第134話 ポーション

翌日、キスティの要望通り、近くの草原で稽古をする。

村の中だと、適切な場所がなかったのだ。村の近くの見晴らしの良い草原で対峙する。

手には木剣だが、近くには魔剣やキスティのロングソードを置いてある。いつでも襲撃に対応できるようにだ。

サーシャとアカーネ、そしてドンさんが周囲の警戒をしてくれている。

ドンは背の高い岩上によじ登って、ぽりぽりと人参のような野菜をお食べになられている。本当に警戒してくれてるんだよな?


「今日は魔法やスキルの類は使わん。剣の稽古といこう」


対峙するキスティに声を掛ける。何も言わずにやればいいのだが、負けたときの言い訳を作っておく。これが姑息なご主人様ムーブ。


「ああ、いいぞ。それもまた楽しみ!」


……。

不安はあるが、胸を借りるつもりでやってみよう。

せっかく身内に稽古相手が出来たのだから、もっと剣術の稽古をするべきなのだろうな。

負けてご主人様威厳ゲージを減らしたくないせいもあって、あまり活用できていない。


スッと正眼に構え、キスティの動きを見る。

キスティは上段に構え、じっと間合いを測る。じりじりとにじり寄ってくるので、正面から斬り込む、と見せかけて横っ飛び。しかし読まれていたのか、くるりと正面を向かれて振り下ろしが来る。

ステップして後ろに下がり、反撃をしようとした頃には、キスティが上段に構え終わっている。


キスティ、基本上段からの一撃必殺を狙ってくるよな。

少し距離を取って様子を見ようとすると、瞬間距離を詰められ、上段からの振り下ろし。

不思議な歩法だ。動き出しが読めなかった。


だが防御の意識を高めていたので、木剣を寝かせて受け、振り下ろしを何とか凌ぐことができた。

ぐ、ぐと圧力が加わるので腕の力でぐいと対抗するも、それを分かっていたかのように力を抜き、態勢を崩される。そして流れるように、斜め上からの再度の振り落ろし。

これもぎりぎりで剣先を合わせ、後ろに下がりながらいなす。

間に合ったと胸をなでおろすも、息を吐かせぬ連撃でキスティの剣が迫る。

とっさに剣を斜めにして受け、すべり流すようにしてキスティの剣の圧力を逸らす。


思いの他受け流しが上手く決まったので、返す手で突きを放とうとする。

しかしくるりと身を廻すようにして突きが躱されると、キスティの、片手で伸ばした手に握られた木剣が腹の表面を撫でる。


「……負けたな」

「むっ? しかし、軽く撫でただけだ。真剣でも、大した怪我にもなるまい」

「それはそうだが。攻撃を当てられたから負け、でいいだろ」

「ふむぅ。主は勝ちに執着がない」


そうかな?

これがスポーツだったらマズいが。

勝ち負けよりも、生き死にの方が執着があるかもしれない。


「それより、今の動き出しの技はどうやった?」

「む、これか」


キスティはスッスッと滑らかにその場で移動してみせた。


「これは基礎的な足の運びだ。足を、こう……落とす」

「落とす?」

「そう、体重を傾け、その流れに逆らわず、上げずに落とす。すると自然な移動ができる」

「ふぅむ。これはキスティの習った武術の教えか?」

「ああ、スキルで動きを補助する類ものも数多くある。しかし、そのようなものに頼らずとも技術で高めることもできる。それが最初に師匠から受けた教えだったな」

「ふむ……」

「特に、主は技術と相性が良いと思うぞ」

「ん? なんでだ」


技術に相性とか、あるのか?


「主は、魔法や……スキルもか? とにかく、妙な技をたくさん使うからな。それらの技もすごい。すごいが、それらはあくまで『魔法やスキルの』技術だ」

「うん、それはそうだが」

「例えば、あの急にその場から移動する技、あれはすごい技だ」


エア・プレッシャー自己使用かな。さすがに使い慣れてきて、緊急回避だけでなく、フェイントや距離を詰めるのにもよく使っている。特に強敵との戦いでは、純粋な武術の技量差を埋めるために多用している気がする。

攻撃に反応できず、態勢が崩れていても発動できる。そして思った方向に一気に移動できる。かなりの裏技だ。


「だが、それにしてもだ。もし、急に移動するにしても、いつ、どこに、どの動作をしながら実行すれば効果的か。それは素の技術が上がれば上がるほど、経験値を積むほどに選択肢が増えていくはずだ。……つまるところ、主がスキルに頼らない技術を修得すれば、魔法やスキルの技術と掛け合わせることができる。足し算ではなく、掛け算で強くなれるということだ。ううむ、このような例えで、伝わるのだろうか」


……なるほど。

言わんとするところは分かる気がする。

とんでもないシュートを持っているストライカーが、ドリブル技術も持ってたらすごく凄いよね。みたいな。

……何かが違うな……。

まあいい。


「どうやらカッコつけてる場合じゃなさそうだな……。キスティ、明日から武術の基礎から俺に教えてくれ」

「むっ。主も、自己流とはいえ型らしきものはある。私の流派の教えで良いのか?」

「うん、まあ。取り入れるところ、取り入れないところはあるだろうが。まずはちゃんと体系だって教えを受けた者から教わりたくてな」

「ふむ。そのごっちゃ煮のような戦い方も、私は嫌いではないのだがな。主の命とあらば、謹んで受けよう」

「まずは何からやるもんなんだ?」

「まずは筋力を付けたり、生き物を殺す訓練をしたりするが……それは十分だろう。そうなると打ち込み、型練習、そして歩法や身体捌きを平行してやってくことになろう」

「打ち込みか」

「ここは、それぞれで合ったものを選ぶのだが。生憎私は、上段振り下ろししか分からん」

「……マジで? 随分と片寄った練習をするんだな」

「ウチの流派はそうだったのだ。まず軸となる形を作り、ひたすら一撃を研ぐ」


だからキスティは、上段ばっか狙ってくるのか。


「そればっかりだと、読まれるだろ?」

「そういう面もある。だが、それ以上に迷いがなくなる。相手の反応もパターン化できるから、その裏を取ることもできるしな。要は主導権を握れるのだ」

「……ふむ」


そううまくいくのだろうか。

初撃で迷わない、というのは思っている以上に大きいということかもしれない。


どちらにせよ、上段しか選択肢がないのはちょっとな。

実戦では魔導剣を使って魔法や、魔剣術を使うから上段の構えとはちょっと相性が悪い。


「とりあえず、打ち込みは置いておいて他の事をやっても良いか?」

「うむ。人によってはそのような修練をする者もいる。問題なかろう」

「じゃあ、それで」


結局やることといえば、型練習と、歩法や身体捌きの練習ということになる。

一番最初に安宿で剣マニアの男に習ったときも、型練習をしたものだ。

素人が剣の扱いに慣れる意味で、あれは大きかった。

今回は当時とは状況が違うが、今までの経験を武術として昇華するためにも、有意義なものとしたい。



***************************



翌日。

死蜘蛛討伐への不参加も決めて、空いた時間で武術鍛錬をしつつ。

夜に宿に備え付けの洗い場で汗を流し、部屋に戻るとアカーネが待機していた。


「ん? なんだ、珍しいな?」


部屋で出迎えるのはだいたいサーシャで、あとは警戒中のキスティに声を掛けられることもある。しかしアカーネはだいたい、奥で何かをいじっているか本を読んでいることが多いので、出迎えという意味ではあまり最初に声を掛けることが少ないのだ。

だが今日は、待っていましたとばかりにドアの前で待ち構えていた様子。


「うん。一応、出来たから」

「出来た?」


アカーネがおずおずと渡してきたものは、木の実をくり抜いて作られた小さな水飲み。時代劇で、ひょうたんに水を入れているものの更に小さなバージョンだと考えれば良い。

入れられる飲み物の量が少ないので、うちのパーティではあまり使われていない。例外は、アカーネが作ったポーション類だ。


「ポーションか?」

「ポーションっていうほどじゃないけど。こっちが下痢治し。こっちは解熱用」

「ほう」


まあポーションというか、薬だな。

材料は旅の間に採取した薬草類と、水。それに魔石粉などを少々。

家庭でも普通に作成されている程度の代物なので、売り物としては期待できない。が、パーティの実用品としては十分に使えそうだ。


「傷を治すとか、そういう方は作れそうか?」

「傷の治りを早くする当て物は、今作ってるところ。でも、ポーションとして売ってるような、即座に傷を治すようなのはまだ先かも」

「難しいか」

「うん。癒術を付与できれば話は早いんだけど……」


『癒術士』の使うスキルを何かに定着させる方法であれば、ことは単純だ。簡単かどうかは、別の話であるが。

だが『癒術士』はかなり貴重なジョブのようで、もちろん現在身近にいない。仮にいたとしても、他人の術を物に転化させるスキルがないから、今のアカーネでは無理らしいが。

そうなると、癒しの力がある材料を探し、そこに一定の方法で魔力を練り込むといった過程を経て、「作る」他にない。

これは「錬成」と呼ばれる分野らしい。

どの素材を使って、どの程度魔力を注げばいいのかといった知識面はある程度本で賄えるとしても。いざ作成するときに要求される繊細な魔力操作といった技術面は、とにかくトライアンドエラーでコツをつかむしかない。


回復ポーションは、まだ材料も揃っていない段階らしいし、触媒となる魔力粉の配分など、分からない点も多い。したがって、技術面でのトライアンドエラーも始まっていないという段階。

先は長そうだ。


「ナイフへの付術はどうだ?」

「そっちは取り組み始めたとこ。改造魔石の経験が生きるから、火花や土煙が出るくらいの改造は簡単かと思ったんだけど……」

「難しいか?」

「……うん」


俺も詳しく理解できているわけではないが、魔道具の作り方についておさらいしておくと。


①まず魔道具にしたい道具を用意(今回の場合、ナイフ)

②そこに魔力の通る回路(魔導回路)を形成(魔石粉といった材料を使う)

③魔導回路に魔力を流すことで、効果が発動(発動の方法や、しやすさは魔導回路の設計と性能による)


大雑把に言うと、こんな感じだ。

②の魔導回路を作るときに、アカーネの保有する「魔導術」と「術式付与」が必要になる。

ちなみに他人のスキルを元に物に付与するためには、別に「他者術式付与」といったスキルが必要になるという。

……なんというか、これがゲームの世界だったら「ややこしすぎてゲームバランスが悪い」とか言われそうな設定だ。

まあ、それを言ったら「回復魔法」というありがちな魔法に当たる癒術を使うためには医学知識が必要とかいう時点で、バランス壊れてるとレビューで星1が付いて、投げ売りされるレベルだ。


「何か必要な物があれば、俺に言うんだぞ」

「うん。とりあえずは大丈夫」

「そうか。とりあえず、この……ポーション? は貰っておく。良くやったな」

「……うん」


この際、この薬剤はポーションということにしてしまおう。下痢止め剤って呼ぶより、下痢止めポーションの方が効きそうな気がするし。

我がパーティのポーション作成者の頭を、うりうりと撫でておく。

アカーネは背が低いので、撫でやすくていいな。ほっぺもちもちには抵抗を示すアカーネだが、頭なでなでは素直に受け入れてくれる。

……ほっぺたに負担がないので止む無く受け入れているのかもしれない。

アカーネの製作品に関しては、長い目で見ていこうと思う。



***************************



村で訓練と情報収集の時間を過ごして数日。

夜になって、宿の部屋に来客があった。

浅黒い肌をした、まあ普通の人間族。


「失礼する」

「おう」


ジシィラの商隊のマークを示してきたのを確認し、中に通す。

前とは違う奴だな。

中に通して、また車座となって話を聞く。


「音沙汰ないから、置いてかれたかと思ったぜ」

「少しごたごたしておりまして。ヨーヨーさん達も、合流するようにとの連絡です」

「むっ。合流なのか」


てっきりもう、西の方に行った本隊をここで待つ流れかと思っていたが。


「西に行ってから、そのまま西端の街道を南下するようにルートを改めました。急な変更となりますが」

「いや、構わない。で、俺らはあんたに付いて行けばいいのか?」

「そうですね……あと1日もすれば、この村に他の派遣員も合流するでしょう。3~4人程度と思いますが、彼らと合流して西に向かいましょう」


しかし、結局この村は通らないのか。

行商が通ることを楽しみにしていた村人たちには、何だか悪いな。


「この村は蒸留酒と槍が特産らしいが、買い付けていくか?」

「う~ん、そこは悩みどころですが。余裕があれば、酒は買って行っても良さそうですね」


連絡員の男は、腕を組んで悩んだ顔を見せる。


「……そうですね。集まるまで、少し酒を選んでおきましょうか。お勧めの店などはありますか?」

「安さを優先するか、質を優先するかによるな。質なら、領主の館近くの店が一番良い」

「なら、質にしておきましょうか。最悪、売れなくてもジシィラ様たちが飲むでしょう」

「……ジシィラ様って、酒は強いのだろうか?」

「それなりのようですね。私も詳しくは知りませんがね」

「そうか」


何となく顔的に、強そうなイメージはある。

ジシィラ様が飲めなくても、あの若ハゲ護衛が飲むだろう。ハゲって酒強そうだし。

……それは偏見か。

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