第119話 大物

奴隷商で、手の出なかった高値の金髪美人が衝撃発言をした。


「……どういうことだ?」

「いえ、こちらの話ですがねぇ」

「奴隷法と言っていたが?」

「……」


商人は何かを言いかけて、口をパクパクと動かす。


「御仁、私は前の主人を殺そうとしたのだ。それで酷く心証を損ねて返還された。で、この男はそんな私を安値で掴んだという馬鹿なのだ」

「お、お前! 私が買ったときは何も話さなかったクセに……」

「まぁ、まぁ。落ち着いて。それで、お前は何を言いたいんだ?」


何故か俺が商人を宥めながら話を促す。


「御仁、私を買わないか? 私の見てくれと剣の腕があれば、金貨9枚というのも安いくらいだろうが、こんなところで燻っている理由を加味すれば金貨3枚で売れれば御の字だろう」

「なっ!」

「ほう……サーシャ、どうだ?」

「はい。そこの方、主人を殺そうとしたというのは、どういうことですか?」


金髪美人が後ろで束ね切れていない横髪をくし上げてこちらを見る。やはり、相当な美人だ。

鼻筋が通って目鼻立ちもはっきりしている。しかし親しみやすい可愛らしさのようなものも見える。ゲルマンとスラブ、それに中央アジアあたりの美人を混ぜて、日本人好みの愛嬌を足したような感じ。

発言からしても、自分で美人だと自覚しているのだろう。


「うむ。私はもともと、戦闘用の奴隷としての扱いを望んでいた。最初に買った客もそのことを快諾した。しかし実際は戦いに出すどころか、男の寝屋に囲うような有様でな。問い質したら、お前の肌に傷をつけるなど勿体ないとか、堂々と誓いを破りおった。だから天誅を加え私も死のうと思ったのだがな。……奴隷契約の縛りとやらは、想像していたより更にきついな。不覚にも殺し損ねた」


堂々と、犯行を自白する奴隷。一切の悪気はなく、殺し損ねたとか言い出す始末。

隣では商人が頭を抱えて唸っている。


「そうですか。確かに、それでは返品したくなる方の気持ちも分かります。処罰はされなかったのですか?」

「ああ。詳しくは知らんが、女奴隷に殺されかけたことも、護衛用に買った奴隷を部屋に囲っていたことも醜聞になるようでな。秘密裏に、しかし相当怒って奴隷商を呼びつけ、買った金と同額で返金させたようだ。商人は平身低頭だったゆえ、普段からやりとりがあるのだろう」

「……お気の毒に。貴女、一歩間違えればその場で切り捨てられていても仕方のないことをしていますが、分かっていますか?」

「ああ。一応私も奴隷法は勉強したからな。それはそれで仕方ないと覚悟のうえ行動した」

「分かっていてやったのですか……なかなか扱いにくい奴隷ですね」

「まあまあ、待ってくれ。私の要望は単純明快でな、戦士としての役割を奪わないでくれという事だ。まともに戦わせてくれるなら、主人や使用人に身体を使われても我慢すると言っているのだ。一度使ってみれば分かるが、私はなかなか強いぞ。戦力がいるなら、悪い条件ではなかろう?」

「しかし、主人を殺そうとして出戻りした奴隷など、危なかっかしくて簡単には買えませんよ」

「だから、戦わせてくれれば殺そうとはしないと言っておろうが。そちらの御仁が主人なのだろう? どうだ? 私の身体に興味はあるようだが?」


はい、興味はあります。

とは言っても、確かに主人殺ししようとした奴隷……。でも、要求するものが「戦わせろ」なら、ウチにピッタリだ。


「それにしても、よくそこまではっきりと殺意を持って、行動を起こせましたね?」

「まあなあ、2度目は学んで、確実に殺せるようにしたんだが、やっぱり果たせなかった。契約というものは厄介だな」

「なんですって?」


2度目があったんかーい。

交渉を有利にするために『詐欺師』をセットし、「ポーカーフェイス」をした俺も、無表情で驚く。


「……お前、黙れ。……たのむ」


商人が可哀そうなくらい弱ってかすれ声になっている。


「2度目は何故殺そうと思ったのですか?」

「今度は本当に戦わせてやると確約したのだが、実際は形ばかりの護衛仕事だったからな。騙すのは簡単だと笑っているところに遭遇し、よし殺そうと」

「よし殺そうじゃないでしょう……その時も同額で払い戻されたのですか?」

「そのようだな。で、困った商人が色々理由を付けて、安値で今のその商人に売りつけたらしい。まあ、詐欺行為だな」

「詐欺ですか」


まったくけしからん奴だ。きっと『詐欺師』にちがいない。


「……それなら、金貨3枚と言うのも納得ですね。売り物にならないとして処分か投げ売りされても文句の言えないケースでしょう。いっそ、金貨3枚でも安いと言えるのでは?」

「……だそうだが」

「き、金貨3枚は安すぎる! それに、この美貌だ。こういう美人を魔物や猛獣と戦わせて喜ぶ手合いもいる。売り先がないわけではない」

「……しかし、その手の相手に売ってこの女性がまた殺そうとしたら、あなたの命がないのでは?」

「うっ……」


サーシャがなかなか交渉上手だ。いいぞ。


「しかしご主人様、それにしてもこの女性を買うおつもりですか? また、どんな理由で反抗するか」

「うーん、まあ、そうだなあ」


リスクがないわけではない。

ドンの危険察知にしても、万能ではないだろうし。ドンがいつも傍にいるとは限らない。

しかし、金髪美人の言うことが本当なら、戦闘を任せると言っておいて平気で嘘をついて反逆されたのだから、自業自得感もある。

なにより美人だ。そして美人だ。


「……金貨4枚で引き取ろう。どうだ?」


商人に向けて買値を示してみる。


「ま、待ってくれ! 金貨9枚で仕入れたのだ、せめて金貨6枚はないと……そ、それに返品は受け付けないぞ!」

「うーん、6枚か……せめて5枚にならないか?」

「ご、5枚だと? 損失は金貨4枚か…しかし、ううむ」

「5枚であれば即金で払おう。これ以上高いのであれば諦めるが、どうする?」

「少し、考えさせてくれ…」

「金貨5枚で、返品は一切受け付けない。こいつが俺を殺そうとしても、だ。それでどうかい?」

「ぐっ…それなら…良いだろう。そ、それ以上はビタ1枚負けられん! 本当にだ! 駆け引きではなく無理なんだ、駄目ならやめておけ!」

「分かったよ。金貨5枚でさっきの条件。それなら商談成立だな?」

「あ、ああ」


商人が動揺しまくっているうちに商談を終わらせてしまおう。

金貨5枚を取り出し机に置く。


「おい、すぐ登録を更新してくれ。ほれ」

「ああ……おい、キャットを呼んで来い……」

「恩に着るぞ! 貴殿ならば存分に腕を振るえそうだ」


呆然する商人、また散財しつつホクホクな俺、破顔する美人さん。サーシャは少し眉を寄せている。また散在しちゃったからな。


商人が呼んだ魔法使い風の女性により、美人の隷属先情報が変更された。どれどれ。



*******人物データ*******

キスティ(人間族)

ジョブ 狂戦士(19)

MP 12/12


・補正

攻撃 D

防御 N

俊敏 G+

持久 G+

魔法 G-

魔防 N

・スキル

意思抵抗、筋力強化Ⅰ、強撃、大型武器重量軽減、身体強化Ⅰ、狂化

・補足情報

ヨーヨーに隷属

*******************


……ん? またピーキーな能力だな。

『狂戦士』とは。レベルもそこそこ。

攻撃がDまで届いているのは、すごい。

明らかに、前衛人材。まさに求めていた戦力だ。ただ、「防御」がN。まさかの皆無だ。


前の主人が、戦闘に出したくなくなる気持ちも分かる。明らかに前衛人材だが、紙装甲すぎて前に出すのは躊躇われる。どうしたもんか。


「新たな主よ、私の手を握って固まってどうしたのだ?」

「ん? ああ、いや、少し今後の事を考えていた。お前はその筋肉の付き方からして、戦士か何かだろう? 戦い方はどんなもんだ?」

「おお、私の戦い方か! 私はこれでも『狂戦士』という派生職だ。最前線で大剣か棍棒を振るうことが出来るぞ!」

「しかし、『狂戦士』は確か、防御のステータスが低かった気がするが、怪我しないのか?」

「おお、知っていたか! 何、確かに危うい立ち回りとなるが、怪我が怖くて戦士は務まらん!」


いや、俺が怖いんすけど。とはいっても、この様子だと『狂戦士』を気に入っていそうだしなぁ。無理矢理に変えて後衛に配置しでもしたら、文字通り命を狙ってくる危険もある。


「まあ、仕方ないか。しかし、ウチのメンバーになったからには無茶をして怪我をされても困る。立ち回りは考えよう。前衛で敵を受け止めるのは主に俺の役目だからな。お前は、その攻撃力を生かして遊撃か、攻撃に徹してもらうのも手だろう」

「ふむ、やはり新たな主は前衛か。ジョブが気になるところだが……ま、それはおいおい聞くとしようか!」

「ああ」


それにしても、黙っていれば文句なく金髪美人なのに、喋ると結構、暑苦しいな。

オヤジっぽさがあるというか。豪胆な印象だ。

まあ、美人なのだが。


「それで、装備は何かないのか?」

「戦士だったころの装備も持ってはいたのだがな。暴れたときに壊されてしまった!」

「……そうか」


商人の方を見ると、少し回復した様子で口を開く。


「そいつの装備なら、革鎧とウォーロッドがある。持って来よう」

「ほう」


装備も一応あるらしい。

だが、商人が命じて持ってこさせたのは、色が剥げたボロの革鎧と、金属の棒……ウォーロッドとか呼んでたが、「バールのようなもの」の方がしっくり来るぞ。


「これでも戦えないことはないが、軽いぞ」


金髪美人、キスティがぶんぶんとバールのようなものを振り回す。

バールと言うか、金属パイプ的なものだったか?


「貸してくれ」


バールのようなものを受け取ると……ずしりと重い。


「……軽いか?」

「私にはな。重量軽減スキルを持っているから、何か重い物を装備させてくれ」

「ああ、まあ、何か考えよう」


散財したばかりで高価な物は買えないが。一応大剣サイズの魔剣はあるが、渡したら無茶やって、魔導回路を壊しそうでヤだな。

どこかでもうちょっとまともな武器を物色しよう。


商人に礼を言ってテントの外に出る。

後ろにはサーシャと、新しい仲間の金髪美人キスティが続く。


「身体が鈍って仕方なかった! 主よ、これから戦いに行かないのか?」

「ん? いや、今日は新年の祝いらしいからな。まったり過ごす予定だが」

「むぅ……では、模擬戦などせんか? あんな辛気臭い所に閉じ込められていたから、少し身体をほぐしたいのだ」

「模擬戦ね。ま、構わんが……俺はそこまで白兵戦が強いってわけじゃないからな。過度な期待をしてハードルを上げるなよ」

「ふむ、謙遜か、事実か……何にせよ、頼りなければ私が代わりに前線で身体を張ればいいのだろう!」

「それはちょっと考えさせてくれ……キスティは戦争奴隷だったか? どういう経緯で奴隷になったか聞いてもいいか?」


よくその紙装甲で生き残れたなとも思う。

それとも、防御力的なことをカバーする高価な防具でも身に着けていたのだろうか。


「経緯か。詰まらん話だがなぁ……」

「そもそも、もともとは何をしていた人なんだ?」

「私か。私はいわゆる戦士家の娘だな。分家筋で、地位は低かったが……今回の戦争でもこの国の将にはしてやられたが、私個人としては負けた気がせん」

「勝ってたのか?」

「領内に入ってきた部隊を、何度も撃退した。ただ、領地から出発して大きな戦に参加した主家筋の男がまんまととっつかまり、捕虜になってな。その交換捕虜として戦争奴隷にされてしまった」

「交換捕虜?」


サーシャ先生に助けを求める。


「捕虜の身代金が払えないときなどに、代わりの者を差し出して従来の捕虜と交換する取引のことですね。主家の男が捕虜となったのを解放する代わりに、このキスティが捕虜となったと」

「ふぅん、なるほど」


自分が捕虜になったわけでもないから、負けた気がしないということか。気の毒かも。


「それにしてもキスティ、貴女の言葉遣いも雑すぎますね。もう少しきちんと、戦士家では教育されなかったのですか?」

「ああ、申し訳ない。普段から家の者と話すような言葉になってしまったな。だが、奴隷が主人にどういう口を利くかも良く分からずなあ。」

「戦士家や貴族家の、上の者に対する話し方をすれば宜しいのでは?」

「ああ、そういうの苦手だったんだけどな。あ、いや。苦手だったのでした」

「……」


まあ、初期アカーネのようにビクビクされるより、これくらい堂々と話してくれた方が気が楽だ。

美人だし。ついでに胸も大きいし。


「はぁ……」


サーシャが何かを諦めたかのようなため息を吐いた。どうした?


「もうある程度は大目に見ますが、最低限従者に見える程度に言葉遣いに気を配ってください」

「ああ、ああ。貴殿はしっかり者だな。名は何と言うのだ?」

「サーシャです。キスティ、これからよしなに」

「いいとも。よろしくサーシャ殿! 今度こそ戦いの旅に出ることができそうで嬉しく思う」


キスティのテンションが高いのは、やっと待望の戦闘パーティに入れたからか?

いつもこのテンションということはないよな。


「まあ、俺に付いてくれば必然的に戦闘は嫌でもやることになるだろうな。大抵魔物相手だが」


人相手に争うつもりはあんまりないし。

……と言いつつ、ちょいちょい対人戦も発生している気がするな。

だが結局、単純な儲けで言ったらサザ山で狩りをしていたときが一番割が良かった気がする。

ちょっと強いビースト系とか狩ることができれば、金貨単位の儲けになるわけだし。

これから向かう南方の国境にも、そういう魔物がいれば助かるのだが。


「というか、これから俺たちは商隊を護衛して南に行くわけだが。キスティを連れて行っても平気か? 一応、戦争相手だったわけだろ」

「さあ、どうでしょう。ただ、戦争奴隷が元の戦争に参加してはいけないという決まりもないですし、もう休戦状態のようですから。心配いらないのでは?」

「ああ、サーシャ殿の言う通りだ。戦闘奴隷として元の家と戦えといったら流石に拒否するが、もう大方戦闘も終息しているしな。問題あるまい。ま、気持ちとしては不用心に捕虜になってぬくぬく帰ってきたあいつの顔を一発ぶん殴ってやりたいところだけれどな!」

「お願いですから、問題は起こさないようにしてくださいね。奴隷の起こしたトラブルは、主人の責となるのですから」

「信用がないな。ま、主人殺しをしようとした奴隷ともなれば致し方ないか!」


言いつつも、あまり気にしている様子はないキスティ。

なかなかの大物っぷりだ。


胸も大きいしな。



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