば、村八分に遭いかねない」

「なるほど。俺も同じ傭兵として嫌われているようだが、俺ならいいのか?」

「それは……良いと、思う」

「はっきりしないな。では、目的はなんだ? 戦いを学んで、何を為す?」

「……それも傭兵団との微妙な関係を見て、察しが付かないか? あいつらは自分たちだけがこの村を、魔物から守れると豪語している。だから俺たちが強くなれば、デカい顔はできなくなるのさ」

「……他の連中も一緒に訓練を受けさせろと?」

「いや、そこまでは望んでない。そんなことをしたら、目立って傭兵団にも眼をつけられるしな。とりあえず俺が戦えるようになって、必要なら俺から村の連中に教えれば済む話だ。何か、おかしい所があるか?」

「いや、ない……」


ような気がする。

強いて言えば、カンだ。こいつは嘘を吐いている。別にそういうスキルに目覚めたわけでもなく、単にこいつの演技が下手なのだ。すごく嘘っぽく聞こえる。


「まあ、深くは聞かないが……いいだろう。とりあえず、家賃がわりに稽古を付ける。あとは、食事代くらいは出そう。それでどうだ?」

「ああ、いいぞ。そうだな……明日から、朝や夜に時間をくれ」

「ああ、俺たちも仲間内で、朝や夜に訓練をする。それに参加するという形で良いか?」

「構わない。場所は、良い場所を知っている。傭兵団も寄り付かないし、村の連中も滅多に近寄らない。そこで秘密の稽古だ」

「秘密の、ね。まあいいだろう。交渉成立だな」

「ああ」


アインツと握手を交わす。ごつごつとして、何だこだか知らないが、その跡が残る働き者の手だった。

そういや、俺も最近は魔剣を振らない日ってないわけだが、剣だこが出来る気配がないな。

手の皮全体が厚くなっている気がしなくもないが。

あと面の皮もな。やかましいわ。



***************************



「サイレント・バリア」


割り当てられた二階の部屋で、風魔法を使って自分たちを球状に包むイメージで広げる。

今回の潜入任務のことを聞いて、考えていた魔法の1つだ。


「あーテストテスト、聞こえるか、アカーネ?」

「……うーん聞こえ辛いとは思うけど?」


……。普通に会話できるな。

ま、まあ聞こえづらくする効果はあるようだから無駄ではない。

空気の壁で音を通さないイメージだったのだが、そう簡単に実現できるものではなかった。

一度バリアを解除する。外にいたアカーネをバリアの中に招き、再度バリアを展開する。


「ご主人さま?」

「……まあ、いい。さて、意見を聞こうか」

「んー、なんの意見?」

「諸々だな。傭兵団の印象、アインツの事情、村の様子……まあ気づいたことがあれば、何でもだなぁ」


2階は天井が高く、柱が何本も建っているが、部屋は大きなものが1つだけ。

四人でくつろいでも余裕がある。

アカーネは俺の横に座ると、自分の背袋から魔道具の制作道具を取り出して、いじりだした。

道具のメンテをしたいらしい。

キスティは入り口近くでで仁王立ちしている。座れば良いのに。

サーシャは正面に正座で座り、起き出したドンさんの背中を撫でている。

そのサーシャが口火を切った。


「ご主人様、『古傷の傭兵団』はやや横暴ですが、想定していたほど好き勝手にしているわけではなさそうですね」

「まあ、そうだな。キスティ、どう思う?」

「ふむ。戦時の傭兵団としては、行儀が良い方だろう。入り口で没収されたテントも戻って来たし……まあそれは、主を警戒してのことかもしれないが」

「警戒? あっちは傭兵団で、こっちは少数パーティだろ。警戒することがあるのか」

「危険も多く、傭兵団で来るような場所に、少数パーティで来ているからな。とんでもない手練ではないかと警戒するのではないか。それに、私には良く分からないが、主の魔法技量はジシィラ隊の古兵(ふるつわもの)にもいたく評価されていたではないか。魔力の動きが分かる者がいれば、ただ者ではないと思ってもおかしくはない」

「それのおかげでテントが戻ってきたなら願ったりだが……警戒されているというのも、面白くない状況だな」

「ナメられるよりはマシだろう。特にかの傭兵団は、男所帯のようだからな。サーシャ殿や、アカーネを狙われれば、面倒臭い状況に陥っていたかもしれない」


それはそうだな。

だが、なお警戒が必要な印象だ。最低限、この村を出るまでは一人では行動しないようにする。基本的には、四人まとまって動く。この辺りを徹底していこう。


「明日からは傭兵団と話を付けて、魔物狩りしてみようと思うが……どうだ?」

「斥候を派遣というのは、我々への監視であろう」

「それはそうだ、キスティ。まあ、監視のついでに魔物の場所も教えてくれるなら、文句はない」

「敢えて強い魔物を当ててくるかもしれない。くれぐれも気を許してはならないぞ」

「ああ。このパーティは索敵能力は多彩だし、ドンもいる。何か危険を感じたら、迷わず退くぞ」


それと、あと気になる事は、あれか。


「キスティ、傭兵団の、頭の後ろにいた男にガン見されていたが。まさか知り合いか?」

「うん? ああ。いや、知らぬ顔だ。ふむ、だが、どこかで顔を知られているのかもしれないな」

「まずくはないか?」

「ううむ、仮に素性を知られていても、何もないとは思うがな。貴族家でもない、戦士家の子女が傭兵に身をやつしているというのは、よくある話だ」


ふむ。

まあ、ちょっと見ただけだとしても、キスティの美貌で覚えていただけかもな。

……まあ、だとしたらあっちも、こんな辺境で、二流傭兵団に落ちぶれているわけで、おあいこだ。

むしろ、単にキスティの美貌に見惚れていただけ説も濃厚だ。


「ピサの家の者ならともかく、こちらの戦士家の関係者となると、会っていても忘れているな……。その線も探るか?」

「いや、そっちは危険がなければ放置でいいだろう」

「承知」

「やることは多いしな……そっちは思い出したらで良い」


朝夜はアインツの稽古をする必要があるし、サボるわけにはいかない。

この辺境の村での生活も、なんだかんだで忙しくなりそうだな。


「それと、アインツのことだがーー」

「何か狙いがあるのは、確実でしょうね」


サーシャが途切れた言葉を引き取る。

あいつをどこまで信じて良いのか、俺の頭脳では測りきれない。


「ただ、上手に嘘を吐ける性格には見えませんでした。少なくとも、村人や傭兵と結託してご主人様を害すようなことはないでしょう。稽古に加えるくらいであれば、構わないでしょう」

「ふむ……害するつもり、ないかな? 正直、『守りの手』に嵌められたときも、見破れなかったから不安だ」

「そう言われると……全く否定はできかねますね」

「ただまあ、だから付き合いをなくすかと言ったら、惜しいからな。情報源としては、今のところ一番有用だし。慎重深く意図を探っていくしかないだろう」


まあ、「傭兵団に積荷を没収される可能性が高い。訪問は推奨しない」と報告して、すぐに村を去ることもできるかもしれないが。

そこまで断定できる状況でもないし、急いで出て行こうとすると怪しく思われそうだしな。

危険がなさそうであれば、1週間くらいは滞在してみたい。


「んー、目的ってわけじゃないけど。あの男の人が隠していることは、分かるかも」


まとまりかけた思考を散らしたのは、のんびりした口調のアカーネの声であった。驚いて、アカーネを見る。

相変わらず魔道具の制作道具を手にしながら、目線をふと外し、こちらを見た。


「なんだって? 本当なのか、アカーネ」

「多分だけどね。言った方が良い?」

「ああ、当然だ。言ってくれ」

「んー、多分ね。多分だけど……この家、もう1人人が居る」

「……まじか?」

「まあ、単に家族なのかもしれないけど。紹介する素振りがなかったし、一階はうろつくなって、強めに言ってきたでしょ? それで、あーって。隠したいのかなーって、思ったよ」

「……どうしてアカーネには分かったんだ? その人が」

「魔力感知」

「人の魔力が、離れていても分かるようになったのか?」

「いや、そっちはそこまでじゃないかなー。でも、魔道具が動いてて、その近くに人がいるような感じは分かったんだよね」

「ほう」


魔道具。その近くに人。

……人体実験とか?

まさかあの感じで、実は村を牛耳っているマッドサイエンティスト? とても見えないが。


「気になるが……どこにその人がいたんだ?」

「この、真下かなあ。1階の奥の部屋にいた」

「気にはなるが、とりあえずその件は保留だな」


気持ち悪いし、どこかでそれとなく確かめてはみたいが。

まさか、心霊現象とかじゃないよな?

魔力感知によってうっかり、恨みを持って現世を様よう魂を感知してしまった、みたいな。


魔物の恐怖が強いから、そっちの恐怖ってあんまり感じる余裕がなかったな。

化けて出る、という条件としては十分すぎる死に方をしている死体には、何度も出会っているわけだが。

南無なむ。


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