第130話 ミノタウロス

夜、音罠で囲った岩場の陰で、寝袋に包まって過ごす。2人ごとに早番・遅番に分かれて見張りをする。俺はアカーネと組んで遅番だ。

ドンさんが元気なので頼もしいが、アカーネは戦闘力でも警戒能力でも1歩劣っている感があるため、俺と組ませた。決して見張りをしながらほっぺたをもちもちする狙いがあるわけではないのだ。


「主、特に問題はなかったぞ。それにしても、ドン殿は案外と動けるな。軽く仕掛けてみたが、ヒトの戦士顔負けの避け方だったぞ?」


いや、何してんのキスティ。というか、ドン「殿」って。


「……ご苦労。後は任せろ」


サーシャからも問題がなかった旨報告を受け、アカーネを起こして見張りに立つ。

といっても、焚火も焚かず岩場の上に座っているスタイルだが。

満点の星が美しい。今日は満月、青い月が涼し気な光を放っている。


この世界、月が2種類ある。赤い月と、青い月だ。青い月は稀にしか出ないため、しばらくは1つだと思っていた。今日はその珍しい青い月が出ている。

キスティの住む地域では、赤い月の満月には野生が呼び起こされ、犯罪率が上がるという風説があるらしい。そして、逆に青い月の出る日の夜中は下がるのだそうだ。だから青い月は「正義」や「平穏」の象徴とされるのだとか。根拠がある話ではないらしいが、地球で、部屋の蛍光灯の色によって体感が変わると言う実験があったことを思い出すと、あながち嘘とも言い切れない。


何となく、岩の上で座禅のような態勢を組み、目を瞑りながら「気配探知」を作動する。


全周囲を警戒できる「気配察知」と異なり、特定の方向だけを探るレーダーのような印象の強い「気配探知」だが、別に特定の方向だけとスキルが限定を与えているわけではない。

魔力を上手く散らし、情報を上手く処理できるようになれば全周囲探知も可能な気がする。いや、同時に全周囲ではなくとも、それこそレーダーのようにぐるぐると周回させれば良いのか?


そんな思索に耽りつつも、何事もなく夜が明ける。

途中、動く動物の気配を探知することできたが、こちらの存在に気が付くと森に逃げ込んだので魔物とは違うだろう。魔物はこちらがガチガチに武装して狩る気マンマンであっても、構わず人間に向かってくるものだ。

……本当に、魔物ってなんなんだろうね?



***************************



朝、陽が登り闇が完全に払われた時刻に、サーシャ達が起きてくる。

キスティは「寝足りん」と大あくびをかいていたが、剣を振って調子を整えるとすぐに復活した。

この切り替えの早さは本人の資質もあるだろうが、戦士としての教育を受けてきた賜物かな。


キスティと話していて、この世界の戦士の価値観というものは少し実感で分かるようになってきた。

彼らは上流階級という意識よりも、戦う者としての自負が強い。まあ、あくまでキスティとその周辺はそうだったということだが。

キスティ曰く「多分、無頼の傭兵に最も差別感情がないのは戦士だ」というのは本当かもしれない。根無し草をしているとあまり実感する機会はないが、町人や農民から割とストレートに蔑まされる存在らしい、個人傭兵ってのは。

戦士と傭兵で何が違うんだとも思うが、「戦士は名誉のために戦う者で、傭兵は己の欲のために戦う者」というイメージがあるそうだ。イメージというか、まあ、大体真実なわけだが。


「キスティ、この辺りの魔物について補足はあるか?」

「んん~? まあ、もう大体のことは話したと思うがなぁ。ああ、アルフリード家の西端といえば、死蜘蛛が有名かな」

「死蜘蛛?」

「ああ。まあ、デカいクモ型の魔物だ。湧き点が複数あるようでな、割と頻繁に現れては現地の戦士団と死闘を繰り広げる。大変だが、それ故にアルフリードの西方戦士は屈強であり続けるのだと噂されておった」


ふぅん。


「この辺でのんびりするなら、割と高い確率で出くわすかもしれんな。特に、魔物狩りと明かせば参戦の要請があるかもしれん」

「断れるのか?」


ギルドの強制依頼みたいになるのは、抵抗があるが。


「それは大丈夫だろう。この辺の戦士は死蜘蛛と戦うことが一種の存在意義であり、誇りだからな。嫌がる傭兵を前線に立たせるくらいなら、自分達だけで片付けようとするはずだ」

「ん? ではなぜ、参戦要請なんてする?」

「そりゃ、やってられんからだろう。貴族が」

「やってられんか」

「死蜘蛛は強力でな、鍛えられた戦士でも毎回のように死者が出る。戦士たちは良くとも、土地を守護する貴族からするととてもたまったものではない。だから、名声や金を求めて戦いに参加してくれる奴がいるなら、雇ってやれという通達が出ているそうでな。まあ、金で解決するなら解決してくれと思っとるのだろ」

「それはまあ、合理的に思うが」


実際に要請があったら、どうしようかな~。

あ、でも護衛任務中に勝手に参加はまずいか。

情報を受け取りに来る偵察員が後からくるらしいから、そういう場合にどうすべきか尋ねてみるか。参加できるなら、参加してみるのも手だが。

戦士団でも死者を出すような相手……おそらくあの水辺の悪魔、フェレーゲンクラスの相手だろう。慎重に情報を集めて、4人とも無事に乗り切れそうな確信がないと受けるべきではないだろう。


「とりえあえず、1つだけ訊いておきたいのは」

「なんだ? 主?」

「その死蜘蛛ってやつ、足は速いか?」

「足、か。遅くもないが、巨体ゆえかそれほど速いとも聞かぬな」

「そうか。なら、不意にでくわしたら逃げの手だな」

「ふふっ。まず気になるのがそこか。いかにも傭兵という感じでよいな!」


よいのか。

戦士家の娘の価値観はやはりよく分からんナァ。



***************************



翌日。


「ご主人様、前にヒト影が……」

「さて、ヒトか、亜人か」


気温の上がって、少し汗ばむような日差し。

サーシャの申告で街道の先にヒト影を察知した。

少し道を外れ、ヒト影が観察できるような場所を探る。良さそうな場所がないので、仕方なく背の長い草に隠れるようにして接近してみる。


「ヨウ、何コソコソしてルノダ」


まだまだ距離があると思っていたら、そう叫ばれた。

……話しているということは、ヒトか。


「いや、すまなかった。亜人かどうか判断できず、慎重になってな」

「……」


声が届くよう、腹に息を入れて返すが、特に返事がなかった。

まあ、ヒトだとしても盗賊のおそれもある。


臨戦態勢を取りながら、じりじりと距離を詰める。


「トまれ。身分を証明するモノはアルか?」

「身分? うーむ、傭兵組合か、魔物狩りギルドのものくらいしか」

「魔物狩りギルド?」

「テーバ地方の方にある、まあ、魔物狩り専門の傭兵ギルドみたいなもんだ」

「ホウ」


探り合いのようなやりとりが続くが、そこで、キスティが明るい声を出した。


「おお、そなた等はパシ族か!」

「……パシ?」

「ム、貴様はコノ辺りのモノか」

「少し前まで戦争をしていた、ピサの戦士だ」

「ほう、ピサの。ワレラのことをシッテおるとはな」

「何を言う、パシ族の勇士の話は有名だぞ、あちらでもな」

「フッ。ソレで、ピサの戦士がこの辺りに何のヨウだ?」

「いや、戦士はもう廃業してね。今はそっちの怪しいマスクの男にまあ、雇われていてな。傭兵のようなことをしている」

「そうカ」


何の話か分からないので、キスティに説明を求めるとする。


「キスティ、こいつらは何だ……有名なのか?」

「パシ族の傭兵は有名だぞ。『ヌー・オーダー』という有名な傭兵団があってな……失礼だが、貴殿らがそうか?」

「フハハ、一応ソウである」

「おお!」


一応信頼が置けそうな情報が出たところで、草陰から出て対面する。

キスティと話していた男、たぶん男は異形のヒトだった。全体的な造形は猿人類に近いが、体格は2mを超える巨漢で、足が逆関節のようになっている。そして顔が、怪物めいた形。牛に近いか。ミノタウロスっぽい。顔の左右に立派な角が生え、下あごから鋭い牙が生えている。


「高名なパシ族と出会えて光栄だ。私はキスティという」

「シングだ。貴殿らは皆、タタカえるノか?」

「うむ。後ろの娘っ子も、戦えるぞ」


キスティが応対してくれているので、任せて聞く。


「で、アルか。ではヨケイなことかもシれぬが」

「なんだ?」

「ここに魔物がデた。テラーボールのムレだ」

「……いつのことだ?」

「ついさきホドだ。ワレら、このアタリをソウジしながら西に向かってイル」


おや。もしや、道中魔物がなかなか出ないのって、この人たちのおかげ?

シングと名乗ったパシ族の人の背後には、同じような見た目の集団が10人ほどいる。改めて見てみると、2人ほど、普通の人間っぽい見た目の人もいる。


「数は分かっているのか?」

「10以上ダ。今西に進むのはススメない」

「ふむ……」


キスティがこちらにアイコンタクトする。


「……あー、俺たちも一緒に戦っても?」

「フハハ、やはりソウなるか」

「獲物の横取りになるようなら、遠慮するが」

「カマわん。旅の者とトモにタタカうのも、タノしみの1ツだから」

「そ、そうか」


見た目に沿わず、社交的な人物らしい。


とりあえず、そのテラーボールなる魔物について情報を共有してもらう。

キスティは存在を知っているようだが、どういう魔物かの知識はそれほどないようだ。


それなりに珍しい魔物だが、出現すると群れで現れ、機動力に優れているため集団で対処しないと苦戦する難敵らしい。

テラーボールという名前の通り、丸い球の形で移動する。ただそれは移動形態に過ぎず、敵の前に移動すると手足があり、尻尾の生えた生物の形になる。丸まっているハリネズミが普通の姿になるようなイメージに近いか。

説明を聞きながらその姿を想像するが、いまいち想像力が及ばない。


気を付けることは機動力と、その防御力とのこと。

外皮が物理・魔法両面で硬いらしく、移動形態は全面が外皮で護られる形になるため、撃破することは困難。通常形態となると赤い色の肉体部分が見えるので、そこを狙うと良いらしい。手足が生えるとのことだが、手が鋭い鎌のようになっているので、それで攻撃してくる。あるいは尻尾をムチのようにしならせて、攻撃してくるとか。


機動力+防御力の組み合わせに特化していて、攻撃はそこそこってことかな。

珍しいタイプだと思う。

機動力タイプで縦横無尽に動かれると、サーシャとアカーネの防御が心配だ。


その点を吐露すると、後衛を護り辛いというのはあちらも同じだったようで、対策を教えてくれる。本能的なものなのか、密集している場所には飛び込んでこないので、後衛は中央に固まり、その周囲を前衛で囲むという戦術をするらしい。


……前衛の数は足りるのか?

と心配になるが、彼らの一行は前衛が多いらしく、問題ないとのこと。

俺たちは、その防御陣形の1方面を任されることとなった。


少し警戒していたが、あちらはこちらを疑う素振りもない。

とはいえ、ジンたち『守りの手』も、剣を盗まれるまではずっと愛想が良く、信頼もしていたからな。

油断はできない、か。


「腕が鳴るな!」


そんな主人の葛藤を知らず、難敵との戦いと、有名らしい傭兵団との出会いにテンションが上がっている様子のキスティ。

無表情を貫く冷静なサーシャを手招きし、小声で密談する。


「まだ完全に信用したわけではない。後ろから簡単に援護しながら、警戒を頼む」

「ええ、そのつもりです」

「難しい役回りだが、キスティはあれだし……頼んだ」

「お任せ下さい。いざというときは、アカーネのアレもあります」


アカーネのアレ。

いつぞや賊に対して使用した、オーバーキルな改造魔石だ。

古木の化物から頂戴した魔石から作られていて、割れた魔石を素材としている。

すごい威力なのだが、割れた魔石を使っているので効果が一定しない可能性が高い。また魔力の流し方が難しいため、おそらくアカーネしか使えないだろうという扱いの難しい使い捨て魔道具である。

ちょうどいいので、アカーネの最終兵器的な扱いにして秘蔵している。

効果が一定しないだろうというのが不安材料であるが、使ってみないと分からないというのだから、仕方がなし。


「アカーネ、お前も今回は援護はそこそこで良い。いざというとき、いつでもアレを使えるように構えておけ」

「う、うん」


アカーネも引き寄せて指令する。

さて、後はキスティとの連携か。今後のためにも、パーティでの連携を深めたい。


「キスティ、ちょっといいか」

「主、いつでも戦えるぞ!」

「いや、それは魔物が出てから……まあいい。連携面を確認しておこう」


キスティの実戦での戦い方も、護衛のかたわら何度か観察できた。


そこから、最適な連携を模索するのだ。キスティの戦い方は、当初危惧していたよりは脳筋というわけでもなさそうだ。

というのも、ロングソードを振り回して圧倒するスタイルながら、きちんと反撃を受けないような立ち回りをしていることに気付いたからだ。まあ、戦争で生き残っているわけだしな。それに、戦士家の出身であれば幼少期からそのような訓練はしているはずだ。俺なんかより、よっぽど武術めいた知識も経験もあるだろう。


懸念点はスキル「狂化」だ。

意識的に発動できるほか、戦いに興奮してくるといつの間にか発動してしまうケースもあるらしい。そして、そうすると周りのことを見る余裕がなくなるそうだ。

理性が飛ぶというほど劇的なものではないが、ハイ状態になって、全体のことを考えるような意識が薄れてしまうらしい。


意外と戦いの立ち回りがしっかりしていても、「防御」のステータス補正が、皆無であることは変わりがない。

無暗にハイになられて、俺と連携が取れないと今後危険だ。

うーむ。

贅沢な悩みだが、こうなると防御ジョブの前衛が欲しい。


「とりあえず『狂化』は、俺が指示したときだけ使え。後は合図は覚えているか? 俺が攻撃の合図を出したら、攻撃してくれ。俺が防御しているうちに、横やりを入れる」


……と想定していたんだけどなあ。


「ただ、今回の敵は機動力が高いらしいからな。俺が抑えて、キスティが討つという流れは難しいかもしれん。それより、後ろのサーシャ達の方に流れないようにする方が優先度高い」

「ならば、横並びになって迎撃するか、主?」

「……うむ、そうだな」


俺のエア・プレッシャー自己使用を駆使すれば、広い範囲をカバーできる。

キスティと2人で役割分担すれば、それなりに広範囲を護れるだろう。


「無理はするなよ、絶対に」

「承知した」


キスティとの打ち合わせを終え、パシ族の方に向かう。


「もうヨイのか」

「ああ、ばっちりだ。それで、どうやって見付けるんだ?」

「ナニ、既に斥候は出てイル。後は待つダケ」


そうして待っていたら、草陰から俺たちがコソコソと近付いてきたと。

……うむ、攻撃されなくてよかった。

さて、魔物退治といきますか~。




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