第137話 折衝

季節はすっかり春に入った。

寒い、寒いと言っていたころから、いつの間にかそう口走ることが減り、気付けば暦上は春真っ盛りというわけだ。ファスラに着いた頃で2月の末。日本であればまだ寒い日がある時分で冬の終わりという感覚があった。しかし考えてみれば、3月は暦上は春だ。入学シーズン、そして桜の影響で4月が春というイメージが強いが、立春が2月の始めごろだったはずだから、3月は暦上は、春の盛りだ。そしてこの世界というかこの地方の気候は、暦上の日本の四季に近い。周辺の平原には色とりどりの花が咲いたりしていて、春風に牧歌的な雰囲気で揺れている。ただ食・造・闘にばかり興味が強いうちの3人娘は、あまり花を喜んだりしない。

一番きゃっきゃしているのが、怪しいマスクを被り、ゴツイ魔剣を背負った俺だという悲しい現実よ。花占いでもして心を慰めよう。

ファスラにも慣れてきたころであったが、ジシィラ様が重い腰を上げて先に進むという指令を聞いた。ファスラで、この地の商人たちと何やら折衝していたらしいが、それがやっと終わり、先に進む段になったらしい。


そういえば、ファスラを拠点にすると言っていた死蜘蛛退治の皆さんはどうしたかというと。

俺がファスラに到着した時点で、もう既に西に向かって出撃していたようだ。

ファスラでまた、あのパシ族の人たちと再会することはなかった。


裏切られたばかりだったし、かなり警戒してしまったが、結果普通に良い人たちっぽかった。

死蜘蛛と戦っても、あの集団にゃ死なずに生きていてほしいものだ。

護衛任務を終えて、また帰りの道でこの辺りに寄ってみるというのも、1つの手だ。

だけど、その頃には他の獲物を追って、あの傭兵団も他の所に旅立っている可能性が高いか。

キスティ曰く、有名な傭兵団のようだしな。


呼び出しが掛かった日の朝、アカーネが緊張した面持ちで、小さなナイフを渡してきた。


「……できたのか?」

「火の魔力、流せる?」

「火魔法を使うつもりで、魔力を流せばいいのか」


ナイフを持って、魔剣術で放出する要領で魔力を放ってみる。

……特段、何も起きなかった。


「違う、違うよ。出すんじゃなくて、流すの。流れに逆らわないで、剣のお腹から伝って、刃から戻ってくるイメージ。魔力を循環させてよ」

「……注文が多いな。こうか?」


ちょっとてこずりながらも、アカーネの指示通りに魔力を練ってみる。

すると刃の先から、チリチリっと火花が舞って消えた。


「……おお」

「よしっ。じゃあ次は、火魔法を意識しないで、魔力を練ってみて? さっきよりも魔力の量をほんの少し多くできる?」


んん? また具体的な注文だな……。

言われた通りやろうとすると、また何回か目でチリっと火の粉が舞った。

さすがにこれなら、普通にファイアボールでも出した方が効率がいいだろ。


「うん、一応完成かな……。火花のナイフ、だよ」

「火花のナイフか。火付けに便利そうだな」


正直普通に魔法を使った方が早いが、初めて作った魔道具だ。きちんと褒めて伸ばしてやらねば。


「うーん、どうだろ。魔法の火を出すだけなら、ご主人さまの魔法でジューブンだよね?」

「いや、まあ。それを言われたら、そうなのだが。魔道具として火花が出るから、凄いんだろう?」

「まあねっ! 魔力を上手に練る必要があるから、誰にでもってのは難しいけど。ボクや、サーシャ姉なら火付け石代わりになりそうだし。魔道具の操作の練習には丁度良いかも」


……サーシャ姉って呼んでるんだ。

新しい発見に内心驚きつつも、得意げに話すアカーネのほっぺをもちもちして祝福する。


「やはりアカーネは才能があるな。ただの安物ナイフが、魔道具になったぞ」

「うんっ、……売れるレベルじゃないけどね?」


無理か。

誰でも魔法の火花を出せるなら需要はありそうだが、どうやら魔道具を使い慣れていないと使えないという、微妙な性能だからな。

これも、身内で使う用にしよう。


そんなアカーネのドヤタイムがありながら、準備を終えた俺たちは商隊の護衛へ。

ここ数日と違い、下働きたちが忙しなく動き回り、護衛たちは旅装を整えて待っている。


「来たか。準備は十分か、ヨーヨー」

「若ハゲ……いやユシ。大丈夫だ」


剣を腰に佩き、組んだ腕の肘で抑えるようにしながら歩いてきた、専属護衛のユシジギが声を掛けてきた。いつもながら厳しい表情をしていて、晴れやかな出発という雰囲気はない。


「……はじめの言葉は聞かなかったことにしよう。出発前に、ジシィラ様からお話がある。来い」

「ああ。また偵察でもやるか?」

「いや、それは既に行っている者がいてな。しばらく出番はなかろう」

「そうか。必要になったらまた声を掛けてくれ」

「ほう。気に行ったか」

「まあな」

「おおかた、村で羽根を伸ばせたからだろう」

「否定はできないが」


話しながら、ジシィラ様の待機している控室に行く。

入り口で背の高い専属護衛とユシが言葉を交わし、ドアが開いて招き入れられる。

ユシは中に入らないらしく、顎で中に入れと促してきた。


「ではな。それとこの頭は風習でな。禿げているわけではない」

「……」


聞かなかったことにすんじゃなかったのかよ。返す言葉が見つからず、固まってしまった。

気まずい思いを抱えたまま、扉をくぐった。


「ヨーヨー、来たか」

「はっ、お呼びと聞きましたが」

「うむ。一応、こういったことは雇い主がやるのが確実だからな」

「なんでしょう」

「これを受け取れ」


投げ渡されたものをキャッチする。

この感触は……銀貨の詰まった革袋か。


「これは?」

「ちょうど金貨1枚分。崩してあるから、嵩んでいるがな」

「報酬ですか」

「その一部払いといったところだ。長期の護衛を頼むときは、キリの良い所で渡すようにしているが、お前はちょうど金貨1枚分を超えたのでな」

「ジシィラ様が、そんなところまで管理しているのですね」

「ふん。別に貴族でもない、ただの行商だ。金勘定くらいやらなくて、どうする」

「それもそうですね」


尊大な態度で忘れそうになるが、この人ただの行商なんだなあ。

いやでも、行商って日本でいう商社みたいなものか。

だとするとこの人は商社の社長。やっぱり偉いのかな?


「不満があるわけではないな?」

「有難く頂戴します」

「数えなくて良いのか」

「そこは……信頼しておりますので」

「出まかせを言うな。だが、数を誤魔化すようなケチはせん。安心しろ」

「はい」


金貨1枚分を崩したと言ったが、その割には枚数は控えめだ。

銀貨100枚入っているようには思えないし、多分半金貨と、大銀貨かな?

銀貨100枚が金貨1枚分。

銀貨50枚分が半金貨1枚分で、銀貨10枚分で大銀貨である。

半金貨1枚と、大銀貨5枚なら6枚で済む。


金貨でぽいっと渡されるよりはマシだが、半金貨も微妙に使いづらいのだよな。

そも、半金貨って場所によっては認められないらしいし。

なんたって、金貨をそのまま半分にした見た目という、なかなか豪快な貨幣なのだ。


「もっと細かい両替が欲しければ、後で下働きの者に言え。金貨1枚分くらいならば、銀貨でも用意ができよう」


おお、ありがたい申し出。後で大銀貨をいくつか崩しておくかな。

半金貨はどうしよう。

使いづらいのは間違いないのだが、あまり崩しすぎると重くなる。

異空間にしまえる体積も限りがある。空いたスペースに薬とかも置いているし、あまり圧迫するのも考え物だ。


「助かります。それで、お話と言うのは報酬の件だけでしょうか」

「そうだ。ああ、後、お前の従者が魔道具に造詣が深いというのは真か?」


どこでそれを。

いや、そもそも隠していなかったし、ちょっと注意して調べられればすぐバレるか。


「ええ、ですが趣味程度ですよ」

「趣味で魔道具などと、どこの貴族かという話だな……。まあいい、魔道具のメンテナンスは出来るか?」

「……どのような魔道具かによります。簡単な仕組みのものであれば、状態を見る程度のことはできるかもしれませんが」

「それでいい。この前の、空襲を覚えているか? あれもあってな、少し魔道具を買い足した。問題なく動いているか、メンテナンスを手伝ってほしい」

「良いですが……彼女には色々と頼んでいる仕事もあるのですが」


別に構わないっちゃ構わないが、アカーネは将来の収入源として色々頼んでいるところなのだ。

タダで使う気か? と。


「ふむ、対価が必要か。……働き次第だが、護衛中に護衛が狩った魔物の魔石を一部、渡そう。それでどうか?」

「それはありがたい。どの程度頂けるのでしょうか」

「その辺は、下の者に任せる。折衝してくれ」

「かしこまりました」


話は以上らしい。線の細い少年に誘導され、外に出る。

よくジシィラ様の周りをうろちょろしているが、奴隷なのだろうか。

……ジシィラ様って両刀使いかな? まあ、どうでもいいか。


ジシィラ様に言われた「下の者」を探して、馬車の前で書類を広げて何かを考えている商隊メンバーに声を掛ける。


「いいか? ジシィラ様からご依頼があったんだが……」

「ん? 俺は糧食担当でな、難しい話はビーコにしてくれ。分かるか? 緑の帽子を被っている、弱そうなやつだ」

「見た事はある気がする……探すよ」



馬車の周りをうろうろと探すこと、数分。

緑の帽子を被った弱そうなやつ、何とかそのヒントに合致するヒトを見付けた。

これで違ったらこの話はなかったことにしたいくらいだ。


「あんたがビーコか?」

「な、なにさ? 今忙しいんだよ」

「出発前に悪いな。ジシィラ様から依頼を受けてな」

「……細かいことは私と話せ、とでも言われた?」

「ああ、そうだ」


正確にはちょっと違うが、まあ似たようなもの。


「ああ、もう。あの人は……! いや、今のは違う。忘れてくれ。それでどうしたと?」


苦労していそうだ。


「うちのメンバーに、魔道具に詳しいというか、まあ少しはいじれるやつがいてな。そいつを、魔道具のメンテに回してくれと頼まれた。報酬代わりとして魔石をくれるというんだが、どれくらいくれるのかは、あんたと折衝しろと」

「あー、なるほど。なるほど。確かに魔道具のメンテナンスは頭の痛かった問題だよ。そこに気を回してくれたのは、正直ありがたいけどね。けどねぇ、何も急に……」


うむ。苦労しているようだ。

愚痴とも思える呟きを聞き流しながら、どこを交渉ラインにするか考えを巡らせる。

あまりに吹っかけて、印象を悪くするのも悪手だろう。

だがあまり安く買い叩かれても、困る。

いや、ここはアカーネの勉強の場として考えれば、少し安くてもいいか。

だがそもそも、魔道具のメンテナンス業務の相場感というやつがわからんのさ。


「毎日メンテナンスに、1時間程度付き合ってくれないか。働き次第だが、5日ごとに……そうだな、磨いた魔石1個はあげます。業務量が多かったり、優秀だったら値上げ交渉ということで」


こっちが葛藤しているうちに、弱そうなビーコが結論を出してしまった。


「……磨いた魔石?」

「あなたのパーティは、共通規格の磨いた魔石をマジックシールドの魔道具で使っているでしょう。毎日少しずつでも、バカにならない出費になるはずだ。悪くない条件だと思うけどな」


ううむ、ううむ。

このビーコ、気弱そうでいて、きっちり周りを見て抑えるところを抑えてるんだな。

確かに、どこでも手に入るものでもないし、5日に1個くらい手に入れば、消費分を補える。

1つ銀貨2枚くらいが相場だった気がするから、5日に1個とすると……1日1時間、時給で銅貨40枚くらい? 悪くないのかも。


「……分かった、受けよう。だがアカーネはなかなか優秀だからな。ちゃんと戦力になるようだったら、その2倍くれ」

「それは働き次第だけどなぁ……、分かった。要望は受け取っておく」


磨いた魔石で魔道具を使っているのはサーシャと、アカーネ。2人分あるから、2つ貰っておこうという悪魔の計算だ。……普通の計算だ。

なんで、最近は俺の魔剣や、それこそ磨いた魔石を使っているマジックシールドの魔道具を1人でメンテナンスしているくらいだ。きっと戦力として役に立って、磨いた魔石を勝ち取ってくれると思う。


「よし、それじゃそういうことで。今日も必要か?」

「ああ、今日からお願いしたい。毎日、馬車を止めてから、寝る前にメンテナンスを行っている。その分、夜の護衛は免除するから、上手く回してください」

「免除?」

「ああ、もちろんその魔道具のヒトだけ。あなたたちはこれまで通り、指示に従って夜間警戒をしてもらう」

「まあ、そりゃそうか。承知した。今日も夕飯が終わったら派遣する」


……安請け合いしてしまった気がするが、そういえばどういう魔道具か訊いていないな?

アカーネのために、一応最後に確認しとくか。心構えがあるかもしれないし。


「ちなみに、メンテする新しい魔道具ってのは、どんなのなんだ?」

「気になる? まあ色々だけど。盗難防止の魔道具を買ったりしたよ」

「盗難防止?」

「剣を盗まれた時、あなたの剣が警戒音を発したでしょう。それを聞いたジシィラ様が、是非にって、ね」

「ああ」


あったなー、そんなこと。

……まさか俺の魔道具を参考に買い物されていたとは。

しかし確かに、盗難防止とか行商人こそ喉から手が出る機能かもしれない。


「しかし、この機能は俺が要望して付けた特注だからな。普通に魔道具屋に売っていたのか?」

「やはり、そうだったのか……。それが、探してもなかなかなくって。難儀したよ。結局、新注する形で何とかしたけどね。費用対効果を考えると、微妙だよ」


なんかすまんな。

俺の思い付きの機能が、知らぬ間にビーコの心労を増やしてしまっていたようだ。


強く生きろよ。





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~おしらせ~

来週から、日曜0時更新に更新時間を変更します。


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