第121話 奇声
ジシィラの商隊はちょっとした集団だ。
護衛仕事も、常時フル稼働ではなく番を回しながら持ち回りで決められた仕事をする決まりだ。
俺とキスティは右前方の前衛役として、入れ替わり警戒をすることが多かった。
そのため、キスティを含めてヨーヨーパーティが馬車内の休憩で一緒になることは少ない。
新しい地方に踏み入れて、昼間に初めてパーティが休憩で一緒になったのは数日経ってからのことであった。
フェンダ地方は南北にやや細長い形をしていて、北部は森がちな地形のようであった。
街道はよく整備されているようで、馬車の揺れはそれほど激しくはなかった。
ただ、次第に道脇に巨木が並ぶようになり、太陽の光が差し込みにくく、薄暗い雰囲気を醸していた。
この辺の森は常葉樹のようで、雪が降ってもおかしくない低温のなかでも、深い緑の陰を落としている。
「どうだ、キスティ? 困ってることはないか」
「どうしたんだ、主? 突然」
「いや、商館でしばらく運動もできない状況だったわけだろう? 違和感があれば言えよ。正直、キスティの『防御』が低過ぎて心配だ」
「心配性だな。これでも戦争を生き抜いた女だぞ」
キスティは脱いだ兜を脇に置き、馬車の床に腰を下ろしながらあっけらかんと笑う。
肩まで伸びている、ややくすんだ金髪は結って後ろでまとめ、邪魔にならないようにしている。サーシャの作品だ。
無骨な兜を脱ぐと美女が現れる様子は、いかにも女戦士という感じで良いな。
「そう心配するな。防御が低かろうと、身を守る術は色々ある」
「まあ、それはそうだろうが……」
「それより、敵が少なすぎるな。小型の魔物はすぐ狩られてしまうし、少し退屈になってきたぞ?」
キスティは意に介した様子がない。
「私たちがご主人様を心配する気持ちが分かりましたか?」
サーシャがジト目で口を開く。
彼女はどこで用意したのか、お湯に浸した布を俺とキスティに差し出してくれた。
「……ありがとう。疲れが取れるな」
「あ゙ぁ゙~!」
キスティがおっさんくさい仕草で顔を拭く。
実におっさん臭いが、そうしたくなる気持ちは痛いほど分かる。
「キスティ、他の人がいるときには止めて下さいね……それ」
「サーシャ殿、これは失礼。主の品位を落とす真似は慎まねば、か」
まあ俺の品位とかは割とどーでもいいのだが。
そもそも人前であまり顔を出さないで欲しいものだ。ジンたちはバカな真似はしないと言っていたが、他の傭兵たちも多いし、美人すぎる戦士であるキスティを見て妙な気を起こさない保証はない。美人過ぎる……というのが誇張ではないからな、この場合。身体の方も理想的なボンキュッボンだから、心配だ。
いかんいかん。寝室に囲っておきたがったキスティの前の主と、同じ轍を踏みそうだな。
「アカーネたちの方はどうだった? 問題はないか」
キスティ美人すぎる問題は脇に置き、サーシャたちの話を聞く。
アカーネは特に疲れた様子もなく、ドンをだっこして、ちょこんと座っている。かわいい。
「特にこれといった報告はありませんね。たまに空中の小型魔物を相手にするぐらいです」
「アカーネはどうだ?」
「う~ん、ボクも特に……。あっ、魔力感知はちゃんとやってるよ?」
アカーネには、今後のためにも「魔力感知」のスキルを積極的に使うように指示している。
偵察的な使い方に慣れてくれば、サーシャの「遠目」とセットで早期警戒システムにできる。それに、魔道具作りでも魔力感知の感度は重要らしく、アカーネ自身も乗り気だ。
テーバ地方の魔道具屋で、短髪の魔道具技術者のジ・ローに貰った本や、サタライトでおねぇの店長から教えを受けたことを吸収し、そっち方面の成長に貪欲になっている。
出来れば早期に金になりそうなポーション関係も頑張って欲しいが、技術的には別体系ということで後回しになっている模様。
現在は戦闘面でややお荷物感のあるボクっ娘だが、将来的な収入への期待値はかなり高い。魔道具がいかに高価で売れるかは、身を以て思い知っているわけだし。
それに、戦闘面でも次第に慣れが出てきており、オネェ店長には新しい魔道具を貰っていたし、徐々に活躍の素地ができつつある。
無事にいてくれることが一番なので、慣れから、油断して怪我しないで欲しいけどね。
「偉いぞ」
「う~ん、そのマスクのときに撫でられても、怖いんだけど」
「言うようになったな」
一昔前のおどおどしていたアカーネも可愛かったのだが。
「……ご主人様、休憩中といいますか、馬車の中ではそのヘルメット、脱ぎませんか……?」
サーシャは呆れたという口調で苦言を呈する。
「ん? おう。こいつ装着感がないから、ついついな。蒸れる感じも特にないし、このまま寝ろと言われても寝られる快適性なのだよ」
「魔道具というものは、便利ですねぇ」
「アカーネのおかげでメンテナンスも楽になったしな」
今度はマスクを脱いで、アカーネの頭をぽんぽんする。
ついでに引き寄せて、ほっぺをもちもちと揉み出す。
「むぅぅ、やめて~っ」
「ふはは、よいではないか、よいではないか」
それにしてもこのマスク、サイズの自働調整機能がついているせいで、外すときはマスク自体が変形して、空気が抜けるような音がする。
……言ってしまえば、大作SF映画の暗黒面に堕ちた人みたいな脱ぎ方になってしまう。
それはそれで楽しいのだが……、どう考えても、悪役の所業なのである。
「どうすれば正統派主人公ルートに移行できるというのだ?」
せっかく異世界に来ても、一向に物語の主人公っぽい感じがしない。いや、奴隷なぞ囲っている時点で主人公補正など死んだも同然だろうが。
『魔剣士』を獲得すればゲームの主人公っぽくなれると、思っていた時期もありました。
しかし外見がベイダ〇となると、魔法剣も主人公というよりも、なんかビームサーベルを振り回すラスボス、みたいなイメージしか思い浮かばないわ。
「拳を握り込んだら、相手の喉を絞めるっていう技、なんとか魔法で再現できないかな。可能性があるのは風魔法か? 念動魔法みたいなのもあったっけ?」
「何ですか、急に?」
「いや、ちょっとな……?」
落ち着け。
自分から暗黒面に寄せていってどうする。
暗黒面と言えば、テーバ地方で対峙したミルファのジョブは、どうやら『暗黒戦士』という強力なジョブだった、らしい。
魔法系と、武闘家系のオーラスキルの双方を上達すると獲得できることがあるという有名なジョブらしい。
獲得の前提条件が厳しいのと、スキルを使いこなすのがかなり難しいために、半ば不遇職として扱われている。ただ、一部の諸兄に熱烈な支持を受けているため、各地に少しずつ使い手がいるという何とも言えないジョブなのだ。
ただ、スキルを使いこなすことが出来れば相当強いのも事実らしく、特に一対多の戦いにおいて強みを発揮するとか。
まさに最後の最後でその性能を存分に発揮して奮戦したミルファは、テーバ史上最強の『暗黒戦士』としての名声をほしいままにしているようだ。まあ死後にそんなに評価されてもだけど。
「ん?」
馬車内でまったりしつつ、気配察知を作動させたときに違和感があった。
馬車に乗りつつだし、周りに人が多いので確実ではないが……。
護衛達の動きが妙な感じだ?
「敵襲――――っ!」
やや遠くから誰かが叫ぶ声が馬車の中に届く。
反射的に脱いだマスクを被り直し、魔剣を握っていた。
「主、出るか」
「無論だ。だが、まずは武装を整えろ。全員、絶対に無理はするなよ」
最悪、ここでクビになったって、歩いてサタライトに引き返せば良い。
生き残ることが第一だよ。
「承知」
「ご主人様、私たちは馬車の上窓から警戒します」
「ああ。ドンも協力してくれよ」
「ギキュ」
ドンはアカーネに抱えられながら、心なしかいつもより覇気に満ちた鳴き声を出した。だらんと脱力しながらだけど。
そういえば、まだドンの危険センサーは反応していなかったな。
まだ差し迫った状況ではないってことか。
「主、私の準備は万端だ。出撃しよう!」
「キスティ、敵を深追いをするなよ。この馬車に敵を近付けないことを優先だ」
「……承知」
まあ、これで良いところ出の戦士だ。
俺なんかより、ずっと指揮系統と連携の大事さは知っていることだろう。
勝手に盛り上がって深追いして、怪我をするなんてことはないはずだ。なんだろう、それでも一抹の不安が拭えない感。
「ヨーヨー、いるか?」
馬車のドアが開かれ、外を警戒していた傭兵が顔を覗かせる。
「ああ。今出る所だが、外の状況はどうだ?」
「とりあえず投石が続いていて、反撃中だ。前方に木と岩で足止めも準備されている。まあ、盗賊だな」
「対人戦か。俺は魔物狩りメインなんだがなぁ」
「言ってられないだろ。明らかに足を止めに来てるから、こっから本格的な襲撃があるはずだぜ」
「……そうか。ちなみに、空から襲われたとき、いつもどうしている?」
「空だと? ……来るのか?」
魔力を多めにして「気配探知」をしてみたのだが、明らかに近付いてきている反応が……方向的に、上っぽいんだよなあ。
「……馬車の上に出られるか?」
「この馬車か? その辺に梯子が付いているはずだ」
「ああ、これか。 っ! 伏せろ、来るぞ!」
上に登ろうと梯子から屋根の板を外して、顔を出した直後のことであった。俺の「気配探知」でも逃していた、この馬車の真上。そこから、何かが急降下してくると「気配察知」で分かった。
直後、爆音とともに周囲が瞬間赤く照らされた。
とっさにファイアシールドを展開したが、この馬車は標的ではなかったらしい。
特に何もなく空振りとなった。
「何だ、今の音は?」
「何かの魔道具だろ、チッ! 上に出るぞ!」
この馬車にはサーシャとアカーネが残るんだ。守らねばならん。
梯子を伝って上に出る。前の馬車が炎に包まれ、燃えている。
「おいおい、急降下爆撃って。洒落になんねぇな」
馬車の上に登ったのは1人なのだが、ついそうごちる。
今の魔道具? 爆弾? をまた投げられたらと考えると、とても余裕はない。
異空間から魔銃を取り出し、久し振りに、『魔銃士』ジョブをセットする。
「ご主人様、私達も上で戦います」
サーシャとアカーネが登ってくる。
「出来れば中にいて欲しいが……そうだな。今はお前達の攻撃が必要か」
サーシャはつい最近買い与えた魔導弓を構え、上を狙う。
ビュゥと力強い音がして、弓が飛ぶ。
「……避けられましたか」
サーシャは無念そうにしながら、次の矢を用意する。
あの精密射撃を避けるとは侮れない。
「ほいっ!」
アカーネも気の抜ける掛け声とともに手にしたブーメランのようなものを振る。
するとブーメランから魔力の塊が飛んでいく。
あのオネェ店長から賜った魔投棒の攻撃だ。
「むーっ、すばしっこくて当たんない!」
こちらは魔力と魔石粉?とかいうアイテムをそれなりに消費するようで、アカーネは慎重に使っているようだが当たらない。
空には7つほど飛び回る影があり、うち2つは大きく見える。
といっても、他の5つに比べるとという意味で、ヒトくらいの大きさだ。残りの5つは明らかに小さい。動きも鳥っぽい。
「連中、仲間を投げやがった!」
下から声が聞こえたので見てみると、ヒト型の飛行部隊が投擲したナニかが、暴れ回っている。
どうやら、最初の爆弾っぽい魔道具を投げてこちらが混乱しているうちに、何かを補充してまた投げてきたようなのだが……。それが生身のヒトだったことらしい。無茶やるなぁ。
投げられた方、今まさに暴れているヒトはかなり小柄なので、恐らく小人族だろう。トゥトゥック族や、小鬼族のサイズだ。
馬車を移動させながら、防御体勢に移行しつつあった一行だが、強制的に乱戦に持ち込まれたことで動きが鈍る。
その機を狙っていたかのように、わらわらと敵兵が湧きだしてくる。
「ホー! ホー!」
赤い兜を被った賊が拳をあげ、雄叫びを上げる。
「「「ホー!」」」
応える無数の声を合図に、四方八方で白兵戦が始まる。
「組織だった襲撃だな」
「手慣れていますね」
サーシャとそんな感想を言い合ったが、一息つく間もなく迎撃に戻る。
「よし! まず一体」
サーシャが放った矢が移動していた影に吸い込まれ、きりもみ状態で墜落していく。
「……あれだけ動き回る敵に、よく当たるな」
「慣れてきましたので」
えぇ……そういう問題? 久しぶりにサーシャの才能が爆発している。
「……ご主人さまぁ! 上から来るよ!」
アカーネの声に反応して真上を向くと、黒いコウモリのようなヤツが何かを抱えて急降下してくる。こちらに気付かれたことを察してか、抱えていた物を放り投げて、反転上昇していく。
が、そのど真ん中に矢が立つ。反転の瞬間を狙ってサーシャが撃ったらしい。
ファイアシールドとサンドシールドを展開。
エレメンタルシールドは流石に間に合わないだろう。サーシャとアカーネを護るよう、意識していつもよりも範囲を広げて展開する。
シュゴゴゴゴ……ジュゥ!
直後、シールドと衝突した放られた物が爆ぜて炎を振り撒いた。
表面のファイアシールドだけで完全に遮断できた。
「威力はない、か。燃やすことが目的の魔道具か」
間違いなく燃え尽きたことを確認してからシールドを縮小、解除する。
似たような音が横から聴こえ、振り向くと他の馬車が燃えていた。
奪うべき商品が燃えてしまうかもしれないわけだが、賊はそれで構わないのだろうか。
と、飛んでいるヒト型の方から何かが飛来するのを感じ、ウィンドシールドを展開。
だがそれを打ち破り、胸の辺りに衝撃。
勢いを失った矢が落ちる。
ウィンドシールドを貫通してきたようだが、おかげで威力が削がれたらしい。つっと冷や汗が流れる。
矢にはウィンドシールドが鉄板だったが、ちょっと考えないといかんか。
お返しに魔銃を撃つ。
ズキューン……
ズキューン……
威力と射程重視で魔力をたっぷりと籠めてみたが、1発目は避けられ、2発目が命中したが特に反応がない。
「ん? 魔防の高いジョブか何かか」
「いえ。かなり慌てていますよ。姿勢を崩すと落ちるので、動かないようにしているのでしょう」
サーシャが「遠目」で様子を見てくれたようだ。言いつつ狙いをつけ、矢を放っている。
まあ、効いているなら畳みかけるとするか。
ズキューン……
ズキューン……ズキューン……
ズキューン……ズキューン……
5発中、命中2。
魔銃のヤバさを実感したのか、明らかにこちらを意識して回避行動を取ってきたせいだ。
ただそれでも、サーシャの矢を受けつつ魔銃の連射を躱し切ることはできず、2発目を身に受けたところで地上に落下していく。
地上の様子をチラ見すると、まだ喧騒が続いている。
そこで地上から赤い影が飛び出してきた。
「ホー!!」
「ゲッ! 敵が来てんじゃねぇか」
『剣士』に切り替え、身体強化魔法を発動する。
何度もやってきた動作だけに、動揺しつつもスムーズに切り替えられた。
相手を何かを振り上げてきたのでバックステップしつつ、切り返しで反撃する。
完璧に入ったと思ったが、固い感触がして剣が止まる。
見ると、棍棒のようなものを片手で持ってこちらの剣を受け止めている。
とっさのことで気付かなかったが、両手に棍棒を装備しているようだ。
「エェーイッ!」
また異なる雄叫びを挙げながら、赤兜が身体を跳躍させる。
身体自体を回転させながら交互に打撃を繰り出してくる。
身体強化で踏ん張りながら、それを1つ1つ受け、弾いていく。
一度離脱したいところだが……ここは馬車のうえ。しかも後ろにはサーシャとアカーネがいる。退けるかよ!
「ホッホー!」
「うるせぇ蛮族かテメェは!」
「アア!?」
何が気に障ったのか、赤兜が怒ったような声を上げて笠に掛かったように攻撃してくる。
手数はともかく、動きが単調になったのでむしろ合わせやすくはなった。
が……駄目だ、このままでは押し切られる!
ボゥ……
フレイムスローワーで鼻先を炙りつつ魔弾を連射。
赤兜はようやく猛攻を止めて、機敏に後ろへと跳んだ。
「サーシャ、アカーネ、下に降りてろ!」
「はい! アカーネ、飛び降りますよ」
「ええっ、ここから?」
「覚悟を決めておけば痛くないですよ」
「わ、わかったよ~」
そこで、赤兜の後ろから別の影が現れる。
「うらぁ!」
「ホッ!? ホーッ!」
現れた人物は赤兜と切り結ぶと、組み付いたままケリを入れて馬車からケリ落とした。
「無事か、ヨーヨー?」
「……ジンか。俺は無事だが、馬車の下で俺の仲間がいなかったか?」
「あのバーサーカーみたいな姉ちゃんか? 少し離れた所で活躍してたぞ」
「おいおい……」
この馬車に敵を近付けるなと言ったのに。
まあ、無事であること分かって良かったが。
「この周りは俺が守ってやる。早いトコ空のうるせぇのを片付けてくんねぇか」
「……あとどれくらいいる?」
「さっきウチでも1匹落としたからな。後は1人と1匹……あ、逃げ出した」
ジンがそう言い出すのと前後して、残っていた敵の空中戦力が馬車から離れて逃げていった。
「ホーッ!」
「「「ホーッ! ホーッ! ホーッ!」」」
赤兜が何かを叫ぶと、賊が一様に雄叫びを入れて撤退を始めた。
「終わりか。出来れば追撃しておきたいが……そんな余裕はねぇか」
「ああ……そうだな」
馬車の上から、燃え盛る隣の馬車を眺める。
撤退を始めた賊は逃げるか、捕まるかしており、決着は既に着いていた。
「水でも出すか」
「まだ魔法が使えるのか? 出来るならやった方がいいかもな」
あれが魔法の火だとしたら短時間で消えるはずだが、その頃にそれだけの商品が駄目になっているか。勿体ないし、商隊に恩を売っておくためにも役に立つところを見せておこう。
その後は燃えている馬車を回って消火活動に協力しつつ、賊の再襲撃を警戒することになった。
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