第117話 ギーキュ

「うーん、確かに妙な魔力の流れがあるよ。たぶん魔道具だけど……見た感じ何か発動する感じはないよ」


アカーネが「ガラクタ」を手でもてあそびながら見ている。


「西の、なんか砂漠の方から流れてきたらしいけど。本当にガラクタか」

「……うーん」


アカーネは最近買い与えたばかりの道具を持ち出して、ガラクタをペタペタいじくり出したので、そっとしてテントを出る。


「お疲れ様です。平気でしたか?」


テントから出た所で外に立っていたサーシャと目が合った。


「おう。単なる意見交換らしかったぞ。で、俺らが出ていたうちに何かあったのか?」

「はい。野営の時間が割り当てられました。5交替で持ち場を変わるようです」

「5交替!? 流石に護衛が多いと、警戒も楽だな」

「そうですね。ただ、1組が警戒で1組が待機なので、寝てても良いのは残りの3組のみです」

「5分の2は起きているってわけか。……そう考えると、そこまで楽じゃないな」


まあ、自分が見落としても致命的にはならないみたいな安心感はあるかもしれない。

いや、そういう油断が大事故を招くのだろうから、そうするつもりはないが。


「俺らと一緒するのはどいつだ?」

「ユシという方と、鱗肌族の方が一緒でした。後はまだ確認できておりませんが」

「トカゲ顔? マジか……」


なんかさっき、人間族が大嫌いとか言われてた人物じゃねーの? 憂鬱だ。


「その組分けってのは、毎日変わるんだよな?」

「……いえ、1週間ほどで組み替えるそうですが」


まじかーい。憂鬱な1週間になりそうだ。

いや、まあ、いいか。

どうせ「人間族」を嫌っているのだから、俺以外のことも嫌いなわけだ。俺だけを嫌っているやつがいるより、よっぽど面倒がなさそうだ。



***************************



……などと思っていた時期が、俺にもありました。

野営時間に起き出し、同じ組の者に軽く挨拶をしていると、トカゲ顔の人がぬっと姿を現した。


「人間くさいな。貴様は特に臭い」


トカゲ顔は俺を見るなりそう言い放った。


「……すまん」

「消えろ」


そんな横暴な。


ムッとして言い返そうとするが、後ろから誰かに叩かれて止まった。

振り返るとジンが苦笑して首を振っていた。


「止めとけ、鱗の旦那に何を言っても無駄だぜ」

「……そうか」


ジンは別の組だが、警戒組から休憩に回るところだったらしい。

周囲に屈強そうな男たちが3人、ジンを取り囲んでいる。


「紹介しておこう、ウチのチームのエースどもだ。サンパ、アラゴ、パグだ」

「よろしく」


それぞれ握手を求めてきたので応じ、名前を頭に叩き込む。

……駄目だ、後ろにいるサーシャペディアが何とかしてくれるだろう。


「ヨーヨーだ。しがない個人傭兵だが、なるべく足を引っ張らないように戦う」

「聞いたぜ。闘技大会で活躍したんだろ? やるじゃないか」


3人組の1人、アラゴ?が爽やかに笑ってそう言ってくる。

顔が角ばってイケメンっぽくはないが、コミュ力が高くてモテそうな御仁だ。


「自由型だからな。特に実力が高いわけじゃない。それくらいは弁えているさ」

「案外自己評価が低いなぁ。魔法が使えるってだけで、俺から見ると羨ましいもんだよ!」

「そうか。それはそうかもな」

「割って話して悪いが、あんたは『魔法使い』なのか?」


話に入ってきた、鼻のないハゲ頭の男性。背は高いのでカメハメな波を撃てる彼には似ていない。

というか、リアルで見ると鼻がないってすごい違和感を感じるな。


「ああ、まあな。ちょっと違うが、近いジョブだ。詳しいことは話せないが」

「まあ、それはそうだ。魔法系なのに、剣で戦えるってのは良いな」

「ありがとう、そうだな」


鼻がない人がパグらしい。残り1人は兜を被っている傷のある男。面を上げているので普通に顔は見える。彼は口数が少なく、ほとんど何も喋らなかった。武人ってやつかねぇ。



警戒の担当があるので、挨拶もそこそこに『守りの手』の面々と別れ、割り当てられた警戒場所に立つ。サーシャとアカーネはテント前、俺はテントから離れた地点で1人警戒する。


商隊の中心に火が焚かれ、その周辺に待機組が腰を下ろしている。

専属護衛で俺のテストをしたユシという男が、商隊の主であるジシィラのテント前に直立している。サーシャとアカーネはそれぞれ、別のテントの前に配置されている。『龍剣』から頂いた黒い鎧が良く似合っている。アカーネはちょっとぎこちないけど。ほかにまだ良く知らない護衛達が何人か俺と同じように周りを警戒する。

少し離れた場所に1人突っ立っているのがトカゲ顔の男。

別種族だから表情は分からないところがあるが、あれ確実に……目を瞑っている。

それで許されるのかよ。


しばらく突っ立っていたが、飽きてきたので「気配察知」を発動してステータスでも……。

おや。


やたらと反応があると思ったが、当たり前のことで、周りには追随してきた商隊の連中がウロウロしていた。下手に弱小と一緒に動くと却って警戒しづらいというのは、こういうのもあるのだろうか。

俺の気配察知では魔物かどうかを見分けるのも難しいため、気配察知はしばらく使い物にならないおそれがある。

もちろん、外から急に近づいて来る気配があったら敵かもだとか、そういう使い方はできるだろうが。……まあいいか。


ステータスオープン。


*******人物データ*******

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(22)魔法使い(17)剣士(15↑)

MP 38/42

・補正

攻撃 E-

防御 F-

俊敏 E

持久 F

魔法 E+

魔防 E-

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法

斬撃微強、強撃

・補足情報

隷属者:サーシャ、アカーネ

隷属獣:ドン

*******************


『剣士』がレベルアップ。他にも『隠密』が1つ上がっている。

これと言って特筆すべき点はなし……。

……ん?


選択可能なジョブ

(略)

魔剣士(1)


ついに生えたか『魔剣士』……!

思わず周りをキョロキョロ、様子を窺う。

周囲は至って平和な夜である。


ちょっと付けてみるか!


*******人物データ*******

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(22)魔法使い(17)魔剣士(1)

MP 34/38

・補正

攻撃 G+

防御 G

俊敏 G+

持久 G+

魔法 E+

魔防 E-

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法

身体強化魔法、強撃、魔剣術

・補足情報

隷属者:サーシャ、アカーネ

隷属獣:ドン

*******************


ほーう。ほうほう。

さすがに魔法系が高いな。身体強化魔法がダブってるが、これはどうなるんだろうか?

制御が大変な魔法だから、効果2倍とかなると逆に困りそうなのだけども。


そうだ、『魔剣士』単独を見てみるか。


*******人物データ*******

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(22)魔剣士(1)なし

MP 8/12

・補正

攻撃 G+

防御 G

俊敏 G

持久 G

魔法 G+

魔防 G

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加

身体強化魔法、強撃、魔剣術

・補足情報

隷属者:サーシャ、アカーネ

隷属獣:ドン

*******************


ふ~む。なるほど。

「攻撃」と「魔法」が強化されるわけか。

完全なるアタッカーだな。「魔剣術」の前に「身体強化魔法」と「強撃」を会得しているのは、前提となるジョブの『魔法使い』と『剣士』から継承した初期スキルということ、なんだろうな。身体強化魔法は『魔剣士』がデフォで持っているということもなくはないか。

「魔剣術」が魔法と何が違うのか、気になるところだ。


『魔剣術:剣を介した魔力放出技術を解禁する』


うーむ。つまり、剣を介した魔力放出に特化した魔法と理解していいんだろうか。

ここで実験するわけにもいかないし、また後日かな。


『魔法使い』+『警戒士』に戻しておこう。


その夜の警備では何かが起こるわけでもなく、そのまま待機のシフトへと移行した。

合流したアカーネがこちらを見てあからさまに安心した顔をした。

最近は妙な敬語も抜けてきて……それはそれでサーシャに怒られているようだが、懐いてきた気がする。魔道具関係の道具なんかに惜しみなく出費していた成果かもしれん。

だが、知らない人の中に置いておかれると再びビビリと人見知りを発揮する。そういう性格なのだろうが、大変そうだ。

小動物みたいで、見ている分には楽しいのだけれども。


「お、おつかれさま」

「おう、何もなかったか?」

「うん」


頭を捕まえてわしゃわしゃしてやる。ちょっと困った顔をして固まるアカーネ。


「人前で発情するな、人間」


後ろから低い声を浴びせられて振り向くと、トカゲ顔の人が牙を剥いてアカーネを剣の柄で押し退けるようにした。

人種が違うから表情は分からない、といえども、あれは多分「嫌悪」の表情なんだろうなあ。


「すまんな」


モメる気はないので軽く謝って、アカーネの腕を取って焚き木の近くまで連れていく。こちらに実害がなければ反撃するつもりはないが、ずっとこの調子だとやりにくいなぁ。

サーシャやアカーネとのイチャイチャは俺の心の栄養なんだが……。


少し遅れて若ハゲ、ユシが近くに寄ってきた。


「お疲れさん」

「ああ。お疲れ様。ユシも普通に交替するのだな」

「それはそうだ。身が持たん。ジシィラ様の守りは信頼置ける仲間に任せる」

「ま、そりゃそうか……」


それからしばらく無言で待機。

木を投げながら微妙に火力を調整していたユシが不意に口を開く。


「慣れたか?」

「……ん? 護衛か? 流石にまだだな。やってることはいつもと同じっちゃ同じだから、問題があるわけじゃないが」

「そうか。色んな者がいるが、上手くやれよ」

「まぁ、そうしたいところだけどな。ジンって奴は話せたが、あの鱗の人はなぁ……」

「ああ。ヨル殿か。あれは害意はない。気にするな」

「……害意、ないの?」


少なくとも悪意はありそうだが。


「たぶん、な」


ユシは肩をすくめてみせながらそう言った。たぶんて。

それにしても、ヨル殿か。護衛の中でも少し偉い立場なのかな。


「そのヨル殿は、昔人間族に何かひどいことをされたのかね?」

「いや、聞いた事はないな。単純に嫌いなのだと思うが」

「……何もなくて、そこまで嫌うか?」

「さあな。だがヨル殿とは長いが、生来の人間族嫌いと有名だからな」

「生来の……。うーん」


差別理由としては一番やっちゃいけないやつなんじゃないか。

差別していい理由があるってわけでもないが。


「ヨル殿ってのは、あんたとどういう関係なんだ?」

「関係? 特にない。頼れる同僚という説明で納得するか?」

「頼れる、ねぇ……。強いのか?」

「まあ、な」


ユシは言葉尻を濁し、また焚火に枝を放った。


「喧嘩を売ろうとは考えない方が良いぞ」


少し間を置いて、呟くようにそう言った。

どういう意味だろうか。



翌日から、商隊は東に進み、街へと着いた。

テーバ地方に来るときにも通った、交易都市・サタライトだ。既存の城壁の周囲には、簡易な壁が出来上がっていた。まだ他の城壁とは繋がっておらず壁の用をなしていないものの、かなり出来上がってきている。


ここでジシィラ達は1週間ほど滞在するらしい。護衛達も、数日の休暇が与えられるという。


「何か特別なことでもあったかね?」

「……ご主人様、本気で言ってらっしゃいますか?」


サーシャに久しぶりに白い眼で見られたので明後日の方を見ておく。


「アカーネ、分かるか?」

「えっと……年明けかな?」

「……正解です」


ああ。

年明けか。すっかり忘れていた。


「年明けって、何かすんの?」

「……ご主人さまは、何もしてなかったの?」


アカーネの無邪気な返し。

うん、普通におかしな発言をしてしまった。


「あーいや、俺はずっと貧乏だったからな。こういう都市だと何か祝い事でもするのかと」

「ホントに貧乏だったんだ……」


アカーネが眼を細めて呟いた。

一応、最近まで平凡な貧民街の住民で、無一文になってから魔物狩りを始めたというストーリーはアカーネとも共有している。

が、アカーネが加入したころには魔法も剣もそれなりに使って戦っていたから、信じられていない部分があるようだ。


確かに、干渉者チートがなければこの短期間で強くなるのは無理があるだろう。

それも、こっちの世界に来てから実戦に次ぐ実戦。


どこかであっさりと命を落としていても全くおかしくなかった。

本当に良く年越しまで生きてきたよ、俺……。


自称脱初心者ってくらいが一番大ポカをやらかすという話もあるから、まだまだ油断できない。

しかしリスクを考えすぎて腰が引けても、いざと言うときその一瞬が生死を分ける。

それも痛感してきただけに、今後の戦略は迷うな。

1つの目標であった『魔剣士』も取得したし、少し考えてみるか。


それはそれとして。


「サーシャ、年越しに必要な物なんかはあるか?」

「何をどこまでするか、次第ですねぇ。家があるわけではありませんから、飾りつけなどは出来ませんし。アカーネ、貴女の家ではどのような風習でしたか?」

「うーん、村では雑煮を作って、何日間か仕事を休みにしてた。おじいちゃんたちが生きている頃は、小神殿にお参りに行ったりしてたかなぁ、火の神様とかのお守りを工房に撒くの」


アカーネが過去を語るときも、不安定な様子はだんだん見せなくなってきた。心の支えだった祖父との思い出も楽しそうに思い出すようになっていた。


「神殿のお守りか。何か特別な効果があるということか?」

「いや、ないと思うけど。お気持ちだって、おじいちゃんが言ってたし!」


お気持ちか。あくまで慣習的な何かということらしい。


「行事は面倒だが……せめてご馳走を食うくらいは俺たちもしようか」


サーシャの両目がキラリと光を放った。


「ギーキュ」


アカーネのリュックから顔を出したドンが何かを訴えている。

仕方ない、お前にも特別にピュコの実を袋ごと買ってやろう。


「ギューミュ」


よせ、こんなときだけ持ち上げるんじゃないやい。


「……ご主人さまって、ドンちゃんの言ってること分かるんですか?」

「最近たまに通じているような気がするときがありますね……私にも分からないのに」


サーシャとアカーネがごにょごにょと話し合っている。

何を食べたいかの相談でもしているのだろう。


せっかく交易都市まで戻って来たのだし、休みの日に一度、あの店にも顔を出してみるか。


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