第141話 生き汚なさ
一行はまず西に向かい、端まで行ったら反転。領都チックへと続く南北の街道を横断して、東の地へ。海岸に行き着いたら、少し南に進み、また西へ。もともと、この辺はあまり強力な魔物は出ないらしい。たまに亜人に襲撃されることはあったが、最終尾に位置する俺たちにまで攻撃が届くようなことも稀であった。
ドンさんと俺のコンビは、緊急事態の予測と回避に有効だと判断されたようで、怪我から完全に復帰してからも、後ろに配置されてバックアタックの警戒を任せられることになった。
唯一活躍したのが、サーシャだ。彼女は馬車の上で警戒し、戦闘時は可能であれば援護する役目を任された。最後尾の馬車なので、出番はないのが普通だったが、久しぶりに才能を爆発させたサーシャは、遠距離からの狙撃で亜人を討ち取った。
魔導弓を持ち、「溜め撃ち」スキルを得た彼女は、課題だった威力不足を克服しつつある。
「ヴィレス防衛団」とかいう、ずっと一緒に護衛している割にあまり絡みのなかった傭兵団の人から、真剣にスカウトされていた。
幸いにも、スカウトの前に俺にも義理堅く断りを入れてくれたので、わだかまりはないが。当然阻止したので、未遂だ。なんでキスティには声は掛からないのかと思ったが、そこそこ優秀な弓使いというのは、優秀な前衛以上に傭兵団に欲しいものらしい。
優秀な前衛ばかりいても、いざというとき消耗戦になってしまう。
しかし、優秀な弓使いが何人かいれば、有利な地形を守って展開していれば勝てる、いわば戦略的な勝ちを目指すことができる。その差が大きいのだと力説された。
そうかもな。
俺が土魔法で即席陣地を構築し、サーシャが狙撃。アカーネが魔道具で攻撃し、「狂化」キスティに「狂犬」で指示し、近付いた敵から排除していく。いつの間にか強力布陣完成してないか?
そんな妄想をしながら、商隊の後ろからとっとこ付いていくこと幾日。
休憩中、若ハゲに呼ばれた。
「お呼びで?」
「……少し、稽古に付き合え」
木剣を投げ渡された。
ふむ?
「怪我が治ったか、見てやろう」
「お手柔らかに頼む」
若ハゲ呼ばわりしたことを根に持って、ボコボコにするつもりではないか。
そんな疑惑もあるが、まあいい。
強敵を相手に、今の戦い方がどこまで通用するのか。練習と思って付き合おう。
ユシが地面に引いた線に立ち、正面から相対し、力を抜く。
ユシの構えは、少し振り上げた、刃先が上空を向いた形である。何となく、剣豪のような凄みを感じる構えだ。
対する俺は、少し刃を寝かせ、剣身を地面と水平に保つ。
振り落としの形で来れば、自然と切り上げで抵抗できる。あるいはひらりと躱し、反撃に繋げることもできる。
いくつかの流れを思い浮かべながら、慎重に出方を窺う。
……。
……。
ユシがふっと緊張を解き、木刀を腰に差すように刃を下げた。
「少しはマトモな構えをするようになったな」
キスティによる、武芸指導のおかげだろうか。
何が気に入ったのか分からないが、唐突にそう褒められたので、怪訝に思う。
「稽古は中止か?」
「いや。俺の構えは、これだ」
「……」
確かに、木剣を腰に差すような帯のようなものは、ユシの鎧には付いていない。
つまり、腰に差すような格好は、本当にフリに過ぎないと考えられるのだ。
居合い、か?
「どうした、来ないのか?」
そう言われても。
居合いだと思うと、その間合いに飛び込むのは普通に怖い。
うーん。
格上との戦いになるだろうし、いいか……。
意識を集中させ……。
剣先から、魔弾を発射する。
「おいおいっ! くっく」
ユシは木剣を抜き放ち、魔弾は消滅させられる。
「ハッ。たしかに、魔法禁止なんて言ってねェな?」
再び、ユシが腰に剣を差すようにする。
そして一瞬目を瞑ったかと思うと、身体がブレた。
いや、違う
近付いて来る
「……ッッ!」
エア・プレッシャーで後ろに退避、それを追撃するように、エネルギーの塊が飛んで来る。
剣で弾く……いや、左手でファイアシールドを展開。
右手で剣を固く握り、立てるようにして二の太刀を防ぐ。ギリギリだ!
「ほう……」
「いってぇな! 手加減をしろ、病み上がりだぞ」
剣で防いでなお、じんじんと痛む脇腹。一応、フルではないが革の鎧は着けているのにこの衝撃、だ。
さっき飛ばしてきたのは何かのスキルか。恐らく『剣士』系の上位ジョブっぽいんだが、そういう小技も持ってるんだな。
「病み上がりでそれだけ動けるなら、十分だろう」
「答えになってねえ」
再び居合いのような構えに戻るユシに、思わず舌打ちをする。
飛び込むのは怖いし、かといってあれを受け続けるのもツラい。
足元から魔力を流し、土に浸透させる。
幸運にも、周囲は一面の乾いた土だ。
ユシの足元まで崩すことは難しい。距離があるし、他人が触れている地面というのは難度が高いのだ。そして何より、その時間を与えてくれるとも思えない。
だから地面を操作しながら、分かりやすく地割れを起こしてやる。
案の定、それを避けるようにステップしながら、踏み込むユシ。
地面から土塊を数発発射する。威力はないが、まあ稽古だ。丁寧にそれを打ち落としながら、近付いて来る。いくつか即席で作った土壁を避けるようにしながら、だ。
だよな。
全部ぶち破られたらどうしようかと思ったが、壁の向こうで何か俺が小細工していないとも限らない。第一の選択としては、「避ける」になるよな。それが出来るルートが残されていれば。
迎撃とコース選択で、ユシの動きは俺が目で追える程度になっていた。そこに待ち構えていた俺は、剣を振り上げ……上に跳んだ。
エア・プレッシャーの押上げを受けたジャンプは結構な跳躍となって、ユシを飛び越える。そこでもう一度、エア・プレッシャーを発動する。死蜘蛛戦で、ジャンプ中に更にジャンプする二段ジャンプのような挙動ができた。なら、これも、出来るはずだ。
エア・プレッシャーによる圧力で、右側に衝撃が加わる。身体が回転し、空中に居ながら、くるっと180度ターンを決めた俺は、そのままの勢いで、剣を今度こそ振り下ろした。
カアンッ
小気味よい音で、剣が止まる。
ユシは、身体の姿勢を崩しながらも、後ろ手、片手で持った剣で防いでいた。とはいえ、無理な姿勢であることは瞭然。さらに力を加え、押し切る……!
と、加えられた力をスカすように、急に抵抗が軽くなると、身体が引っ張られる感覚。
気付けば、空中をきれいに一回転させられるような形で、ユシに背負われて、地に投げられていた。
呼吸が一瞬つまる。
とはいっても、投げられただけだ。すぐに動けるようになった。が。
「チッ。今回は行けるかと、思ったんだが」
「くくくっ……ヨーヨー、お前。やはり出鱈目な戦い方だな」
「稽古になったか?」
「ああ。危険な魔物でも相手にしている気分だった」
「妙な褒め方を……褒めてんのか? それ」
「当たり前だ」
ユシが手を差し伸ばしてきたので、それを右手で取って立ち上がった。
「貴様の生き汚さが良く表れていた。十分に復調したようだな、『偽剣』の」
「ぐっ。その名を知っていたのか」
ははは、と愉快そうに身体を震わせるユシ、いや若ハゲ。すっかり自分でも忘れ去ろうとしていた二つ名だったのに。
「最初から知っていたぞ。当たり前だろう」
「チクショウ。忘れろ」
「しかし、戦い方も歪だが、技術も歪だな」
「……どういうことだ?」
「魔法の腕は一流、剣の腕も悪くはない。しかし組打ちの技術がまるでない」
「ああ……うん」
「魔法の腕は、はじめ、それほどでもないと感じた。悪くはないが、地味で妙な技ゆえ。しかし、他の魔法使いの意見も、魔道具使いも評価は高いものであった。あのような魔法の使い方はできぬ、とな」
「それは光栄なことで」
「先刻の訓練で、矢張りと思うたわ。空で跳ねるあの技……どこで習ったのやら」
「自分で開発したのかもしれんぞ」
「かも知れぬな。だとしたら、優秀なことだ」
「……」
正面から褒められると、照れるね。
「しかし、それにしても妙な技だ。ヨーヨー、『魔剣使い』というのはフェイクか?」
「……っ! 何故そう思った」
「ふむ……図星か、単なる疑問か。まあいいだろう。俺には『魔法使い』系か、『魔剣士』以外に思い当たるフシはない。だがな、ヨル殿はヨーヨーのジョブに心当たりがある風であった。皆の予想通りなら、あのような反応にはならんだろう。それが理由だ」
「うん? 結局、ヨル殿がそう言っていたからということか」
「いや、言っていない。単に、態度から推測しただけだ」
「……そうか」
そんなに分かりやすいのか、ヨル殿の態度って。
それはさておき、肝心のヨル殿には何故バレたかね?
いや、ヨル殿も何か勘違いしている可能性は高いが。まさか『干渉者』まで分かるとは考え難い。しかし、単なる『魔剣士』ではない、と気付かれた理由は気になるが……教えてくれないだろうな。
考えていると、ユシがじっと、こちらを見ていることに気付いた。
「さて、それで本題だ」
「本題? まだなにか、あるのか」
「そうよ。調子も戻ったようだからな、依頼したいことがある」
「偵察か?」
「然り。ただ今回は、前回のようなものとは少し違う」
ユシは目線を外し、陽が落ちる方角に目を細めた。
「既に気付いておるだろうが、この領内に入ってから、行き先はあえて定めておらん」
「盗賊……いや、残党対策か?」
「それが大きい。それだけではないが……此度の旅は難しい物と考えていたが、想定以上のことが立て続けに発生した。ジシィラ様も随分と慎重になっている」
「それで?」
「今回、ヨーヨーに視察を願いたい村も、予定にはなかった場所でな。はっきりと言っておくと、安全である保証はない」
「しかし、村は村だろ?」
「噂によると、だ。その村は、傭兵団に占拠されている」
「占拠。領主が雇って置いたものじゃないのか?」
「違う。いや、もともとはそうなのかもしれないが、既に契約は切れているのだとか。ただ、それも正確な裏取りはない。杞憂かもしれぬ」
「それを確かめて来い、と」
「……人手不足でな。ある程度武力も期待できるチームが今、ヨーヨー達しかおらんのだ」
「チームってことは、またパーティで行動していいのか?」
「ああ、構わない。今回は、ジシィラ隊の護衛だということは隠して訪問してくれ」
「……なるほど」
どう転ぶか分からないから、こそこそ情報収集するのか。しかし、拷問の訓練とかも受けてはいないし、金で働く傭兵の身分だ。何かあればコロッと吐いてしまう立場だが、いいのだろうか?
「受けてくれるなら、報酬は日に銀貨4枚だ。パーティでな」
「ふむ……」
4枚か。悪くないな。いや、かなり良いか。
しかし、魔道具のメンテをしているアカーネも引っ張って行って大丈夫かね。
「魔道具のメンテナンスを手伝っているメンバーもいるが、どうする?」
「ぬう、その話があったか。できればその人物だけ残して……いや、止そう。連れて行け」
「良いのか?」
「うむ……色々と不満は言われるだろうが、今は安全が第一だ。それに、壊れた魔道具はもう、直せんことがはっきり分かったしな」
「ダメだったのか」
「まあな。詳しくは分からぬが、何日もかけて修復して、どうにもならぬらしいぞ」
「そうか……」
魔導砲、いったい幾らしたんだろうなぁ。
やっぱり魔道具は、金喰い虫だよね。
「場所は?」
「了承と受け取るぞ」
「ああ。悪くない話だ。よっぽど無茶じゃ内容でなければ、やるぞ」
「うむ。場所はここから西にずっと、行った所だ。ケシャー村と呼ばれている」
「ケシャ―村ね」
「元ピサ領だが、もともと国境ギリギリにあってな。北への交通の便は悪いから、デラード家も重要視してこなかった。アルフリード家もな。だから大きな戦闘には巻き込まれなかったようだが……」
「駐屯している傭兵団の情報は?」
「『古傷の傭兵団』という集団のようだ。知っているか?」
「いや」
「そうか。こちらも同じだ。それほど大きくはないようだ」
「今回の戦争にも参加していたのか?」
「ああ。デラード家に雇われて、何やら働いていたようだ。だが終戦後、拠点としていたケシャ―村に居座っているらしい。それ以上のことは不明だ」
「ふむ……そうか……。その傭兵団を調べれば、良いって事だな」
「ああ。出来れば頭の性格や、理知的に話ができる幹部がいるかどうか、確かめてみてくれ。危険なことはせんでもいい」
「分かった……いつ出発すれば良い?」
「出来ればすぐに。ケシャ―村は外れた場所にあるのでな、訪れるかどうかは早めに判断したい」
「了解した。明日にでも出発しよう」
「せめてもの用意として、こちらで持っている魔物情報は下ろそう」
「お、そいつは有難い。後でサーシャ……従者と2人で聞きに行って良いか?」
「ああ。そうだな、夕餉の後に時間を作れ。ビーコという緑の帽子を被った、弱そうな男を知っているだろう? そいつに準備をさせるから、話を聞きに行ってくれ」
「……ああ、そうか」
また緑の帽子の人かよ。
苦労してるなー。
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