第126話 幻剣
夜。
何か身体の中が引っ張られるような妙な不快感を感じて、はっと目を覚ます。
ない……。
魔導剣が、ない。
そうするとあれか、今の妙な感じは盗難防止のために付けた機能か。
初めて実際に働いた。
サーシャと試したときは、ちょっとだけ不快だなくらいの感覚だったのだが、寝入っているときに発動するとこんな感覚なんだ。
と、考えている場合ではない。
火球を生み出して光を生み状況を把握する。
近くには従者3人が寝ている。ドンさんもスヤスヤ寝ている。
とすると剣を持っていったのは誰だ?
『警戒士』『隠密』をセットし、スキルを意識しながら外に出る。
魔銃を握り、ヘルムを被って暗視モードを発動する。
「気配探知」で四方八方を探ると、テントから足早に離れる怪しい気配を発見。
足早にそれを追う。
……いた。たいまつを持った4人が、ジシィラ隊のテントの1つの前で何やらごそごそしている。
おっと、1人が持っている大きな剣、あれは俺の剣だ。
「そいつは返してもらおうか」
『魔法使い』と『剣士』をセット。姿を現す。
「!?」
「お前は!?」
「おい、こんなとこで何をしている……?」
問われた男は目を泳がせ、後ろにいる男に助けを求めたようだった。
「……ん? お前、見た事あるな。ジンのとこのサンバじゃねぇか?」
いつも無口だった槍使い。
まさかこいつがコソドロの手引きを?
「おい、ヨーヨー……」
サンバが何かを言おうとしたところで、けたたましい音が鳴る。
ジリリリリ……
「こ、こいつは!?」
「あ、わりぃ。それは俺の剣の盗難防止機能だ」
セットしたまま、俺から一定距離離れていると、時間で音が鳴るようにしている。
ついに働いたわけだが、タイミングが良いのかどうか。
「チッ」
サンバが剣を投げてきたのでキャッチすると、音が止まる。
しかし、それまでに結構な音量がキャンプ全体に鳴り響いてしまった。
「こいつを消して終わり、も難しいな」
サンバが呟く。物騒だな。
「お前ら、何してんだ? サンバ」
もう1度問う。
「……」
男たちが沈黙していると、夜番中だった者や、音で起きた護衛隊の面々が何人か集まってきた。
「おいおい、何時だと思ってるんだ?」
その中には、ジンの姿もあった。
呑気に欠伸をしながらこちらを見咎める。
「お? ヨーヨーじゃねぇか。何かあったか?」
「……ジン、お前は噛んでないのか」
サンバを顎で示すと、ジンはそちらを一瞥して気付いたらしい。
「おい、サンバじゃねぇか。なんだ? 喧嘩か」
「そいつは夜に怪しい動きをしていてな。なぜだか俺の剣も持って行こうとしてたから、問い質していたところだ」
「何? サンバ、どういうことだ」
ジンが驚いてサンバに話を振る。
そうしている間にも、騒ぎに気付いた人間がバラバラと集まってきているのが見える。
もう、ゴソゴソしていた4人組も、逃げ出すのは厳しいだろう。
「……ん? そういえば、ここを警戒していた2人はどうした?」
遠巻きに事態を見守っていた完全武装の1人が声をあげる。
ざわざわと反応がある。
「おい、そのテントの陰に倒れてるのって、ヒトじゃねぇか?」
誰かがそう指摘し、テント近くに寄って火をかざす。倒れた人が照らし出される。
「まさか……おいおい。本当にやったのか、これを? どうなってやがる」
ジンがヨーヨーとサンバを交互に見ながら、困惑した声で小さく呟く。
「まったく……」
サンバが口を開く。観念したか?
「お前も強盗行為とは落ちたものだな、ヨーヨー?」
「はぁ?」
何言ってんだ、こいつ。
「思えば、テーバでの紛争の後に加入したタイミングも妙だった。『龍剣』の残党かなにかか? 食うに困ってジシィラ様の商品に眼を付けたか。呆れて物が言えぬよ」
「いやいや。そいつは厳しいだろう、サンバ……お前がコソコソ隠れて何かやってたのは事実だぜ」
「おいおい、言い掛かりはよせ。それはお前の話だろうが」
……?
何だコイツ。
いや確かに、コソコソしているのを直接確認したのは俺だけか。
まさかこの期に及んで、俺に罪をなすりつけようとしている……?
だが、そんなことが可能なのか?
思わぬ状況に頭がクラクラする。
「おいおい、ヨーヨーがやったのか?」
「確かにあのヘルムは流石に怪しい」
ざわざわと疑惑が広がる。
ジンがこちらに向き直り、厳しい表情をする。
「……そうだったのか、ヨーヨー。お前がそんな奴だったとは、残念だよ」
「いやいや」
いや、確かに俺も怪しいかもしれない。百歩譲ってそうだとしても、サンバも同じくらい怪しい状況だろうが。何故こうもあっさり、俺犯人説が受け入れられる?
いや?
サンバが言うなら俺がやったのか……? 頭がくらくらして考えがまとまらない。
「ご主人様、まさか本当に……」
いつの間にか見物人に加わっていたサーシャが驚きの顔をしている。
「ご、ご主人さま……」
「むぅ、主よ。盗みは重罪だぞ」
アカーネとキスティも完全に疑惑の目を向けてきている。薄情なやつらだ。
……いや。
いや、そうか。
ステータスをいじって、対処法を探す。
今更『詐欺師』を付けても、逆転はできないか。
それにしても、クラクラする。なんだこれは。
『結界士』。駄目か。『遊び人』。ちょっとマシになったが、それだけだ。
『愚者』をセットしたとき、頭がスッとして。浅い夢から覚めたかのように思考がクリアになった。
いや、そうか。これ、流石におかしいと思った。
周りのギャラリーはともかく、サーシャやアカーネまで俺をすんなりと疑っている感じ。
何かは分からないが、「スキル」だ。
「お前、妙なスキルでもやってるな?」
対処法も思いつかず、サンバを睨み付ける。
「何を言っている? 言い掛かりはよせ」
サンバが勝ち誇ったように、言い捨てる。
まずいな。
そこで、見学者の間を掻き別けて、面倒な人物が追加された。
「何をしている、お前ら?」
「ジシィラ様がお休みだ、騒ぎを起こすな」
専属護衛のヨルと、ユシのコンビだ。
特にトカゲ顔のヨルにはめっぽう嫌われている。事態が良い方向に転ぶ予感がしない。
剣を握りつつ、最悪のパターンを想定する。
……最悪、一度サーシャ達は置いていくしかない。
かなり難しいが、スキルを駆使してここから逃亡することは出来るかもしれない。
そこからサーシャ達を取り戻すまで、何とかするしかない。
「ヨル殿、そこのヨーヨーが、部隊の物資を盗んで逃亡しようとしておりました」
サンバが言う。
「どうやら本当らしいぜ。現に、見張りが2人ほどそこに気絶させられて、転がされている」
ジンが同調する。
「ヨーヨーがやったか。俺は最初から怪しいと……」
「やはりヨーヨーか。潔く認めればよいものを」
周りのざわざわも賛同し、俺が犯人だと申告する。
専属護衛2人の視線がこちらに向く。
「ヨーヨー。貴様を護衛に引き入れたのは、俺だ。俺がケジメをつけるしかあるまい」
若ハゲのユシがスラりと剣を抜く。完全にやる気だ。
トカゲ顔のヨルも、腰に佩いていた長剣を抜いた。この2人を相手にするとは、ツイてない。ヨルに至ってはその能力も分かっているところがない。
「ヨーヨー」
ヨルが剣を突きの姿勢に構えながら、こちらに歩む。
周囲を見渡す。
囲まれているが、サーシャたちの方向に逃げれば攻撃を躊躇ってくれるだろうか。そこから突破し、逃げ出す……。
それしかない、かな。
「貴様はやはり怪しい。加入してきた時期も怪しければ、装備も怪しい。おまけに嘘つきだ」
「……ヨル殿。嘘を見抜くスキルでも?」
「そんなものは持っていない。しかし、眼が泳ぐのですぐ分かる」
マジか。ポーカーフェイス仕事しろ。
いや、ヨルの尋問に『詐欺師』を外して回答したときもあったな。あれが悪手だったか。
はあ、やってらんねぇ。
「俺は無実だ」
「盗人はだいたいそう言う。そもそもお前は人間臭くて堪らんし、礼儀もなっていない」
「……」
一歩、一歩とヨルが歩を詰めてくる。
俺と、対峙するサンバの間まで歩みを進めてきた。
もう、攻撃しようとすればできる間合いだ。
「お前は気に食わなかったのだ。やるなら、私が切り捨てよう」
「……そうかよ」
「ああ。だが」
ヨルはクルリと身を翻し、……剣を差した。
後ろにいた、サンバの腹に。グサリと。
「ガッハッ……よ、ヨル……何故……?」
「私がヨーヨーが嫌いなのは事実だ。だが、この件の“犯人”が誰かは関係ない」
!?
予想外すぎて、剣を取り落としそうになったぞ。
「トカゲ顔―――ッ! お前、俺の団員に何をしやがる!」
激高したジンが斬り掛かるが、それを受け止めるのはユシ。
「……余計な手は出させん。しかし説明が欲しいですな、ヨル殿?」
ヨルは押し込んでいた剣を抜き、ズルリとサンバの身体が崩れ落ちた。
「ガハッ……トカゲ顔、貴様、真偽官だとでも……?」
「いや、異なる。言っただろう、私には真偽など分からん」
「では……何故……」
倒れたサンバが虫の息で、問う。
もはや立ち上がる気力もないようだ。
それでも気丈に、ヨルを見上げている。
「単純だ。真偽など、どちらが犯人でどちらが無実かなど分かりようもない。だが、少なくとも、この状況で私に精神影響のスキルを使ってくるような奴は、処断されても致し方あるまい?」
「スキル……そういう……ことかよ……」
サンバが苦し気に息を吐き、眼を閉じた。
まだ死んではいないかもしれないが、もう無力化された状態だろう。
「精神スキル解除」
ヨルが平坦な声でそう言うと、黄色い光が広がり、周囲を包み込んだ。
「むっ……これは!」
「あ、あれ?」
周りの者から困惑した声が上がる。
俺に向けられていた敵意も霧散した。
「客観的に見れば怪しさは五分だ。なのに何故、ヨーヨーが犯人と決め付けている? そして、それを扇動しているのは挙って、そこのサンバとかいう男と同じ傭兵団の人間だ。これは偶然かね? 申し開きはあるだろうか」
「……」
ヨルは、ぐるりと周りを見渡すと、ジンの方向に目線を固定して、問うた。
「……」
「……」
「チッ、仕方ねぇ、プランSだ! やるぞ」
『守りの手』の面々が、武器を抜き、構える。
「プランSか。『力づくで奪う』ってとこか? フェンダの悪霊よ」
「何言ってんだ?」
「いや、思い出したのだ。護衛同士が急に同士討ちを始め、瓦解した商隊が以前もあってな?」
「しゃべっている余裕があるようだな?」
ジンが一歩踏み出したところ、俺がその前に立ち塞がる。
「ジン。流石に今回のやり方は、トサカに来たぜ」
「チッ、ヨーヨー……妙なタイミングで護衛に入ってきやがって。追っ手かと警戒したぜ」
やたらと絡んできたのは、探りを入れられていたのか。
「話して試してみりゃ、無警戒が過ぎるし、情報も抜き放題。どうやら、違ったようだな」
どうやらカモとして認定されていたようだ。ああ、脇が甘かったな。
「お前の相手は俺がする」
「引っ込んでな、三下」
三下呼ばわりとは。……まあ、あんまり違ってはいないか。護衛としては下っ端だし。
「サーシャ! 3人は固まって援護しろ! 身を守れ!」
「はい」
「キスティ! 今度は死ぬ気で2人を護れよ。後ろを頼んだぞ」
「承知」
魔剣に魔力を流し、正眼に構える。
「そいつはおそらく『幻剣』だ。気を付けろ」
ヨル殿が後ろから情報をくれる。
……ジン。お前の二つ名超カッコイイじゃねぇか、ちくしょうっ!
剣を振ると、ジンがそれを避けて踏み込んでくる。屈んで避けるが、直後にもう1人のジンが斬り込んできて慌ててエア・プレッシャーで距離を取る。
「まじで幻? なんだ、途中で2人に分かれて見えたぞ」
「ヨーヨー。手品がお前の専売特許と思うなよ」
ジンが踏み込んできて、剣を合わせた瞬間に霧散し、下段からの踏み込み。身体を捻るが、鎧の表面を剣が滑る。危ない、危ない。
また踏み込んで来るので、今度も2発目が本命と思い軽く剣を合わせたら、今度はずっしりとした手ごたえがして押される。慌てて下半身に身体強化で踏み止まり、押し返す。
「チッ、しぶといな。ヨーヨー、お前はやり辛いな」
「お前もな、ジン。……どうしてこんなことを続けてんだ?」
「……」
返答はなく、左右からジンの剣が迫る。どちらが幻か、見極めようとしたところで正面から第3のジンが襲い掛かってくる。バックステップしつつ、左右、正面のジンに魔弾。
左右のジンが掻き消えて正面のジンが残る。
なるほど。
サテライト・マジックを発動し、いくつもの水球を浮かべる。
火球と比べ威力は低いが、ジンの幻に当てて消すだけの用途だから、扱いやすい水球でいいだろう。
「本当に、厄介なヤローだな」
「……ジン、前に話していた故郷の集落の話は、ウソか?」
「……いや。本当の話さ。ただその集落ってのが、クソみたいなところでな」
ジンが何重にも別れ、一斉に攻撃してくる。
あちらも色々やるな! サテライトマジックでの判別も間に合わない。
結局あちらの意図を予想しながら、防戦するしかやりようがない。
何か手を……。
「お前が羨ましいよ、ヨーヨー」
「俺が、か?」
「俺も、お前みたいに自由に生きてみたかったぜ」
ジンが何かを放ると、煙があたりに充満する。
また厄介なものを……。しかし、そのおかげで閃いた。
『剣士』を『警戒士』に変更。「気配察知」……「気配探知」も短期間で連打する。
そこだ!
「ぐっ!? テメェ……まだ何か隠し玉を持ってたな?」
ジンの幻を無視し、煙幕も無視し、正確に剣戟を防御し、反撃。
「気配察知」「気配探知」で入ってくる情報は多い。
これを処理しながら、剣のやり取りするのはかなりキツい。
だが、できる。
幸い、ジンは幻を使って優位に戦うことに拘っており、肝心の剣戟自体は単純だ。
斬り結んだり、フェイントを入れるのは最低限で、攻撃直後は反撃を受ける前に離脱しようとする。
慎重なことだが、「幻を見破る」ことに集中できるなら、『警戒士』の出番だ。
「幻は実体がないっぽいから、気配もないのでは?」という仮説を試してみたのだが、ビンゴ。気配察知、気配探知は幻を無視してジンの居場所を探り当ててくれる。
もともと「気配察知」なんかはそこまで精緻な探索ができるわけではないが、「気配察知Ⅱ」になってから、より自由に“範囲”や“濃度”を設定できるようになった。
近距離に限る代わりに、かなり正確な位置が分かるという設定が可能になった。
……ただ、頭に入ってくる情報が多すぎて混乱してきた。
眼を瞑り、視覚情報を遮断する。
「おいおい、なんだそりゃ。怖いねぇ……お前は」
ジンが何か言っている。
馬鹿にしたような口調だが、真剣な響きが隠せていない。次々と妙な技を繰り出す俺の言動を、しっかりと警戒しつつ考えているらしい。
「……ジン、お前には短い間だったが、世話になったな」
「あんだと?」
「賊に襲われたときも、助けてくれた。この前の魔物退治もな」
「……あそこで妙な賊に襲われるなんざ、俺にも想定外だったからな。戦わなきゃならんだろう」
「あれは仕込みじゃなかったってことか」
「ったりめーだ、あんな妙な連中と同じ仲間なわけがねぇ」
「そうか」
気配察知と、気配探知の連発で魔力はジリジリと減少している。
のんびりしているヒマはないな。
「攻守逆転だ」
「チッ」
踏み込む。
ジンは一歩後ろに下がり、妙な動きをしながら逃げようとする。おそらく幻を出しながら、翻弄しようとしているのだろう。
だが、眼を閉じた俺には幻の意味がない。
迷わず前進し、ジンに斬撃を加える。
同時に、火球同時連射で追撃する。
「ぐぅ!!」
身体強化で脚力を強化。
『剣士』のときよりも身体が重いが、魔法でなんとか補助しながら食らいつく。
1撃目、2撃目はジンが剣を合わせて防御される。
そして3撃目、剣から魔力が奔流しジンの胴体部に直撃する。
「ここまでツエぇとはな……見誤ったぜ」
「いや、相性だろ」
幻を使って敵を翻弄するスタイルのジン。
それに対処しやすいスキルを使った俺。
サテライト・マジックにしろ、気配察知の近距離仕様にしろ、多分俺のオリジナル。
ジンのこの厄介な戦術を完封できる奴は、少ないだろう。
「ふー、世界は広いってことかね」
ジンは息を吐いた。
ポタポタと、鎧の奥から血が落ちる。
「じじいどもの言う事なんて……いや、今更だな」
ジンはまた、剣を構える。
そのまま加速するように、低い姿勢で一直線に突っ込んでくる。
たぶん、正解だ。
俺は、いつジンが幻を使うか分からないから、この「考えるな、感じろ」スタイルを崩せない。
その状態で、ジンと斬り結ぶしかない。
ジンの最適解は、ただ、愚直に、全力に打ち込むことだ。
必死に「気配察知」で動きを捕らながら、剣戟で応酬する。
たまに火球を織り交ぜるが、直撃しても隙を作れない。
……決死の状態ってことかね。
「ヨーヨーおおぉおぉぉ!」
「大声出すんじゃねえええ! 集中乱れるじゃねーか!」
斬る。受ける。受ける。フェイントを入れる。斬る。受ける。
剣を振りフェイントを入れるも、あっさりと躱され、反撃をなんとか剣で防ぐとエア・プレッシャーで離脱する。
ダメだな、まともに受けるのなんて俺らしくない!
火球を創り出し、ランダムに発射する。
こういうのは狙わない方が敵の不意を突けることがある。
「うおっ!?」
火球で追い込み、目標地点に小さな落とし穴を作ることに成功した。
そういえばこの護衛ではあまり披露することがなかったな。
「うおらあああああああ!」
脚の止まったジンに肉薄する。
身体強化、強撃、魔力放出に、魔閃。
今、あらんかぎりの一撃を込める。
ザシュッ
小気味よい音がして、刃が確かに肉を断つ感触がした。
「がっ……ハァッ……呆気ねぇなあ……こんなもんか」
呟くようなジンの声がして、ドサリとそのまま崩れ落ちた。
眼を開いて素早く周囲を観察する。
サーシャたちは、近くにいた「守りの手」の団員と戦っていたようだが、ちょうどその額に矢が刺さり、倒れたところだった。
「無事か?」
「ええ、キスティが良く守ってくれました」
「ほう」
キスティを見るが、特に大きな怪我はなさそうだ。
ひと安心だ。
「よくやってくれた」
「う、うむ」
周りに転がっている敵らしきものは3つ。……いや、1つは味方のっぽい。
「ご主人様、援護が出来ず申し訳ありません」
「いや」
「目を付けられたらしく、何人かこちらに向かって来まして……。キスティさんと、そこに倒れている方が前衛を担ってくださいましたが、そちらの方は力及ばず」
「そう、か。治療は?」
サーシャは黙って首を横に振る。
名前も知らない護衛の人、ありがとう。サーシャ達を守ってくれて。
再び周りを見ると、ほぼ鎮圧されて騒ぎは下火になりつつあった。
「全体としては、途中から参加してくる方も多く、次第に有利になっていきました」
「ほう」
「横目に映っただけですが、あのユシ様と仰る方は強いですね。アラゴさんと、パグさん……『守りの手』の主力複数を相手取って、余裕の立ち回りをしておりました」
そうか。
それにしても、そんな相手と一時は戦う羽目になるかと思ったものだ。
回避できて本当によかった。
「そして……申し訳ありません。妙なスキルのせいとはいえ、ご主人様を疑うような真似を」
「ああ、それは気にするな。俺自身ですら、俺がやったかのように錯覚させられたからな」
『愚者』をセットして頭が晴れなければ、そのまま虚偽の自白をしてたかもしれん。
何がどう作用したか分からないが、ありがとう『愚者』……。
「人間」
勝利に浸っていたら、トカゲ顔――ヨル殿が声を掛けてきた。
いやはや、この人には本当に助けられた。今までの言動をチャラにしても余るくらいの恩がある。とりあえず肩でも、もんどくか?
いや、爬虫類から進化したっぽい鱗肌族が、肩こるのかね? どういう骨格なのかが分からないからなぁ。
「は、何でしょうヨル殿」
「……気色悪い声色を止めろ。おおかた状況は理解した。あの裏切り者どもの蠢動を阻止したようだな。良くやった」
「……」
思わずぽかんとトカゲ顔を見詰めてしまう。
「……気持ちの悪い視線を向けるな」
「あ、いえ。……ありがとうございます」
この人、人間族に対して褒めるとかするんだな。まあ、ちょっと渋々な感じは出ていたが。
「私はジシィラ様の専属護衛だ。手柄を立てた者がいれば、例え腐った人間族だろうと労をねぎらうくらいはしてやる」
「はあ、そうですか」
ナチュラルに嫌悪されてきたから、これくらいの高圧的態度は最早、なんとも感じないな。
「……褒美の話は後でジシィラ様からあるだろう。先に、状況を報告しておけ」
「あ、はい」
ヨル殿は剣を腰にしまうと、スタスタと歩いて去った。
報告って、誰にすればいいのかね?
とりあえず若ハゲに言っときゃいいか。
その後、ユシを探して報告しようとしたところ、下男に話しておくように言われ、魔剣が盗まれてからの出来事を簡単に報告した。
すぐに他の護衛に報せれば良かったのではないかとツッコミが入ったが、まあ後から考えればな。その時点では状況が分からなかったのだから、断定的にチクるのは心理的に難しかった。万が一間違っていたら、こちらの立場が相当悪くなるだろうし。と懇々と訴えておいた。
その日は何とか納得を得たところで解放され、再度眠りに就いた。
朝、知らされたところによると、ジンの傭兵団『守りの手』は8人が死亡、2人が御用。2人が逃亡したとのこと。
こちらにも、個人傭兵が2人。傭兵団から2人の犠牲が出たとのこと。
サーシャ達と一緒に戦ってくれた人は個人傭兵で、しかも戦闘ジョブではなかったらしい。
それでも敵の前衛を相手に粘ったが、一瞬のスキを突かれて深手を負ってしまった。身寄りがなく、各地を転々としていたようなので特に誰かに遺品を送るということもなかった。
なんとも、寂しいもんだ。
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