第131話 ネーミングセンス
「お頭、キタ」
パシ族のリーダーの横にいた、オレンジ色の肌をした別のパシ族がリーダーに短く告げ、一斉にパシ族たちとその仲間が武器を構えた。
俺からは見えないが、斥候が戻ってきたらしい。
「……連れて来てイルな!」
パシ族のリーダー、シングが口を開けて咆哮するように声を出した。抑えきれないというように、その両手に抱えた戦斧をグルリとひと回し。
「皆のモノ、カマエよ! ズル神よ、高き地より、ご覧アレ……」
シングは道脇の森の正面、俺に割り当てられたのはそこから後ろ斜め方向の街道の脇。どうやら初撃が強くないだろう場所に配置してくれた。
なのでシングの声は聴こえど、姿は見えていない。
だが、はっきりと、その存在感が膨張するような圧力が伝わってきた。見た目が凶悪なミノタウロスだし、やはり戦闘民族なのか?
「頭、すまねぇ! 思ったより数が多くなった」
「ふ、問題ナイ。ちょうど増員もイルことダシな」
俺たちのことか。
森から出てきた斥候の声が聞こえ、意識を集中する。
草の少ない地面なのでバシャバシャを使おうと思えば、使えそうだが…連携に支障が出かねないし、今回は見送るか。最近活躍した魔剣術を活用し、正面から戦ってやろうじゃあないか。
「バッシュ!」
「クらエい! 戦神の怒り!」
戦闘に入ったリーダーたちの方から、初撃のスキルを発動する声が聴こえた。
バッシュはともかく「戦神の怒り」ってなんだよ。いかにも強スキルじゃねえか。
「散ったぞ! 各員、一歩も後ろに通すな!」
さっきも聞いた、斥候の人の声だと思う。指示が飛ぶ。
その声と前後し、視界にサッカーボールよりも数回りは大きい、銀色の球が転がり込んでくる。
左右に走行しこちらの隙を探るも、見つからなかったのか、尻尾で地面を蹴るようにして突撃してきた。すごいスピードだ!
剣先からファイアボールを飛ばすが、お構いなく突っ込んで来る。が、隣の盾使いが進路に割り込み、強引に叩き落とす。
すかさず振りを小さくして追撃するも、まさに金属を叩いたような感触で跳ね返される。
「ち、斬るだけでは無理か……」
「うおりゃあ!」
舌打ちをして呟いたところで、隣のキスティが強引に別の個体を叩いて、その個体からは赤い色の体液が噴き出している。……いや、俺がバカみたいだから、このタイミングで剣で倒すんじゃない。
ただ叩かれた個体も死んではいなかったようで、再度丸くなると高速で下がっていった。
タフだな。
「硬くてタフか。長い戦いになりそうだ」
「むぅ、踏み込みが足りんかったか?」
キスティが悔しそうに呟く。
そうしているうちにもテラーボールの数も1つ増え、3体が移動形態を解いてこちらを警戒している。球体だった部分が甲羅のようになり、そこから鋭い2つの鎌のような手、短い脚が2つと長いしっぽが生えている。銀色の外皮からロボットのような印象もあったが、こうして見ると虫のような外見にも見える。
じりじりと近付き、銀の装甲で覆われていない腹部への攻撃を試みる。が、1体に剣を振り上げたところでさっと丸まると、再び高速移動して突っ込んでくる。
それを剣の腹で弾き、「魔剣術」で魔力を放出しながら斬り付ける。
クリティカルに命中した、はずだが、一瞬オレンジの腹部を見せただけで、再度丸まって離れていってしまう。ダメージがないわけではないようだ。だが、マトモに入ってもあの程度か。硬いわ。
弱点を狙わないと、効率が悪いかもしれない。
となると、足止め……しかし軽々と飛び上がるし、機動力が高いからバシャバシャや落とし穴はハメるのが困難だ。
「うらぁ!」
同じように、丸まって飛び掛かってくるテラーボールを弾いているキスティを見る。
「キスティ、何か策はあるか」
「むっ、このまま押し切れるのではないか?」
「……そうか?」
「なかなか硬いが、なに、1撃で無理なら10撃、100撃で打ち破れば良いまで」
「脳筋すぎるな、キスティ」
こいつに指揮させるのはやっぱりナシだな。
要は、バシャバシャをピンポイントで当てれば良いわけだよな。
……む、そうだ。
しばらく動き回って加速したまま、飛び掛かってくるテラーボールの前に手を差し出す。
「空中バシャバシャ!」
創り出した砂の壁の上に、水の膜を展開し、それを混ぜ込むようにしてみる。
エレメンタルシールドの簡易版と考えれば、簡単に応用できそうだ。
さて、イメージ通りに動いてくれるかな?
もし突破されても、剣で弾けるように準備しながら集中する。テラーボールの突進を受けた土壁が歪みながら、シュートを打たれたゴールネットのように、球体を半分包み、衝突の衝撃を逃がす。
「キーッ!」
土壁の包みを嫌がり、テラーボールが球体形態を解き、カマのような手で切り裂こうと暴れ回る。その手の位置から推測して、腹のあたりに剣を振り落ろす。
「ギ、キィ……」
うし、肉を抉る感触。成功した。
ピンポイントで飛び上がって攻撃してくるなら、そこに網を張ってやればいいだけのこと。
単純な作戦だった。
「おおっ? 主、妙な技を使うな」
「よし、こっちに追い込んでくれ。どんどん捕獲するぞ」
「任せろ!」
「そんで、移動形態を解いたら、思いっきり叩いてくれ。分業体制といこう」
「承知」
空中バシャバシャで敵を捕らえ、解除しようともがくところで、キスティがロングソードを振り下ろす。なかなか調子がいい。
なんか、餅つき大会みたいな妙な作業だが、まあ有効だ。
「そりゃ、バインド系の魔法か? 見た事がないが……」
隣の盾使いが呆気に取られたような声で聞いてくる。
「ん? どうだろうな。今思い付いたから、名前は分からん」
いや、空中バシャバシャって言っちゃったけどさ。冷静に考えて、そのネーミングはねぇよ。
「主、私が名前を考えても良いか!?」
「ん? まあいいぞ」
「おい、今考えたっつったか? 高名な魔法使いなのか? とてもそうは見えんが」
「ははは、そんなわけないだろ」
おべっかだとしても、なかなか嬉しい事を言ってくれる。
その場で考えた魔法を使って敵を倒すってのは、なかなか高度に思われるようだ。
ここは、あれ? 俺また何かやっちゃいました? って言うのが様式美かね。
前に来た3体と、追加の1体を処理したところで、後ろの様子を窺う。
サーシャがこちらを見ていたので、目が合ったのだが、その瞬間に頷かれた。
分からんが、多分問題ないって事かな。
この円型の陣形、テラーボールには有効なのだろうが欠点があるな。
背中を預け合う後ろの部隊がどういう状況なのか、把握できない。
もし他の部隊が突破されてしまえば、後ろから奇襲されるという怖さが消えないのだ。
まあ、そんな緊急事態になったら、サーシャかアカーネが何かしら合図をくれるだろう、と考えておく。
サーシャと連携すれば、強引に叩いて弱点を見せた時点で、サーシャが狙撃する戦い方もできそうである。だが、ここは他の戦い方でも戦えるのだから、サーシャは背後への警戒を第一にすることを継続してもらおう。
その後も周囲をグルグルと回っては、時に飛び上がり襲撃してくるテラーボール。だが学習能力という意味では残念なのか、空中バシャバシャで受け止める戦術を突破してくる個体はいなかった。
「後半は作業だったな……」
警戒態勢のまま、解体作業に入っている一行。
「いやいや、身のこなしもなかなかだったし、強いな兄ちゃん」
隣の盾使いがテラーボールの解体を手本してくれたので、肩を並べつつ駄弁る。
「そうでもない」
「謙遜だな」
テラーボールの中心には、オレンジ色の綺麗な球体の魔石。
形も、かなり新球に近くて高く売れそうだ。
「客人、ハナシがあるのだがヨいか?」
「お、頭。誘うんですかい?」
「ああ。見込みはアルようだな?」
「ええ、まあ、いいんじゃないですかね」
盾使いに何やら確認して、リーダーのパシ族の方に呼ばれる。
「何でしょう?」
「ウム。我等この地にキタのは、目的があってナ」
「目的?」
「死蜘蛛ダ」
「ああ、死蜘蛛……」
「アレの討伐は、ココロオドルものぞ。どうだ、共にユカぬか?」
「……どういう立場での依頼だ?」
「立場というホドではない。我等もヤトわれの身。しかし死蜘蛛と戦うイシのある実力者ならば、断られることはまずナイ。お主ならば問題なく認めラレよう」
「評価はありがたいが……少し考えさせてくれ」
依頼を受けて良いものか、ジシィラ達に確認を取らなきゃならないし。
「モチロンだ。強制でもなイシ、単なる提案ダ。その気になれば、西のファスラという街を訪ねヨ。しばらくそこで準備するユエ」
「ああ、承知した。気が向いたら、な」
あっさりと解放され、解体作業を続けるパーティのところまで戻って来た。
「何の話だったのだ、主?」
「死蜘蛛退治に誘われた」
「おおっ、死蜘蛛か!」
キスティは乗り気だ。
「保留だけどな」
「むっ、ああ、そうか」
キスティも護衛任務のことを思い出した模様。
それ抜きにしても、どうするかはよく考えないとね。
なんせ、フェレーゲンクラスの大物相手らしいのだから。
「それより、さっきの捕獲魔法の名前は考え付いたか?」
「地獄土縛壁というのはどうだ!?」
「なんだって?」
「地獄土縛壁だ」
駄目だ、こいつもネーミングセンスがなかった。
「……サーシャ、何か案はないか」
「主、ひどいぞ! 気に食わなかったのか?」
「そんなたいそうな……地獄なんとかというほど、大した技じゃないだろ」
「そうか? どうせなら、強そうな名前の方が良いと思ったのだがな」
そもそも、相手が突っ込んできてくれないと、捕まえられないし。
基本的にはただの変則サンドシールドなのだ。
「沼盾、とかでよろしいのでは?」
「それ採用」
サーシャがなげやりに付けた名前を採用する。
魔法風に、横文字にすれば……マッドシールドとかかな?
それっぽいな。
「じゃあ、マッドシールドにしよう」
「マッド……? 主、それは」
「古代語で沼盾って言っただけだ」
「ほう。古代語か。主、古代語に造詣が深いとは……」
そうは見えないですよね。すんません。
「ご主人さま、ちょっと、いい?」
パシ族の傭兵団と軽く話し合い、他の素材を取らない代わりに、魔石を多めに貰ってホクホクしていたら、アカーネがおずおずと話し掛けてきた。
「どうした? あ、魔石なら3つほどいいぞ」
「あ、ありがと。でも、そうじゃなくって……!」
「うん?」
「あの“魔力鍵”だけど。また反応したみたい」
「……ほう?」
「そ、それで……今回は、反応した方向を頑張って探ってみたんだけどね」
すごいな。そんなことができるのか。
いや、「魔力感知」があるからできるのか。
「何か分かったか?」
「多分、何となく、程度には……。確証はないと言っておくよ!」
「うん。間違っていてもアカーネのせいなんて思わないから、言ってみてくれ」
「うん。多分、西の方じゃないかなーって」
「西?」
南じゃなかったのか。
もともと南西に何かがあって、国の南端近くまで旅をして来たから、西から反応するようになったか。
あるいは、その反応している何かそのものが動いていて、南から西に移動中というのも考えられる。
「カギを探して何者かが俺たちに近付いている、とかだとイヤだなあ」
「そのときは、素直に渡してあげれば良いんじゃない?」
「あっそうか。うーん、でもそれで済むのかね」
この鍵の存在を知ったからには……みたいな展開になりそう。テンプレ的には。
さすがに考えすぎではあるが。
「まあ、いざとなれば異空間にしまっちまえば、シラを切れるな」
深く考えるのはやめておこう。
ここで捨てても、ずっと気になって、いつか後悔してしまいそうだ。
リスクも飲み込んで、もうしばらく所持しておくとしよう。
「何か分かれば、また何でも言うんだぞ、アカーネ」
「うんっ!」
アカーネも興味津々のようだし。
ほっぺが、もちもちしているし。
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「戦士ヨ、デハな」
「ああ、世話になった」
「西の地で待っておルゾ」
「気が向いたらな」
パシ族の率いる傭兵たちとは1晩を共にし、途中で別れ。
俺たちは偵察目的の村へと向かった。
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