第132話 村の酒場

次の村へは、陽の昇り切る前に着くことが出来た。

もともとそんなに遠い場所でもなかったからな。


石積みと木柵で作られた壁が、村を囲っている。

サイズとしては、これまで見て来た村よりも一回り大きな気がする。

戦乱と魔物、双方の危険に晒されて来た歴史ゆえか、壁の造りもなかなか気合いが入っている。

ただ魔物の侵入を防ぐだけではなく、中から攻撃するための射線の確保などが考えられているように見えた。


「ふむ、なかなか攻めづらい村だな」

「やっぱりそうか?」

「ああ。アルフリード家はそういうところが上手いのだ。高価な魔土など用いるのではなく、造りで堅牢な拠点を構える。守るところと、そうでもないところのメリハリもある」


それは、そうでもないところの住民からすると大変だろうなぁ。

だがそう割り切ることで、無理に守ろうとして不利な状況で戦うことを強いられないわけか。キスティが言うくらいだから、強いんだろうな。


「お前ら、行商人か? そうは見えないが!」


壁の上、見張り台のような場所から声を掛けられた。

少し距離があるので、手を口に当てて叫ぶようにしている。


「いや! 個人傭兵だ! 魔物狩りの場所を探して、南下してきたところだ!」

「魔物狩りだと!? じゃあ西に行って、死蜘蛛とでも戦えばいいんじゃねぇか!?」

「それも考えている! とりあえず近くの村で腰を落ち着かせて考えたい!」

「……少し待て!」


門が重々しく開けられ、武装した村人に出迎えられる。


「少し待て。ユカル様」

「うん。この人は……大丈夫だと思うよ」


線の細い男性……もしかしたら女性かも? 黒色のローブの人物にジロジロと見られ、お許しが出た。


「なんだ、今のは?」

「彼女は村長の書記でな。手配書を記憶してるんだ。凄い量だぞ」

「……ほお」


それ以外にも何か見られていた気がするが、言われた通りの、手配書の人物じゃないかも見られていたのだろう。

ジンたちの襲撃のとき、逃げ出していたら手配書が回っていたのかもな。

マジでヨル殿には救われた。

彼なら、アカーネのほっぺたを2~3回、いや1~2回くらいならもちもちしても許そうぞ。


「それにしても、4人だけで旅か。腕利きのパーティなのか?」

「ん? まあ、腕に自信がないわけではないが……いや、平凡かな」

「平凡ねぇ」


出迎えた武装した村人Aはじろじろと俺の顔面あたりにガンをつける。

俺の平凡なマスクが何かね? ん?


「言うまでもないが、問題を起こせばすぐに叩き出すぞ。ウチの村はそのへんはシビアだ。酒場で喧嘩して放り出された旅人もいる」

「気を付けよう」


酒場なんて行かないからな。

と言いたいところだが、そうもいかないのが残念なところ。

偵察任務の一環として、酒場で情報収集しなければならないのだ。自称、酒豪らしいキスティを連れて行くから大丈夫だと思いたい。

アカーネはサーシャと一緒にお留守番させるぞ、教育に悪い。



***************************


すんなりと宿は取れた。少しまったりと寛いでから、アカーネたちを置いて、宿の従業員に場所を聞いた、地元住民のいるという酒場に向かう。


「酒場はどんなところなのだろう? 楽しみだな、主よ!」


キスティが遠足前の小学生みたいになっている。


「酒好きだったなら、戦争前に行ったことはあるんだろう? 酒場くらい」

「いや、それがな。一応立場があることもあって、市井の酒場は禁止されていたのだ」

「ほう」


つまり、庶民の暮らしってどんなものなんでしょう! とか言ってお忍び視察に出かけるお姫様みたいなノリだと。

どうでもいいけど、そういう設定のお姫様ほど庶民の味方で、かつ国王にも溺愛されてたりすんだよな。物語だと。

……庶民の味方なら、知らぬ間に高貴な人に接触されて、不敬からの処刑されるリスクを庶民にバラまくのってどうなんだろう。いや、そんな高貴な姫様の設定はどうでもよろしい。

橙色の灯りが漏れる木の扉を開け、酒場に入る。


「はははっ、違いねぇや」

「おいおい」


中では2グループに分かれた村人たちが10人ほど、盛り上がっているようだった。

まだ陽が暮れて間もない時間だが、随分出来上がっているようだ。


「お? 新しいお客さんだぞー、シャンちゃん!」

「はい? あー、お客さん。今カウンター片付けっから、待ってて!」


看板娘? と呼んでいいのか迷う、大人の女性が忙しそうに机の上を片付ける。

目礼して、案内されたカウンターに座って待つ。キスティはキョロキョロしながら、隣に座った。


「おー、あんちゃん、女連れたぁなぁ。見ない顔だが、商人か?」

「いや、魔物狩りだが」

「魔物狩りぃ? あー、つまりは流れモンか。そっちの姉ちゃんとはどーゆー関係だ?」


酔っ払いのオヤジが1人絡んできた。他の村人はちらちらとこちらを窺っては、何かを小声でやり取りしては笑っている。恰好のネタになっているか。


「ちょっとな」

「おいおい、流れモンがカッコつけるんじゃねぇーよ!」


バシン、と肩を手ではたかれる。


「……いてぇな」

「はははは、『いてぇな』だってよ! くははは!」


何が面白いか分からないが、こちらの声真似をして爆笑する酔っ払い男A。

普通にイラっとするが、情報収集の目的のため、グッとこらえる。


「……この村は初めて来たが、どういう所だ?」

「どーゆー? どーゆーってなぁ……」


酔っ払い男Aは手をひらひらとしながら、仲間の所に戻ってしまった。

まともに会話する気はないらしい。


「……」

「あー、酒の注文いいか? 私はエールを」


キスティが気を取り直すように、酒場の女性に注文を伝える。


「俺は、この白茶ってのでいい」

「茶、茶だってよ! 聞いたかよ、わははは!」


離れたはずの酔っ払い男Aが、こちらの注文を聞き咎めてまた爆笑している。


「何がおかしい?」

「ふははは! 『何がおかしい?』だってよ!!」


また声真似だ。あれだな、ノリが小学生の男子レベルだ。

もうあいつは無視しよう、無視だ。


「悪いね、気を悪くしたかい?」


酒場の女性、シャンちゃんと呼ばれた……おばちゃんが小鉢を出しながら話し掛けてくる。

こちらがムッとしていることを感じ取ったのかもしれない。


「でもねぇ、あんたも絡まれたくなかったら、もうちょっといい店行きなよ。稼いでるんだろ?」

「……そうでもないが」

「そうかい」


おばちゃんは肩を竦めて、厨房へと足を向けた。


「主、気を落とさないようにな」

「そこまでじゃないが」

「いや、これくらいならいいだろうが、な。個人傭兵なんてのは、村人にとってはいくら叩いてもいい恰好の相手だからねぇ」

「……そうなのか」

「戦士団や、大きな傭兵団のことは馬鹿にできないしさ。身内の、村人同士も喧嘩になったら後々まで面倒くさい。それに対して、個人傭兵ってのは、叩いても何の権力もないし、金目当てで流民に身を落とした愚か者って見方もある。だから、個人傭兵を見下す者は多い」

「……。今までそこまで、はっきり喧嘩売られたことはなかったがなぁ」

「ま、主がヘルメットを被っていたら怖いからな。酒も嗜まず、場末の酒場に行くことも少ないし、面と向かってバカにされる機会がなかったのであろうな」

「そうだな」


こんな風に絡まれながら酒を呑むくらいなら、宿でゆったりとサーシャやキスティと晩酌している方が性に合っている。


「はいよ、エールと白茶ね。つまみは何か要るかい?」

「いや、いい」

「そうかい。悪いけど、うちは前払いでやっててね。銅貨8枚いいかい?」

「……ああ」


金を渡して、出てきた濁ったお茶に口を付ける。

なんだろ、不思議な臭いに、しょっぱい味。昆布茶みたいなものかな。本来は、酒の〆にでもする飲み物なのかもしれない。


酔っ払いとは絡む気にもならないので、結局2人だけで静かに飲んでいたところに、後から入ってきた村人がカウンターのすぐ傍に座った。


「ふぅー、つかれたっと。ん? あんたら、見ない顔だな」

「おいドンギ、そいつらは流民だってよ!」

「そうかよ、うるせぇなぁ相変わらず。またぞろよそ者に絡んで喧嘩したんじゃないだろうな?」

「してねぇよ! するってんなら、いつでも受けて立つぜぇ、傭兵さんよぉ」

「ああ、ああ。あんたら、悪かったな。あいつは頭が悪くてな。無駄に絡むなっていつも注意してんだ」

「……」


とりあえずマトモそうな男に目線で了解を伝えて、茶を飲む。

おっと、もう流石に茶が残っていない。


「……仕方ねぇ、一杯奢るよ、兄ちゃん。エールでいいか? それとも果実酒が好みか?」

「……悪いな」

「いや、気にすんな。その代わり、旅の話をしてくれよ。どこから来たんだ? こんな辺鄙な所へ」


運ばれてきたエールに口を付けながら、後から入ってきた男と言葉を交わす。

やっと情報収集の目的が果たせそうだ。


「そんじゃ兄ちゃんら、北の王都の辺りから来たのか。また随分と……だなぁ」

「まあ、な」


テーバ地方で金を稼いだことなどは端折って、港から南下してきたことを話した。

金を稼いだことを口にしたら、よからぬことを考えるかもしれないからだ。


「北のよぉ、王都の辺りはとにかく平和らしいじゃねぇか。魔物も出ないとか。この辺りじゃ考えられないような事だぜ」

「……この辺には何が出る? 死蜘蛛の話は聞いたが」

「うーん? 死蜘蛛は特にやべぇ魔物だが、それ以外も沢山いるぜ。スライムも出るし、テラーボールなんてのも出たりする」

「テラーボールは戦ったな」

「ほお、狩ったのか?」

「ああ」

「悪くない腕だな。イキった村の若者衆を殺す魔物の代表例だよ、そいつは」

「そうなのか」

「スライムだの、小型の亜人だのを倒して、調子に乗った奴がこいつに出くわすとな。動きは単調だし、何とかなりそうだと思っちまうところが手に負えねえ」


うむ。確かに俺も、マッドシールドを使わなければなかなか倒し切れなかった感じだった。

弱い亜人を相手に出来て調子乗っているような段階で囲まれると、あっさり詰むか。


「おっちゃんは、何の仕事をしてるんだ?」

「おっちゃんって歳じゃ……いや、まあ、そうだな。俺の仕事は農家の助手さあ」

「助手? 農家ではないのか」


男は肩を竦めてエールを舐めた。


「ふぅ。あんたの故郷じゃどうだったか分からんけどな。この辺じゃ豪農サマ以外は助手ってもんだ」

「豪農サマ?」

「……おいおい、とんだ世間知らずだな? 良いトコの出身か?」

「主、農家は拠点の食糧生産の中心だ」


黙って男のツマミを横取りしていたキスティが指を立てて、先生役を買ってくれる。


「……まあ、そうだろうな?」

「必然、多くの資源とノウハウを蓄えた領主お抱えの『農民』一族というものが存在する。それを俗に『豪農』と呼ぶわけだ」

「なるほど」


あれ? 『農民』って、いかにも村人な一般ピーポーのジョブだと思い込んできたが。

もしかして結構エリートなのか? 『農民』が。


「じゃあその、助手ってのはどうなんだ? ジョブは『農民』じゃないのか」

「そいつは、兄ちゃん。『農民』になる奴も多いが、そうじゃないやつもいる。俺も『農民』じゃなく『ごろつき』だしな?」

「ぶっ」


『ごろつき』かよ。『市民』とかでもなく『ごろつき』を選択したのか、このおっちゃん。


「子供には『農民』をやらせてやりてぇとは思ってるけどな。『ごろつき』は力も上がるし、ちょっとした魔物の相手もできるし、案外便利なんだぜ」

「そうか……、『ごろつき』は攻撃のステータスが上がりやすかった気がするものな」


最後に『ごろつき』を付けてみたのは、いつだったか。スキルを見てすぐに変えたからレベルは1のままだったはずだ。


「それにしても、兄ちゃんのようなはぐれ者は、たまに来るんだけどな。なかなか行商が来ねぇな。最近は」

「そうなのか? 立派な街道も通っているし、商売できない土地じゃないと思うが」

「うむ、まあ街道は領主サマが整備してくれたんだけどよ。ちょっと場所が中途半端なのかもしれない」

「行商が来ないと、困るもんなのか?」

「うーん、どうだろうねぇ。この辺は割と自給もできてるし、木材も豊富だしな。生きていけるかどうかで言ったら、生きていけると思うぜ。ただな、やっぱり外の品ってのは、必要なんだよ。潤いっていうのかね、皆の息抜きになる」

「ほお」


じゃあ、必需品よりも嗜好品を取引に出せば高く買い取ってもらえそうだな。

ジシィラ様の商隊も、村人たちは歓迎してくれそうだ。

大した情報ではないかもしれないが、一応情報らしい情報をゲットできた。

満足。


「前から思っていたのだが」


キスティがまた男のツマミを横取り……しようとして、男のフォークでガードされた。


「ぬうっ。まあ、いい。主、これからも色々な地方に行くつもりなのだろう?」

「だな」

「なら、少しでも行商の真似事はしないのか? 馬車がないから、交易というレベルではムリであろうが……」

「ああ、それは考えている」


言わないが、異空間もあるしな。

ただ、それを含めても、今はあんまり荷物に余裕がない。

もう1人くらい増えてくれれば、1人が交換用の商品を運ぶ余裕もあるかな。

それにしたって量は知れているので、収入の柱にはできないだろうが。

……ただ。


「だが、商売ってのは安く買って高く売る。それが出来なきゃ骨折れ損だ。中途半端に手を出して、余計な苦労をするのもな」

「……まあ、そういうことなら、無理にするものでもない」


実際はサーシャもいることだし、荷物に余裕が出ればちょっとチャレンジしてみたい。

ただ、あまり黒字になるとは期待していない。

地球世界の経験を合わせても、自分で物を売る経験はないし、最初は手探りだ。


「何だ兄ちゃん、戦争特需を見込んできた出稼ぎじゃないのか?」

「まあ、似たようなものだが。根無し草でな」

「そうかあ」

「この村は、何か特産はあるのか?」

「なんだあ? 商売はしないってことじゃないのか?」

「しないとは言ってないさ。難しいから、それ相応の覚悟と勝算が必要ってだけでな」

「ふ~ん、何だか傭兵らしくないな、兄ちゃん」


男は少し酔いが回ってきたのか、口滑らかに、しかし上気した様子を見せながら語る。


「ここの酒はちょっとしたもんだぜ。ここの領主は酒に拘っててな。お抱えの蒸留所もあるんだぜ。『地獄への階段』って酒を一度飲んでみろ。こんな場末じゃ出てこねぇが、領主の館近くの酒屋に行けば置いてあるぜ。だが気を付けろよ、マジでガツンと来るからよぉ……」

「『地獄への階段』かっ? 一度飲んだことがあるが、ここの酒だったとは」


キスティは熱の入った男の脇から、ツマミの強奪を再開した。

抜け目ないな。


「まあ、後は槍かねぇ。ここは死蜘蛛退治に出る戦士団にも武器を供給していてな。ここの鍛冶屋が作る槍は曲がらねぇってんで、ちょっと評判らしいぜ。オレぁ、安物しか使わねぇから分からないけどよっ!」

「槍かぁーっ! ウチのパーティにはいないな。長物使いもやはり、必要ではないか? 主?」

「うん? まあ、そうだが。その前に防御系のジョブをゲットしたいね。『守護者』とまでいかなくても、『盾使い』あたりが仲間になってくれれば安心できるんだが」

「兄ちゃん、『守護者』なんて真っ先に戦士団にスカウトされるんじゃねぇか?」

「そうなのか……」

「防御ジョブは、堅実だからねぇ。剣が強ければ敵を倒し、槍が強ければ部隊を倒し、盾が強ければ軍を倒すっつぅ格言もある」

「ミジンの賢者だな? なかなか博識ではないか」

「おお、姉ちゃんも傭兵なんかやってるわりには、詳しいな」


なんだかキスティと男が意気投合し始めてしまった。

軽く嫉妬しながら聞き役に徹するが、二人はしばし軍記物の話で盛り上がっていた。異世界の軍記物語りなんて、知らないのも仕方なかろう。

……それにしても、この奢られたエール、温いな。

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