第142話 黒鉄

「ヨーヨー、俺とお前の仲じゃないか。あのアカーネって娘だけでも残して行け。なっ、なっ?」


誰と俺の仲だよ。

緑の帽子の人ことビーコに、開口一番泣きつかれた。


「悪いが、アカーネだけ残していくってのは、なしだ。パーティだからな」

「くっそ……まったく。今の時期に貴重なメンテナンス要員を手放すとか、いったい何を考えているんだ? ただでさえ魔道具の数が増えて、管理が大変なんだよ。今、なんとか回せているのも奇跡に近いって、何故わからない!」

「ま、まあまあ。なんとかなるさ?」

「ならんよ! ならんよ……」


へたりと座り込みそうなビーコの両肩を支えて、起こしてやる。魔物情報を差し出すまでは正気で頑張ってほしい。

サーシャに目配せし、紙とペンを持ったサーシャが小さく頷く。


「さて、そんなことより魔物の情報はどうなっている?」

「……ああ。悪いな。情報は、簡単なものはこちらにまとめておいた。それ以外で、今までに報告があったものを口頭で伝えるが、良いか?」


なんと。この短時間で既にまとめてくれていたとは。優秀だなビーコ。だから周りにこき使われ……頼りにされて、今があるのかね。

紙を受け取って、ペラペラと捲る。


お堅い報告書のようで、読み解くのに時間がかかりそうだったので、そのままサーシャに流し渡す。

優秀なリーダーとは、いかに部下に仕事を任せられるかだって、昔何かで読んだよ。だから問題ないのだ。

うんうん。


「それで、口頭での説明は?」

「一応貴重なものだからな、それは。もっと丁重に取り扱えよ」

「良い紙なのか」

「情報の中身がってことだよ。まあいい」


ビーコは咳払いをして、別の紙をあっちこっちと捲りつつ、説明を始める。


この辺も、相変わらず魔物は強くない。

強くはないが、スライムやゴブリンしか出なかったスラーゲーなんかと比べると、かなり危険な魔物がいる。

死蜘蛛のような、熟練の戦士団でも戦死者を出すような強敵が出ないというだけだ。


ビーコの説明では、これから向かうケシャ―村周辺では、ハリモグラというモグラ型の魔物が跋扈しているらしい。

地中から躍り出て、全身に生えている針で攻撃・防御してくると。なかなか厄介だが、魔法耐性がないらしく、火魔法にはめっきり弱いとのこと。

他には、飛ばしダイコンという魔物が出る。


……あの大根である。


植物型の魔物ということだが、親木の周辺に生やした、白くて長い、見た目は大根のようなものを飛ばして攻撃してくる。魔物と言えど、見た目は普通に植物で、その場から移動するようなことはないらしい。

とにかく大根に気を付けていればいい魔物だ。

ちなみに食えるのかどうか訊いたら、「食えるが、辛い」とのことであった。皮が異常に硬いため、調理するのも一苦労で、あまり食べない食材らしい。

ただ保存性が異常に良く、大根状態のまま持ち歩けば、半年も腐らないという。

こちらは魔法がほとんど通じず、親木を探して物理的に斬り刻むしかない。


どっちも、索敵の訓練になりそうだ。

他には、西から飛来するムーゲという巨鳥がいるらしいので、要注意だ。

他の、出現確率の低そうな魔物情報は貰った資料で確認することにして、ビーコの説明は終了となった。


「悪いな。助かった」

「頼むから、早く戻ってきてくれよ……」

「アカーネのことか? それは何とも分からんな」


撤収時期も、連絡員に聞かないと分からないし。

ビーコに改めて礼を言いつつ、自分たちのテントに戻る。



「サーシャ、出発までに資料の方を読み込んでおけるか?」

「お任せ下さい。惜しいですが、食糧の部分はキスティに任せます」

「任せてくれ、サーシャ殿」


自分たちのテントに帰って、さっそく準備を始める。

といっても、重要なところはサーシャ任せだ。

アカーネは、ギリギリまで貸してほしいということで魔道具の調整に送り出した。

残ったキスティだが、うっきうきだ。このところ機嫌が良いが、遠征と聞いて、テンション上げ上げのようだ。


「この辺りは強い魔物も少ないだろう? そういう意味では安心だな」

「死蜘蛛レベルがいないってだけだからな。小型の魔物も、ヒトを殺すことに何のためらいもない連中だ。油断するなよ」

「おお、そうだな。私も主の下ならば、思う存分に力を奮えるのだ! つまらぬ死に方はごめんだ」

「ああ」


キスティは、「狂犬」スキルの効果を説明してやってから、上機嫌だ。本人も狂化しながら戦った間のことは、不思議な感覚だったそうだ。

いつもは、「狂化」すれば思う存分力を出せるが、頭がふわふわとして戦った気がしないとも言っていた。だが、「狂犬」で俺の指示を聞いている間は、「狂化」しつつも、頭のどこかが冷静でいられるような感覚がしたという。

その感覚がキスティの理想にマッチしたようで、稽古でも「狂化」を使いたがる始末。

指示には従うとはいえ、指示の出し方次第では自滅しかねないから、あまり多用したくはないのだがな。


「言っておくが、普段は許可するまで狂化禁止だぞ」

「分かっている、主。だが、戦闘で必要になれば、迷わず使って欲しい物だ。もったいないからな」

「状況によるぞ」


キスティの「狂犬」スキルが判明したところで……正確には憶測なのだが、何度か稽古でも試したところでは、おおむね正しいことが確認されてる。で、スキルが憶測通りなら、キスティの活かし方は1つの正解がみえてきた。

いざというときに、「狂犬」で指示を出しながら連携できるように、キスティとは近い距離でコンビネーションする、という道である。

当然、狂化していない状態でもコンビネーションが必要になるだろう、近くで戦うのだから。


出発までのわずかな間も、訓練時間はキスティとのコンビネーションの確立に注ぐべきだ。


そうなるとサーシャ達の守りが不安になってくる。

相手の数や戦い方に合わせて、キスティを後ろの護りに配置するのか、一緒に攻めに回るのかを切り替えていくことになるかもしれない。


考え物なのが、アカーネの立ち位置かな。

色々と才能豊かな子ではあるが、色々やらせすぎて、戦闘中の役割が微妙だ。

短剣がそれなりに使えるようになったとはいえ、最前線に立たせるのは不安しかない。

必然、弓矢で援護するサーシャの護衛みたいな役割になるが……。

それでは、いつまで経っても実践経験が培われない気もする。


投げ剣や、各種改造魔石なんかの投擲と、魔道具の使用に特化した支援職というのが現実的な所なのかもしれないが……。

スキルも、戦闘用のスキルと言えそうなものが特にないので、活躍の場がないのだよなぁ~。

そこらへんに落ちている石に、即席で魔法を付与できるようになったりしたら、かなり便利かもしれない。可能なんだろうか?


「ご主人様、それでは私はこれから、空き時間は資料を読み込むように致しますので。恐縮ですが、本日の食事の用意などはお願いできますでしょうか」

「引き受けた」


サーシャが食事番まで他人に委ねるとは、珍しい事だ。さっき、遠征中の食糧調達もキスティに任せていたし……。

それだけ、魔物情報の重要性の高さを実感しているのだろう。

情報が抜けていて、魔物の巣に突っ込むようなことがあれば、そこで詰み、全滅なんてことも考えられる。



それから数日、準備を整えた俺たちは隊を離れ、主要街道から外れた細い道を辿り、辺境の村へと向かった。



***************************



陣形としては、キスティが先頭。アカーネがその後ろで、次がサーシャ。

そして一番後ろに俺が後方警戒もしながら追随する隊形だ。

一番前を歩くキスティは、黒いゴツゴツとしたものを肩に掛けて運んでいる。

「黒鉄のハンマー」とかいう、打撃武器をジシィラ様から頂いたのだ。


キスティも、俺と一緒に死蜘蛛の懐に飛び込んでいった功労がある。

その代償として、得物のロングソードは刃が潰れてしまった。

だからということで、褒美には代用の武器を所望した。


善処する、という期待できない答えが返ってきたが、意外にも本当に善処してくれた。

出発前日になって、隊の補給係からハンマーを頂戴したのだ。


黒鉄というのが良く分からないが、キスティ曰く「とにかく硬くて重い、自然鉱物」とのことだ。

重量級の武器を扱う人たちにとっては、割と馴染みの素材らしい。

とりあえず地球世界における「くろがね」とは違うものだというのは、分かった。


「自然鉱物」という呼び方もちょっと引っ掛かる。

「自然じゃない鉱物があるのか?」と聞いたところ、「魔物素材や、魔力由来のものは自然鉱物ではない」という返答であった。

まあー、確かに魔物の素材は「自然」ではないのかもしれない。

魔力由来というのは、理解できたレベルでいうと、要は魔力に関係する物全般のようだ。魔銃にのコアとして使われている魔晶石も、鉱石に特殊な魔力がどうにかなって、出来上がるものらしいので「魔力由来」だ。


他の特徴として、魔力を「やや」弾くという性質がある。

魔法に強いなんて、防具向けではないかと思うが、「やや」弾くの域を出ず、魔法対策としては微妙。撥水性はあるが、防水ではないみたいな。

そのくせ、自分の魔法やスキルの発動が阻害されてしまうため、ちょっと使いにくい素材のようだ。それでも防具の一部に使う場合があるが、メインの使い方はこのハンマーのように、重量武器に仕立てるという使い方になるということらしい。

超高級品というわけではないが、高品質な武器にキスティも更に上機嫌になった。


キスティの理想のスタイルは、こういう重量武器に、サブ武器としてロングソードを腰に差し、状況に応じて使い分けるというものだという。

今回、ロングソードはダメにしてしまったので、前進したのかどうか微妙だが。


そんなご機嫌さんを先頭に、西に進む。



「むっ」

「何か来ます」


俺とサーシャが気付いたのが、ほぼ同時。

進む西の方角から、急速に近付く影。


「撃ちます」


サーシャが狙撃態勢に入る。

そのサーシャを護るように、周囲に残りの3人が展開する。


ビシュゥと尾を引く音が鳴り、サーシャの放った矢がまだ遠くの敵に掠る。


「風が強いです」


サーシャは落ち着いた声で言うと、二射目を構える。


ビシュゥ……


二射目が影に吸い込まれるころには、随分と距離を詰められた。肉眼ではっきりとその形が分かる。巨大な鳥。鳥にしては首が長いかもしれない。

この辺に現れると聞いていた巨鳥・ムーゲだろう。


ふさふさとした羽根を振る度に、加速してこちらに接近してくる。

単なる羽ばたきではなく、魔法を使って進むタイプの魔物だという情報だった。

サーシャが三射目を放ったところで、鳥は高度を落として攻撃態勢に移った。

空中で、真上を飛び去りながら羽根を振ると、何かが飛んで来る。

気配察知で位置を把握し、剣で弾く。


一瞬魔法かと思ったが、違う。大きな羽根を飛ばしてきている。

通りで、気配察知で掴みやすいわけだ。


ウィンドシールドを使えば逸らせるかもしれないが、周囲に味方が近いので、流れ弾が当たっても詰まらない。

キスティ、アカーネに無理のない迎撃を支持し、自分は飛び出して迎撃する。


ムーゲは、しばらく飛ぶとUターンし、再び高度を下げ始めた。

そこにサーシャの矢が首筋に刺さる。


クーッと苦しそうな鳴き声を発するが、動きは鈍らず。

どうにかして、飛行を邪魔して叩き落してやりたいが……。


……魔法で浮いているなら、阻害できるかな?


両手を天に掲げ、近付いてくる巨鳥の羽根に狙いを定める。


発射したのは、魔弾。

威力があまりなく、完全に訓練用、もしくは闘技会用の代用品になっていた魔法スキルだ。


思い付きではあったが、羽根に魔弾を浴びたムーゲは「キゥーン」という切なそうな声と共に、落ち着きなく羽ばたきを始めた。

ふむ。

効果があるか。魔法で浮いているなら、魔力を乱してやれば落ちるんじゃないか、という雑な予想。思った以上に効き目があって、自分が一番驚いている。

従者たちはあまり動揺していないので、予測していたのか…、あるいは、主人が変なことをして、妙な結果を出すのはいつものことだと割り切っているのか。

……後者が強い気がする。さもありなん。

と、今はそれ所ではない。


「キスティ、あの鳥が落ちてきたら、ハンマーで頭を殴ってくれ」

「承知」


魔弾で嫌がらせをしてホバリングしているところに、サーシャの矢で体力を削られるムーゲ。

最後は血まみれになりつつ、墜落していった。

キスティは落ちるかどうか、といった段階で走り出し、落ちて立て直そうとするムーゲに近付く。

そしてそのままの勢いで、ハンマーがムーゲの頭を殴り潰した。


……グロ。


「主! すまない、つい勢いが余って」

「ん?」


気まずそうにこちらを見るキスティ。

グロはともかく、ナイスフィニッシュ攻撃だったのだが。


「何を謝っている?」

「いやその、頭を潰してしまって。素材として売り物にならない状態にしてしまったので」

「気にすんな。頭潰せと言ったのは俺だ。それより、魔石を取り出してくれるか」

「ああ、承知した!」


キスティは元気に解体に取り掛かった。

それにしても今回は、嫌がらせをしているだけで、ほとんど攻撃らしいことをしなかったな。俺は。

味方が優秀すぎるというのも、寂しいものだ。


ぜいたくすぎる悩みだな。


「サーシャ、こいつの素材は…」

「来ます!」


…ん?


サーシャが険しい表情を向けている方向を追って、目を凝らすと…何か白いものが飛んでくる。


「なるほど、大根だ」


剣を構え、気配察知を発動させる。

まだまだ距離があるし、飛来する物体自体はそれほど大きくない。俺の気配察知では、目で見た以上の情報が入ってこないようだ。


まあ見えていれば問題ないが…おっ!?


大根は空中でブーストしたように加速すると、みるみる近付いてこちらの頭に飛んでくる。

すごいスピードだ!


だがまあ、俺を狙ってくれるならやりやすい。


準備する時間はたっぷりあったので、こちらも準備万端なのだ。


「エレメンタルシールド!!」


飛来した大根は俺の最高の防御魔法と激突し…風魔法、火魔法の階層を突破できず、ぽとりと地に落ちた。


「スピードは凄かったが、威力はイマイチだな」


魔法的な何か飛んでいたってことかね。

剣先で大根の身をつんつんと突いてみるが、反応なし。


「死んだか?」

「ご主人様、その物体は攻撃手段ですから、もともと生きているとか、死んでいるとかいったものではありませんが」

「…そうか」


なら安全ということか。一応サーシャに目で確認してから、大根を拾う。

見た目が完全に毛のない大根なのだが、持った感じは陶器の器のような硬さと冷たさ。

大根の作り物っぽい。食えると聞いたが、さて。


「サーシャ、これ食うか?」

「やってみましょう。保存食としては優秀なようですし、味も気になります」

「しかし保存食だよな。試しに食ってみたいが、これ1つでは食ってしまうのも、な」

「問題ありません」

「え?」

「いっぱい飛んで来ていますから」


……。マジかよ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る