第125話 草原
「褒美だ」
「……」
戻ったジシィラの商隊の本隊にて、呼び出されてジシィラのテントに入ると、こぶりな革袋を投げ渡された。
「おっ、ありがてぇ」
一緒に呼び出されたジンはその場で革袋をひっくり返し、数を数えだした。大物だな、こいつ。
「銀貨5枚か。まぁゲッタンだもんなぁ」
「不服か?」
「いやいや、感謝してますぜ。じゃ、これで失礼します」
ジンがさっさと去るので、俺も慌てて頭を下げてから後を追って出る。
「おうヨーヨー、お前はいくらだった?」
「ん? 待て。……5枚だな」
「おいおい。同じかよ。まぁいいがよ」
人数を多く出したジンたちの方が当然多いかと思ったが、同額らしい。契約単位ごとで計算しているのだろうか?
「悪いな」
「ヨーヨーが謝る事でもねぇよ。それに、実際一番きついトコを押し付けちまった形だしな」
「たまたまなんだろう?」
「その通りだがよ。ま、その金はありがたく受け取っておけよ」
「当然だ」
悪いなとは言ったが、返す道理がないからな。銀貨5枚、5万円だ。
ちゃんと数えたわけではないが、これで現在の所有貨幣は金貨2枚と銀貨50枚程度になったはずだ。
護衛の基本報酬が入ってくれば、金貨3枚程度にはなるかな?
「それにしても、マジで危険手当が貰えるたぁな。あのジシィラ様も、なかなか太っ腹なところもあるようだな」
「ジンたちは俺より前から護衛していたわけだろう。テーバ地方では割と危険なこともあったんじゃないのか?」
「いや、そういえばあんまり褒美がもらえたことはなかったな。だから今回も、あまり期待はしてなかったんだけどよ」
それから、ジンはこれまでの道のりについて簡単に話してくれた。
ジンたちはテーバの少し手前のあたりで護衛に加わったらしい。
テーバに向かうための戦力増強の一環で、今回左の方向、俺たちとは別の方向に向かった傭兵団もそこで加わったらしい。
「おーい、出発するぞー!」
専属護衛の1人が叫んでいる。
脅威の排除も無事に済んで、やっと出発するらしい。
この崖下の道を抜ければ、まもなくウェルナ領を抜ける。
そしてまたフェンダ地方の王家直轄領に戻るわけだが。
1週間も歩けば、ハンカシエナ地方の玄関口に着くということだ。
このハンカシエナ地方こそ、国境地帯である。ズレシオンとかいう隣国との紛争地域があるわけだが、ハンカシエナ地方の南端が紛争地域なので、まだ距離はある。
本当に長い旅だ。
この世界に来てから、移動距離としては最も長い護衛任務だ。間違いなく。
順調にいけば、あと2週間といったところか。
気を引き締めて頑張ろう。
……そろそろ、護衛終了後にどこに向かうかも、考えないとね。
***************************
谷道を抜けると、森は疎らになり、やがて草原が眼前を満たすようになってきた。
とはいえっても、ところどころ草が剥げて半ば荒地のような風景だ。それがまた、何とも異世界の草原という感じがして、俺は勝手に悦に入っていた。
どこまで続く荒涼とした草原の端から西陽が射し、世界を赤く染める様は言葉には表しきれない。
「人間、顔を貸せ」
沈む夕陽に感動しながら感傷的になっていた俺に水を浴びせるような冷声を掛けるのは、人間嫌いのトカゲ顔。
若ハゲのユシには「ヨル殿」と呼ばれていた専属護衛の1人だ。
「……なんでしょう?」
特に何かした覚えがはないが、この人には初対面時から妙に嫌われている。
俺が夜番で一緒だと、あからさまに嫌そうに顔を顰める。
おかげで、トカゲ顔こと鱗肌族のネガティブな感情表情がだいぶ判別できるようになった。
野営の準備をする焚火から少し離れた木陰まで連れて行かれ、ヨルが振り返る。
まさかカツアゲじゃないだろうな。
「読めんな」
「は?」
「人間、お前は怪しすぎる」
「……怪しい?」
またこの、素敵なマスクのことだろうか。
「とりあえずそのマスクを脱げ」
「あ、失礼」
言われるがままに万能マスクを脱ぐ。
「いつも発情して臭いのは、この際捨て置く」
「そ、そうっすか」
そんな臭いか、俺?
もうちょっと真面目に体臭対策を考えるか?
「あのタイミングでの加入、他の傭兵団への取り入り。何が狙いだ?」
他の傭兵団。って、ジンたち「守りの手」のことだろうか。取り入っているつもりはなかったが。
「……」
「だんまりか?」
ヨルはそれだけ言うと、こちらの出方を窺うように、その長細い目を細めた。
ううむ。これは、何かを試されているのだろうか。
それとも単なる新人イビり? あるいは、人間族イジメ?
言葉を探すが、これといって何も出て来ない。
そもそも向こうの意図が分からないから、正解が不明すぎるんだよなあ。
とりあえず「ポーカーフェイス」でもやっとくか。
今更だが。
「……ヨル殿が」
「名前を呼ぶな、人間」
「……アンタが、何を探っているかは理解できないがね。俺は単に、行き先が同じ商隊があるっていうから、たまたま試験を受けただけだぞ」
「行き先とは、南方の戦場だぞ?」
「ああ。そういうところは魔物狩りの需要が高いんだろう?」
「魔物狩りをしたいのならば、テーバに残ったらどうだ」
「いやいや、この前『龍剣』狩りに参加しちまったからな。残ってたら残党に狙われるだろうが」
実際狙われるかは知らないが。
「ふん、そういえば『龍剣』狩りに参加していたと聞いたな。何故だ?」
「何故って……そりゃ、厄介事は遠慮したかったけどよ。ギルドからの強制依頼だし、金も弾むっていうから仕方なく出たっていうか……」
テエワラに近かったせいでちょっと疑われていた件とかは話さなくていいだろう。
余計に面倒なことになりそうだ。
「強制依頼か。魔物狩りギルドのことは詳しくないが、そんなものが存在するのか?」
「いや、あの時まではなかった。だが、急遽作ったそうだ。王家が」
「……」
ヨルは瞬きもせずにこちらを真っ直ぐ見据えたまま、黙ってしまった。
何かを考えているのだろうか。
「貴様のジョブは?」
「あ? 言わなきゃならんのか?」
「言いたくなければ、言わなくても良いぞ」
眼を細めつつ、声を低くするヨル。態度が「ダメ」って主張してますやん。
「……『魔剣士』だ」
「『魔剣士』か。本当だな? 嘘をついても分かるぞ」
やべっ。『詐欺師』を剥がして『魔剣士』を付けて、もう一度「『魔剣士』だ」と言ってみる。もしかして、ウソ発見器的なスキルか魔道具を持っているのか?
「……ふん」
ヨルは何も言わずに、陣へ戻っていく。
あ、終わりか? 今の対応は正解だったのだろうか。
「なんなんだよ、ったく」
悪態をつきながら、俺もテントへ帰る。彼がずっと冷たいのは、警戒されていたからなのだろうか。……いや、人間族が嫌いってのはずっとだって話だからな。普通に嫌われている部分もあるのだろう。まったく面倒な先輩だ。
***************************
不愉快な呼び出しの後、アカーネを捕まえてほっぺをもちもちとして癒しを得つつ、ステータスを見る。
おお、メインで使っていた『魔法使い』に『剣士』、『魔剣士』が揃ってレベルアップ。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(23)魔法使い(19↑)剣士(17↑)
MP 40/46
・補正
攻撃 E(↑)
防御 F-
俊敏 E+
持久 F
魔法 D-
魔防 E(↑)
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
斬撃微強、強撃、脚力強化Ⅰ
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ
隷属獣:ドン
*******************
短期間でレベルアップしているのは、戦った亜人が強敵だったからか。新しい技を模索して、戦い方を工夫していたからか。
なんにせよめでたい。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(23)魔法使い(19↑)魔剣士(5↑)
MP 37/43
・補正
攻撃 F+(↑)
防御 G+(↑)
俊敏 F-(↑)
持久 F-(↑)
魔法 D-(↑)
魔防 E(↑)
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
身体強化魔法、強撃、魔剣術、魔閃(new)
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ
隷属獣:ドン
*******************
『魔剣士』は、レベルがジャンプアップしており、スキルも1つ増えた。
その説明は……。
『魔閃:発動後一定時間、斬撃に魔力攻撃を付加』
だそうだ。
前の戦闘のとき、魔力を放出しながら戦ったから会得したかね。
にしても、普通に魔力を使うのと何が違うのか。
説明はシンプルだが、使いこなせば便利系の渋いスキルだと俺好みなんだが。
「いいね、『魔剣士』は性に合ってる気がする」
魔法を補助で多用しつつ前線で斬り合っていくスタイルになりつつある俺には、「魔法」のステータスが高く、「俊敏」も伸びやすい『魔剣士』を『魔法使い』と併用スタイルは有用だ。
ただ、難点としては「防御」が明らかに低いこと。
まあ、『魔法使い』も、『魔剣士』も、ゲームだったら紙装甲が弱点のジョブな感じがあるから、仕方ないのだが。
キスティが重戦士系ならな~。
従者組も順番に見ていくと、サーシャがレベルアップしていた。
この前もしていた気がするが、スパンが早い。
*******人物データ*******
サーシャ(人間族)
ジョブ 弓使い(17↑)
MP 10/10
・補正
攻撃 G+
防御 G-
俊敏 F(↑)
持久 F(↑)
魔法 G-
魔防 G-
・スキル
射撃微強、遠目、溜め撃ち
・補足情報
ヨーヨーに隷属
*******************
ステータスがアップしている。
「俊敏」に「持久」、どっちも大事だ。これは普通に有難い。
戦闘中あまりサーシャの行動を気にする余裕がないのだが、「溜め撃ち」は使用していたのかどうか。
後で聞いてみよう。
そしてキスティもレベルアップしていたのだが……。
*******人物データ*******
キスティ(人間族)
ジョブ 狂戦士(20↑)
MP 12/12
・補正
攻撃 D
防御 N
俊敏 G+
持久 G+
魔法 G-
魔防 N
・スキル
意思抵抗、筋力強化Ⅰ、強撃、大型武器重量軽減、身体強化Ⅰ、狂化、狂犬(new)
・補足情報
ヨーヨーに隷属
*******************
謎のスキルが生えている。「狂犬」て。
自分以外のスキルを「スキル説明」で見ることはできないため、詳細は不明。
キスティ自身にも何の効果があるか分からないらしい。
字面的に危険な可能性もあるが、安全な場所で、周りに人がいないときにでも試しに使わせて検証するつもりでいる。
***************************
ヨル殿による尋問?後、特に問題はなく任務は継続した。
あれは完全に彼の独断だったらしい。
そろそろ、フェンダ地方も南端だ。
フェンダ地方を抜けると、ハンカシエナ地方と呼ばれる草原地帯だ。
このハンカシエナ地方にはアルフリード家という立派な貴族家の領地が広がる。ハンカシエナ地方=アルフリード家領と考えてほぼ間違いがないのだが、近年1つ変化が起きた。
長い事国境貴族をしてきたアルフリード家から独立する形で、主に国境地帯をまとめてデラード家という家が興ったのである。この辺はキスティが詳しかった。
アルフリード家に雇われていた傭兵団のトップが貴族として叙された形らしいが、これによって国境貴族の力は大きく落ちた、と思われた。
それはそうだ。国境を支えていた大貴族が手を引き、新興の傭兵出身貴族にその責任を押し付けたのだ。もし国境を押し出して自領地にするつもりがあるなら、このような独立を許すことはありえない。つまり諦めたのだと思われた。
ノリノリでちょっかいを出したズレシオン連合王国の国境貴族ロンピサ家だったが、このデラード家の主がめっぽう戦に強く、メタメタにしてやられた上に逆侵攻を許し、デラード家は数十年ぶりの大勝利で国境線を大きく動かした。
というのが大まかな出来事らしい。
仮にデラード家が負けていても「配下貴族がやられた」という名目でアルフリード家が逆侵攻をかけていた気もするので、「大貴族が国境を捨てた」という判断が正しかったのは今もって分からない。
大貴族たるアルフリード家の思惑は不明だが、なんにせよデラード家が予想外に強すぎるせいで連合王国側の国境貴族たちは予想をまんまと覆され、混乱に陥ったようだ。
この辺りは熱い駆け引きがあったようで、危機に陥ったデラード家の乾坤一擲の作戦がドはまりし、一気に巻き返したデラードお抱えの私兵集団、言うまでもなくもともと自分が抱えていた傭兵団なわけだが、彼らが連戦連勝で敵領の領都を落とすに至って、停戦したということだ。
キスティに熱を込めた説明を受けたが、正直そこまで興味はない。
むしろ「あれ? じゃあ態勢を整えたら、連合王国側の貴族は再度戦争仕掛けてくるんじゃね?」という危機感を覚えた。
あまり、長居するのは得策ではないかもしれない。
かといって、紛争地帯を抜けて、敵国に出国するのもトラブルが多そうだし、悩むなぁ。
う~ん、と護衛任務後の進路に悩みつつも、任務をこなす。
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