第133話 爆睡
コン、コン。
控え目なノック音がして、サーシャが素早く立ち上がる。
扉を開けると、行商風のマント男が顔を出す。
「おお、ヨーヨー。調子はどうだ?」
「悪くないさ。さあ、中に入ってくれ」
後ろの寝室で気持ちよく爆睡するキスティは放って置いて、車座になってマント男を迎える。
「というか、普通に部屋に尋ねて来るんだな」
「まあ、コソコソする理由もないしな。敵地ってわけでもない」
「そりゃ、そうだが」
「なんなら、お前らも商隊の一員だってバラして良いんだぜ? 情報収集しやすい方で良いがな」
「そうだったのか。諜報っていうから、てっきり」
「戦地でもないんだ。潜入調査員みたいな真似までは求めん」
「そうか……」
「で、情報を聞こうか」
この村に入ってからの情報と、先ほどの酒屋での話をまとめて話し伝える。
「ふむ、ま、この感じだと商人は普通に歓迎されそうだな」
「そう思うが。特に嗜好品の類は需要がありそうだ」
「娯楽に飢えてるってのは、どこに行ってもある話だな」
「む、そうか」
あまり大した情報にはならなかったようだ。
「その、蒸留所で作ってる酒ってのは面白そうだな。度数の高い酒は、どこに行っても高値で売れる堅実な商品だ」
「ああ。度数が高い酒の良さは、俺には良く分からないがな」
「ははは。ヨーヨーは酒呑みではないか」
「嗜む程度だ。酔って、外で寝たりしたら命がない生活環境だったしな」
スラーゲーのスラムを思い出しながら言う。日本ではそうでもないだろうが、こちらの世界で酔っ払うと、冗談抜きで命の危険が高そうだ。
人も怖いが、誤って壁の外に出ればあっさり魔物に亡き者にされる。
「まとめると、特に危険はなさそうと。普通の村だな」
「まあ、そうだ」
「ふむ……分かった。引き続き、この村に滞在して情報収集をしてくれ」
「あ、そういえば」
「ん?」
「村のことじゃあ、ないんだが。この辺りで死蜘蛛っていう魔物が出ているらしいが」
「ああ、死蜘蛛か……。どうやら年に1,2回出るらしい。面倒な時期に当たったな」
「そうなのか」
時期までは知らなかった。
「そこまでは調べてなかったか。そうだな、村に問題がなさそうであれば、ついでに死蜘蛛について情報を集めてくれ。カチ合うと少しまずそうだ」
「ジシィラ様の本隊は、西のファスラって街は寄るのかね?」
「ファスラか? 寄る予定だったと思うが」
「で、あれば要注意だな。そこで死蜘蛛退治の募集をしているそうだから」
テラーボールの件で共闘したパシ族の傭兵団が、誘ってきた場所だ。
というか本隊はいったん、西の端まで行くルートを取るのかね。
そうすると、死蜘蛛と途中でカチ合う可能性は低くなさそうだ。
「そうか……。今後のことを考えれば、誰かを派遣すべきか? 素通りするよりは心証が良かろう」
「いや、どうだろうな。この地の戦士団は自分達でやりたがっているみたいだが」
「確かか?」
「確証、はないな。話で聞いただけだ」
「ふむ」
「というか、可能であれば討伐の依頼を受けても良いのか? 護衛任務中なわけだが」
「……うむ、勝手は困るが。場合によっては行ってもらう方が良いかもしれん。だがその場合は、まず連絡をしてくれ」
「了解した」
やはり、勝手に参加するのはマズいと。
気付いたら魔物退治に参加していて、怪我して護衛から外れるとか言われても、困るだろうしな。
少なくとも情報収集は続けるんだ、すぐにファスラに行くと言う選択肢はなくなった。
「しかし、お前ら」
「なんだ」
「もう1人いなかったか? ほら、戦士みたいな」
「ああ。あいつは爆睡中だ」
「爆睡?」
「ああ、爆睡中だ」
「そうか。問題があるわけじゃないんだな?」
「問題はないな。案外酒に弱かったようだ」
「……そうか。羽目を外しすぎるなよ」
「大丈夫だ、情報収集は主に俺がやるからな」
「ま、気負わずにやってくれ。問題がなければ、近々本隊に合流してもらうかもしれん」
「ここで待つわけじゃないんだな」
「その選択肢もあったんだがな。ジシィラ様が、もうちょっと西を回ると決めたので、な」
真っ直ぐこっちに向かうルートを考えて、俺は派遣されたってことか。
その辺の情報はもうちょっと共有してくれるのかと思ったが、そうでもない。
商隊の進むルートは臨機応変に変更するようだし、仕方がないところなのかもしれない。
「回ることに決めた、か。予定変更か?」
「マンセナで、お偉方に何か言われたようだな……」
「マンセナ……この前の、ここの領都だったか」
「そうだ。何を言われたかまでは私も知らないが。推測はできる」
「ほう?」
「この辺りは、馬車とすれ違うことも少ないからな。一時的なものか、常のことかは分からないが。行商の類が足りていないのだろうな」
「だから、行ってこいと言われたと」
「そんなところだろうな。まあ、それはいい。引き続き頼むぞ。しばらくしたら、また訪ねる」
「場所はここでいいか?」
「ま、いいだろ。路銀は足りているか?」
「……足りていないといったらくれるのか?」
「さて。ま、大丈夫そうだな」
まあ、ぶっちゃけ事前に貰った金で足りるだろう。
少数で移動しなけりゃならないのは少々リスキーだが、いい役割だ。
また話があれば、やるか。
訪ねてきた連絡員は同じ宿の別部屋を取ったようで、朝飯のときにまた見掛けた。
そしてもう翌日には、どこかへ発ったようで、部屋が再び空室となっていた。
***************************
「さて、忌憚のない意見をどうぞ」
翌日の夜、宿の部屋にて。
今日は酒場での情報収集は控え、村の様子を見ながら羽を伸ばした。
夜にパーティ4人で車座になって、座る。
その中心には果実酒と、ナッツ類が少々。昨夜考えた通り、部屋でまったり飲みつつ話し合いだ。
議題はずばり、「死蜘蛛どうする問題」である。
「いいか、主」
「はい、キスティ。いいぞ!」
「正直私は戦ってはみたい。みたいが、戦うべきではないだろうな」
お? いきなり想定外。
キスティはてっきり、「さあ、やろう」という意見だろうと決め付けていた。
「理由を聞いても良いか?」
「うむ。個人的な希望はともかく、パーティの現状を考えると、相応しくないと思った。今、このパーティのバランスは微妙なところだ。これで、強敵と戦って1人でも欠ければ、やれることがグッと減ってしまうだろう。少なくとも今は、無理に強敵と戦う時ではない」
「……なるほど」
案外冷静だな。
キスティは感性が脳筋寄りなだけで、思考という意味では結構現実的なタイプなのかもしれない。
「サーシャはどうだ?」
「同意見ですね。対策はしておくべきかもしれません。しかし、積極的に危険を増やすべきではないでしょう」
「ふむ」
これは想定内。リスクヘッジ思考をしがちなサーシャからしたら、わざわざ危険に飛び込んでいく意見は選択しないだろう。
「ボクも、そうかなあ。せっかくゆっくりできるんだから、もうちょっとこのままでいいんじゃないの? ナイフへの付術もゆっくりやりたいし」
アカーネも慎重姿勢。というかこれは、単に魔道具をいじりたいだけだな。
今、パーティの課題としてポーションの勉強もしているが、同時に取り組んでいるのがナイフへの術式付与だ。アカーネは安物のナイフにヒモを通して、投げナイフのようにして使っている。
このナイフに、何らかの効果を組み込んで簡単な魔道具にしてみようとトライしているのだ。
これはこちらからお願いしたわけではなく、いつの間にか勝手に始めていたことだ。
「まあ、そうだな。皆の意見も分かるし、ここは戦闘を回避しよう。俺もそこまで戦いたいわけではない」
最初は出会ったら逃げるように考えていたのだから、予定通りといえば予定通り。
しかし、そうなると目標をどうするか。
本隊の到着はしばらくかかりそうだし、こちらからあっちに合流するにしても、向こうからの連絡を待たなければならない。それまで微妙にヒマだな。
「……夜に、情報収集は続けるとしてだ。昼間のうちにやっときたいことはあるか?」
「確かに、合流するまで護衛対象がない状況か。主、それではこの機に鍛錬しようではないか」
「……いつもしてるだろ?」
「いつもは、流す程度の手合わせではないか。そうではない。全力で高め合おうではないか」
「まあ、いいが」
出来れば夜の格闘技に全力になりたい。
それはさておき。
サーシャがスッと手を挙げたので、指名する。
「はい、サーシャ先生。どうぞ」
「はい。余計なことかもしれません。しかし、護衛任務後の予定は、早めに決めておいた方がよろしいかと」
「ああ……」
自分の中で色々と考えてはいたんだけどな。
確かに、チームでちゃんと共有してはいなかった。
ここで出来た時間で、ちゃんと今後の方針を決めるのはアリだ。
「ありがとう、サーシャ。そうだな、これを機に、次の行動をちゃんと決めておこうか」
「ありがとうございます」
「といっても、方針は何となく決まっているか。俺は、任務後は国外を考えている」
サーシャが虚を突かれたようにはっと、息を呑んだ。
「……それは決定なのですか?」
「うーん、100%ではないな。しかし、割と決めていることだ」
「理由をお伺いしても?」
「行ってみたいから、だな」
長居しているとまた戦争が始まりそうな国境から退避する意味もある。
人間族が過半ではない他国に行ってみたいとか、一度も行っていない地に行ってみたいとか、そういう想いもあるが。
「はっは、根っからの冒険家だな、主は!」
「キスティ、俺の意見はそうだが、嫌だったらはっきり言ってくれよ? 最終決定には従ってもらうが、話はちゃんと聞いて判断する」
「ふうむ、私は異論ない。生まれてからこのかた、この辺りの魔物を狩ってばかりいた。知らない土地、新しい魔物と相対するのも心躍るぞ!」
魔物狩りに飽きる、ことはないんだな。
まあ魔物といっても多種多様だし、地球世界でも狩りは上級階級の娯楽の筆頭だったものな。
全力で襲ってくるから、駆け引きして追い込む楽しみみたいなのは皆無だが。
「アカーネはどうだ?」
「ボク? ん~、ボクはどこでも良いかな……ご主人さまに、付いていくしかないし」
「まあ、それはそうなんだが。どこか行きたいとかはないのか?」
「え~? じゃあ、魔道具屋」
「そうじゃなくてな……そういえばこの村はないのかな?」
「少し探しましたが、魔道具屋はないですね」
とはサーシャ。
知らない間にリサーチしていたらしい。さすがサーシャ。優秀だぞ。
「魔道具を扱っている店はあるのですが、専業ではないですね」
「扱っている店はあるのか」
「はい。しかし、戦闘用のものはありませんよ。水を出すものとか、そういう類です」
「水か……あんまり飲んじゃいけないんだよな、魔法の水って。需要あるのか?」
「そりゃあ、ありますよ? 消えてしまうからこそ、掃除などには適していますから」
「あ~」
水掃除をして、乾くのは早い。と考えると便利な性質なのか。
何事も一長一短だ。
「もしかして、金持ちの家だとそういう魔道具があるのが普通?」
「普通かどうかまでは、分かりかねますが……多いでしょうね。『メイド』のジョブなどは、魔道具を扱いやすくなるスキルがあるそうですから」
「へぇ」
メイドか。『メイド』ジョブがあるなら、その派生で『バトルメイド』とかありそう。
『弓使い』が天職でなければ、サーシャはそっちも似合いそうだな。涼しい顔して侵入者を消してお辞儀していそうだ。
「話が逸れたな。で、サーシャはどうだ? 国外に行くことについて問題があったら、率直に言ってくれ」
「そうですね。……問題はない、かと思います。少々不安はありますが、ご主人様に付いていくならば時間の問題でしょう」
「まあなあ」
「ただ、私たちの身分は現在、流民ということで国に所属しているわけではないですが、国外に出ますとますます身寄りがないという扱いになります。その覚悟は必要かと」
「はっは、私などは既に生まれた国を出ているから、今更の話だな!」
「……キスティはそうでしょう」
「で、どこに向かうのだ、主? やはり西のサラーフィーか? それとも海に向かうのか?」
うむ。そっちの話が先だったか。まあいい。
「サラーフィーが気になっている。部族主義ってのは不安だが、出国も楽なようだしな」
「まあ、サラーフィー王国ならば出国に問題はないでしょうな」
「サーシャは、国境をまたいで移動したことは……ないか。流石に」
「ないですね。いえ、幼少の頃に北のイイアゲア王国の方には行ったことがありました。しかしあそこは同盟国ですし、覚えがないほど小さな時ですから」
「ほう。どんなところだった?」
「いえ、ですから覚えてないのです。母から話を聞かされたくらいで」
「あ、そうか。すまん」
北方の諸国も、いつか行ってみたいな。
だが位置的にも、向かうのはだいぶ先になりそうだ。
この後サラーフィー王国に向かって、キュレス王国には戻らないとすると。そのまま西に向かって、テラト王国に行くしかない。しかもテラト王国まで行くと大山脈で北と隔てられるため、北上することはできない。
……できなくもないが、キツそう。
そこで更に西に行くと、カリテナ王国という国があったりして、更に西には小さな国が並んでいる。そこから更に西にずいっと突き進むと、西の果てにオソーカ領域同盟がある。
そこまで行くだけでも、1年くらいは優にかかりそうだな……。
それから北上して北方の国に行けるのは、いったい何年後だろう。
さすがに渡り烏にも飽きて、どっかで定住生活を始めるかもしれない。
「キスティは、サラーフィー王国から西の諸国については詳しいか?」
「西、というとテラト王国だな。まあ教科書通りのことしか知らんな」
「教科書には何と?」
「うん? まあ、旧テラトの3王家は、仲が悪いとか」
「元は大きなテラト王国だったのが、3つに分裂したんだっけか」
「そうだ。テラト王国、神聖テラト王国、そしてカリテナ王国だな」
「神聖テラト王国ってどうなんだ?」
名前だけで言ったら、断然強そうだぞ。
「ううむ、国力でいうとテラト王国には一歩及ばずといった所か。だが、あそこは背後にズレシオン王家がある。全面戦争になれば、有利だろうな」
「ズレシオンが支援しているのか。逆に、とっとと戦争して再統一しても良さそうだが」
「それは王家も望まないのではないかな」
「何故……いや、何となく分かったぞ。ズレシオン王家としては、かつての強大な『テラト王国』が復活することは回避したいか」
「そうだな。いかに今は味方とはいえ、統一してかつての勢力を取り戻せば、ズレシオン王家との力関係を覆そうとしてもおかしくはない。というか、必ず試みはするだろうな」
ズレシオンとしては、このまま3王家が均衡して分裂してくれた方が良いと。
最初からその結論ありきで、あえて国力の劣る国を支持している可能性もある。
「じゃあ、テラト王国の方に行っても、戦争に巻き込まれる可能性は低いか?」
「可能性としては、そう高くないだろうなあ。両国で本格的な戦争になったのは、もう何十年も前のことだし」
「そうか。……うん? テラトと神聖テラト。もう1つの王国は対立していないのか?」
「ああ、うむ。カリテナ王国は中立だな。元テラト王家の争いに干渉しないという公約で、周辺をまとめて独立したのだ」
「じゃあ、万が一のときはそこに行けば助かるか」
「おそらく、な。テラト王家も、カリテナ王国を攻撃して敵に回す愚は犯さんだろうからな。少なくとも今のままなら」
しかし、元テラト王家の2国の決着が付いたら、すぐに潰されそうだ。それも織り込み済みなのかも知れんけど。
まあ、まだサラーフィーはおろか、護衛任務の終着点であるデラード家領にも入っていない段階だ。あまり先のことを気にしていても仕方がない。とりあえずの進路は決定したのだし、これで一端よしとしよう。
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